第16話 花嫁の答え
ベアトリクス様への裁きは、その場で下された。
一族の長老たちが輪の中に集まり、短い評議の末、シオン様が当主として宣告した。
「ベアトリクス・アルジェント。試練の立会人の任を解き、アルジェントの名を剥奪する」
広場が、しんと静まり返る。
「先代の花嫁マリアンヌを欺き、脅し、屋敷から追いやった罪。当代の花嫁リディアを、霧と偽の手紙で害そうとした罪。これより先、北の果ての離宮にて生涯を過ごしてもらう。一族の者との面会は、一切許さない」
北の果ての離宮。一年の半分を雪に閉ざされ、訪れる者もほとんどいない場所だと、ネルが小声で教えてくれた。
「そんな……わたくしは、一族のためを思って……!」
「一族のためを思うなら、母上が問おうとしたことに答えればよかった」
シオン様の声は、凍てつくように冷たかった。
「この家の花嫁を、誰も脅さず、追い出さずにいられるかと。……大叔母上は、それに答えられなかった。それがすべてです」
ベアトリクス様は、長老たちに付き添われて広場を去っていった。最後に一度だけ振り返った顔は、もう、誰のことも見ていなかった。
カトリーネ様は、ひとり静かに輪の中に残っていた。
「カトリーネ」
「……はい。わたくしも、罰を受けます」
覚悟を決めたように顔を上げるカトリーネ様に、シオン様は少しだけ間を置いてから言った。
「おまえには、半年の謹慎を言い渡す。それから――手記を見つけてくれたことに、礼を言う」
カトリーネ様の赤い耳が、ぴくりと動いた。
私は、カトリーネ様の前に歩み出た。
「カトリーネ様。謹慎が明けたら、また『おはよう』って言ってくださいますか」
カトリーネ様は、しばらく唇を噛んでいた。
やがて、小さく、けれどはっきりと首を縦に振った。
「……ええ。毎朝、言ってあげるわ」
その目元が少し赤くなっていたことには、気づかないふりをした。
狐火の輪の中に、私とシオン様だけが残った。
一族の人々は、輪の外から見守っている。トビアスさんも、ネルも。
「リディアさま。第九の試練、最後の問いでございます」
トビアスさんの声が、静かに響いた。
「初代さまの花嫁が遺された言葉のとおり、花嫁は、自らに問うのです。この一族と、この方と、生きていきたいかどうかを」
私は、シオン様に向き直った。
白銀の髪が、狐火の光を受けて、淡く青みを帯びて輝いている。金色の瞳は、少しだけ不安そうに揺れていた。
狐火の輪の中で初めて名乗った夜を思い出す。
――あなたは、シオンを愛しているの?
――いいえ。まだ一度しか、お会いしていませんから。
あのとき、狐火は揺れなかった。私は、本当のことを言ったのだ。
そして今も、私は本当のことしか言えない。
「リディア・ウィンスローです」
私は、四度目の名乗りをした。
「私は、この家の花嫁になりたいです。橋のためではなく、試練を越えたからでもなく」
シオン様の耳が、ぴんと立った。
「狐火の中で、嘘をつかなかった私を、まっすぐ見てくれたあなたが好きです。声が出せない夜に、何も言わずに隣にいてくれたあなたが好きです。森の外で一晩中待っていて、凍えた腕で抱きしめてくれたあなたが好きです。……狐の姿で、窓を叩きに来てくれる、ちょっと困ったあなたも」
輪の外で、ネルが「きゃあ」と小さく叫ぶのが聞こえた。
「シオン様。愛しています」
その瞬間、百の狐火が、いっせいに色を変えた。
青白い光が、ゆっくりと、銀色へ。
第一の試練のとき、ほんの数個だけ灯った銀の狐火が、今は広場のすべてを埋め尽くしていた。夜空まで照らすような、まばゆい銀の光。
「……銀の狐火は」
トビアスさんが、震える声で言った。
「狐火が、その言葉を真実のうえにも真実だと認めたときにだけ灯ると言われております。この屋敷でこれほどの銀の狐火を見たのは、初めてでございます」
シオン様は、何も言わなかった。
言えなかったのだと思う。
金色の瞳が、みるみるうちに潤んでいく。白銀の尻尾が、隠しようもないほど大きく揺れている。
シオン様は、ゆっくりと私の前に膝をついた。
そして、私の手を取り、その甲に額を押し当てた。
「……リディア」
かすれた声だった。
「俺の花嫁になってくれ。母上が守ろうとしたこの家で、俺と一緒に生きてほしい」
「はい」
答えたとたん、ぐいと引き寄せられた。
膝をついたままのシオン様の腕の中に、私はすっぽりと収まってしまう。
「第九の試練、通過でございます」
トビアスさんの声と、一族の人々の歓声と、ネルの泣き声が、銀の光の中でひとつに溶け合った。
シオン様は、いつまでも私を離さなかった。
白銀の尻尾が、そっと私の背中に巻きついていた。




