巡る逡巡休むに似たり、結果ありきの作戦変更
ヒビキは狙いすまして手中の槍をツインヘッドシャークへと投擲する。
鋭い音とともに空気を裂き、それは違わず蒼く大きい背中へと突き刺さった。
途端、激しくのちうち回り、血と水しぶきを盛大にまき散らす。
「おお、お見事!」
ジャックがヒビキに喝采を送る。
「追撃を!」
ダニエルが次の投擲用に剣を差し出す。
それを受け取ったヒビキは間髪入れずに、それを投擲する。
剣もまた狙い違わず、突き刺さった槍の近くへと吸い込まれていくが、その体が一層蒼く光り始めると剣をはじき返した。
「おー」
「なんだと!」
「はじかれたのか? いや、あれはもしかして……」
ヒビキの間の抜けた驚きの声と、騎士達の驚きの声が重なる。
「ええ、ダニエルさん。ご想像の通り魔力障壁でしょう」
「魚が? 魔力障壁と?」
ジャックもそれであれば確かに剣もはじくと思いつつも、魚がそんなものを使うのかという現実に困惑する。
「困りましたね……」
「一撃は与えたものの、むしろ手負いにさせたか」
背中に槍を生やした大魚は、湖面すれすれに漂い、こちらを、ヒビキを睨みつけているようだった。
「ツイン、ヘッド、なんとおっしゃいましたか……アレは」
ダニエルがヒビキが名付けたそれを呼ぼうとして、記憶を探る。
確かにちょっと長いな、とヒビキも思い、言い改める。
「魔力をまとった蒼い魚ですから、……魔蒼魚とでもしましょうか」
「なるほど。では、あの魔蒼魚、ここで倒しますか?」
ジャックの問いに、ダニエルも同様にしてうかがうような目をヒビキに向ける。
投擲が利かなくなったというのにろ、倒すか? という確認をしてくるあたり、騎士達も覚悟を決めているのだろう。
だが魔力障壁がなければヒビキの攻撃は通じるという実績もある。
であるならば、例えば自分たちが囮やらになるのもいとわない、そんな雰囲気があった。
つまりヒビキに考えがあるならば、命を惜しまないという覚悟だ。
さすがにそんな覚悟を押し付けられても重すぎるし、そもそも二人には無事に戻ってほしいからヒビキはついてきたのだ。
しかし、まだピンピンとしている魔蒼魚を引き連れて戻るのはさすがにアリスに危険が……及ぶことはないと自分の持つ力からして言い切れるが、怖がるかもしれない。
「うーん」
そんな悩みの理由がわりと身勝手な心中を知らず、難しい判断をしているのかと騎士達二人はヒビキの悩む顔を見つめている。
「ううーん」
ヒビキは頭の中で順に整理していく。
最優先なのはこの奇跡のようなキメラをアリスに見せる事。この機会を逃しては二度と拝めないだろう。
多少は怖がるかも知れないがそれもまた冒険だ。そして自分がいる限り危険はない。
これだけであればこのまま引き連れていけばいい。
だがその場合、つまりアリスの前で魔蒼魚を倒すという事は、騎士達二人とディアジオ、ベンネヴィス、場合によって岸で酒盛りをしている釣り人連中にも自分の力を見せる事になる。
あの魔力障壁をまとった巨体を落とすとなると、ヒビキもそれなりの技なり魔法なりを使う事になる。
少なくとも舟の上からだけでは無理だろうから、湖面の上にを走ったり飛んだりは最低限するだろう。
それなりに魔術に明るいものであれば水上歩行は難しいものではないはずだが、少なくとも駆け出し冒険者ができるものでもない。
魔眼持ちという事はすでに明かしてあるが、あまり力を見せつけると色々とうるさくなるのも必至。
事情説明やらなんやらで問い詰められてその先には、そもそもどこから来たのか、目的は何ななのか等々の面倒くさい事をギルドやお城の偉い人から聞かれそうである。
そうなるとアリスと自由に動ける事ができなくなりそうだ。
考えてみると今くらいのポジションが実に絶妙だった。
魔眼持ちという、ある程度の実力がうかがえて、何か事情があるにしてもそれを聞かれずに済む程度の力の匂わせ方。
結論として。
「うーん、うーん」
あまりこれ以上の力を見せず、騎士を生還させつつ、魔蒼魚をアリスの所へ引き連れ、観衆の中でも力を見せない。
「うん。無理だ」
そうは都合よくいかないだろう。
かと言って、手負いの魔蒼魚は自分を見逃しはしない。
万が一逃れられたとしても、日を改めてこの騎士達が討伐に向かうだろう。頭数は増やしたとしても自分が立ち会わないのであれば、二人の命の保証はない。
であれば。
現実的にはここで騎士達にある程度の力を露見させて葬るか、アリスの前まで引き連れてさらに多くの衆人の前で自分の力を見せて倒すかの二択だ。
面倒な展開になったな、と。そしてもう少し慎重に立ち回れたかな? と、魔蒼魚に浮かれすぎていた自分を戒める。
そんな渋い顔になったヒビキを見て、騎士の二人が視線を交わした。
「そうですね……むしろここまで拮抗できた事すら奇跡です」
ヒビキの無理という呟きに立ち上がったのはジッャクだった。
「ダニエル。次は頼む」
「先は任せた。すぐに会おう、相棒」
「おう」
ダニエルが突然革鎧を脱ぎ、ヒビキに微笑む。
「短い間でしたが実に楽しかった。あとはダニエルがきっと貴女を岸まで送り届けますからご安心を」
「は?」
「ダニエル、行け!」
