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保護者不在の舟で、ヒロインは真実に至る


アリスの前に置かれた竿にかけられた糸の先。


そこにはアリスが小指を曲げたような太さと形をした針が三本束ねられ、それに絡むように突き刺されている肉片、ではなく拳ほどの肉塊だった。


その釣り針からやや離して浮きが括り付けられているが、こちらもエサの肉の重さに負けないようにと大きめの浮きだった。


確かにピーラニッアは肉食、それもどう猛と表現しても良い勢いがありそうだが。


それにしてもこれか、とアリスは再び及び腰になる。


こんなものをかじる様な魚、間違って指に食いつかれたらどうなる事やら。


しかしここまで来て「あ、ちょっとお腹が痛くなったから帰りましょう」とも言えない。リーダーとして。


本当に痛くなりそうなお腹にグッと力を入れ、エサと言われた肉塊を持ってみる。


乾燥させた干し肉であり感触は生々しくないが、大きさの見た目どうりそれなりの重さだ。


「こ、これを投げ込むのですか」


「はい。普通の釣りのように竿をしならせてコレを放るというのなかなかに難しいですから」


「なるほど……ああ! ああ、そうだったのですね、なるほど!」


一度目のなるほどはエサを投げ込む理由。


確かに竿でこの重さは、相当な釣り人でもなくばうまくコントロールできないだろう。


そして間をおいて何かに気付いたような顔で、二度目になるほど、と叫んだ理由はアリスがとある真実に到達したからだ。


それは今まで多くの恋物語を読了したアリスが、その作中でピーラニッアを釣る物語に出会ったことがない事に気づいたのだ。


確かに恐ろしい魚であるがおいしいと評判ならば、一度くらいヒロインの前でカッコよく釣り上げる主人公がいても良いはずなのに、と。


そう。


それは理由があったのだ。


恋愛物語の中での釣りシーンにおいて、ヒロインは釣りが初体験であり、どうやってエサのついた針を扱うのかと困惑する。


そんなヒロインに代わって、釣りに慣れている主人公の少年なり青年なりが華麗に竿をしならせる。


結わえられた針は見事に狙った場所へしぶきをあげて着水。そして竿をヒロインへと差し出し「どうぞ」と微笑むのだ。


そしてヒロインは「わぁ、すごい!」と。


主人公は「なぁーに、たいした事ないさ」とイケメンスマイルを浮かべる。


これがお約束だ。


コレがいいし、こうでなくてはならない。


イケメンとは何でも華麗に完璧にこなす存在なのだから。


だが待ってほしい。


もしそんな物語でピーラニッアを釣りに行くシーンがあったならどうだろうか。


ヒロインは初めての釣りでエサと言われた肉塊を前に違う意味で困惑するだろう、まさにアリスが今そうであったように。


そして、それを横から拾い上げて、そっさうと華麗に完璧に投げ込む主人公というのは……絵にならない気がする。


どれだけの有名絵師が輝くイケメンの挿絵を描いても厳しいシーンではなかろうか。


そう。


恋物語にピーラニッア釣りが出てこない理由はこういう事だったのだ。


本では語られない、本当の世界を冒険者としてまた一つ知ったアリスは感動する。


「今、私はまた一つ、冒険者として成長した気がします!」


「そうですか、それは良かった」


ディアジオもアリスの成長を喜んだ。


具体的に何がどう成長したのかを問わない彼は、見た目がアリスの好みでなくとも立派な紳士である。


「そうか? そうかぁ、そいつは良かったな!」


一方で、なんか知らんがお嬢ちゃんが楽しいならそれでいいだろう、というノリでベンネヴィスも共に笑顔を浮かべる。


「ありがとうございます! お二人のおかげです!」


自分の成長を快く祝ってくれる二人に、アリスはますます冒険者の仲間というものは、やはりこういうカンジなのですね! と、感動に打ち震えている。


しかし客観的に見ると、小舟に乗り込んで同乗者が漕いで湖をわずかに進んだ先、別の同乗者に釣りの段取りを整えてもらった後、アリスはその竿を受け取っただけである。


魚を釣り上げるどころか、まだ何もしていないのだが、その笑顔はもう満足八分目あたりまで来ている。


世間知らずで自分の感情に素直なアリスは、満足の沸点というものが非常に低い。


さらにこれ以上のイベントを急に詰め込んでしまうと、ほぼ満足しかけている冒険心が胸やけなり腹痛を起こしてしまうかもしれないのだが。


そんな事は毛ほども思い当たらない同乗者の二人は、最初は引け腰だったアリスがいざ始めるとなるととても喜んでいるのを見て、じゃあもっと色々と教えてやらないと、という親切心が湧きあがってくる。


「さぁ、アリス嬢。浮きの動きをしっかりと見て下さい。大きく動いたり沈んだりしたら教えて下さいね」


「お嬢ちゃん、大物のピーラニッアをよろしく頼むぜ!」


仲間の激励を背に受け、アリスは言われた通り浮きのわずかな動きも見逃すまいと凝視する。


二人はそれを見守りながら、自分たちの竿を片手に取り、エサの肉塊をそれぞれ違う方向へと投げ込んだ。


かくして三人はわいわいと歓談しながら釣りを始める。


波紋一つない、静かすぎる湖の上で。


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