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『忘れられた六つ目の神器に選ばれました 〜人見知りな闇の少女と毒舌黒猫の学園英雄譚〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第85話 渡せる役目でも、持ち続ける時間が必要な時もある


 翌朝、隠れ里には薄い陽射しが差していた。


 空を覆っていた雲は夜のうちに少しずつ流れたらしく、窓の外には淡い青空が広がっている。濡れた木々の葉は朝日を受けて細かく光り、遠くの水路から届く音も、昨日より明るく聞こえた。


 アリシアは目を覚ますと、寝台の中で一度大きく息を吸った。


 冷えはない。


 頭痛もない。


 肩の重さも、ほとんど気にならない。


 昨日の訓練では、中央判断役が四度変わった。アリシアからレオへ、レオからフィンへ、フィンからミリアへ、そして最後にアリシアへ。


 役割を渡すこと。


 受け取ること。


 返されないこと。


 再び選ばれること。


 そのどれもが、まだ胸の中に残っていた。


 昨日は、必要なら中央を渡すことを学んだ。


 では今日は。


 交代回数の指定がない。


 必要なら変える。


 必要がなければ変えない。


 その判断を、自分たちでしなければならない。


「起きてる?」


 窓辺にいたノアが尋ねた。


「うん」


「目は開いているけれど、頭は昨日の演習室ね」


「分かる?」


「朝から呼吸だけが戦術会議をしている」


「呼吸だけ?」


「深く吸って、止まって、また考えている顔をしているもの」


 アリシアは掛け布を少し下げ、上半身を起こした。


「今日は、誰が中央か分からない」


「ええ」


「交代しないかもしれない」


「ええ」


「でも、交代できる」


「それがどうしたの?」


「変えられるなら、少しでも苦しくなったら変えた方がいい?」


 ノアは尾を一度だけ動かした。


「誰が苦しいの?」


「中央の人」


「どの程度?」


「少し」


「昨日の治療と同じ質問ね」


 アリシアは黙った。


 治せるからといって、すぐ治すわけではない。


 交代できるからといって、すぐ渡すわけでもない。


「でも、無理して持ち続けたら危ない」


「そうね」


「少しでも遅れたら、別の人にした方がいいかもしれない」


「それを続けたら、どうなる?」


 アリシアは少し考えた。


 一度言葉が遅れる。


 交代。


 一つ判断を迷う。


 交代。


 少し負荷が上がる。


 交代。


「ずっと変わる」


「中央が変わるたび、何が起きる?」


「情報を渡す」


「他」


「受け取った人が、状況を確認する」


「他」


「みんなが、次は誰の声を聞くか変える」


「それも負荷でしょう」


「うん」


 中央を交代することにも時間と力が必要になる。


 渡す側は現状をまとめ、受け取る側は指示を出す。残りの四人も、誰の声を優先するのかを切り替えなければならない。


「交代できることと、交代した方がいいことは違う」


「昨日の言葉に似てる」


「治療可能と、治療必要は違う」


「交代可能と、交代必要も違う?」


「そういうことね」


 アリシアは寝台から足を下ろした。


「じゃあ、少しくらい苦しくても持つ?」


「本人の状態と戦況による」


「また」


「毎朝同じ答えを求めるあなたが悪い」


「簡単な答えが欲しい」


「戦場には売っていないわ」


「どこなら売ってる?」


「あなたの祖父の畑にでも生えているんじゃない?」


「たぶん生えてない」


「聞いてみれば?」


 アリシアは少し笑った。


 けれど、胸の奥にはまだ別の不安があった。


「ノア」


「何?」


「中央を持ち続けるのが、役割を独り占めすることになる時もある?」


「あるでしょうね」


「じゃあ、渡さないのも怖い」


「なぜ渡さないのか、自分で分かっていればいい」


「自分がやりたいからだったら?」


「一度立ち止まりなさい」


「今の自分が向いているからだったら?」


「続けなさい」


「判断できなかったら?」


「周りへ聞きなさい」


 昨日は、役割を渡しても声が消えないと知った。


 今日は、役割を持ち続ける理由を一人で決めないことが必要なのかもしれない。


「今の私は、冷えなし。頭痛なし。肩も大丈夫」


「他」


「交代しすぎるのが怖い」


「他」


「渡さなさすぎるのも怖い」


「それで?」


「必要かどうか、周りにも聞く」


 ノアは静かに頷いた。


「今日は百点」


「百一点じゃない」


「昨日より控えめにしたの」


「基準が分からない」


「現時点よ」


「便利」


 ◇


 朝食の席では、祖父が豆と根菜を炒めていた。


 鉄鍋の上で細かく切った芋が香ばしい音を立て、湿った森の匂いに焼いた油の匂いが混ざっている。窓の外から差す朝日は昨日より明るく、卓上の木目もはっきり見えた。


「今日は何人変わる」


 祖父は鍋を動かしながら尋ねた。


「分からない」


「昨日は」


「四回」


「変わりすぎじゃないか」


「必要だった」


「なら変わりすぎじゃない」


 アリシアは椅子へ座り、皿へ盛られた芋を見た。


「今日は、必要なら何回でも変える。必要なかったら変えない」


「そうか」


「どっちが難しいと思う?」


「知らん」


「考えて」


「食べる前から面倒だな」


 祖父は自分の分を皿へ盛り、向かいへ座った。


「交代できるなら、少しでも困ったら変えた方がいい?」


「畑の鍬を、腕が少し疲れるたびに別の者へ渡すか」


「渡さない」


「なら同じだろ」


「でも、中央は間違えたらみんな危ない」


「鍬も落とせば足に刺さる」


「一緒?」


「全部は一緒じゃない。だが、渡すことにも手間がかかるのは同じだ」


 祖父は芋を一口食べ、少し考えた。


「持つ者が疲れすぎれば渡せ。まだ持てるなら、持ったまま他に手伝わせろ」


「手伝わせる?」


「畑なら、水を運ばせる。草を抜かせる。鍬まで全部渡す必要はない」


 アリシアは昨日までの訓練を思い出す。


 中央補助。


 情報整理。


 状態確認。


 担当範囲の変更。


 中央を交代しなくても、中央の負荷を減らす方法はある。


「中央のまま、誰かに一部を任せる」


「できるならな」


「それで楽になったら、交代しない」


「その方が早い時もあるだろ」


「でも、持ち続けたいだけだったら?」


「周りが止める」


「自分で気づかなかったら?」


「だから一人でやるな」


 祖父は簡単に言う。


 けれど、その言葉は昨日までの六人の訓練すべてにつながっていた。


「中央の人が、交代したくないって言ったら?」


「理由を聞け」


「まだできるから」


「本当か確かめろ」


「やりたいから」


「それは理由にならん時もある」


「本人、怒るかも」


「怒らせておけ」


「また」


「壊れてから謝るよりましだ」


 アリシアは芋を口へ運びながら、少しだけ笑った。


「おじいちゃんは、役割を渡したくないって思ったことある?」


「畑を誰かに任せる時は毎回思う」


「どうして?」


「雑にされるかもしれん」


「信じてない」


「自分のやり方と違うだけで、雑とは限らん」


「分かってる?」


「分かってるから任せる」


「でも嫌?」


「嫌だ」


 祖父は平然と答えた。


「それでも?」


「一人で全部はできん」


 アリシアはゆっくり頷いた。


 嫌。


 不安。


 でも任せる。


 そして、任せなくてもいい時は自分で続ける。


 どちらも、自分の気持ちだけでは決めない。


「今日は、誰が中央でも、少し困っただけで変えない」


「我慢比べにするな」


「分かってる」


「本当に?」


「周りに聞く」


「なら食え」


「食べてる」


「今日はよく喋るな」


「おじいちゃんが答えるから」


「答えなければ怒るだろ」


「少し」


「面倒だ」


 そう言いながらも、祖父はアリシアの皿へ芋をもう少し追加した。


 ◇


 学園へ着く頃には、空の雲がさらに薄くなっていた。


 中央校舎の窓から差し込む光は暖かく、廊下を歩く生徒たちの影が長く伸びている。昨日の中央交代訓練は多くの生徒に見られていたため、朝からその話題があちこちで交わされていた。


