浅川 沙千絵
第105話 白い光
蓮実さんがワタシの存在に気づいた。
アナタもなのね。口は動いていない。目がそう言っていた。
「どうしたいって、何が?」
劉弦さんは和尚の問いにそう答えるが、目は女の子を目で追っている。目の前に死んだと思っていた娘さんがいるのだから、無理もない。
初めて娘と会った喜び、何が起きているのか理解できない戸惑い、本当に自分の娘なのかという疑いと驚き。色んな気持ちが押し寄せてきて、今の自分を把握できない。リンクしてるから、わかる。ワタシは子供を産んだこともなければ、結婚したこともない。男でもないし、ましてや子供と死に別れたこともない。ワタシと劉弦さんの置かれている状況で唯一の共通点は、自分が死んだことに気づかず今まで暮らしていたことだけだ。
蓮実さんの気持ちもリンクしてきた。劉弦さんと違って陽夏ちゃんがお腹にいた。自分の分身が、お腹の中で成長していくのを身体で感じている。どんどん成長していく分、愛情も膨らんでいく。存在は感じているのに、顔を見ることができない。肌で感じることができない。それが苦痛ではなくて、早く会いたい。早く会って、顔を見たい。抱きしめたい。叶わなかった現実が、いま目の前にある。
こんなこと、リンクしていなくたって見ていればわかる。2人の気持ちを感じる。会いたくて会いたくて仕方がなかった。その陽夏ちゃんが、目の前にいるのだ。
蓮実さんは、大きく手を広げた。
「おいで」
陽夏ちゃんは少し戸惑って、膝の上から和尚を見上げた。和尚は優しく頷いた。陽夏ちゃんはモジモジと体を捩り、蓮実さんの目の前に立った。蓮実さんは、優しく包み込むように抱きしめた。
「......ママなの?」
その一言で、蓮実さんは今までの感情を全て放出するように泣いた。陽夏ちゃんは驚いたように口を窄めて、その背中をトントンと優しく撫でた。嗚咽が大きくなった。そして、陽夏ちゃんの小さく細い体を壊れてしまわないように優しく、そして強く引き寄せた。
「よかった......。陽夏が、生きててくれて、ママ、本当に嬉しいよ」
どこまで理解しているのかわからないが、陽夏ちゃんはその言葉に笑顔で返す。
「陽夏も、ママに会えて嬉しかったよ」
蓮実さんだけじゃない。劉弦さんの心も、憎悪や復讐の念など入る隙間もなく、愛情で埋め尽くされていた。
「俺も、抱いていいか?」
蓮実さんは名残惜しそうに陽夏ちゃんから体を離した。
劉弦さんは恐る恐る陽夏ちゃんの前に膝をついた。
「パパ?」
陽夏ちゃんは両手を広げた。劉弦さんは、その胸に吸い込まれるように体を近づけていく。そして、しっかりと抱いた。劉弦さんの背中が震えている。陽夏ちゃんの背後から、震える劉弦さんと一緒に包むように蓮実さんの体も重なった。
2人がこの世にしがみついていたのは、復讐心でもなく、娘の陽夏ちゃんだったのだ。自分たちが生き残ってしまった。そう勘違いしていた。それは生まれたばかりの子供を残して死んでしまったことの懺悔なのかもしれない。自分たちがいない世界で、1人残してしまったことを受け入れられなかったのだ。
成長した娘の姿に、安堵と喜びと、ほんの少しの後悔が2人を支配している。
彼らに降りかかるように、白い粒が落ちてきた。
それは2人の涙なのか。キラキラと光って見える。迸る光の雫が、辺りに充満した。眩しい。その光は、目を瞑っても瞼を透かしてワタシの眼球まで侵入してくる。
その眩しさに耐えられず、しばらく目を開けられなかった。
再び目を開けた時、すでに2人はいなくなっていた。




