辻 天馬
第33話 分裂
話を少し戻す。
卒業を間近に控えた頃、ヤマトから彫り師になるという衝撃的な進路を聞かされた後、その後も何も考えないまま時を過ごしていた。
「アヤト」
授業なんてつまんねえから帰ろうと学校の廊下を歩いていると背後から声をかけられた。体育教師の岩本だ。先公なんて舐めてかかっているが、この人だけは違う。悪いことをすればぶん殴ってくるけど、俺たちのことを不良だということで差別せず、ちゃんと向き合ってくれる。俺たちは愛情を込めて、『岩爺』と呼んでいた。
ちなみに俺の本名は辻村綾人。龍幸寺では偽名の辻天馬で過ごしているが、俺にだってちゃんとした本名はある。
「岩爺かよ」
「岩爺じゃない。岩本先生だ。ちゃんと敬え」
舌打ちをしてみたのは、精一杯の虚勢だ。案の定、舌打ちをするな、と耳を引っ張られた。痛ててて、と大きな声を出すと、教室で授業をしている教師が、迷惑そうな視線を送ってきた。
「ちょっと来い!」
俺は岩爺に腕を引っ張られ、階段の踊り場まで連れてこられた。
「お前、進路どうすんだ?」
「関係ねえだろ」
将来のことを考えるのは面倒臭い。
「お前とヤマトだけだぞ。進路決まってないの」
ヤマトは彫り師になるんだよ、そう言ってやりたかったが、そんなの学校の進路指導で通じるわけがない。岩爺なら、本当にやりたいことだったらと認めてくれるだろうが、アイツの夢なんだから俺から言うことではない。
「興味ねえよ」
虚勢を張り続け言い返したところ、もう1度岩爺の言葉を噛み砕いた。《《俺とヤマトだけ?》》
「他の奴らは」
俺の質問は、ジンとジュウイチとケイトのこと。俺らが連んでいるのは岩爺もよく知ってるから、俺の言う《《他の奴ら》》は、すぐに誰のことを指しているのかわかったようだ。
「ジュウイチは神奈川、ケイトは東京の専門学校の内定貰ってるぞ」
アイツら、いつの間に。でも俺よりアホなジンは、まさか学校なんて行かねえだろうな。
「ジンは、バスケの社会人チーム持ってる企業を紹介してやった。まあ、あんまり強いとこじゃねえけどな」
俺とジンは、中学は違ったがバスケの推薦で入学した。そのバスケ部の顧問が岩爺だった。俺とジンは1年の冬に問題を起こし、岩爺に迷惑をかけないよう自主退部した。もうバスケはしてなかった。ジンもそうだったはずだ。
「ジンはお前らとヤンチャしてる間も、地元のユースで続けてたぞ。お前はどうなんだ。もう、バスケやんねえのか。なんならジンと一緒のところ紹介だけはしてやれるぞ。広島のチームだけどな。働きながら、もう1度バスケやってみねえか」
「うるせえな。もうバスケには関わんねえようにしてんだよ」
おい!と呼び止められたが、俺はその場から立ち去った。
俺が向かった先は屋上だ。
屋上には、ジュウイチとケイト、そしてジンがいた。ジュウイチとケイトはタバコを咥えていた。ジンはパックのジュースを飲んでいた。
「おう、アヤト」
呑気に俺を呼ぶジンの胸倉を掴んだ。
「なんだよ、どうしたんだよ」
「テメー、いつからタバコやめてんだ」
「いつからって、もう1年以上経ってるぜ。それになんでそんな怒ってんだよ」
ジュウイチが仲裁に入ってきた。
「テメー、俺を差し置いて1人でバスケやってたのか」
「差し置いてって、なんだよ。お前にも言っただろ。岩爺が部活続けるのは他の部員に迷惑がかかるからって、ユースのコーチが知り合いだから、続けてみろって言われたから、お前も一緒に行かねえかって誘っただろ!」
仲裁に入ったジュウイチを押し退け、ジンも俺の胸倉を掴んできた。思い出した。なんか言われた気がする。でも、「バスケ続けるなんて無いわ」とバカにした態度をとったと思う。それはジンも同調してくれると思ったからだ。
「知らねえよ。俺がやるわけねえの知ってて、そんな誘い受けるわけねえだろ!そんな俺を出し抜いて、お前は俺を笑ってたのか!」
「何言ってんだよ。じゃあ、お前はやらねえが申し訳ないですけど俺はバスケ続けていいですか、なんてお前の許可をとんなきゃいけなかったのかよ!」
ジュウイチが俺、ケイトがジンを押さえ、俺たちを引き離した。
「いい加減にしろよ。ジンがバスケやるのは、ジンの自由だろ」
俺を押さえていたジュウイチの声が背後から聞こえた。グレープガムのようなタバコのフレーバーのニオイがした。俺が体を力を抜いたので、ジュウイチも手を離した。
振り返る。余裕な顔をしたジュウイチの顔があった。自分の仲裁で、俺が落ち着いたと思ったのか。その余裕な顔がムカつく。
「オメエもだよ、ジュウイチ」
「はぁ?」
ジュウイチの顔色が変わった。持っていたタバコを捨てて、足で火を揉み消した。喧嘩ではこいつに敵わない。怯みそうな気持ちを見せないよう、ぐっと顔を近づけた。
「お前は、どっかの専門学校で、お利口にお勉強すんのかよ」
俺の怒りはどこから湧いているのだろう。何に腹が立っているのかわからない。
「テメー、それ、俺にも言ってんのかよ」
今度はケイトまで怒り出した。ケイトが俺の胸倉を掴んだ。その手をジュウイチが引き剥がした。
「くだらねぇ。相手にすんな」
3人は俺を睨んでいる。なんでそういう目で俺を見るんだ。俺は相手にする価値もないというのか。みんな俺を蔑む目をしている。俺のせいだ。奴らだって将来のことを考えるのは自由だ。俺が何も考えてなかっただけのこと。自分だけが置いていかれたわけではない。俺がなにも進んでいないだけだ。そんなのわかっている。わかっているから、苛立つのだ。
「行こうぜ」
アイツらの背中が遠ざかっていく。
俺には何にも無くなった。俺というものは、本当に何にもないということに今更気づかされた。俺には何が残っているのか。
俺には、弟がいる。