「四回も変わると思わなかった」


「最後、闇に戻ったのすごかったな」


「戻ったんじゃなくて再選択だって」


「そこ何が違うんだ?」


「最初の人だからじゃなく、暗所に合ってたから選んだってことだろ」


「今日は交代回数指定なしらしい」


「じゃあ、ずっと一人かも?」


「でも教官なら絶対変えさせる条件出すだろ」


「変えない方が難しい場面もありそう」


 アリシアは最後の言葉に少しだけ足を緩めた。


 変えない方が難しい。


 誰かが少し迷った時。


 少し疲れた時。


 昨日のように、交代すれば状況がよくなる可能性がある。


 それでも、変えない。


 中央の人を信じて補助する。


 それも勇気が必要なのかもしれない。


「周囲の予想は周囲のもの」


 ノアが言う。


「うん」


「今日は昨日の成功をそのまま繰り返さない」


「うん」


「交代回数を増やせば上手くなるわけでもない」


「うん」


「返事だけは立派ね」


「覚えてるから」


「なら教室へ入りなさい」


 教室の扉を開ける。


「おはよう、アリシア」


「おはよう、メリル」


 席へ着くと、メリルはアリシアの顔を見て少し首を傾げた。


「今日は、昨日より考えてる顔」


「分かる?」


「目が教室より遠くを見てる」


「今日は交代回数が決まってない」


「変えなくてもいい?」


「うん」


「じゃあ、変えない方が楽?」


「分からない」


「昨日は、変えて助かったんだよね」


「うん。でも、交代にも時間がかかる」


「誰へ渡すか考える時間?」


「情報を言う。受け取る。みんなが声を切り替える」


「じゃあ、何度も変わったら疲れる?」


「たぶん」


 メリルは少し考え、机の上へ指を置いた。


「でも、中央の人が苦しそうだったら、変えたくなるよね」


「うん」


「アリシアなら、すぐ代わる?」


「前なら、代わろうとしたかもしれない」


「今日は?」


「まず、何を助ければ続けられるか聞く」


「中央は変えないで?」


「情報整理だけ代わる。後方を見る。状態確認を任せる」


「役割を全部取らない」


「うん」


「でも、本当に無理なら?」


「渡してもらう」


 メリルは少し笑った。


「今日は、持つ人の練習と、周りの練習だね」


「周り?」


「すぐ役割を取らないで、続けられるように支える」


 アリシアは頷いた。


 誰かが困っている。


 助ける。


 その時、全部を代わる必要はない。


 少しだけ負荷を持つ。


 必要な声を渡す。


 本人が役割を続けられる場所を残す。


「もし、中央の人が渡したくないって言ったら?」


 メリルが尋ねる。


「理由を聞く」


「やりたいから、だったら?」


「それだけなら危ないかもしれない」


「まだできるから、だったら?」


「みんなで状態を確認する」


「アリシアが決める?」


「一人では決めない」


「うん」


 メリルは教科書を開きながら言った。


「できる人をすぐ交代させるのも、信じてないみたいで寂しいかもね」


 アリシアはその言葉を胸の中で繰り返した。


 助けようとして役割を取る。


 それが相手には、自分にはできないと思われたように感じられることもある。


 昨日、ルシアンが治療しなかったことで、アリシアは自分で戻れると信じてもらえたと感じた。


 今日も同じだ。


 すぐ中央を代わらないことが。


 その人ならまだできると信じることになる場合もある。


 ◇


 午前の戦術理論では、『交代負荷』が題材になった。


 教師は黒板へ大きな円を一つ描き、その周囲に五つの小さな円を置いた。中央の円から別の円へ矢印を引き、その矢印の上へ四つの言葉を書く。


『情報整理』


『受領確認』


『指示切替』


『心理負荷』


「昨日、皆さんは中央を交代する利点を見ました」


 教室内の多くの生徒が頷く。


「では、中央交代に欠点はありますか」


 いくつもの手が上がった。


「情報を渡す時間がかかる」


「受け取った人が状況を理解するまで遅れる」


「他の人が誰の指示を聞けばいいか迷う」


「元の中央が納得しない場合がある」


 教師は最後の答えに頷いた。


「そうです。交代は万能ではありません」


 黒板へ新しく書かれる。


『交代可能』


『交代必要』


「この二つは同じではない」


 昨日までの授業と同じ形だ。


 治療可能と治療必要。


 今日の交代可能と交代必要。


「中央役の負荷が上がった場合、すぐ交代するべきでしょうか」


 前方の生徒が答える。


「二以上なら」


「数値だけで?」


「……他の人が補助できるなら、続けてもいいかもしれません」


「そうです」


 教師は中央の円の横に、もう一つ小さな円を描いた。


『中央補助』


「情報整理だけを別の者へ任せる。状態確認を治癒役へ任せる。特定方向の判断を担当者へ委ねる。中央を変えずに負荷を分ける方法があります」


 アリシアは筆を動かす。


『全部渡す前に、一部を渡す』


「では、中央役が交代を拒んだ場合は?」


 教室が少し静かになる。


「本人がまだできると言ったら、続けさせる?」


 教師が尋ねる。


 答えは簡単ではない。


「状態を確認する」


 アリシアが小さく言うと、教師はこちらを見た。


「続けて」


「本人の負荷。指示の遅れ。見えてない場所。周りが補助できるか」


「他には?」


「どうして続けたいか」


「重要です」


 教師は黒板へ書く。


『継続理由』


「戦況に適しているから続けたいのか。役割を失いたくないから続けたいのか。本人自身も区別できない場合があります」


 アリシアの胸へ、少しだけ痛く入った。


 昨日の自分。


 中央へ戻りたかった。


 けれど、必要だからではなく、寂しかったから戻りたい時間もあった。


「周囲が確認してください。ただし」


 教師の声が少し強くなる。


「役割を奪うことを、支援と呼ばないように」


 教室が静かになった。


「少し迷った。少し疲れた。一つ判断を誤った。そのたびに交代させれば、その者は役割を続ける練習ができません」


 フィンの誤報。


 セレナの判断の遅れ。


 ミリアの前へ出たい衝動。


 ルシアンの治したい気持ち。


 もし、その瞬間に中央を取り上げていたら。


 それぞれは、間違えた後に続けることを学べなかった。


「アリシアさん」


「はい」


「中央役が一度判断を遅らせた。交代しますか」


「すぐはしない」


「なぜ」


「次の判断ができるかもしれないから」


「では、二度遅れたら?」


「理由を見る」


「三度」


「危険なら交代する。でも、回数だけでは決めない」


「良いでしょう」


 教師は黒板へ最後の言葉を書く。


『続ける時間を奪わない』


「交代は安全のために必要です。しかし、困った瞬間に役割を奪えば、成長する時間まで奪います」


 アリシアは、その言葉を強く書き留めた。


 助ける。


 でも、奪わない。


 待つ。


 でも、放置しない。


 中央を変える。


 でも、変えればいいわけではない。


 ◇


