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鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
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24/120

浅川 沙千絵

第24話 青い電話番号


 静岡には夕方に着いた。静岡の実家は、静岡駅に近くバスで10分程度だ。

 祖父母はワタシたちの帰宅を喜んでくれた。


「沙千絵ちゃん、ホント大きくなったねー」


「お婆ちゃん、ワタシ、高校の頃から身長変わってないよ」


「いやいや、大人になったってことだよ。さあさあ、早く上がって」


 祖母は、明日ワタシの誕生日だということで、ホールケーキまで買ってあった。むかしのワタシの部屋は、綺麗に掃除されていた。使っていた机やベッドはそのままだった。小学生から使っていた机は、成長に合わせて高さの変えられる勉強机だ。こんなにゴツい机で勉強してたのか、と懐かしく感じた。

 ベッドに横になる。夏用の薄手の掛け布団は、フカフカだった。きっと日中に干してくれていたのだろう。ベッドに横になったままスマホを見ると、同級生のケイコからのLINE。『もう着いた?』ワタシのは『今、実家』と返すと、すぐに既読が付き、『じゃあ、今日飲みね。みんなに声かけとく。18時、駅集合』と返ってきた。まだ仕事中だというのに呑気だな、と思ったが、『了解』と返信した。

 夜は仲の良かった同級生5人で集まり、久しぶりのプチ同窓会的な飲み会が開かれた。お酒の酔いも回り、つい会社の愚痴を溢してしまった。それってパワハラじゃない、と言う友人がいた。会社の立場を利用して、仕事以外の理由で転勤に持ち込むのはパワハラに値するのだそうだ。彼女の務める会社は、ハラスメント研修など熱心で、最近その研修を受けだばかりだと言う。訴えれば、それなりの慰謝料とか貰えると言うのだ。でも、そんな惨めな思いまでしたくない。それに新しい仕事にも気持ちを切り替えて、頑張っていこうと思っているのだ。それなら、と友人のサトコか言った。


「それならハラスメントの相談でもしてみれば?わたしの友達の会社の人が行ったんだけどね」


 大抵、《《わたしの友達》》や《《知り合いの知り合い》》というものは、現実に存在しない人物か、その本人かどちらかの場合が多い。


「なんかね。ハラスメント専門で相談に乗ってくれるみたいなんだけど。ちゃんとしたカウンセラーの人がいて無料でカウンセリングしてくれるんだって。そこがお寺なのよ」


 ハラスメントとカウンセリングとお寺の3つのワードが関連付けられなくて、現実味がない。なにか都市伝説みたいなやつではないのか。


「なんていうお寺だったっけなぁ?リュウゼンジ?リュウザンジ?えっと、たしか『龍』って字がつくのよ。難しい方の『龍』っていう字」


 彼女はスマホを開いて、何やら調べ始めた。


「お寺でカウンセリングって。なんか、メチャお金取られそうな感じしない?それか、宗教に勧誘されるとか」


 そうケイコが発言した。ワタシも同感だ。なんの得もなく、他人の相談にのる仕事なんかあるだろうか。もし無料が本当なら、やはり勧誘の目的があるんじゃないか。でも、お寺って新興宗教みたいに勧誘なんかするのかなぁ。無料とは言ってるけど、たんまりお布施を強請られたりするんじゃないか。


「あー、あったあった。これ。『龍幸寺』。難しい方の『龍』に『幸せ』っていう字」


「《《難しい方の》》って、頭悪そうに聞こえるよ」


 ケイコが茶々を入れた。


「どうせ頭悪いよ。って言うかアンタ、『龍』って字書けんの。アンタの方が成績悪かったでしょ」


「はいはい。ごめんなさい」


「って言うか、アンタ、サチのこと心配じゃないの。サチの会社の人、友達として聞いてて腹立ってくるんだけど!」


「ありがとう。でももう大丈夫だよ」


「サチ、騙されちゃダメよ。サトコさぁ、中学の時、サチがヒロアキくんのこと好きなこと知ってて、この人黙って付き合ってたでしょ。もしかしたら、サトコ、そこの信者でお金騙し取られるかもよ」


