辻 天馬
第32話 天馬の回想
不覚にも一休のことで感動してしまった。
一休があんなにも和尚のことを想っていたなんて知らなかった。一休は、俺や劉弦よりも先に、この龍幸寺にいた。
最初は和尚の孫だと思っていたから気を遣っていたが、生意気な態度は初めから気に入らなかった。
俺がここへ来たのは3〜4年前からだから、アイツは中坊だった。まあ、見た目は今と変わらない。
寺の孫は、こんな年齢から坊主になることが決められていて、学校へも行けず修行なんて大変だと憐れんでいた。だが、雲仙さんから聞いた話じゃ、この家の子供じゃないという。俺みたいなアホでも高校までは行ったのに、親は何してんだと聞けば、親とは縁が切れてるから、寺で預かっているという答えだった。
坊主頭だったから、じゃあアイツはここの坊主かと聞けば、まだ出家はしていないという。
当時は、出家の意味がわからなかったが、まあ今もよくわかってはいないが、寺で働く奴はみんな坊主だと思ってたから、坊主じゃないとなると、アイツはただの居候かと解釈した。
親とうまくいかない家出小僧が、適当に修行のフリしてのうのうと過ごしてやがるのか。こいつは他人の家で引き籠りをしてるのか、一丁気合を入れてやるかと外に連れ出した。まだその頃は劉弦も蓮実もいなくて、俺を止める奴はいなかった。
「お前、家出してここに世話になってるくせに、それに甘えて引き篭もってんのか」
一休は、寒そうに薄手の黒い法衣で体を摩っていた。1月だった。雪は降らないが、静岡でも寒いものは寒い。俺は入ったばかりで、一応僧侶の態をとるために法衣を着ておいた方がいい、と雲仙さんに勧められて一休と同じ法衣を着ていたが、寒いからその上にダウンジャケットを着ていた。でも草履だから、裸足で寒い。指先が冷えると、どんなに暖かい服を着ていても、体は温まらない。
行く宛のない俺は、和尚がここに居ていいと言うから、居させてもらってるだけだった。だから修行なんてするつもりもないから、寒けりゃ上着を着る。当時はその程度にしか考えてなかった。
思い返せば、この頃から一休は出家することを考えていたのだろう。むしろ、ここに世話になった時点で出家は覚悟していたのだろう。
何にも知らなかった俺は、奴には随分と冷たい態度をとっていた。寒さに震える一休を見て、俺はイラついていた。
「アナタは、どんなことをしでかして、ここへ来たんですか?」
プチンと抑えていたものが切れた。考えるより先に手が出てしまった。一休は避けようと体を引いて、俺の拳は奴の頬を掠めた。間髪入れずに次の拳を出すと、背後から手が伸びてきた。雲仙さんだった。離せ、と身を捩ったが、雲仙さんはものすごい力で俺の体を抑えつけてきた。
脅威を感じた。この人には敵わない。
「暴力では、なにも解決しませんよ」
その言葉も俺の癇に障った。だが、雲仙さんに殴りかかろうとは思わなかった。殴りかかれなかったという方が正解かもしれない。自分の小さいプライドを保つために、虚勢を張って舌打ちするのがやっとだった。
俺が諦めたことを悟ったのか、雲仙さんが手を離した。
一休は、殴られたのになんの反応も見せなかった。こちらを見ようともせず、精舎へ向かっていった。残された俺は、一緒の精舎に戻るわけにもいかず、吸いたくもないタバコを咥えた。境内の中は一応禁煙になっているから、雲仙さんに怒られると思い火を点けられないまま咥えていただけだった。雲仙さんはそれを見て何も言わない。
「禁煙、だよね」
雲仙さんは静かに頷いた。
「暖かいお茶でも飲みますか?」
雲仙さんにそう言われたが、バツが悪すぎて断ってしまった。他に行き場所もなく、タバコ、と言って境内を出た。タバコはまだ封を開けたばかりで買いに行く必要もない。コンビニもここからは遠いので、タバコを買いに行くというのはあくまでも口実だ。裸足で寒いので、遠いコンビニなんて行くつもりもない。
気に入らねえ。何もかもが気に入らねえ。
見える景色も気に入らねえ。龍幸寺のある山の階段の上から見る民家の屋根の色も、新しく設置した真新しい階段の手摺りも、陽が落ちて夜になろうとしている空も、全部気に入らねえ。
俺の育った田舎を思い出してしまう。
ここも田舎だが、俺の生まれた町は、もっと田舎だった。
子供の頃から遊ぶ場所も無えような町で、外へ出る度胸もなかった俺は、ただ普通にグレて地元で燻っていた。高校生時代は万引き、恐喝、飲酒、無免許でバイクを乗り回すなど、今思い返せば他愛のない悪さしかしてなかった。幼馴染と一緒にそのまま不良グループに入っただけ。
気合の入った悪いことをする度胸もなく、日々笑って過ごせればそれで充分だった。
こんなクソつまんねえ田舎出てやる、なんて連れと飲んでる時にクダを巻いていたが、1人で県外へ出る度胸もなく、そう言っている自分に酔っていただけだ。