 昼休み、六人は中庭の石卓へ集まった。


 今日は風が弱く、紙を押さえる土の欠片も必要なかった。濡れていた芝生はかなり乾き、日向では小さな虫が飛んでいる。


「今日は教官から条件が二つ届いています」


 セレナが紙を開く。


『初期中央:セレナ』


『交代回数:指定なし』


 セレナの表情が僅かに固くなった。


「私ですね」


「どう?」


 ミリアが尋ねる。


「予想範囲内です」


「怖い?」


 アリシアが聞くと、セレナは眼鏡を直した。


「怖いです」


「何が?」


「昨日はアリシアから始まり、状況に応じて得意分野へ交代しました。今日は交代しない判断も必要です」


「自分で持ち続けたい?」


 フィンの問いに、セレナは少し黙った。


「正確に言えば、途中で不完全なまま渡すことへ抵抗があります」


「情報が整理できてから渡したい?」


「はい」


「それだと遅れるかも」


「分かっています」


 前回、セレナは確定を待ちすぎて判断が遅れた。


 今日は中央交代でも同じことが起こる可能性がある。


「でも」


 セレナは紙を見つめながら続ける。


「少し判断が遅れたからといって、すぐ交代されるのも嫌です」


 いつもより率直な言葉だった。


 六人が少し静かになる。


「どうして?」


 レオが尋ねる。


「自分で修正する機会がなくなるからです」


「授業と同じ」


 アリシアが言う。


「はい」


「じゃあ、どうしてほしい?」


 セレナは考え、紙へ三つの条件を書いた。


『指示遅延二秒以内:声かけ』


『指示遅延三秒以上かつ危険接近:補助』


『補助後も判断不能:交代提案』


「すぐ交代ではなく、段階を作ります」


「声かけは?」


 ミリアが尋ねる。


「現時点、と言ってください」


「昨日と同じ?」


「私には有効でした」


「補助は誰?」


「情報整理はフィン。状態確認はルシアン。前方の即時判断はレオ。防御維持はミリア。後方と負荷停滞の確認はアリシア」


 全員の役割がある。


「交代提案は誰からでも?」


「はい。ただし、理由を添えてください」


「例えば?」


「セレナ、右大型二、指示停止四秒、レオへ交代を提案。のように」


「長くない?」


 レオが言う。


「なら短くしてください」


「右大型二、止まってる、俺に代われ!」


「言い方を改善してください」


「意味は同じ!」


 少し笑いが起こる。


「交代候補を決める?」


 ルシアンが尋ねる。


「最初から一人へ固定すると、その人へ意識が偏ります。状況で選びたいです」


「受け取る人がいなかったら?」


「確認します」


 セレナは六人を見る。


「全員、中央受領は可能ですか」


「可能!」


「できる」


「可能です」


「うん」


「僕も」


 アリシアも頷いた。


「受け取れる。でも」


「何ですか」


「すぐ取りたくはない」


 セレナの目が少しだけ開く。


「どうして?」


「セレナが続けられるなら、続けてほしい」


「信頼ですか」


「うん。でも危なかったら言う」


「分かりました」


 セレナは小さく息を吐いた。


「私も、持ち続けることを目的にはしません」


「何を目的にする?」


「六人で勝つことです」


「硬いけど、いい」


 レオが言う。


「評価ありがとうございます」


「今日は素直!」


「戦術目標に異論がないだけです」


 ◇


 午後の第一戦術演習室には、昨日と同じくらい多くの見学者が集まっていた。


 交代回数指定なし。


 その条件が知られているのか、生徒たちは開始前から予想を交わしている。


「今日は一回も変わらないかも」


「でも初期中央セレナだろ」


「確定待ちで止まったら、すぐ誰かに変わるんじゃない?」


「昨日の闇みたいに、得意分野で回す方が強い気がする」


「でも交代にも負荷があるって授業でやったぞ」


「教官、絶対交代したくなる条件を出すよ」


 セレナは中央へ立ち、周囲の声を聞いていた。


 表情は平静だが、紙を持つ指先に少し力が入っている。


 教官が黒板へ本日の条件を書いた。


『段階防衛』


『中央標柱一基』


『第一段階:小型多数』


『第二段階:大型少数』


『第三段階:情報制限』


『各段階の間に停止なし』


『敵数詳細未公開』


『制限時間二十二分』


「段階が変わっても休みなし?」


 レオが尋ねる。


「ない」


「中央交代条件は?」


「自分たちで決めろ」


「各段階の開始は分かる?」


 セレナが聞く。


「術式が告げる」


「標柱は移動しますか」


「中央から動かない」


「他は?」


「ない」


 セレナは六人へ向き直る。


「配置は、正面レオ。右ミリア。左フィン。中央後方ルシアン。後方アリシア。私は中央です」


「補助条件」


 教官が尋ねる。


「指示遅延二秒以内は声かけ。三秒以上かつ危険接近時は補助。補助後も判断不能なら交代提案」


「交代候補」


「固定しません」


「よし。開始」


 ◇


 第一段階。


 術式の声と同時に、正面、左右、後方から小型魔導獣が次々と現れた。


「正面三!」


「右二!」


「左二!」


「後方一!」


 四方向から声が重なる。


 セレナは一瞬だけ目を閉じる。


 情報を並べる。


「現時点、正面三、右二、左二、後方一。レオ正面二を処理、一を遅延。ミリア右一停止、一を標柱から外へ。フィン左二を風で遅延。アリシア後方一を影で拘束。ルシアン全員状態確認!」


「了解!」


 最初の指示は速い。


 火、土、風、影が同時に動く。


「正面一処理!」


「右一停止!」


「左二、速度差あり!」


「後方拘束、負荷一未満!」


「全員状態問題なし!」


 報告が返る。


 セレナはそれを整理する。


「レオ、正面残り二。ミリア、右停止中一を処理。フィン、左速い一を優先。アリシア、影は三秒後解除!」


「了解!」


 順調だった。


 小型は多い。


 しかし、一体ずつは強くない。


 セレナは確定情報を待ちすぎず、「現時点」を使いながら指示を出している。


 見学席から小さな声が聞こえる。


「前より速い」


「暫定判断使ってる」


「交代しなくてもいけそう」


 その言葉を、アリシアも聞いていた。


 セレナはできている。


 だから。


 すぐに補助しない。


 自分の後方を守る。


 ◇


 一分後。


 小型魔導獣の数が増えた。


「正面五!」


「右三!」


「左四!」


「後方二!」


 合計十四体。


 見学席がざわめく。


 セレナの表情が強張る。


「現時点……」


 声が止まりかけた。


 一秒。


 アリシアは名前を呼びそうになる。


 でも、昼に決めた。


 二秒以内は声かけ。


「セレナ」


 ミリアが先に呼ぶ。


「現時点!」


 セレナが息を吸う。


「現時点、正面五を最優先! レオは火壁で遅延、処理を急がない! 右三、ミリアは土壁で全て止める! 左四、フィンは二体ずつ分断! 後方二、アリシアは一体拘束、一体はルシアンが光で遅延!」


