表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎮めよ!  作者: オノダ竜太朗
第1章 諸法無我〜俺たちには実態がない
PR
100/120

浅川 沙千絵

第100話 忘れるということ


 深呼吸してください。利休くんに言われて、素直に従った。数回深呼吸すると、吐き気は治まった。


「リンクって、なに?」


 頭の良い学生が、成績の悪い同級生を小馬鹿にして方程式を教えるように、利休くんは「ふぅー」と面倒臭そうな溜息を吐いた。その態度が《《劉弦さんたち》》に生意気って言われるのよ。そう頭に浮かんだ時、劉弦さんたちっていったい誰?蓮実さんは、そんなこと言わない。じゃあ、劉弦さんと、あとは誰なの?思い出そうとしてるのに、その微かな記憶に何かが蓋をしている。


「なんて説明したらいいですかね。共鳴と言ったら、わかりやすいですか」


 余計わからない。


「天馬さんがいなくなったことは、気がついてますよね」


 テンマさん?天馬......。あ、そうだ。天馬さんだ。劉弦さんと、もう1人いた人は、天馬さんだ。なんで今まで出てこなかったんだろう。


「もう天馬さんの記憶が消えかけてるようですね」


 こちらの思考を読むように、利休くんが言った。なんなの、この子は。生意気な子供だけど、時々年上の人と話してるのではないかと錯覚する時がある。自分はなんでも知ってるような、年寄りが自分より若い人を蔑むような目でみる時があるのだ。そこが、生意気なんだけど。


「さっきの女の子がなに?見えるとなんなの?揶揄わないで」


 利休くんは困ったように顔を顰めている。


「僕の口からは説明できないんですけど」


「なんなの。その《《まどろっこしい》》言い方は。なんなのよ、ちゃんと説明して。天馬さんはどこ行ったの?さっきの子は誰?リンクって何?」


 利休くんにイラつくのはいつもだけど、今日は特にイラつく。なにか理由もなく時間に追われている感覚。あれもしなきゃ、これもしなきゃ、何から手をつけていいのかわからない。でも時間だけが押し迫ってくる、そんな感覚。やっぱり更年期なのか。


「どこから話せばいいのかな。本当は自分で気づいてほしいんですけど」


 利休くんは、そう言って人差し指で顳顬を掻いた。そんなことぐらい自分で気づけ、と言いたいのだろう。やっぱり人を馬鹿にしている。でも、《《そんなこと》》ってどんなことよ。


「劉弦さんと蓮実さんは真理に近づきました。その真理に辿り着けば、和尚のところにやってくるでしょう」


 なんなのよ。このはっきり言ってくれない感じ。ロールプレイングゲームで街の人々に話しかけてるみたいだ。ヒントはくれるけど、答えを言ってくれない。


「その真理って、なに?昨夜、て、て、て......天馬さんも言ってたけど」


 危うく、また天馬さんの名前を忘れそうだった。なんでなんだろう。更年期ではなくて、若年性アルツハイマーなのか。意識はハッキリしてるはずなのに、見えてるものの現実感がない。まるで夢の中みたいだ。


「また天馬さんのこと、忘れそうでした?」


 そう言うと利休くんは、玄関で草履を履いた。外へ出て振り返り、ワタシの方を見ている。ついてこい、ということなのか。

 ワタシもサンダルを履くと、利休くんは歩き出した。さっき向おうとしていた墓地の方だ。黙ってついていく。


「天馬さんを忘れてしまうことが、怖いですか?」


 そう聞かれて、なんと答えたらいいのかわからない。今自分に起こっている現象、忘れてしまうのが病気なのか、この現実感がないことが気持ち悪いのか。今の自分の状態がわからない。それが1番怖い。天馬さんとは1、2ヶ月の短い付き合いだが、身近な、そして大切な人だったのだと思う。その大切な人のことを忘れる。そう考えると、忘れることが怖いのかもしれない。


 綺麗に整備された石畳の上を歩く。道の両側には檀家さんの古い墓石もあれば、真新しいものも並ぶ。石畳を奥へ進んで少し高台になっている場所にもお墓がある。そこは劉弦さんと蓮実さんの娘の墓がある場所だ。ワタシたちは、そこへ向かっているようだ。


「人は忘れることを怖がるのです。同時に忘れられることも怖がるものです」


 高台には3段の石段がある。利休くんはその石段に足を乗せた。やっぱり劉弦さんの娘のお墓だ。


「だから、人は忘れないように墓を立てるんです。残された人は忘れないように、そこに名を刻んでいるのです」


 娘さんの墓を前にして、利休くんはワタシに何を伝えたいのか。ここへは劉弦さんとも、蓮実さんともよく来た場所だ。いつも娘さんの墓を見ていたけど、その隣にも同じ大きさの墓石が建っていたことに初めて気づいた。こんなところにあったなんて。なんで気づかなかったんだろう。

 この高台は、劉弦さんたちの娘さんのお墓だけのために用意された特別な場所だと思っていた。


 利休くんは、もう1つの方の墓に手を合わせた。ワタシも利休くんの隣にしゃがみ、同じように手を合わせた。その墓石には、天馬さんの苗字が刻まれていた。


「え?」


 どういうこと?声にならなくて、利休くんの顔を覗いた。視線で促すように隣の墓にも目を移した。ワタシの視界に入ったものは『松下家之墓』と刻まれている。当然だ。劉弦さんの娘さんの墓なのだから......。違う。ワタシが聞いたのは劉弦さんたちは離婚して、娘さんのお墓には『真鍋家』と掘られていたはずだ。それに娘さんのお墓は、小さな球体だった気がする。目の前にある墓石は、墓地でよく見る普通の長方形の形をしている。

 恐る恐る、横を覗く。壁面には年月日と劉弦さんの本名と、蓮実さんの名前が刻まれている。たしか、まだ生存しているうちに入る予定の人は、朱色の字で掘られていると聞いたことがある。でも、その時は朱色ではない。


「これって、どういうこと?」


 聞くまでもない。そういうことなのだ。


「沙千絵さんが見ているもの。それが全てです」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