真鍋 蓮実
第29話 天馬のこと
カルマの部屋から天馬くんが飛び出していった。
利休くんが心配で、劉くんと精舎へ向かった。
境内に出ると、利休くんの悲鳴が聞こえた。急いで精舎に上がると、どういうわけか利休くんは天馬くんにロメロスペシャルを喰らっていた。足を絡まされ、腕を持たれ、天井に向かって仰向けに反らされる、あのプロレス技だ。
子供の頃、プロレスごっこをしている男子をよく見たが、なぜあの技が決まるのか不思議でならない。あの状態になるまで、技をかけられる方はおとなしくしているのだろうか。足を引っ掛けられてる間に、いくらでも逃げれるだろうと思ってしまう。あの怪奇な技は、かけられる人の協力がないと、かけられない技ではないのか。
「俺らにバカにされるから出家すんのか!テメェが出家したって、俺は兄弟子だとは認めねえぞ」
わたしたちが襖を開けた時、丁度頭が向こうで、股間がこちら側を向いている体勢だった。ギャラリーが来たと思って、天馬くんはグンッと手足を突き上げ、利休くんの体を更に反らせた。があああああーっ、と一休の叫び声。天馬くんは、その状態から足を左右に広げて、利休くんの股間が強調される。
「蓮実さん......見ない......で」
年頃の利休くんには、耐えられない屈辱的なポーズだ。下からのアングルで、天馬くんの悪魔みたいな微笑みが見える。
「もう、いいにしてやれ」
劉くんが手を貸して、利休くんを技から解放してやった。来いコラァ、と言いながらピョンピョン跳ねてファイティングポーズを取る天馬くんを他所に、利休くんはへたりこんで両側の鼠蹊部を撫でている。
「テメェ、仕事はどうすんだ!世の中の人を助けてえんじゃねえのか」
天馬くんは、掌を下にして水平に素早く動かして、利休くんの坊主頭を擦った。綺麗に丸めた坊主頭だから、シュリッという音がする。嫌がる一休に、天馬くんは執拗に手刀を繰り返す。
「熱っ!」
剥き出しの頭が摩擦で熱いのだろう。平手で叩かれるよりは痛くはないのだろうが、叩かれるよりも屈辱を味わうことになる。またルースターズの『CMC』を歌っている。ご機嫌な証拠だ。相手が嫌がることを考え出すことにかけては、天馬くんの右に出るものはいない。彼がやっている《《復讐のお仕事は》》金にはならないが、まさに天職なのだろう。
「やめてって!」
「なんだと!出家するんだったら、こういう嫌がらせも受け入れて相手を諭さなければならねえぞ。さあ、どうする?」
むしろ彼らを出し抜いて出家することへの怒りよりも、嫌がる利休くんを見て楽しんでいる。典型的なサディストだ。
天馬くんはボクシングのフットワークの要領で、利休くんの周りをグルグル回って挑発している。あまりにもしつこいので、隙を見て劉くんが足払いをした。畳の上だったので滑りやすく、天馬くんはステンッと転んだ。
「僕は、ずっと前から出家はするつもりでしたよ。和尚は、無理にならなくてもいいと仰っていました。まだ若いからやりたいことを見つけなさいって。だけど、もうここで和尚のお世話になってる時から、坊さんになることは決めてましたよ」
天馬くんはひっくり返ったまま、畳の上で仰向けになっていた。右腕で目の上を覆い動かない。油断をさせておいて、またムクッと起き上がって嫌がらせをするとも考えられる。利休くんはチラッと天馬くんに目をやり、少し下がって距離を取った。
「雲仙さんたちがいるから大丈夫だとは思うんですけど、やっぱり和尚も大変だと思うんです。もう、いい歳じゃないですか。1人でもお経読める人がいた方が、和尚も少しは楽できると思うんです。僕だって、いつまでもタダ飯食ってられないですよ」
その言い方だと天馬くんたちに、いつまでもタダ飯食ってるんじゃねえよ、と伝わってしまうのではないか。生意気言って、またプロレス技をかけられるのでは、と懸念していると、鼻を啜る音が聞こえた。天馬くんだ。
あろうことに天馬くんは泣いているのだ。
「お前、ガキのくせにちゃんと考えてるんだな」
ムクッと起き上がり、涙と洟水でグチャグチャな顔のまま、利休くんの両肩を掴んだ。また殴られる、と体を硬くした利休くんの肩を前後に揺すった。
「偉いぞ、お前は。和尚もきっと喜んでいる」
そう言って、ワンワン泣く天馬くんを前に、利休くんは戸惑った表情を隠せない。
天馬くんは、アホで短気で意地悪で、そして感動屋なのだ。まったく、忙しい人だ。たまに彼の情緒のバランスがわからなくなる。
生き別れた息子を抱くように、利休くんの体を抱いて泣いた。利休くんの戸惑った顔が、少しずつ和らいでいく。彼も釣られて涙目になっていたのを見逃さなかった。
天馬くんは、散々ワンワン泣いたあと、パッと振り返るともう泣いてなかった。
「じゃあ、さっきの彼女を入れよう!」
利休くんは唖然とした顔をしていた。この変貌ぶりを口を開けて見ているしかない。
天馬くんは、アホで短気で意地悪で、そして感動屋で、更に切り替えの早い薄情な男なのだ。