「了解!」


 指示が戻る。


 交代しない。


 セレナ自身が続ける。


 レオの火壁が正面五体の速度を落とし、ミリアの土壁が右三体をまとめて止める。フィンの風が左四体を二つに分断し、アリシアとルシアンが後方二体を抑える。


「正面、遅延成功!」


「右三停止!」


「左二ずつ分断!」


「後方二停止!」


 セレナは全体を見る。


「レオは正面一体ずつ処理。ミリアは右一体だけ処理、残り二は維持。フィンは左手前二体を処理。後方はアリシア解除後、ルシアン一体維持!」


 声が安定した。


 アリシアは影を戻す。


「解除。冷えなし」


「確認」


 セレナは戻った。


 自分で。


 アリシアの胸へ、小さな安心が広がる。


 もし、一秒止まった時にすぐ中央を取っていたら。


 今の指示は、セレナから出なかった。


 ◇


 第一段階の終盤。


 小型魔導獣は途切れず現れ続けた。


 セレナの指示は続いているが、情報量が多く、少しずつ声が短くなっていく。


「右処理二、残り一!」


「左追加三!」


「後方一!」


 フィンが報告する。


「セレナ、情報整理補助する」


「お願いします」


 交代ではない。


 フィンが左側の情報をまとめる。


「左、既存二と追加三。速い二、遅い三。速い二を僕が遅延。遅い三は現時点放置可能」


「確認。左はフィン判断を継続。レオ正面処理。ミリア右残り一。アリシア後方一」


 セレナの負荷が少し減る。


 中央は変わらない。


 でも、一方向の整理をフィンへ任せた。


「セレナ、状態」


 ルシアンが尋ねる。


「判断負荷一・五。魔力負荷なし。継続可能」


「呼吸、少し速い」


「自覚あり。継続可能」


「交代必要?」


 アリシアが後方から聞く。


 セレナは一瞬だけこちらを見る。


「今は不要です。左整理をフィンへ任せたことで余裕があります」


「了解」


 確認。


 それだけ。


 役割を取らない。


 セレナを信じる。


 ◇


「第一段階終了。第二段階開始」


 術式の声が響いた。


 小型魔導獣が消え切る前に、正面と左右へ大型魔導獣が一体ずつ現れる。


「大型三!」


 レオが叫ぶ。


 正面一。


 右一。


 左一。


 小型残り五。


 セレナの顔が強張る。


 大型判断。


 速さが必要。


 レオへ交代することもできる。


 ミリアなら防御。


 フィンなら距離。


 でも、セレナは中央から全てを見ている。


「現時点、大型三、小型五。大型は処理ではなく標柱から離す。レオ正面大型、ミリア右大型、フィン左大型。小型はアリシアとルシアンで中央周囲を遅延!」


 指示が出る。


 交代しない。


「了解!」


 レオが正面へ火を広げる。


 ミリアは右側へ土壁を立て、大型の進路を外へ曲げる。


 フィンは左大型へ風を当て、距離を取らせる。


 アリシアとルシアンは中央へ近づく小型五体を影と光で遅延する。


「アリシア負荷一!」


「ルシアン光負荷一未満!」


「正面大型、止め切れない!」


「右大型、土壁一枚破壊!」


「左大型、進路変更中!」


 情報が重なる。


 セレナは答える。


「レオ、正面は停止ではなく右へ誘導! ミリア、右大型を左へ押さず外周へ! フィン、左大型を後退させず回転させる! アリシア、影は小型二体まで! ルシアン、残り三体を完全処理せず遅延!」