なにも俺が特殊な存在だったわけじゃない。俺みたいな中途半端な不良が、町にはゴロゴロいた。特によく連んでいる5人は、俺と同じような奴らだった。たいして喧嘩が強いわけでもないから、弱そうな奴を捕まえてシメる。1人じゃなにもできないから、いつも5人で連んでいた。
多少、地元でも名前が知れ渡り、他の学校の不良も俺たちのことは避けていた。でも、あまり目立ってしまうと、この町一帯を仕切っているヤクザに目をつけられてしまう。ヤクザと言っても、全国に幅を利かせているような大きな組織ではなくて、ここら一帯を仕切っているだけのチンピラの集団だ。なんら俺たちと変わらない。
何か揉め事があれば守ってやると、そこらの商店からみかじめ料を徴収している。うちの親父は漁師だが、それだけじゃあ食っていけないから定食屋を経営していた。チンピラは定食屋の実家にもみかじめ料を取りにきやがる。
「何が守ってやるだ。揉めるって言ったって、揉め事起こすのはアイツらだけじゃねえか」
うちの親父は、みかじめ料を払う度にそうボヤいていたが、ペコペコ頭を下げながら払っている姿を見た後だと、その虚勢が虚しく感じた。ああはなりたくねえ。
「お前も、いつまでも不良やってっと、アイツらみてえになるしかなくなるぞ」
そんな言葉に説得力はなかった。
うちの田舎は港町だったから、地元の不良は漁師になるか、あのチンピラたちの手下になるしか選択肢はない。あとは気合を入れて町を出て行くしかない。頭のいい優等生たちは、とっとと町を捨て、東京や県外の大学を目指す。勉強よりも、町を出ることの方が優先なのだろう。俺にはそんな優秀な頭が無えから、町を出るのは不可能だ。港町で育ったくせに魚に触れねえから、いずれあのチンピラどもの世話になるしかないのか、と諦めていた。家を継ぐ気はなかった。あんなペコペコ頭なんて下げたくねえ。
それに連れたちも、あんなチンピラになるしかねえんだから、そのまま一緒にいられるなら苦じゃねえ。最初はキツいだろうが、ある程度上に登っていけば、多少大きい顔できるだろう。他の学校の不良どもも、チンピラになるしかねえんだから、俺ら5人は同世代の不良よりも群を抜いていたし、アイツら手下にしてコキ使ってやる。同世代を束ねている俺らのことを、チンピラたちだって一目置くだろう。
先が見えてる人生なんてつまんねえが、新しい道を自ら切り開くなんて、そんな発想もなかった。目指す目標もなく、ただただ毎日を面白おかしく過ごせていれば、それでよかった。
高校卒業を間近に控え、グループのうちの1人が東京へ行くと言い出した。幼馴染のヤマトだった。
「俺は東京に行って、彫り師になる」
「なんだよ、ホリシって?」
ジンが素っ頓狂な声をあげた。ジンは金髪坊主で、俺よりも頭が悪い奴だ。
「あれだろ、刺青入れる奴だろ」
そう言ったのは、カンジ。超音痴なのだが、ギター片手にオリジナル曲を披露したりして迷惑な奴。
「違えよ。タトゥー入れんだよ」
「だから、タトゥーって刺青だろ?」
もう終わりのない会話。アホが集まるとアホな会話しかない。そのアホな会話をジョウイチとケイトがふんふんと興味なさそうに聞いているのが常だ。実際、ジョウイチとケイトは喧嘩が強い。この2人がいるから、俺たちは調子に乗っていることができた。この2人は頭が悪いというよりも、勉強に興味がないだけだ。本当のアホは俺とジンだけ。
ちなみに俺が通っていた高校は、田舎に必ずあるような偏差値のクソ低い不良の巣窟のような学校ではない。れっきとした進学校だ。なぜ、アホな俺が入学できたかといえば、スポーツ推薦。俺とジンは、スポーツ推薦枠で入学できた。かたやジュウイチとケイトは、余裕てわ入学できる学力があったのに、入学してから勉強しないタイプ。
ヤマトは俺たちと違って、頭が良かった。特に勉強する様子もないが、授業とかで聞いたことを1回で覚えちまう。アイツとは小さい頃から一緒だったから、小中高と秀才の部類だったことは側で見ている。だから、もしかしたらヤマトは俺たちを置いて大学へ行くなんて言うんじゃないか、と思っていた。小中はそのまま上がって、高校はスポーツ推薦で、なんとかアイツと一緒に過ごせた。でも、大学なんて言われたら、ついていけない。
大学へ行くから町を出る、と言われたら俺に止める権利はない。むしろ、ヤマトは町を出ろ、こんなところで燻って終わるな、と本気で思っていた。それが、彫り師になるなんて意表を突いてくる。
そう言えば、アイツはむかしから絵が上手かった。
「ヤベエ奴じゃん。ヤマト、ヤクザになるのかよ」
ジンはイマイチ理解してないらしい。
「アーティストだよ。タトゥーアーティスト」
「アーティスト?刺青入れるミュージシャンってことか」
ジンの理解力の低さも、ここまでくると芸術的だ。
ヤマトは高校を卒業すると、タトゥーの彫り師を目指し、東京へ行った。このヤマトが、数年後俺の背中に「アシュラマン」を入れることになる。