「えー、怖いんですけど」


「ケイコ、そんなむかしの話出さないでよ。あれは本当に悪かったって思ってる。でもヒロアキくんと付き合わない方がよかったと思うよ。アイツ変態だもん」


「なにそれ。アンタなんかされたの?」


 くだらない話をして、こんなに気を遣わずに笑ったのも久しぶりだった。あまり会社のことで悩むのに時間を費やしたくない。美幸のこと、大石さんのことで鬱々とした気持ちを引き摺るのも時間がもったいない。これから新しい仕事、新しい生活のことを前向きに考えるのに時間を使いたい。今日、こうやって友達同士で軽口を言い合っているだけで、ワタシは気分が晴れた。


「話を戻すけどさぁ」とサトコは小声になって、テーブルに身を乗り出した。


「その友達の会社の人っていうのがね、なんか会社でセクハラされてたらしいの。それでこのお寺に相談しに行ったらしいんだけど。そしたらね、そこのお坊さんが、そのセクハラした人に仕返ししてくれたらしいの」


「仕返し?なにそれ。カウンセリングしに行ったんじゃないの」


 ワタシが疑問に思ったことをケイコが突っ込んでくれた。


「なんか、どういう仕返しかは知らないけど。そのあと、そのセクハラした上司っていうのが会社辞めちゃったらしいよ」


「それ、本当?たまたまじゃないの?」


「その友達がね、そのセクハラされてた人に『お寺のお坊さんが仕返ししてくれる』って言ってたらしいの。そんなのあり得ないから話半分で聞いてたみたいなんだけど、それから数日もしないうちに、急にその上司が会社辞めちゃったんだって。それについて、そのセクハラされてた人に聞いても、『そんなの冗談だよ』って、はぐらかされるだけで教えてくれないんだって」


 なんか話の内容がピンとこない。 


「じゃあ、なに?そこにカウンセリングを依頼すれば、恨みを持った人に復讐してくれるっていうの。超胡散うさん臭くない?」


「んー。そういうのをやってくれるのかなぁ?」


 話しているサトコ自体もピンときてないようだ。


「そんなの都市伝説でしょ」


 ケイコが言うと、他の2人が「静岡は田舎なのに、《《都市》》伝説って」と笑った。


「とりあえず行ってみなよ。仕返しはしてくれなくても、話だけでも聞いてもらったらスッキリするんじゃない?無料だし」


 そう言ってサトコは、さっき検索したスマホの画面を見せてきた。場所は清水区の奥、山梨に向かう道沿いの山の方だ。その画面はカウンセリングのホームページで、どこかで見た記憶があった。

 それは美幸が点滴をしていた時、スマホで見た画面だった。お寺のホームページとリンクしていて、カウンセリングのページを開くと、カウンセラーが紹介されていた。真鍋蓮実という女性らしいが顔写真は載っていない。そのカウンセラーのメッセージが載っていた。『悩んでることがあれば、電話でもメールでも受け付けます』顔写真が載っていないので、胡散臭さはより増したが、あまりにもサトコが真剣な眼差しを送ってくるので、「じゃあ、また困ったら相談してみるよ」とスマホを返した。


 そのあとは、またくだらない話で盛り上がった。だいたいが同級生の近況。同級生の誰と誰が結婚しただとか、誰が不倫してるだとか、誰々くんがまだ事業に失敗しただとか。まあ、大抵は他人の悪口で終わってしまうんだけれど。


 5人とも喋り疲れて、そろそろ解散という流れになり、ワタシの売場勤務が始まったら、みんな店に服を買いに来てくれるという約束をして散り散りになった。

 サトコの言うカウンセリングにはお世話になることはないだろう、と思っていた。



 売場勤務を開始し、はじめは慣れないことも現場スタッフは温かく見守ってくれていた。ワタシは副店長の立場で売場に立つことになるが、しばらくの間20歳の若いスタッフが教育係としてついてくれた。背が小さく、明るい元気な子で、美幸を思い出した。