 正確。


 でも。


 声が少し遅くなっている。


 正面大型が標柱まで八歩へ近づく。


「セレナ!」


 レオが叫ぶ。


「正面、あと八歩!」


 一秒。


 二秒。


 セレナの目が情報を追っている。


「現時点!」


 アリシアが呼ぶ。


 セレナは息を吸う。


「レオ、正面大型へ全火力一秒! ミリア、中央へ土壁一枚! フィン、左大型を維持! アリシアとルシアン、小型を左右へ分ける!」


「了解!」


 中央前へ土壁が立ち、レオの炎が正面大型の脚を一瞬止める。


 標柱まで六歩。


「土壁、三秒!」


「レオ、左脚へ集中! 私は水支援に入ります!」


 セレナが中央から水を伸ばし、正面大型の動きを絡め取る。


「中央判断は?」


 アリシアが聞く。


「継続します!」


 セレナは攻撃と中央を同時に行う。


 負荷が上がる。


 昼の条件。


 中央が前方介入。


 交代候補。


「セレナ、前方介入中。レオへ交代を提案」


 アリシアが言う。


 セレナの表情が揺れる。


 渡したくない。


 でも。


 今は水支援へ意識を使っている。


「レオ、受領可能?」


「可能!」


 セレナは一度だけ息を止めた。


「現状、正面大型標柱まで六歩、右左大型各一、小型五遅延中。私、水支援で負荷一・五。次の危険は正面突破。中央をレオへ移譲!」


「受領! ミリア、中央壁強化! フィン、左維持! アリシア、小型右二! ルシアン、小型左三! セレナは正面水支援継続!」


 交代した。


 一回目。


 レオの声が演習室へ響く。


「正面大型を先に止める! ミリア、壁を前へ押せ! セレナ、水で左脚固定! 俺が右脚焼く!」


 火、土、水が重なる。


 正面大型の動きが止まる。


「正面停止!」


 見学席から拍手が起きる。


 セレナは中央ではない。


 でも、水支援を続けている。


 自分の声も消えていない。


 ◇


 レオは正面大型を止めた後、すぐに左右へ指示を出した。


「ミリア、右へ戻れ! フィン、左大型の距離!」


「標柱まで十二歩!」


「右は?」


「九歩!」


 ミリアの声。


「右優先! ミリアが壁、セレナ水支援! 左はフィン遅延継続!」


 判断は速い。


 だが、小型五体の情報が抜けかける。


「小型、右二、左三!」


 アリシアが報告する。


「忘れてた!」


 レオが素直に叫ぶ。


 見学席から笑いが起こるが、状況は続く。


「アリシア右二継続! ルシアン左三! 負荷!」


「アリシア一・二、冷え少し!」


「ルシアン光負荷一!」


「三秒後に解除! ミリア、右大型を外へ!」


 レオは中央を維持する。


 少し抜けた。


 でも、アリシアの声で戻った。


 すぐ交代しない。


 セレナも、中央を取り返そうとはしなかった。


「レオ、情報整理補助します」


「頼む!」


 セレナが水支援を続けながら報告をまとめる。


「現時点、右大型九歩、左大型十二歩、小型右二左三。アリシア負荷一・二、ルシアン一。私一・五」


「確認! アリシア三秒後解除、ルシアン左一体だけ維持! 小型残りは標柱から外へ押せ!」


 中央はレオ。


 情報整理はセレナ。


 全部を渡さなくても。


 受け取った後も。


 役割を分けられる。


 ◇


 右大型が処理され、左大型だけが残った。


「右停止!」


「左大型、標柱まで十歩!」


 フィンの声。


 レオは少し息を荒くしている。


「レオ、状態」


 ルシアンが尋ねる。


「判断負荷一・五。魔力負荷一。継続可能!」


「前方注視が強い」


 アリシアが言う。


「後方は私が見る」


「頼む!」


 交代しない。


 後方をアリシアへ預ける。


「後方と床、私。レオは正面左」


「了解!」


 レオは左大型へ集中する。


 フィンの風が進路を逸らし、ミリアの土壁が足場を崩す。セレナの水が魔導核周辺を冷やし、レオの炎がそこへ集中する。


「左大型停止!」


「第二段階終了。第三段階開始」


 術式の声が、休む間もなく響いた。


 演習室の照明が落ちる。


 視界が狭くなり、同時に壁面へ魔力霧が発生した。音も反響し、敵の位置が分かりにくい。


「情報制限!」


 フィンが声を上げる。


「音、反響強い!」


「影、近距離だけ見える!」


 アリシアが続ける。


「床振動、複数!」


 ミリア。


「魔力反応、正面と右!」


 ルシアン。


 レオは中央で、情報を受け取る。


 暗所。


 反響。


 情報整理。


 アリシアかフィンへ交代することもできる。


 でも、全員の情報を使えばレオも続けられるかもしれない。


「レオ」


 セレナが呼ぶ。


「交代必要?」


 一瞬の沈黙。


「まだいける!」


「理由」


 アリシアが尋ねる。


「全員の報告がある! 俺は方向を決める!」


 やりたいからではない。


 仲間の情報を使えば、自分が中央を続けられると判断した。


「了解」


 アリシアは言った。


「私は近距離影」


「フィンは遠距離音!」


 フィンも続ける。


「ミリアは床!」


「僕は魔力反応と状態!」


「私は情報整理!」


 セレナ。


 五人が補助を宣言する。


 中央はレオのまま。


「来い!」


 レオが大きく息を吸う。


「全員、情報を短く!」


「近距離右二!」


「遠距離正面三、仮説!」


「床下左二!」


「魔力反応上方一!」


「現時点、右二、正面三仮説、左床下二、上方一!」


 セレナがまとめる。


「右優先! アリシア右一拘束、セレナ右一水! 正面はフィン遅延! 左床下はミリア封鎖! 上方はルシアン光!」


「了解!」


 指示が出る。


 交代しなかった。


 でも、一人で続けたわけでもない。


 アリシアの影が右一体を止める。


「負荷一未満!」


「右水拘束!」


「正面三、速度差あり!」


「左床下二、封鎖!」


「上方一、停止!」


「セレナ、整理!」


「右二停止、正面三接近、左二封鎖、上方一停止!」


「正面優先! 俺が火壁! アリシア影解除後、後方確認! セレナ右処理! ルシアン上方処理! ミリア左維持!」


 火壁が暗闇を赤く照らす。


 正面三体の姿が一瞬見えた。


「正面三確定!」


 フィンが報告する。


「一体ずつ処理!」


 レオの声。


 見学席からどよめきが起こる。


「交代しない!」


「全員が補助に入った!」


「火が中央のまま情報を使ってる!」


 アリシアは後方を見ながら、胸の奥で理解していた。


 昨日なら。


 暗所。


 自分へ交代。


 そう考えていたかもしれない。


 でも今日は違う。


 暗所だから必ずアリシアではない。


 レオが中央を続けながら、アリシアの影情報を使えるなら。


 それも正しい。


 少し寂しくないわけではない。


 暗所は自分の得意。


 選ばれたかった。


 でも。


 今のレオは、持ち続ける理由を言った。


 全員の報告がある。


 自分は方向を決める。


 その判断を。


 アリシアは支える。


「後方一、確定!」


「アリシア、拘束可能?」


「一未満!」


「頼む!」


「了解!」


 中央ではない。


 でも、声は使われる。


 昨日と同じ。


 そして今日は。


 中央を取らないことで、レオが続ける時間を守っている。


 ◇


 第三段階は長かった。


 魔力霧が視界を遮り、音の反響も激しい。敵は一度に多くは出ないが、正確な位置を掴むまで時間がかかる。


 レオの判断負荷は少しずつ上がっていた。


「レオ、状態」


 ルシアンが尋ねる。


「判断負荷二に近い! 頭痛なし! 魔力一・三!」


「交代提案?」


 セレナが確認する。


 レオは歯を食いしばるように息を吐く。


「まだ!」


「理由」


「残り時間!」


 制限時間はあと三分。


 それだけでは、続ける理由として弱い。


「他」


 アリシアが聞く。


「今の全員の分担ができてる! 中央を変えると、情報の流れを作り直す!」


 確かに。


 アリシアは近距離。


 フィンは遠距離。


 ミリアは床。


 ルシアンは魔力反応と状態。


 セレナは情報整理。


 レオは方向を決める。


 今、六人の流れができている。


 中央を変えれば、その流れを組み直さなければならない。


「継続を支持します」


 セレナが言う。