そしてジャックが、湖に飛び込んだ。いや、湖面を走り出して魔蒼魚へと向かった。
「はああ?」
「行きますよ、舟につかまって!」
ダニエルは猛然と舟をこぎ始める。
仲間を見捨てて、ではない。囮になった仲間の残れた命の時間を無駄にしない為。
「あああ、違う、違います! 無理っていうのはそうではなくて!」
やっと自分の言葉が誤解されて受け止められたのだと悟り、ヒビキは慌てる。
まさか騎士職のジャックがあそこまで魔術に堪能とは思わず、走り出したのを止められなかった。
しかし湖面の上を走っていると言っても、大地を駆けるほどではない。
「ああ、もう、仕方ない! ダニエルさん!」
「なんですか?」
「ジャックさんが食われた後、貴方も囮になる気でしょう?」
「申し訳ありません。まさしくその通りですので、その際は女性であるヒビキさんに舟をこいでいただくことになります」
まったく恐れのない顔で、微笑みながらそういうダニエルにヒビキの考えは決まった。
「こんな幼い女性に力仕事とは最低ですね」
「ええ、まったく。紳士として恥ずべき事ですので、あの世で相棒と二人反省します。ですから、お気にされずヒビキさんだけは必ず……」
「お断りです」
ヒビキは積んであった槍や剣を脇に抱えて、ヒラリと舟から飛び出す。
「あっ! ……まぁ、そうですな。貴女であれば」
「ジャックさんを回収してください。私の事情で誤解されてしまいました。アレをどうにかする事は難しくありません」
「本当ですか? ……我々の為に囮をして時間稼ぎなどというお考えであれば看過できませんよ」
「どの口でおっしゃる。本当に大丈夫です。私はアレを岸までおびき寄せて……うーん、と」
ああ、もう仕方ないと、ヒビキは頭の中で強引に作戦を立てていく。
アリスの元まで引きずっていって、お披露目をした後は。
「アリスと協力してアレをなんとかしましょう。私だけでは倒しきれませんが、姉がいれば可能なはずです」
アリスと一緒に退治して、手柄にしてしまおう。
目立ってしまっても仕方ないが、アレほどの相手を倒せば冒険者としての評価もあがるだろうし、そうすればアリスがお気に入りのあの勇者? とパーティーを組む事もできるかもしれないし……できないかもしれない。
取らぬ狸の皮算用というより、とりあえず誰も死なないという結果ありきの展開を求めるあまり、ヒビキもそうとうに頭の回転が怪しい事になっている。
もともと騎士に随伴したのも、この二人にアリスが面倒をかけたお返し護衛的な意味があったのだ。
二人を見捨てる道理はもともとない。
「アリスさんがいればアレを倒せる……とてもそんな荒事に向く方ではないようでしたが」
「……姉妹ゆえの技、というか、一族に伝わる秘儀、みたいな、そんなカンジのものがありまして」
とってつけた理由なので、細かい設定を後付けで会話に生やしていく。
なんとなくボヤかしておけば後で突っ込まれても、そうでしたか? とこの美少女スマイルでゴリ押す予定だ。
「とにかく! 今は問答している時間はありません! ジャックさんを回収して、私と距離をとってついてきて下さい! このまま言い争っていては彼は無駄死にですよ!」
「了解した!」
ダニエルはそれ以上何かをたずねる事なく応じた。
ヒビキは、では、とその場に言葉だけを置き去りにするようにして駆けだす。
魔蒼魚に今まさに迫ろうとしていたジャックの背中を飛び越えて、魔蒼魚の鼻っつらに飛び蹴りをしかける。
わずかに怯んだように見えた魔蒼魚はヒビキを見るなり、魔法障壁の蒼い輝きを増す。明らかな警戒態勢だ。
「ヒビキさん!? なぜ!?」
「話はあとです! 船に戻って!」
「しかし!」
やはり簡単には言う事を聞いてくれないか、とヒビキは力を開放する。
魔蒼魚が狂ったように躍りかかってくる。
それをかわし、時に横腹を殴りつけ、対峙する。
「おお……」
ジャックが、ヒビキが魔蒼魚と互角、むしろ優勢のような状況に感嘆する。
「失礼ながら足手まといです。ダニエルさんとともに舟で待っていてください!」
「……ッ! 了解した、決して命を無駄にしないように!」
自分がこの場でできる事はなく、むしろ足を引っ張り状況を悪くするだけだと言い切られ、すぐに踵を返して舟に向かったジャック。
男の面子やら騎士の体面やらを除外し、自分の実力と置かれた状況をきっゃ看的に素早く判断でる決断力は素晴らしいと思う。
「……さて、じゃあ、あとはうまい事アリスの所までデートといこうか」
よくよく見ると魔蒼魚は、なかなかに凶悪なビジュアルだ。
あれ、コレって喜ぶの自分だけじゃ? と今さらになって不安にるヒビキであったが、時は戻らない。もう後戻りできる段階ではない。
「喜ぶよりも、怖がる比率の方が大きそうだけど……すっとぼけるか」
これはちょっとやりすぎと怒られるかもしれないなと思いつつも、考えるのが面倒になってきたヒビキは、かつて生きた世界の有名な軍人が言ったプランを口にしてみた。
「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に……ってね!」
ヒビキはこちらをにらみつける魔蒼魚がジャックたちに向かわないように、さらに追撃をしかけ釘付けにしていった。