 友人たちも律儀に買い物に来店し、売上がたつと喜んでくれた。

 でも楽しかったのは最初だけだった。次第に店長はワタシの要領の悪さに痺れを切らせて、威張いびるようになった。セット販売しろとか、お客様と雑談して滞留時間を伸ばせとか。接客を長くしろと言ったと思ったら、今度は長いと注意される、ワタシの売上が悪いと、朝礼でワタシの代わりに教育係の子が怒られる。


「なんで私よりも売れないくせに副店長なんですか。早く売れるようになってください。私より給料貰ってるんですよね」


 教育係の子に呼び出されて、キツイ言葉を浴びた。ごもっともな意見だと思う。元々現場の販売の仕事なんて向いてないのだ。知らない人と話すと上がってしまう。次第にワタシの居場所がなくなっていった。

 ワタシは8月の頭に退職願を出した。1ヶ月保たなかった。

 店長は、退職願なんて初めて見た、なんて嘲笑した。接客もしたことないのに、本部の社員だったからって副店長が務まらないのは最初からわかっていた、なんて嫌味まで言われた。本部の販売応援施策なんて、現場は快く思ってなんかいないことがわかった。30歳から販売を始めるのは遅すぎる、とも言われた。ワタシの教育係だった若い子も、ワタシが辞めることを知ってどこかホッとした表情を浮かべていた。


 ワタシの代わりに派遣社員がやってきてが、引き継ぎもなかった。仕事を覚えていないんだから引き継げるものがなにもない。最終日は送別会もなく、呆気ないものだった。大学を卒業してすぐに就職し、この会社に8年いたが、なんの思い入れもなかった。付き合いで服を買わせてしまったサトコたちに申し訳ないという気持ちで、サトコたちに退職したことを話せなかった。

 退職の話は、もう美幸や大石さんの耳に届いているだろう。人事が退職の手続きをするのだから仕方がない。事務的な手続きは店の方でやってくれる。ワタシはただ、いなくなればいいだけ。

 しばらくは失業給付を貰えるし、実家暮らしだから困ることはない。だからと言って、再就職はゆっくり考える歳でもない。転職サイトを見ても、人事総務職の求人が少ない。載っているのは管理職の求人だ。マネージャー経験が求められる。ワタシには無理だ。

 あまり他人との関わり合いがない仕事がいい。それなら独立してやっていくしかない。だけど、何をしたらいいのかわからない。和気藹々とした職場環境でありながら、他人と深く関わりをもたなくていい会社がいい。そんな会社なんてあるだろうか。もしあったとしても、ワタシはそこに溶け込むことができるのか。ワタシは他人と深く関わることを避けるけど、その場の空気には合わせられる人間だと自負していたが、今回の美幸の件や、店頭スタッフとのことを振り返ると、そんな自信は消えてしまった。


 また大石さんから異動を打診された時の気持ちを思い出してしまった。いったいワタシが何をしたというのだ。誰が悪いのだ。美幸が悪いのか。首を突っ込んだワタシの方が悪いんだ。

 やはり、これは大石さんのパワハラではないか。それだけじゃない。転勤してからも、あの店長やスタッフからの仕打ちもパワハラではないのか。なぜワタシがその対象にされなければならなかったのか。

 鬱々とした気持ちが蘇ってくる。誰かに聞いてほしい。それは家族やサトコたちではない方がいい。要らぬ心配をさせたくない。全然知らない相手にぶちまけたい。べつに解決策を求めているわけじゃない。聞いてもらうだけでいい。腹の中に溜まった鬱々とした気持ちを、一気に吐き出したい。


『とりあえず行ってみなよ。仕返しはしてくれなくても、話だけでも聞いてもらったらスッキリするんじゃない?無料だし』


 サトコの台詞が脳裏に浮かんだ。スマホを取り出し、あのお寺を検索してみる。メールでの相談窓口としてアドレスが載っていた。そのままクリックすればメールのページに飛ぶのだろうが、なんと入力したらいいのかわからない。メールアドレスの下には、電話番号が記載されている。電話番号は青字で表示されて、触ればそのまま通話できる仕組みだ。

 ワタシは何も考えずに青字の電話番号を押していた。



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