数原 真樹夫
第112話 野球少年との思い出
自分がここに集まる霊たちと同じだとはっきり認識したのは、自分と同世代の霊が来た時だった。
その子は事故で亡くなったことに気づかず、プロ野球選手を夢見る男の子だった。年齢を聞くと同じ16歳だった。高校1年生の年齢だ。
「どこ中?」と聞かれたとき、自分が中学校というものに行っていないことに初めて気づいた。龍幸寺で奉公をしているのが当たり前だと思っていた。世の中には義務教育というものがあると教えてもらった。
彼は野球ができなくなったのは、事故で怪我をしたせいだと思い込んでいた。自分がいなくても部活に勤しむ友達を見て、学校に行けなくなったと言う。それは違うよ、と言ってあげたかったが言葉が出なかった。自分から言うのは、マナー違反な気がした。
和尚はとくに僕に指示をするわけでもなかったが、自分にできることは彼が死んだことに気づくまで話し相手になってやることだと思った。彼は毎日決まった時間に寺にやってきて、境内でいつも素振りをしていた。「怪我なんて、もう治ってるのにな。どこも痛くないけど」と首を傾げながら素振りに勤しむ。僕はその間、ずっと付き合っているのだ。キャッチボールもした。何が面白いのか、全く理解できなかった。そして、いつも同じコースをジョギングをする。
ある日、いつものジョギングコースを外れた。ジョギングのコースで、いつも左に曲がる角がある。ジョギングコースを決める時に「この道は嫌なんだよね」と真っ直ぐ進むのを拒んだ道だ。それがその日に限って、「ちょっと、ここ真っ直ぐ行ってみよう」と言い出した。僕はコースなんかどうでもいいし、素直に彼についていった。そもそも、なんで自分はジョギングまで付き合ってるんだろう、くらいにしか思っていなかった。
途中、その子はふらつきはじめた。息苦しそうだった。冷や汗までかいている。理由を聞くと、その先の道は彼が事故をした道らしい。「嫌なら引き返そう」と言ったが、彼は聞かなかった。彼が死を思い出すタイミングだったのかもしれない。
今まで寺に訪れた霊たちは、気がつくといなくなっていた。和尚に聞くと「真理に辿り着いたようだ」としか答えない。僕なりの解釈で、死んだことに気づくと成仏する、と思っていた。
彼が事故現場で死を思い出した時、目の前からスッと消えると思った。霊とはいえ、目の前から消えてしまうのを目撃すると思うと、緊張した。パッと消えるのか。それとも段々と薄くなって消えていくのか。
目の前の少年は、そのどちらでもなかった。
少年の気は落ち着いたようで、もう苦しそうではなかった。だが、ものすごく重い空気になってしまった。表情が暗い。2人して無言で寺まで引き返した。
寺で和尚に聞いたところで、やっぱり答えはくれない。仕方なく2人で途方に暮れていると、
「死ぬ前に、甲子園の土、踏んでみたかったな」
と、半ば諦めたように彼が言った。
「じゃあ、行ってみるか?」
丁度、8月。夏の甲子園では2回戦が行われている時期だった。僕はこの頃ようやく、心残りを解消することで成仏するということを知ったのだ。
じゃあ自分の成仏は、と訊ねられても、自分自身の心残りがなんなのかわからない。死んだ理由も忘れてしまったし、恨む両親の顔すら覚えていない。
顔さえ思い出せれば恨みを解消できるか、とも思うのだが、両親に対して恨みの気持ちがない。
陽夏ちゃんの面倒を見ていると、親という生き物に対して同情の気持ちすら湧いてくる。食べ物は溢すは、気に入らないことがあれば泣くは、しつこく遊びに付き合わせようとするは。転べば泣く、腹が減れば泣く、オシッコ漏らせば泣く。可愛いだけじゃない。正直、疲れる。きっと両親も、僕を育てるのに疲れてしまったのだろう。
じゃあなんで僕はこの世にしがみついてらのだろう。
その理由をずっと探していた。最近は、その理由を探すことにさえ興味を失っていた。そして、今に至る。