「ただし、判断負荷二到達で即交代提案」


「了解!」


「受け取り候補は?」


 フィンが尋ねる。


「セレナ」


 レオが答える。


「情報整理をしてるから、今の状況を一番持ってる!」


「受領可能です」


 交代しない。


 でも、次を決める。


 持ち続ける。


 でも、握りつぶさない。


「後方二!」


 アリシアが報告する。


「右上一!」


 ルシアン。


「床下正面二!」


 ミリア。


「遠距離左三、仮説!」


 フィン。


「整理。後方二、右上一、正面床下二、左三仮説!」


 セレナ。


「後方優先! アリシア一体、ルシアン一体! 右上セレナ水! 床下ミリア封鎖! 左仮説はフィン継続確認! 俺は正面維持!」


 六人が動く。


「後方一拘束!」


「後方一光停止!」


「右上水拘束!」


「床下二封鎖!」


「左三、確定! 距離十五歩!」


「左は遅延だけ! 標柱まで来る前に終了狙う!」


 残り時間一分。


 敵を全て倒す必要はない。


 標柱を守る。


「判断負荷二!」


 ルシアンが告げる。


 一瞬、レオの顔が強張る。


 交代条件。


 即交代提案。


「レオ、セレナへ交代を提案」


 アリシアが言う。


「でも、あと一分!」


「条件」


 セレナが短く言う。


 レオは悔しそうに歯を噛んだ。


 持ち続けたい。


 最後まで。


 でも、自分たちで決めた。


「現状、後方二停止中、右上一拘束、正面床下二封鎖、左三接近。俺、判断負荷二。残り一分。次の危険は左三。中央をセレナへ移譲!」


「受領。全員、現配置を維持。左三はフィンが遅延、レオは中央近くで火線一回のみ。アリシア後方処理、ルシアン支援。ミリア床封鎖継続。右上は私が処理!」


 中央が変わった。


 二回目。


 残り一分。


 レオは中央ではなくなる。


 悔しそう。


 でも、すぐに役割へ戻る。


「レオ、火線一回!」


「了解!」


 左三体へ細い火線を送り、進路を一瞬乱す。


「左三、距離十二歩!」


「フィン、風で二体遅延。一体は放置して距離報告」


「了解!」


「アリシア、後方」


「一体処理、一体拘束中。負荷一!」


「ルシアン、処理補助」


「可能!」


「ミリア、床」


「二体封鎖継続!」


「右上処理!」


 セレナの指示は正確で、必要なものだけが短く出る。


 残り三十秒。


「左一体、距離八歩!」


「標柱まで?」


 セレナが尋ねる。


「八歩!」


「レオ、火線可能?」


「一回!」


「処理ではなく後退!」


「了解!」


 炎が敵の正面へ走り、進路を変える。


「左一体、距離十歩へ!」


「残り十秒!」


 術式の声。


「全員、処理より距離維持!」


「了解!」


 五秒。


 三秒。


 一秒。


「終了」


 教官の声が響いた。


 ◇


 大きな拍手が演習室を満たした。


 中央交代は二回。


 セレナからレオへ。


 レオからセレナへ。


 昨日より少ない。


 けれど、途中で何度も補助が入り、中央を変えずに役割を分けた。


「最初、セレナが持ち続けた!」


「小型十四体でも交代しなかったな」


「火に変わってから、暗所でもそのままだった」


「最後だけ戻した」


「判断負荷二の条件を守ったんだ」


「闇に変えなかったの意外だった」


 最後の言葉に、アリシアの胸が少しだけ揺れる。


 自分も。


 暗所なら自分。


 そう思っていた。


 でも、今日はレオが中央を続けた。


 自分の影情報を使って。


「アリシア」


 ノアが足元から言う。


「うん」


「消えた?」


「消えてない」


「役に立たなかった?」


「後方見た。影使った。交代提案もした」


「なら十分」


「少し寂しかった」


「後で言いなさい」


「うん」


 セレナが中央から全員を見渡す。


「状態報告」


「レオ、判断負荷二。魔力一・三。頭痛なし!」


「ミリア、魔力一・二。痛みなし!」


「フィン、頭痛軽度。音範囲縮小中!」


「ルシアン、光負荷一。軽い疲労!」


「アリシア、影負荷一。冷え少し。判断負荷軽度!」


「セレナ、判断負荷一・五。魔力負荷一。継続可能」


 全員分を聞いた後、教官が頷く。


「四分休憩」


 ◇


 休憩へ入ると、レオはその場へ座り込み、大きく息を吐いた。


「最後までやりたかった!」


 最初の言葉が、それだった。


 セレナは隣へ座り、水筒を渡す。


「分かっています」


「あと一分だった!」


「判断負荷二です」


「でも指示は出せた!」


「一回は出せたかもしれません」


「なら!」


「次も出せる保証はありません」


 レオは水筒を受け取りながら、悔しそうに顔をしかめた。


「交代したくなかった」


「はい」


「怒ってる」


「誰に?」


「条件を決めた昼の俺に!」


 六人の間に笑いが起こった。


「自分」


 ミリアが笑う。


「でも、決めててよかったんじゃない?」


「分かってる!」


「怒ってても?」


「分かってる!」


 レオは水を飲み、少しずつ呼吸を整えた。


「セレナ」


「何ですか」


「受け取った時、どうだった」


「状況はほぼ把握していました。情報整理を担当していたため、交代負荷は小さかったです」


「だからセレナにした」


「適切でした」


「俺、逃げた?」


「いいえ」


 セレナは迷わず答えた。


「最後まで持ち続けたい気持ちより、条件を優先しました」


「でも悔しい」


「感情と戦術は別です」


「分かってるけど、硬い!」


 アリシアは少し笑いながら、レオへ言った。


「交代した後も、火線で助けた」


「うん」


「声、消えてない」


 レオがアリシアを見る。


 昨日、アリシアが自分へ言った言葉。


 今日は、それをレオへ渡す。


「中央じゃなくても、最後の一体を遠ざけた」


「そうだな」


「役に立った」


「うん」


 レオは少しだけ笑った。


「アリシアも、暗所で中央にしなくてごめん」


「どうして謝る?」


「得意だっただろ」


「少し寂しかった」


「やっぱり」


「でも、レオが続ける理由を言った」


「全員の分担ができてたから」


「うん。私も続けていいと思った」


「怒ってない?」


「少しだけ」


「少しは怒ってるんだな!」


「選ばれたかった」


 正直に言う。


 レオは少し黙り、その後で頷いた。


「次も、必要なら選ばない」


「うん」


「でも、理由は言う」


「うん」


「終わったら、寂しかったか聞く」


「それは毎回じゃなくていい」


「どうして?」


「聞かれると、寂しくなかった時も考える」


「難しい!」


 フィンが小さく笑う。


「必要なら本人が言う、でいいんじゃない?」


「アリシア、言える?」


「今日みたいなら」


「なら大丈夫」


 ルシアンが全員を見ながら言った。


「今日は、交代しなかった時間にも意味がありました」


「セレナ?」


 ミリアが尋ねる。


「セレナも、レオもです。二人とも少し止まった場面がありましたが、すぐ役割を変えず、補助で続けました」


「信じてもらえた感じは?」


 アリシアがセレナへ尋ねる。


 セレナは少し考える。


「ありました」


「どの時?」


「最初に十四体が出た時です。私は一秒以上止まりました」


「うん」


「でも、ミリアが“現時点”と声をかけただけで、誰も交代を提案しませんでした」


「続けられた?」


「はい」


「嬉しかった?」


「……少し」


 セレナの答えに、ミリアが微笑む。


「私も、昨日戻ってって言われた時は嫌だったけど、今日は続けてって言わなくても待ってもらえたの嬉しかった」


「条件が違う」


 フィンが言う。


「うん。でも、どっちも必要だった」


 止める。


 待つ。


 交代する。


 続けさせる。


 どれか一つだけではない。


 ◇


 振り返りでは、黒板へ結果が書かれた。


『結果:勝利』


『中央交代:二回』


『セレナ→レオ→セレナ』


『中央補助:複数回』


 教官は最初にセレナを見る。


「初期中央。自己評価」


「七十六点です」


「理由」


「第一段階で指示が二度遅れました。ただし、声かけと情報整理補助により交代せず継続できました。第二段階で前方介入へ入り、レオへ交代しました。最後はレオから受け取り、残り一分を維持しました」


