血に酔う魚影
「ヒビキさん?」
「何か見たんですか?」
急に立ち尽くし、何やらブツブツと呟きだしたヒビキにジャックとダニエルが声をかける。
小船はいまだおさまらない小波に揺られ続け、騎士達は再度、水鳥と巨大水棲生物たちの惨状に目を向けた。
さきほどまで騒がしかったその場所は、一転して静寂となっていた。
「何だと?」
浮かんでいるのは食い散らかされた死骸のみ。
ヒビキは再度それを確認しようと目をこらす。
しかしその姿はなく、水鳥は全て飛び去り、ワニの群れも綺麗にいなくなっていた。
「何が起こった?」
周囲を見回す騎士達。
そして。
「相棒、あそこだ!」
死骸からやや離れた場所に、ワニの群れが背びれを出して泳いでいる。
それらは一斉に同じ方向へと泳いでいた。
「……後ろ、何かいないか?」
ダニエルの声に視線を向けたジャックは、ワニの群れの後ろに陰を見つけた。
湖面を切り裂くような、鋭い三角形をしたぼんやりと蒼く光るヒレのようなものだった。
「アレは……アレこそが西のギルドマスターの言っていたものではないか?」
ヒビキと同じくジャックも話に聞いていた背びれの形が違うのではないかと疑問に思っていた。
そして、今新たに出現したモノこそ、目撃証言に一致する。蒼く光る背ビレだと。
蒼い背ビレは速度を増していき、群れに肉薄すると……湖面から飛びあがって全身をあらわにして中空から襲い掛かった。
その蒼い巨体は、ワニを容赦なく手当たり次第に食らっていく。
ワニよりもはるかに巨体なソレは、ワニよりも鋭く大きな口を持っていた。
その巨体、その異形、その恐怖。
騎士達が硬直するのも無理はない。
そんな中でヒビキだけが恍惚したような顔で呟いた。
「……本物をこの目で見られるとは」
「え? アレをご存じですか?」
いつもと違う口調で呟くヒビキにジャックが尋ね返す。
ふるふると震えているヒビキを、ダニエルが優しく肩を抱く。
「大丈夫です。すぐに引き返します。相棒、突っ立ってる場合か!」
「すまん、そっちのオールを貸せ!」
二人体制で漕ぎだした船は、先ほどよりもはるかに早く湖面を蹴っていく。
「それで、アレは、一体?」
ジャックが息も絶え絶えにヒビキに確認する。
「ああ、いえ、ええと……私の故郷にいた水棲生物なのですが……」
淡水と海水という違いはあるが、この際それはどうでもいい。些細すぎる問題だった。
「ほう! あんな、バケモノ、が、いるとは、物騒な故郷、ですね!」
ダニエルも全力で漕ぎつつ、ワニの群れが襲われている方を見る。
「いえ。アレの元となった生物です。キメラとなっているアレは似て非なるモノですが……名付けるとするならば」
ヒビキは感動をそのままに、その名を口にした。
「ダブルヘッドシャークです!」
***
山崎響は、かつて多趣味ではあったが総じてインドア傾向にあった。
そんな趣味の中でも洋画を見る事も多く、名作からB級まで幅広く見ていたのだが……。
一時期、サメ映画にハマっていた時期があった。
人によっては映画の一ジャンルとまでされるサメ映画は、面白い、面白くないけど面白い、面白くないから面白い、等々、なかなかに評価の分かれるものなのであるが愛好家からはとても愛されているジャンルである。
山崎響もそんなよくわからない何かに触発されて見始めたクチであった。
そして何本かを見終えて得た感想としては『なんでもアリだな』というものであった。
なんでもアリなのに、ストーリーが無かったり、制作費用がなかったり、オチすらなかったりするこのジャンルに、山崎響はそれなりに時間を割いた。
頭からっぽにして眺めているだけでなんとなく楽しめる、というゆるい感触が気に入ったのだ。
そんなジャンルの中でも、一年に一つずつ頭が増えていくようなシリーズ? は、いろんな意味でお気に入りだったのだが。
「まさか異世界で実物を拝めるとは……」
二人の騎士が必死にこぐ船の上で、郷愁にも似た感動の余韻をいまだに味わっているヒビキ。
