魚影を求めて、湖畔にて
湖から戻った三人を迎えたディアジオとベンネヴィスはヒビキたちの無事な姿を見てホッと胸をなでおろす。
アリスだけはそれが当然とばかりで、すぐに湖の様子をたずねる。
「どうでしたか? 何かわかりましたか?」
ヒビキはアリスにワニという名前を出さず、こういう大きな生き物がいたという説明をする。
少々興味は引かれたのか、アリスがふんふんとうなずきながら話を聞いている。
ヒビキの後ろから騎士の二人がところどころ付け足すように解説をし、それを側で聞いているディアジオとベンネヴィスも自分の知識に照らし合わせるが、そのような異形の生き物には心当たりはなかった。
「あ! ところで、先ほど騎士様方にお手紙が届きましたよ?」
アリスは話を聞き終えた後、城から使者が手紙を持ってきたと伝え、それを手渡す。
「これはこれは。ありがとうございます」
受け取ったジャックが封書の蜜ろうを確認すると、数いる大臣の中でも比較的閑職にある、自分の部署とはあまり関連のない人物からだった。
「ふむ?」
中身を改めると美しい文字で『可能ならば生け捕り、脅威であるならば可能な限り迅速な処理し回収、それらが難しくば現状を正確に報告するように』との旨が記されてあった。
最後のサインだけは筆跡が違い、手紙の主である大臣の名前が記されてある。
「相棒、どうした?」
ダニエルもその手紙、形式としては手紙であるが、ほぼ命令書のそれに目を通す。
「ああ……あの得体の知れんメイドの字だな……なれば陛下のご要望か?」
「勅命というほどでもないが、出来れば入手して何かに使いたい、というお心積もりだろうかね」
元は王の意志であろうが、勅命ではなくこういった迂遠な形の命令になった軌跡がなんとなく読める。
形の上では大臣からの命令であり、それも緊急性もなく、可能な限り善処するように、という程度におさまっている。
要するに命をかけてまでする仕事じゃないが、ほどほどにがんばれ、というニュアンスだ。
二人は顔を見合わせる
「アレを生け捕り、か」
「そもそも……もう死んでないか? ヒビキさんの銛打ちは実に見事だった」
かなりの深手に見えたし、これから確認に向かうにしても、死骸となって浮いているようであれば持ち帰る事ができるだろうか?
「剥製にしても使い道があるかもしれんしな」
「気が進まんが、死骸が見つかれば持ち帰るか……」
二人の騎士は槍と弓矢の手配をするべく一度城に戻る事も考えていた。
群れの可能性も考えるならば、頭数的にも応援も欲しいところでもある。
だが、この命令書の要望を少しでも満たそうとするのであれば、あまり時間をおくと死骸すらもどこかに流れて手に入らないかもしれない。
二人は考え、貸し船屋や宿、他の店をあたって、武器になりそうなものをかき集める事にする。
群れである、というのはあくまでヒビキの推測。
もし本当に群れであるならば、さきほどの騒ぎの際にも出てくるはずではないか、という考えも二人の頭の中にはあるゆえの判断だった。
「ヒビキさん、そういうわけですが……引き続きご協力いただけるのであれば是非とも同乗いただきたい。もちろん、ここまででも十分に助かりました。さきほどのお仕事に対する報酬であれば、後程、城の冒険者ギルドよりお受け取りください」
ジャックがにこやかに告げる。決して強制はしない態度と口調だ。彼らは二人だけでも再度湖に乗り出すだろう。
「いえいえ。強引に着いていったのは私ですが、途中で投げ出すというのは私としても本意ではありませんよ?」
「ありがとうございます。不甲斐ない我々の実力不足、まことに紅顔の至り」
ダニエルが苦笑する。
「しかしヒビキさんがおっしゃったように一頭だけとは限らない。慎重に参りましょう」
本心では群れの可能性はなかろうと思いつつも油断はしない。
「ん? まだ何か入っているな?」
封筒の中からその命令書ほど上質な紙ではないが、もう一枚手紙が入っていた。
「……ほう。湖のヌシの正体に関しての考察か」
ジャックがそれを読み進めて、ダニエルに回す。
「ふむ……魔草などの吸収能力からキメラ、か。複数の生き物が混じりあった異形の生き物だな」