「できたこと」


「不完全な情報でも現時点判断を使いました。補助を求めました。中央へ戻った後、処理より距離維持を優先しました」


「七十六」


「八十一点」


 レオが笑う。


「今日も上がった!」


「できたことを追加評価しました」


「もう最初から高くしろよ!」


「自己評価の更新過程が必要です」


「セレナらしい!」


 教官は黒板へ『継続』と書いた。


「なぜ最初の遅れで交代しなかった」


 アリシアが答える。


「セレナが次を出せると思ったから」


「根拠」


「前回、現時点って言えば判断を戻せた。今日は負荷も二未満だった」


「他」


 ミリアが続ける。


「交代条件を昼に段階で決めたから」


「良い」


「セレナ」


「はい」


「交代されなかったことをどう感じた」


「自分で修正する時間をもらえたと感じました」


「それで」


「次の指示を出せました」


 教官は黒板へ書く。


『待つ支援』


「支援とは、代わることだけではない」


 次にレオを見る。


「暗所で交代しなかった理由」


「全員の情報分担ができてた。俺が方向だけ決めれば続けられると思った」


「自分がやりたかったからでは」


「それもあった!」


 見学席から笑いが起こる。


「正直だな」


「でも、それだけじゃない!」


「分かっている。だから継続は認められた」


「はい!」


「判断負荷二で交代した」


「決めた条件だったから」


「悔しかったか」


「かなり!」


「それでも渡した」


「はい」


「良い」


 黒板へ追加される。


『持ち続ける理由』


『手放す条件』


「両方を持て」


 教官は六人全員へ向き直る。


「役割を持ち続けたい気持ちは悪くない。最後までやりたい。自分で立て直したい。得意な場面を任されたい。どれも自然だ」


 アリシアはその言葉を聞きながら、自分の暗所での寂しさを思い出す。


「しかし、その気持ちを戦術理由へすり替えるな」


 教官の声が少し厳しくなる。


「自分がやりたいから続けるのか。今の班に必要だから続けるのか。分からなくなったら、周囲へ聞け」


「はい」


「逆に、中央が少し迷っただけで役割を取るな」


 見学席も静かになる。


「一度止まった。一度間違えた。一度疲れた。そのたびに交代させれば、その者は続ける力を学べない」


 フィンが小さく頷く。


 自分の誤報後。


 次の声を待ってもらえたから続けられた。


 セレナも。


 今日、最初の遅れで役割を取られなかったから、自分で判断を戻せた。


「交代は安全装置だ。罰ではない。成功の証明でもない」


 教官は黒板の中央へ、大きく書いた。


『交代できるから、交代するのではない』


『続けられるよう支える』


『続けられない時は渡す』


「これが今日の主題だ」


 アリシアは強く書き留めた。


「アリシア」


「はい」


「暗所で中央を求めなかったな」


「戻れるとは言った」


「今日は言っていない」


「レオが、全員の分担で続けられるって言ったから」


「自分の方が適任だと思わなかったか」


「少し思った」


「なら、なぜ提案しなかった」


「交代すると、今の情報の流れを作り直す。レオが続けられるなら、その方が早いと思った」


「感情は」


「寂しかった」


「それで」


「後で言った」


「良い」


 役割を取らなかった。


 それも支援。


「次回」


 教官が新しく黒板へ書く。


『中央交代拒否』


 六人の表情が変わった。


「拒否?」


 レオが尋ねる。


「中央役が交代提案を断る場合を扱う」


「危ないんじゃ」


 ルシアンが少し眉を寄せる。


「危険な拒否と、必要な継続を区別する」


 セレナはすでに紙へ書き始めている。


「拒否理由の共有が必要ですね」


「そうだ」


 教官は六人を見る。


「次は、交代を提案する側も、断る側も、自分の判断を説明しろ」


 アリシアは少し緊張した。


 渡す。


 受け取る。


 返さない。


 持ち続ける。


 そして次は。


 渡せと言われても、断る。


 また違う怖さが待っている。


 ◇


 演習室を出ると、廊下には見学を終えた生徒たちが残っていた。


「アリシアさん」


 昨日とは別の男子生徒が声をかけてくる。


「暗くなった時、中央に代わりたいと思わなかったんですか」


「思った」


「でも言わなかった?」


「戻れるとは言った。でも、レオが続ける理由を言った後は言わなかった」


「自分の方が向いていたかもしれないのに?」


「かもしれない。でも、交代すると情報の流れが変わる」


「悔しくない?」


「少し」


 男子生徒は驚いたように笑う。


「やっぱり悔しいんですね」


「うん」


「でも、後方で影を使ってましたよね」


「それが今の役割だった」


「中央にならなくても?」


「うん」


「じゃあ、交代しないで支えるのも選択なんですね」


「そう思う」


 男子生徒は少し考え、頭を下げた。


「ありがとうございました」


 離れていく背中を見送る。


 フィンが隣で小さく言った。


「最近、質問されるのに慣れた?」


「慣れてない」


「でも答えられてる」


「終わった後だから」


「戦闘中よりは楽?」


「少し。でも、見られるのは怖い」


「僕も」


「一緒」


「それは少し嫌」


「どうして?」


「君の怖がり方と一緒にされると、僕まで人見知りみたい」


「フィンも少し人見知り」


「違う。慎重なだけ」


「それを人見知りって言う時もある」


「言わない」


 二人のやり取りを聞いていたミリアが笑った。


「どっちでもいいけど、二人とも知らない人に囲まれると少し声が小さくなるよね」


「僕は情報量を減らしているだけ」


「私は怖い」


「君は認めるんだ」


「うん」


「そこだけは強いね」


「怖いって言うの?」


「そこ」


 フィンは少しだけ笑い、アリシアもつられて笑った。


 廊下の窓から差す夕方の光は柔らかく、演習室を出た生徒たちの影を床へ長く伸ばしている。少し離れた場所では、見学を終えた生徒たちが今日の交代回数や、暗所でも中央を変えなかった理由について話し続けていた。


