第76話 話せることから、六人分の輪郭を作る
翌朝。
アリシアは。
いつもより少し早く、教室の扉の前へ立っていた。
廊下の窓から入る光は。
まだ白い。
朝の冷たさを少しだけ残した風が。
廊下の奥から、ゆっくりと流れてくる。
教室の中からは。
すでに何人かの話し声が聞こえていた。
「昨日、訓練棟の前すごかったらしいぞ」
「何が?」
「神器継承者が全員集まったって」
「見に行ったの?」
「行こうとしたけど、先生に戻された」
「それは行ったって言わないだろ」
「途中までは行った」
「一番邪魔なやつ」
神器継承者。
全員。
昨日の自分も。
その中に含まれている。
アリシアの手が。
扉の取っ手へ触れたまま、少し止まった。
中へ入れば。
見られるかもしれない。
質問されるかもしれない。
昨日の演習について。
何をしたのか。
誰が強かったのか。
闇の神器は。
本当に役に立ったのか。
聞かれる可能性がある。
『昨日、何を約束したの?』
足元の影から。
ノアの声が聞こえた。
「……話す」
『誰に?』
「焼き菓子をくれた子に」
『何を?』
「昨日、どうだったか」
『なら、入らないと話せないわね』
「分かってる」
『分かっている人間は、取っ手を三十秒も握らない』
「三十秒は経ってない」
『二十八秒』
「数えてたの?」
『暇だったから』
「嘘」
『証拠は?』
「ノアは、こういう時に暇って言わない」
影の中。
一瞬。
沈黙。
『最近、私のことを分かった気になっているわね』
「少し分かる」
『十年早い』
「十年経ったら?」
『その時に考える』
「逃げた」
『さっさと入りなさい』
言い方は。
いつもと同じ。
けれど。
扉の前で止まり続けるアリシアを。
急かしすぎない。
少しだけ。
違う話をさせ。
呼吸を戻してくれた。
アリシアは。
取っ手を回した。
教室の扉が開く。
中の声が。
少しだけ小さくなった。
何人かが。
こちらを見る。
神器継承者が全員集まった話をしていた男子生徒も。
一度。
アリシアへ目を向けた。
視線が集まる。
身体が。
反射的に固くなる。
でも。
昨日。
第一戦術演習室へ入った時ほどではない。
あの時は。
扉の向こうに。
自分を待つ五人がいた。
今日は。
いつもの教室。
いつもの机。
窓際の席。
そして。
昨日。
行ってらっしゃいと言ってくれた少女がいる。
少女は。
アリシアに気づくと。
少しだけ手を上げた。
「おはよう」
「……おはよう」
アリシアも。
小さく手を上げる。
それだけで。
教室に入るための場所が。
少し広がった気がした。
アリシアは。
自分の席へ向かう。
鞄を置く。
椅子を引く。
座る前に。
少女が。
隣の席から、こちらを覗き込んだ。
「昨日、どうだった?」
すぐに。
約束の言葉が来た。
アリシアは。
椅子の背へ手を置いたまま止まる。
どうだった。
一言では。
答えられない。
怖かった。
疲れた。
でも。
役に立てた。
五人は。
思っていたより騒がしかった。
思っていたより。
待ってくれた。
目隠しをした。
腕をつないだ。
鈴を探した。
影を伸ばした。
自分しか見つけられないものがあると言われた。
どこから。
話せばいいのか。
迷う。
「……うるさかった」
最初に出たのは。
それだった。
少女が。
一度、目を瞬く。
「誰が?」
「火の人」
影の中で。
ノアが小さく笑う気配がした。
「声が、大きい」
「怒ってたの?」
「違う。ずっと大きい」
「ずっと?」
「たぶん」
「それ、疲れそう」
「少し」
少女が笑う。
笑われたことが。
嫌ではなかった。
昨日の出来事を。
上手くまとめられてはいない。
けれど。
言葉は。
始まった。
「水の人は」
アリシアが続ける。
「言葉が正確」
「真面目?」
「すごく」
「仲良くなれそう?」
「……分からない」
「そっか」
「でも、助けてもらった」
「何を?」
「鈴の形を説明してくれた」
少女は。
机へ腕を置き。
少し前のめりになる。
「鈴?」
「目隠しをして。六人の腕を紐でつないで。演習室に隠された鈴を探した」
少女の目が。
大きく開く。
「最初から、それを言ってよ」
「最初から?」
「火の人がうるさかった話より、そっちの方が大事でしょう」
「でも、昨日。誰かがうるさかったでもいいって」
「言ったけど」
少女は。
少し笑う。
「本当にそこから話すとは思わなかった」
「駄目だった?」
「駄目じゃないよ。アリシアらしいと思った」
アリシアらしい。
その言葉に。
アリシアは。
少しだけ戸惑った。
自分らしい。
それが。
何なのか。
まだ、よく分からない。
けれど。
嫌な言い方には聞こえなかった。
「それで?」
少女が促す。
「鈴は見つかったの?」
「うん」
「誰が?」
「……私」
答える声が。
小さくなる。
言った瞬間。
教室の近くにいた生徒が。
こちらを見る気配がした。
昨日の演習について。
気にしている者がいる。
少女も。
少し驚いた顔をする。
「アリシアが?」
「影で」
「目隠ししてたのに?」
「影は、見えなくても触れられた」
「すごい」
短い言葉。
昨日。
演習室の外でも聞いた。
すごい。
何度聞いても。
まだ。
慣れない。
嬉しい。
同時に。
少し逃げたくなる。
「でも」
アリシアは。
先に言葉を足した。
「私一人では終わらなかった」
