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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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真鍋 蓮実

第26話 奪還失敗


 わたしが劉くんと話していると、石段を上がってくる人影が見えた。夕方にアポをとっている浅川さんだと、すぐに気づいた。

 わたしは女性の声を聞くと、なんとなくの風貌を予想できる。浅川さんの電話口の声は、自信の無さそうな小さな声の割には、どこか冷めている抑揚のない喋り方だった。大抵そういう人は髪が長く、体は細い。鼻筋は通っているのに、顔の輪郭が丸く、印象が薄い。背筋が伸びているが首だけが前に出ていて、姿勢が悪かったりする。石段を上ってきた女性は、まさにそんな感じの人だった。


「こんばんは」


 声は大きくもなく小さくもないボリュームで、抑揚はない。かと言ってツンとした突き放すようなイントネーションでもない。表情もそうだ。笑顔ではないが、暗い表情ではもない。これといって、特徴がないのだ。

 べつに彼女が特徴のない女の人だと言っているわけではない。彼女は印象の残らない挨拶をしただけだ。彼女の中の見えない防護壁がそうさせている。本当の自分を見せないように、こういう癖がついてしまっている。でも意図的にしているのではなく、無意識にそうしてしまうのだ。


「カウンセラーの真鍋さんって」


 彼女はわたしの方を見ているが、目が合わない。わたしの方向を見ているだけだ。側から見ればわたしの目を見て話しかけているように見えるが、ほんの少し、わからない程度に視線を外している。多分、頬の辺りに焦点を合わせているに違いない。決して態とやっているのではないと思う。無意識下で、目が合わせて心が読まれてしまうことを拒絶しているのだ。


 こんなことはカウンセリングの知識でもなんでもない。わたしが今まで出会った人たちを見ての経験値の話。

 苦手な電話で話を聞いているうちに身についた。電話が苦手な理由は顔が見えないこと。だって、独り言言ってるみたいだから。携帯電話に向かって、わたしはさっきからこの機械に向かって何を話しているんだろう、とか考えてしまう。大抵の人は電話では一方的なのだ。相手の顔や動きが見えないから、ただ聞こえてくる音声を聞いて、自分のターンを待つだけ。こんなのでコミュニケーションなんて取れるわけがない。相手が喋っているうちは、ほとんど話を聞いていない。その間、相手の喋り方なんかでどんな見た目が想像するうちに、声で相手の姿がわかるようになってきた。

 べつに超能力じゃないから、相手の姿の目鼻立ちまでくっきりと見えてくるのではない。なんとなく、こういう人だろうという、その人の輪郭みたいなイメージが見えてくるだけだ。

 でも、こんなのは特別な才能ではない。誰だって想像さえすればわかることだ。簡単なことで言えば、早口の人はせっかちだし、声が小さい人はおとなしい性格でしょ。見た目で言えばアロハシャツ着てる人はだいたい陽気だし、几帳面な人はピシッとした襟のシャツ着てるでしょ。わたしはほんのちょっとだけ、他の人より想像力と観察眼が豊かなだけ。まあ、暇人なのかな。

 極力アポを取って会うようにしているが、電話で発散して解決してしまう人もいる。だから、会っていない人もいるので、その声のイメージがどれだけの確率で合っているかは確認できない。でも会った人は大抵はイメージ通りの人だった。


「あー、私、私。今日のアポの、浅川さん?」


 わたしは身振りを大きくして、彼女の注目を誘った。わたしの動きに驚いたのか、少し油断して眼球がチラッと動いた。一瞬だけ目が合った。そのあとは慌てて、眼球が揺れ、あっちこっち動いたあと劉くんの方を見て、瞳孔が開いた。


 その動きを見て、一瞬でわかった。あちゃー、その人はやめておいた方がいいよ。だけど、わたしも女だからわかる。決していい男ではないんだけど、彼には何故か惹かれる。あまり感情を表に出さず、ぬぼーっと立ってるだけなのに、何故か彼のことを知りたくなるのだ。

 彼女は慎重に相手との距離を測り、深入りしないようにしてはいるが詰めが甘い。何かの拍子で理由もなく簡単に人を信じてしまうタイプ。多分、彼女の悩みもそういった話ではないだろうか。数少ない信頼していた人に裏切られたというような類いの。


「はい」と彼女は溜息みたいな声を漏らした。

 あー、ダメダメ。そんなガン見したら、超鈍感な劉くんのことだから、なんでそんなに見てるんだ、ってストレートなことを言うから。そうなると、絶対こういう子は塞ぎ込んで何も話さなくなってしまう。


「じゃあ、こっちこっち」


 わたしはまた身振りを大きくし、彼女の視線を劉くんから引き剥がした。名残惜しい顔をしていたが、彼女を本堂まで引っ張って、なんとか奪還した。でも、もう遅いかも。彼女は明らかに一目惚れした。


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