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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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真鍋 蓮実

第30話 劉弦のこと


「天馬くんはああ言ってるけど、劉くんはどう思う?」


「何が?」


 相変わらず、ぶっきら棒な返事。わたしと劉くんは『カルマの部屋』に戻ると、浅川さんについての話を劉くんに振った。浅川さんをお気に召した天馬くんがいないところで話し合う必要があった。


「だから。浅川さんのこと」


 劉くんは、ふんっと鼻で笑って、肯定も否定もしない。いつも決断は他人に任せる態度に、腹が立つことがある。

 でも、反論をしてこないことが、時には楽だと感じることもある。自分が責任を取らなければ、他人に責任をなすりつけるようなこともしない。

 何事も、仕方がない、で片付ける。劉くんとは長い付き合いだ。むかしから、そうであったわけではない。あることがきっかけで、こうやって責任を取ることから避けるようになってしまった。


「ただ、あの女がうちに来て何すんだよ。一休はハッキングとか情報収集とかやってたわけだから、それなりに役に立ってただろ」


「そこは認めるのね」


「《《それなりに》》な」


「あの人だって、アナタたちの《《お遊び》》に女性役っていうのも必要な時ってあるんじゃない?」


「は?邪魔だろ。お前の電話番くらいならやらせられるんじゃねえのか」


「じゃあ、入れるのは賛成なのね」


「好きにしろ」


 わたし自身の意見も、どっちにしたらいいかわからない、というのが本音。今後彼女にどのくらいのケアが必要なのかわからないし、たいして悩んでいないのかもわからない。側に置いておくのはいいが、状況を飲み込めない部外者が入ってくることのリスクも考えなければならない。

 わたしが肯定し続けても、劉くんが否定するのなら断ろうと思ったが、劉くんに聞いても当てにならない。結局、わたしが決める羽目になる。だから基本、劉くんの《《好きにしろ》》は、肯定の意味と捉えることに決めている。

 すぐに部屋から出て行くかと思ったら、プリンターから出ている紙を取り、ペラペラと捲り始めた。

 メールは、さっと目を通して、悪戯と思うものを分類し、カウンセリングが必要なものがないか精査する。メールは、解決を求めるより愚痴を溢すような内容も多い。悶々と溜まったものを吐き出す場として『カルマの部屋』を利用するユーザーも多い。

 カウンセリングが必要なものか判断するために、1度プリントアウトすることにしている。パソコンの画面をずっと見ていると目が疲れてしまうからだ。紙で見ることにより、新しい発見もあったり、冷静な目で見ることができる、と思っている。カウンセリングの必要な有無を判断したら、プリントアウトしたものは個人情報なので必ずシュレッダーにかけることにしている。


 いつもは興味を示さないのに、劉くんはプリントアウトした紙に、入念に目を通している。


「これだな」


 プリントアウトした紙は6枚。そのうちの1枚をわたしに寄越した。


 小杉浩子こすぎひろこ 39歳

 結婚9年目。夫のDVに5年前から悩んでいる。夫は結婚当初から浮気性で、それを咎めても直すところがなく、悩んだ挙句5年前に、夫を自分に振り向かせたい一心で、自身が浮気した。元々嫉妬深い夫は、自分の行いは棚に上げ、彼女を束縛していた。その嫉妬深い夫が自身の浮気によって改心すると安易に考えてしまったのだ。ところが、夫はそれを逆手にとって浮気は大胆になり、束縛とDVはエスカレートしていったという。離婚を申し出るが暴力を振るわれ、逆に慰謝料を求められているというメチャメチャな内容だった。


「その人が、何?」


「カウンセリングの予約入ってるのか」


「まあ、気になってたから、今日にでも面談のアポ取ろうかなって、メールの返信しようかと思ってたとこよ」


「じゃあ、それに合わせて、あの女を呼べ」


 劉くんにしては珍しく、わたしに指図してきた。そして、わたしの前に紙を置き、浮気性の部分を指差した。


「あの女の、入社試験」


「うちは《《会社》》じゃないけど」


「まあ、テストだな。テスト」


「わたしが女役にどうって言ったから?」


「べつに、そんなんじゃねえよ」


 こういう場合も、劉くんは他人のせいにしない。


「天馬が喜びそうじゃねえか」


 そう言って悪戯を考えた子供みたいな笑みを浮かべるが、どこか哀しげな目をしていた。

 細かい部分の嫌がらせは、天馬くんが考えるのが常だ。だいたいの復讐のシナリオを劉くんが考えて、天馬くんが詳細を決めていく。天馬くんが復讐プランを考えているときは、悪魔みたいな笑みを浮かべて楽しそうにしているのに、劉くんは違う。多分、劉くんが責任を負うことを避けるきっかけになったことに関係してくる。そのきっかけは、龍幸寺の和尚にお世話になることに繋がる。あの時からずっと十字架のような重荷を背負っている。自分で自分のことを許すことができないのだ。ものすごく不器用な人。もう誰も責めていないのに。


「じゃあ、カウンセリングの時から付き合ってもらうことにしようかな。もしかしたら、カウンセリングの方が向いてるかもしれないからね。浅川さんにアポ取ってみる」


「それがいいんじゃねえか」


 劉くんは、素っ気なく答えた。





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