数原 真樹夫
第116話 辿り着いた先に
新聞紙を敷き、ティッシュを乗せ、その上にクローバーを乗せた。水分が出やすいようにクローバーの茎にカッターで小さく切り込みを入れた。そしてその上にまたティッシュを乗せて、また新聞紙。その上に辞書を3冊乗せてプレスする。陽夏ちゃんは、初めて見る遊びに目を丸くして、食い入るように覗き込んでいた。
「はい。これで3日くらい、このままにしておいてね」
そこまでの工程があまりにも短時間だったために、陽夏ちゃんは物足りなそうな顔をしていた。
「もう、おわりなのぉ?」
小さい子には3日なんて待てない。陽夏ちゃんは両膝をついて、掌に顔を乗せて、じっと辞書を見つめている。けれど、すぐに辞書を退かそうと手を出してしまう。「ダメだよ」と言っても不服そうだ。みうちゃんに綺麗なシオリを作ってあげようとなんとか説得した。
それでもウズウズして、翌朝早くから起こされた。
「めうちゃんのシオリ、めうちゃんのシオリ!」
霊のくせに生意気にも、もう少し眠っていたい、と思った。でも、こうやって陽夏ちゃんと接するのもこれが最後になる。眠たい目を擦り、冷たい水で顔を洗った。ついでに陽夏ちゃんの顔も洗ってあげた。
クローバーの押し花は、リビングのテレビの前にあるローテーブルの上に置いておいた。陽夏ちゃんは駆け足でローテーブルまで行き、鼻の穴を膨らませて重い辞書を退かした。新聞紙とティッシュをそっと外すと、まだ水っぽく、やはり一晩じゃ全然プレスが足りない。
「できた?できた?」と僕の周りをぐるぐると回りながら、目をキラキラさせている。言いにくいが、これではシオリにならない。僕が首を横に振ると、また陽夏ちゃんはしょんぼりとした。
「押し花、ですか?」
お供物などを入れる食器類の入ったダンボールを抱えていた雲仙さんが声をかけてきた。陽夏ちゃんはしょんぼりとしたまま頷いて答えた。
「半紙を重ねた上からアイロンしたら、すぐに作れますよ」
雲仙さんはそう言って、隣の部屋からアイロン台とアイロン、そして半紙を持ってきて目の前で手際よくアイロンがけした。その後、薄い透明なプラスチックの板に乾燥したクローバーを挟み、それにもアイロンをかけた。あっと言う間にクローバーのシオリができた。
僕もシオリを作ろうと考えたはいいものの、クローバーをプレスしたところでその後のことを全く考えてなかった。計画性がない、と劉弦さんや天馬さんのことをバカにしていたが、人のことを言えたもんじゃない。
「以前、檀家さんの子供たちが集まった時、みんなでシオリ作ったことあったんですよ。丁度、材料が余ってたので」
陽夏ちゃんは、できあがったシオリを見て「かっこいい」と言って、目を大きく開いて喜んだ。
「これ、はやく、めうちゃんにあげる」
そう言って、まだ朝の8時だというのに家を飛び出し行こうとした。「みうちゃん、もう幼稚園行ってるから、いないよ」と宥めるのに労を要した。
陽夏ちゃんは、みうちゃんが幼稚園から帰ってくる2時過ぎまで落ち着かない様子だった。もう5分置きに「めうちゃん、まだかなぁ」と聞いてくるくらいだ。
「ほほほ、利休さん。今日は、ずっと陽夏に付きっきりですなぁ」
僕と陽夏ちゃんのやりとりを眺めていた和尚が話しかけてきた。
「そうですね。まあ、陽夏ちゃんと一緒にいたら答えに辿り着いた気がします」
「ほーぅ、そうですか」
「これで最後になると思いますから、もうちょっと陽夏ちゃんと遊んでたいんですけどね。陽夏ちゃんは、今はみうちゃんにあのシオリを渡すことで頭がいっぱいみたいなんです」
和尚は多少は僕に同情してくれたのか、眉を下げて困った顔を示した。
「それで、辿り着いた真理とは?」
「無ければ、作ればいいんです」
僕の答えに、和尚は興味津々な顔で頷いた。「して、その先は?」とその内容を促すように顎をしゃくった。
「明日、東京へ行ってきます」
「東京?」
「最後に、もう1度だけ復讐代行の仕事をするんです」
和尚は困った顔のまま笑い出した。それでも僕が自ら導き出した答えに納得してくれたようだ。
なんだか晴れやかな気分だ。こんな気持ちは、生まれて死んで、また惰性のように生きてきてから初めての気持ちだ。