「今日は、闇へ変えると思ってた」


「でも火のまま勝った」


「全員が補助に入ったからだろ」


「交代しない方が難しい時もあるんだな」


 アリシアはその声を聞きながら、自分の胸の奥に残る小さな寂しさへ触れた。


 なくなってはいない。


 けれど、昨日のように胸を締めつけるほど強くもない。


 自分は選ばれなかった。


 それでも、自分の声は使われた。


 その二つを、今は一緒に持てる。


 ◇


 夕方、教室へ戻ると、メリルはいつものように窓際で待っていた。


「おかえり」


「ただいま」


「今日は何回変わった?」


「二回」


「昨日より少ない」


「うん。セレナからレオ。最後にセレナ」


「アリシアは中央しなかった?」


「しなかった」


「寂しかった?」


「少し」


 メリルはすぐに励まそうとはせず、アリシアの返事をそのまま受け取った。


「暗い場所もあった?」


「うん」


「それなら、アリシアが向いてた?」


「そうかもしれない。でも、レオが続けられた」


「どうやって?」


「みんなで情報を分けた。私は近距離。フィンは遠距離。ミリアは床。ルシアンは魔力反応。セレナが全部まとめて、レオが方向を決めた」


「じゃあ、一人で中央をしていたわけじゃないんだね」


「うん」


「アリシアが代わったら?」


「また情報の流れを作り直す。時間がかかるかもしれない」


「だから代わらなかった」


「うん」


 メリルは少し考え、机の上へ両手を重ねた。


「それって、我慢?」


 アリシアはすぐには答えなかった。


 選ばれたかった。


 自分ならできると思った。


 その気持ちを飲み込んだという意味では、我慢だったかもしれない。


 けれど、それだけではなかった。


「少し我慢。でも、それだけじゃない」


「他には?」


「レオを信じた」


 メリルは柔らかく微笑んだ。


「それ、嬉しいね」


「誰が?」


「レオさんも。アリシアも」


「私も?」


「誰かを信じて、自分の役割を続けられたから」


 アリシアは、その言葉をゆっくり受け取った。


 選ばれなかった。


 でも、信じる側になった。


 自分が中央へ立つだけでなく、他の誰かが中央を続ける時間を守ることもできた。


「セレナさんは?」


「最初、一回止まった。でも、すぐ交代しなかった」


「どうして?」


「自分で次を出せると思ったから」


「出せた?」


「うん」


「じゃあ、待ってもらえたんだね」


「うん」


「今日の助け方は、代わらないこと?」


「それもあった」


「難しいね」


「かなり」


 メリルは小さく笑い、教科書を閉じた。


「次は?」


「交代を提案されても断る練習」


 メリルの目が少し大きくなる。


「断っていいの?」


「必要なら」


「危なくない?」


「危険な拒否と、必要な継続を分けるって」


「また難しいね」


「うん」


「アリシア、断れる?」


「分からない」


「嫌われそう?」


「少し」


「でも必要なら?」


「言う」


 昨日は、渡してほしいと言われる怖さ。


 今日は、自分が代わらず支える怖さ。


 次は、渡すよう求められても、今は続けると伝える怖さ。


 似ているようで、それぞれ違う。


「断る時も、理由を言うんだよね?」


「うん」


「ただ嫌だからじゃなくて」


「今の方がいい理由」


「それでも相手が納得しなかったら?」


「みんなで決める」


「一人で押し通さない」


「うん」


 メリルは頷いた。


「じゃあ、断るっていうより、説明して相談する感じかも」


「でも、最初は断る」


「言葉だけ聞くと強いね」


「怖い」


「それでも言う?」


「必要なら」


「うん」


 メリルはそれ以上励まさず、ただ頷いた。


 その静かな受け取り方が、今のアリシアには心地よかった。


 ◇


 帰宅すると、祖父は玄関へ入ったアリシアを見るなり尋ねた。


「何回変わった」


「二回」


「昨日より減ったな」


「交代しないで補助した」


「そうか」


「暗くなっても、私は中央にならなかった」


「必要なかったか」


「レオが続けられた」


「ならいい」


「少し寂しかった」


「そうか」


「今日もそれだけ?」


「昨日も聞いた」


「毎日違う」


「寂しいのは同じだろ」


「少し違う」


「説明するか」


「長い」


「なら食後にしろ」


 夕食の席で、アリシアは今日の訓練を順番に話した。


 セレナが最初の中央だったこと。


 小型十四体が現れた時、少し止まったが、交代せずに「現時点」と声をかけたこと。


 情報整理だけフィンへ任せ、中央を続けたこと。


 大型三体の場面で前方介入が必要となり、レオへ渡したこと。


 暗所では中央を変えず、全員で情報を分担したこと。


 最後はレオの判断負荷が二へ達し、セレナへ戻したこと。


「昨日よりうまくなったのか」


「比べない」


「便利な言葉だな」


「今日に必要だったことはできた」


「ならいい」


「でも、暗所なら私が中央でもよかった」


「そうかもしれんな」


「それだけ?」


「実際には代わらなかったんだろ」


「うん」


「勝ったか」


「勝った」


「なら、その時は代わらなくてもよかったんだろ」


「でも、私ならもっと上手くできたかも」


 祖父は煮込みを食べる手を止め、一度だけアリシアを見る。


「できたかもしれん」


「うん」


「できなかったかもしれん」


「うん」


「試してないものは分からん」


「じゃあ、どうする?」


「次に似た場面があれば提案すればいい」


「今日はしなくてよかった?」


「お前がそう判断したんだろ」


「うん」


「なら今日はそれで終わりだ」


 アリシアは少しだけ不満そうに祖父を見る。


「もっと褒めて」


「何を」


「代わらないで支えた」


「よくやった」


「軽い」


「重く言えばいいのか」


「うん」


 祖父は面倒そうに息を吐いた。


「自分がやりたい役割を取らず、必要な場所に残った。よくやった」


 アリシアは少し驚いた。


「ちゃんと言えた」


「もう二度と言わん」


「また言って」


「嫌だ」


『照れているだけね』


「ノアが照れてるって」


「聞こえない」


「顔が少し赤い」


「火のせいだ」


「今日は近くない」


「食え」


 アリシアは笑いながら、煮込みを口へ運んだ。


 祖父は褒めるのが上手ではない。


 でも、今の言葉はきちんと胸へ残った。


 自分がやりたい役割を取らず。


 必要な場所に残った。


 それも、今日の自分ができたことだった。


 ◇


 夜、机へ練習帳を開いた。


 窓の外は風も弱く、薄い雲の間からいくつかの星が見えている。ノアは机の端へ座り、アリシアが今日の日付を書くのを静かに見ていた。


『中央交代訓練 二回目』


『初期中央:セレナ』


『交代:セレナ→レオ→セレナ』


『中央補助:複数』


 身体状態を書く。


『朝:冷えなし。頭痛なし。肩ほぼ問題なし』


『訓練中:影負荷最大一・二。冷え少し』


『訓練後:冷えなし。判断負荷軽度』


 次に、セレナの継続を書く。


『小型十四体で一秒以上停止』


『ミリアが“現時点”と声かけ』


『交代せず、自分で指示を再開』


『左情報整理をフィンへ任せた』


『判断負荷一・五で継続』


『前方介入時にレオへ交代』


 その下へ、レオの中央を書く。


『暗所でも中央継続』


『アリシア:近距離影』


『フィン:遠距離音』


『ミリア:床』


『ルシアン:魔力反応と状態』


『セレナ:情報整理』


『レオ:方向決定』


『全員で負荷分担』


『判断負荷二でセレナへ交代』


 アリシアは筆を止めた。


「まだ暗所で選ばれなかったことを考えている?」


 ノアが尋ねる。


「うん」


「何が残っているの?」


「私なら、もっと見えたかもしれない」


「そうね」


「もっと上手くできたかもしれない」


「そうかもしれない」


「でも、レオでもできた」


「ええ」


「それが少し悔しい」


「なぜ?」


「私の得意なところだったから」


「得意なところを他人ができたら、あなたの得意はなくなる?」


「なくならない」


「では、何が嫌なの?」


「私が必要じゃなかった」


「今日はね」


 ノアは否定しなかった。


「今日は?」


「暗所中央としてのあなたは必要ではなかった。でも、近距離影情報を出すあなたは必要だった」


「中央じゃない私」


「ええ」


「それでいい?」


「良いかどうかは、あなたが決めることよ」


 アリシアはしばらく考え、練習帳へ書いた。


『暗所で中央に選ばれたかった』


『選ばれなくて寂しかった』


『でも、レオが続ける理由を言った』


『全員の情報分担ができていた』


『交代すると流れを作り直す必要があった』


『私は近距離影情報を出した』


『中央でなくても必要だった』


 書くと、胸の重さが少し下がった。


「今日は、役割を取らなかった」


「ええ」


「それも助け?」


「レオが続ける時間を守ったなら」


「うん」


「では助けでしょう」


 アリシアは今日の題を書く。


『渡せる役目でも、持ち続ける時間が必要な時もある』


 その下へ、今日の流れを言葉にする。


『交代できる』


『だから交代する、ではない』


『少し止まった』


『声をかける』


『少し疲れた』


『情報を分ける』


『特定方向が難しい』


『担当者へ任せる』


『それでも無理なら交代』


『続ける時間を奪わない』


 次に、自分のことを書く。


『セレナが止まった時、すぐ代わらなかった』


『レオが暗所で続ける判断を支持した』


『近距離情報を出した』


『レオの判断負荷二で交代を提案した』


『役割を取ることだけが支援ではない』


 ノアが頁を覗き込む。


「今日の点数」


「百点」


「理由」


「選ばれなくて寂しいって認めた」


「他」


「でも、役割を取らなかった」


「他」


「必要になった時は交代を提案した」


「他」


「セレナとレオが続ける時間を待った」


「では百一点」


「今日は分かってた」


「なら百二点にする?」


「増えた」


「予想を超えた褒美」


「基準がない」


「現時点」


「便利」


 二人は少し笑った。


 最後に、次回の題を書く。


『次回:中央交代拒否』


『交代提案を断る』


『続けたいだけでは理由にならない』


『続けられる根拠を言う』


『負荷』


『情報』


『補助』


『次の交代条件』


『拒否しても、握り続けない』


 アリシアは筆先を止めた。


「私、断れるかな」


「誰に?」


「仲間に、代わってって言われた時」


「断りたい?」


「必要なら」


「嫌われるかもしれない?」


「うん」


「では明日も同じね」


「何が?」


「嫌われない答えより、必要な声を選ぶ」


 ミリアへ戻ってと言った日。


 必要な声を選んだ。


 次は。


 交代を提案されても、今は続けると伝える。


 それも同じなのかもしれない。


「断ったら、わがまま?」


「理由を言わず、自分の役割へしがみつくだけなら」


「理由があったら?」


「判断」


「周りが納得しなかったら?」


「交代」


「やっぱり最後はみんなで決める」


「ええ」


「断る側なのに、最後は一人で決めない」


「中央だからといって、全員の同意を無視できるわけではないでしょう」


「うん」


「ただし、全員が怖がったからという理由だけで、必要な継続まで手放さないこと」


「それも難しい」


「だから明日があるのよ」


 ノアは机の端で丸くなりかけながら、最後に目だけをアリシアへ向けた。


「今日の成功を、明日の義務にしない」


「分かってる」


「明日、必ず拒否しなければならないわけではない」


「うん」


「拒否できたら成功でもない」


「うん」


「必要なら拒否する。必要なら渡す」


「うん」


「返事だけは百点ね」


「覚えてるから」


 アリシアは練習帳を閉じた。


 ◇


 灯りを消し、寝台へ入った。


 窓の外では、夜風が木々の葉を揺らしている。


 今日、中央は二回だけ変わった。


 昨日より少なかった。


 けれど、六人が何もしなかったわけではない。


 セレナが止まった時、ミリアは「現時点」と声をかけた。


 フィンは左の情報整理を引き受けた。


 ルシアンは状態を確認した。


 アリシアは交代が必要か尋ねた。


 レオは前方を支えた。


 中央を奪わず。


 セレナが自分で次の指示を出せる時間を残した。


 レオが暗所で中央を続けた時も同じだった。


 アリシアは近距離。


 フィンは遠距離。


 ミリアは床。


 ルシアンは魔力と状態。


 セレナは情報整理。


 レオは方向を決めた。


 一人で中央を続けたのではない。


 六人で、レオが続けられる形を作った。


 交代できる。


 その安心があるからこそ。


 すぐに交代しなくてもいい時がある。


 少し迷った。


 少し疲れた。


 一つ見落とした。


 その瞬間に役割を奪わず、次の声を待つ。


 必要な補助だけを渡す。


 それでも危険なら、中央を変える。


 続けることと。


 しがみつくことは違う。


 待つことと。


 放置することも違う。


 交代することと。


 助けることも、いつも同じではない。


 今日、六人が覚えたのは。


 役割を渡す方法ではなく。


 渡さずに支える方法だった。


 そして。


 持ち続ける者が、自分一人で抱え込まない方法だった。

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