もちろん、もし自分が力なき一般人として転生してアレに出会っていたら、今頃は錯乱するか気絶するかだろうが、あいにく今の自分は超高性能ホムンクルスというスーパーボディ。
あの鋭い牙だろうが巨大な口だろうが、生命を脅かされるほどの敵ではない。
ゆえにそんなヒビキが今考える事は一つ。
「……アレ、見せてあげたいなぁ」
そう。ぜひともアリスに見せてあげたい。
「けど船に乗せてここまで連れてくるのもなぁ」
水の上でお守りというのもなかなかに大変そうだ。
いっそ、アレが追いかけてきてくれれば色々とやりようがあるのだが、とヒビキは心の中ではた迷惑な事を考えつつ様子をうかがう。
「おい……相棒……」
「ああ、俺も見てる。夢じゃないぞ」
蒼白となった騎士達の声が震える。
「悪夢よりタチがわるい現実だな……」
「悪夢ならいずれ覚めるからな」
巨大な口を真っ赤に染めて、ワニを何頭もくわえた二つの頭が湖面の上を泳いでいた。
「うわ、浮いてる! いや、宙を泳いでる? けれどこれくらいアリか!」
急にはしゃぎだしたヒビキにジャックが声をかける。
「その胆力は尊敬しますが……喜んでいられる場合ではないかと」
「相棒、あのバケモン、コッチを見ているぞ!」
宙に浮いた二つの頭、四つの目が遠くからこちらを見つめている。
「漕げ! 全力だ!」
「おう!」
先ほどよりもさらに速くなった船は、岸を目指して進んでいく。
急に動き出した船に刺激されたのか、二つの頭を持ったサメもどきがゆっくりとその巨体を再び水の中に沈めた。
湖面に突き出た蒼い背ビレだけが、ゆっくりとこちらへと向かい始める。
「来たぞ!」
「わかってる!」
懸命に船を漕ぐ二人をよそに、ヒビキはさきほど湖畔の各店で集めた武器、古びた剣や弓、農具などを足元に寄せる。
「私が迎え撃ちますね」
瞳を蒼く染めながら、二人の騎士に告げて一本目の槍を手にする。
「レディの、お手を煩わせて、申し訳、ないが、よろしく頼む!」
漕ぐ力も早さも変えず、ジャックが頭を下げる。
「出来れば生け捕り……でしたっけ?」
ヒビキの確認にダニエルが笑う。
「なんとも剛毅な! もしそれが叶えば我々にも金一封が出るかもしれないが、お気遣いは無用ですよ! 命は金では買えませんからね!」
「では、できる限りという事で」
ヒビキは遠くを泳ぐサメもどきに狙いをつけつつ槍を構える。
それなりに距離はあるが、ヒビキならば目を凝らせば十分に狙える距離だ。
(手負いにだけしておいて……岸までおびき出すか?)
アリスたちがさきほどの話の流れ通り釣りをしていれば、うまく誘導して見せてやることぐらいはできるのでは? とヒビキは考える。
理想的なのは、ある程度の攻撃を加えて無力化してから、アリスの前に誘い出す事だ。
もちろんそれでも結構な騒ぎになるだろうが、後始末も責任もってすればいいだろう。
自分の力の一端なりを衆目にさらすことにはなるが、こんな機会はもい二度とないかもしれないのだ。
「アリス、待っていて下さいね」
楽しみに待っていて、という思いが口から出たのを二人の騎士が勘違いして励ましてきた。
「ええ、大丈夫です!」
「きっと帰れますよ!」
「……そうですね。というか、騎士様方、よくあんなのを目にして冷静でいられますね?」
自分はともかく、いくら騎士と言えど力なき存在であろう人間がよく冷静でいられるなとヒビキは感心する。
「もちろん恐怖はありますよ。ですが震えて縮こまっていては助かる道すら見つかりません」
「我々は王に、国に、民に命を捧げましたが、命を捨てたわけではないですからね。無駄死にする気はさらさらありません。最期までもがきますよ?」
心の強さというものだろう。
ヒビキとしては、アリスの夜の散歩の面倒も見てもらったし、今こうして自分も色々と世話になっている。
ならば、なるべく生け捕りにして臨時収入につなげてやりたいなと思いながら、狙いを鋭く絞っていった。