ジャックとダニエルはさきほどの水生生物の姿を思い起こす。
「何が混じったらあのようになるんだ?」
「大きさはともかく。見た目はトカゲとかそういったものに近いが」
ふーむ、と腕を組んだダニエルが記憶の中の姿を思い出しながら確認していく。
「ならばあの牙は? フタのような巨大な口にビッシリだっただろう」
「……水トカゲのような生き物がいて、それとピーラニッアの混じったキメラとか」
「自分で言って無理があると感じているならやめておけ、相棒」
「まぁいいさ。すでにどんな相手かもわかった今更、取るに足りない情報だ。キメラだろうと未知の魔獣だろうと対処可能である範疇だ」
そんな騎士達とヒビキの話を聞いていたアリスが、退屈そうに尋ねかけてくる。
「ヒビキ、また湖へ向かうのですか?」
「ええ。まだ確実に安全を確保したとは言えませんし」
ヒビキの答えにアリスがさらに退屈ですと言わんばかりの顔になる。
責めているわけではなく、構ってほしいと甘えているだけなのがわかっているので、ヒビキは退屈を紛らわせるために一つ提案をする。
「ですが、この辺りで釣り程度であれば大丈夫かと思いますが?」
ヒビキは騎士達をチラリと見る。ジャックも少し考えて。
「おそらく大丈夫でしょう。もともと湖の奥地を住処としていたようですし、今まで釣り人が船を出していた場所での目撃報告もなかった。それに、あれだけの巨体であれば近づかれればすぐにわかりますから、それさえ気を付けていれば」
「良かったですね、アリス。せっかくですし、釣りをしてきたらどうですか?」
「え? 釣り、ですか?」
「ベンさんはピーラニッアをご所望でこちらにやってきたわけですし。これも何かのご縁という事で、私が少し席を外している間、ベンさんのお手伝いをしてきたらどうでしょうか?」
「え、えっと……」
確かに釣りに興味はあった。
しかしピーラニッアが怖くて腰がひけているのも事実。
釣り上げた魚に噛みつかれるなど願い下げだ。
「大丈夫ですよ。アタリが来たらディアに面倒を見てもらえば」
ヒビキがディアを見れば、ディアは「おまかせください」とアリスに向かって満面の笑顔を向ける。
「ベンさんはどうですか? ほかの釣り人達はすでに出来上がってしまっているようですし、ご自分で釣るのであればピーラニッアも手に入りますよ」
「お、おう。そうだな! 釣りはあんま得意じゃねぇが、やってやれん事もないだろう」
船を出しても大丈夫となればあとは自分次第であるものの、お目当てのピーラニッアが手に入るならばと意気込むベンネヴィス。
「えっと、えーっと、本当に大丈夫ですか? ディスタジアさん」
「ええ、もちろん。その彫刻のごとき美貌を魚などにかじらせる事は決してないと誓います」
白い歯を見せて断言するディアジオにアリスも多少は安心したのか「じゃあちょっとだけやってみます」と少々力なくうなずいた。
ヒビキはちょっとスイッチの押しこみがたりないかなと考えて、アリスに声をかける。
「アリス。私の分まで釣果を期待していますよ。自分で釣った魚を焼いていただくというのは、実に……冒険者っぽいですしね」
「!」
パッと顔に明るい表情が宿る。そんなとてもわかりやすい姉が大好きなヒビキであった。
「それではアリスの面倒はディアにおまかせします、よろしくお願いします。ベンネヴィスさんもご迷惑かもしれませんが、よければご一緒してくださると姉も喜びますので」
「おう、オレはかまわねぇぞ! こうして船を出せるのもどうやらお嬢ちゃんの活躍あっての事みたいだしな! 船代も貸し釣り具代もまとめて面倒みさせてもらうぜ!」
大きく笑ったベンネヴィスの声量にビクっと驚いたアリスだったが、最初ほどに怯えてはいない。
「それではここからしばらく別行動ですね」
ヒビキがアリスに手を振り、アリスも「気を付けてくださいね!」とヒビキと騎士達に伝えて、ディアジオ、ベンネヴィスとともに貸し船屋へと向かっていった。
「それでは我々も準備を整えてから向かいましょう」
「ええ、では私はあちらの店から」
「私は逆側の店から頼みに行ってきます」
ヒビキと二人の騎士達は各店を回り、武器になりそうなものの調達をして船に積み込んで再び湖へと出発した。




