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血が呼ぶ魚影


「……ふむ。やはり息絶えていたか」


最初と同じくジャックが湖を見ながらダニエルが船を漕ぎ進む。


そしてヒビキが銛を打ち込んだ辺りにきて、ジャックがそれを見つけた。


船の前方、いまだやや少し離れた場所からでもハッキリとわかるほどの赤い血だまりがある。


その中心で白い腹を見せて浮かんでいたのは、例の巨大生物。


ピクリともせず、ユラユラと浮かんでいる。


そして、その大きな腹には何匹もの星流れと呼ばれたあの肉食寄りな雑食の水鳥が止まっており、柔らかい腹肉をするどい嘴で食い破っている所だった。


時折揺れて回転する巨体には、眼球はもはや食らいつくされて黒い二つの穴となり、どう猛な牙の並ぶ大きな口からは長い舌がダラリと垂れ下がっている。


そうして食い散らかされ、周囲の湖面には肉片が散らばっていく。


それを目当てにまた新たな水鳥が集まり、周囲は数えきれないほどの水鳥の鳴き声で騒然としている。


まさに湖のハゲタカといった様相だ。


「うわ、これはちょっとグロい」


アリスを連れてこなくて良かったと思う光景だ。


食物連鎖、自然の摂理、弱肉強食、とは言うものの。深窓の令嬢やら箱入り娘やらにはショッキングなシーンである事に変わりはない。


「アレはさきほどの。やはり力尽きて浮かんできたようですね」


すでに原型をとどめているとは言い難いアレを持ち帰ったところで剥製にすることは難しいだろう。


しかし、幸か不幸か剥製の原材料には事欠かなさそうであった。


ダニエルが周囲を見渡す。


「……一頭とは限らないというヒビキさんの予想は当たっていましたね」


今にも食らいつくされんとしているワニの死骸を遠巻きに囲んでいる影がいくつもあった。


それらはやがてゆっくりとそのヒレのような緑色の背中を湖面に現し、音もなく仲間の死骸に近づいていく。


そして一頭のワニが仲間の腹の上に群がっていた水鳥を大きな口で一気に丸のみにした。


それを皮切りに、湖面で肉片をむさぼっていた水鳥も水中から迫っていたワニに引きずり込まれて食われていく。


いくつも上がる激しい水しぶきは、鮮血と肉片、食い散らかされる水鳥の赤い羽根と鳴き声がまじりあって、周囲にむせ返るような鉄の匂いが充満する。


「仲間の血に誘われて出てきたんでしょうけど、これほどの数がいるとは……」


「ピーラニッアを釣っていた連中は行き来が面倒なのと、岸の周辺がよく釣れると言って、ここまで船を進ませないと言っていたからな」


このどう猛な肉食生物は普段は湖の中心辺り、それも深い水深の底に棲んでいるのかもしれないとジャックとダニエルが推論をする。


「それでも今まで出くわしていないのは運が良かっただけだろう」


「今後は湖には立ち入り禁止にした方がいい」


ヒビキとしても同感だ。


そもそもピーラニッアみたいな肉食の魚を、いくら美味だからと言って平気で釣りをしているというのもおかしいのだ。


さらにその中心にはワニがウヨウヨいる。


そんな湖と知ってなお船を出すなら、もうそれは頭のネジが飛んでいるのか、最初から頭のネジを母の腹に忘れてきたかのどちらかだろう。


「それで、だ。コレを一頭でも生け捕りというのは無理だろう」


「表向きは大臣の名前で出た命令書だ。一生懸命やりましたが無理でした、で通るだろうよ」


騎士というのも意外と柔軟だなと思いながら、ヒビキもこの数とやりあうのは少々面倒だし、そんな力があるというのもあまり見せたくない。


「というわけで決を採る。栄えある生け捕り任務を我が身も惜しまずに遂行したい者はいるか?」


ダニエルの視線に、ヒビキとジャックが首を横に振る。


「では、現場の判断を以て無用な危険を冒さず、事態の報告という重要な任務を推したい者はいるか?」


ヒビキとジャックが挙手をする。


「ならば現場責任者として、同伴者の意見を取り入れ採用する。ダニエル、全力回頭後、全速前進だ」


「了解、相棒」


湖面の惨劇を見なかったことにして、三人は船を再び湖畔に戻すことにした。


ヒビキは息をつく。


「……ふう」


終わってみれば、ワニの大量出没。


それと無理に戦う理由もなく、こうして引き返すだけで終わってしまったのは展開として残念だが仕方ない。


異世界でも現実は厳しい。


求めている冒険譚や、都合よく配置されたボスのような魔物はいないのだ。


「仕方ありませんね。また別の機会を探すとして、戻ったらどうしますかね」


釣りに出ているアリスたちと合流して自分も楽しむとしようか。


釣りは釣りで、いかにも初心者冒険者の最初の金策としても悪くない。


魔草はまた別の場所で採取するとしよう。ディアジオにもそう伝えて色々と準備してもらおうか、などと考えつつ。


ヒビキは何気なく、ふと、ワニと水鳥が暴れている場所を振り返った。


「……は?」


ヒビキは目をむいた。


信じられないものを目にしたからだ。


次の瞬間、ひときわ大きな水しぶきと大きな音がして、二人の騎士も何事かと慌てて振り返る。


そこそこの距離、少なくともワニが指の先ほどに小さく見える距離まで離れていたというのに、波紋が届くほどの大きな衝撃だった。


「な、なんだ?」


「ヒビキさん、何か、見たのですか?」


ヒビキはたった今自分が見たものが本当かどうか信じられず記憶を反芻する。


ヒビキの目は良い。


人間の目とは違い、意識すればかなり遠くのものも鮮明に視認できる。


だがそんな目を以ても、今自分が見たものが信じられなかった。


というのも、確かにソレをかつての世界で見たことはあったのだが……それは作り物としてだ。


それゆえ、そんな作り物が異世界と言えど実在するなどとは信じられない。


「……いや、希少なキメラの場合は、自らの部位の複製だったっけ?」


城から届けられた資料にあったはずだ。


キメラの特徴は複数の獣の融合。


ワニを知らない彼らはその巨大な口と歯から、ピーラニッアとトカゲの融合ではないかと笑い話のように推論していた。


無理があるだろうと思いながらも、ヒビキとしては魔獣が存在するこのファンタジー世界なら、あれは自分の知るワニではなくて実はその推論通りという事もあるかもしれないと水を差すことはしなかった。


しかし今見たものは?


キメラの特徴の一つ、稀であるが自分の部位が増殖したタイプがアレであるというのであれば合点がいく形態だった。


「……」


アレならばベンネヴィスが見たという、湖面から浮き出ていたという蒼い背ビレというのは一致する。


「……部位複製、か」


自分の部位の複製増殖。


それはシッポであったり、足であったりもするし。


……そして、そうでない場合もあるのだろう。


であるならば、今、自分が見たものは間違いなくキメラだ。


「だからってアレは………アレはないでしょう!?」


ヒビキは感動に震えていた。


かつて大好きだった架空の存在に出会えた感動だった。


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