浅川 沙千絵
第106話 小さな天使
和尚と利休くんは目を瞑って、手を合わせていた。
2人の間に、不思議そうな顔をして、陽夏ちゃんがぽつんと立っていた。周りをキョロキョロと見回して、
「あれぇ、パパとママは?」
とつぶらな瞳を丸くして、キョトンとしていた。
和尚は陽夏ちゃんの小さな頭をクシャクシャッと撫でた。
「じぃじ。パパとママは、またどっか行っちゃったの?」
「そうじゃなぁ。パパとママは、ずっとここにおるぞ」
和尚は人差し指で陽夏ちゃんの胸を指した。陽夏ちゃんは難しそうな顔をして、着ているTシャツの胸元を引っ張り、Tシャツの真ん中辺りを眺めた。
「いつもそこにおるんじゃが、陽夏が良い子にしてるか心配で、会いに来てくれたんじゃな」
「また会えるかなぁ」
和尚はしゃがんで、陽夏ちゃんと目の高さを合わせた。
「目を瞑ってごらん。いつでも、会える」
陽夏ちゃんは素直に目を瞑って、口を尖らせて、ふーん、と返事をした。
「あの子は、和尚が探してきたんです」
何も聞いてないのに、利休くんが隣で喋り始めた。
「なんの縁か、あの2人が龍幸寺へやってきたんです。2人とも身寄りがなく、自分たちの出生もわからないんでしょう。ただ、もしかするとこの土地に何かの縁があったんでしょうか。2人は陽夏ちゃんのお骨箱を持って現れました」
「え?陽夏ちゃんって。生きてるんでしょ」
ワタシは和尚の膝の上で頭を撫でられている陽夏ちゃんを指した。
「そうですよ。でも、2人は自分たちが生き残って、娘さんが亡くなった、そう思い込んでたんですから。お骨箱を受け取った時に、2人の方が亡くなっていることに気付きました」
「じゃあ、その時教えてあげればよかったじゃない」
利休くんは口を結んで、頬を膨らめて顰め面している。どう説明したらいいか、言葉を選んでいるようだ。
「むかしね。和尚は亡くなったことに気づいてない霊に、死んでることを伝えたことがあるそうです。その霊は、その事実を受け入れてられず、頑なに死んでいることを否定し続けて、成仏するタイミングを失ってしまったそうです。他人に言われたくないことを突かれて、情を張ってしまうことってありません?本当は好きなのに、違うと言い張って、挙句の果てに本当の気持ちを見失ってしまう、とか」
身に覚えがありすぎて、返事に窮してしまう。
「成仏できない人は、なにかこの世に心残りがある人なんです。でも、その心残りを見失ってしまったら、その人は成仏する理由がなくなってしまうんです。飲み会で帰るタイミングを失って、本当は次の店に行きたくないんだけど、結局最後まで残ってしまって、それでも帰る理由を見失ってしまうと、虚しく1人でラーメン屋で締めにビールを飲む羽目になるんです」
なんで締めラーの話になってるんだ。
「帰るタイミングは、自分で見つけなきゃならないんです。そのタイミングは、自分でみつけなきゃならないんです」
「それが、この世の心残りってこと?」
「そうですね。心残りが、この世に留まっている理由ですから。それを自分自身で気づかないといけない。僕は、そう思うんです」
たがら利休くんはワタシにはっきりとした答えを教えてくれないのか。自分で気づがなければならない。和尚や利休くんが、のらりくらりとした答えしかくれないのは、そのせいだ。
和尚は相変わらずの笑顔だが、ワタシたちに見せる笑顔と違う。蓮実さんが陽夏ちゃんに向ける、包み込むような笑顔だ。和尚の話に陽夏ちゃんが頷いている。
「もうすぐ誕生日じゃな」
「うん!もうすぐ4さい!」
「誕生日に会いに来てくれたんじゃろうな」
真っ直ぐな笑顔は、辺りを輝かせてくれる。小さな天使には、誰もが叶わない。
「和尚は2人を見て、このままだと帰るタイミングを見失ってしまうんじゃないか、と思ったんです。2人の霊の姿は見えるのに、肝心の娘さんの霊の姿がない。和尚は娘さんが生きてると直感的にわかったそうです。彼らの事故の話を聞いて当たりをつけて、彼らに知られないよう雲仙さんたちと陽夏ちゃんの行方を調べました。2人とも身寄りがなかったものですから、陽夏ちゃんは東京の孤児院に預けられていました。和尚は陽夏ちゃんを養子にすることにしました。年寄りの縁組ということで簡単には要望が通りませんでしたが、和尚になにかあれば後見人として雲仙さんが面倒を見るということで、陽夏ちゃんを引き取ることができました」
小さな天使に見惚れていると、陽夏ちゃんと目が合った。クリクリした目で近づいてきた。
「お姉ちゃん。さっき、パパとママが会いにきてくれたんだよ」
「そうか。良かったね」
「お姉ちゃんも、どっか行っちゃうの?」
ストレートな質問に、返す言葉を探す。小さな顔の頰に触れた。暖かくて、柔らかくてフワフワしていた。陽夏ちゃんは、くすぐったそうに身を捩る。その仕草に、こちらも自然と笑が溢れてしまう。
ワタシは和尚の言葉を借りることにした。
「いつでも会いに来るよ」