「どういうこと?」
「六人全員が、鈴に触らないと終わらない課題だったから」
「じゃあ、アリシアが見つけて。みんなで触った?」
「うん」
「誰か、触れなかった?」
「最初、手が絡まった」
「紐でつないでたんだもんね」
「髪も絡まった」
「誰の?」
「分からない」
「見えてないから?」
「うん」
「それ、ちょっと見たかった」
少女が。
声を抑えて笑う。
前の席にいた男子生徒が。
振り返った。
「何の話?」
少女が答える。
「昨日の神器継承者の訓練」
「聞いていい?」
男子生徒は。
アリシアへ尋ねた。
勝手に会話へ入らず。
一度。
聞いてくれた。
アリシアは。
少し迷ったあと。
「……話せることなら」
と答えた。
「何やったの?」
「目隠しして、鈴を探した」
「全員、神器使った?」
「全部は使ってない」
「闇は?」
「使った」
「怖くなかった?」
また。
その質問。
昨日も。
何度か聞いた。
闇は怖くないか。
自分の力が。
周囲にどう見えるか。
「怖かった」
アリシアは。
正直に答える。
男子生徒が。
少し驚く。
「自分で?」
「うん」
「でも使ったの?」
「使わないと、見つけられなかったから」
「ふうん」
男子生徒は。
馬鹿にしなかった。
不思議そうに。
アリシアを見る。
「自分の力が怖いって、変じゃない?」
その問いは。
悪意より。
本当に分からないという響きだった。
それでも。
教室の中。
聞いている者が増える。
椅子を引く音が止まる。
窓際で話していた生徒も。
少し声を落としている。
アリシアの喉が。
わずかに固くなる。
昨日。
年配の男性へ。
同じことを話した。
自分の力が怖い。
けれど。
使いたい。
嫌いなままにはしたくない。
あの時は。
六人と教師だけだった。
今は。
同じ教室の生徒たち。
日常の中。
答える必要は。
ないかもしれない。
でも。
話せることなら。
そう言った。
「変かもしれない」
アリシアは。
ゆっくり答えた。
「でも、強い力は。間違えたら、誰かを傷つけるから」
「火だってそうじゃない?」
別の女子生徒が言った。
教室の前方。
昨日、アリシアが笑った時に。
こちらを見ていた生徒だった。
「水でも。土でも。魔術なら何でも危ないでしょう」
「うん」
アリシアは頷く。
「だから、みんなも怖いのかもしれない」
「でも、火の神器の子。怖そうに見えない」
男子生徒が言う。
アリシアは。
昨日の赤髪の少年を思い出す。
大きな声。
勢いよく立ち上がる姿。
演習をやると聞き。
真っ先に手を上げた。
確かに。
怖がっているようには見えなかった。
けれど。
目隠しをして。
全員でしゃがんだ時。
鈴へ触れる手。
誰かの指が。
少し震えていた。
誰だったか。
分からない。
自分だったかもしれない。
火の少年だったかもしれない。
別の誰かだったかもしれない。
「見えないだけかも」
アリシアは言った。
「怖くても、動く人はいるから」
教室が。
少し静かになる。
大きな言葉を言ったつもりはなかった。
ノアに教えられたこと。
昨日。
渡り廊下で見た人たち。
右足が震えていても。
土壁を作っていた。
失敗のたび。
手を握っていても。
風を使っていた。
ただ。
それを言葉にしただけ。
「アリシアも?」
焼き菓子の少女が聞く。
「怖くても、動いた?」
「……うん」
「じゃあ、やっぱりすごい」
今度のすごいは。
力だけに向けられたものではなかった。
そのことが。
少し。
嬉しかった。
『顔が緩んでいるわよ』
ノアの声。
アリシアは。
心の中で答える。
緩んでない。
『緩んでいる』
今は。
いい。
『あら』
影の中で。
ノアが。
少し笑った気がした。
教室の後ろ扉が開く。
何人かの生徒が入ってくる。
話を聞いていた男子生徒が。
自分の席へ向き直る。
けれど。
座る前に。
「次も闇が役に立つといいな」
と。
独り言のように言った。
アリシアは。
すぐには返せなかった。
次も。
役に立つ。
役に立たなければ。
どうなる。
期待。
少し怖い。
昨日。
すごいと言われた。
今日も。
同じようにできるとは限らない。
その不安が。
すぐに胸へ広がる。
「役に立たない時もあると思う」
アリシアは。
男子生徒の背中へ言った。
教室の声が。
また少し止まる。
男子生徒が。
振り向く。
「そうなの?」
「うん」
「神器なのに?」
「神器でも」
アリシアは。
少し迷う。
「何でもできるわけじゃないから」
それは。
昨日。
五人と話す前に。
自分へ言いたかったことかもしれない。
神器に選ばれた。
だから。
役に立たなければならない。
誰より強くなければならない。
失敗してはいけない。
そう思うと。
席へ座ることすら怖くなる。
「でも、できることは探す」
アリシアは。
小さく続けた。
「昨日みたいに」
男子生徒は。
少し考え。
「そっか」
と答えた。
期待が。
なくなったわけではない。
けれど。
少しだけ。
形が変わったように思えた。
何でもできる闇ではなく。
できることを探している闇。
それなら。
自分にも。
持てるかもしれない。
◇
朝の授業が始まる前。
焼き菓子の少女が。
小さな紙包みを。
アリシアの机へ置いた。
「今日も?」
「昨日の残りじゃないよ。今朝焼いた」
「また、もらっていいの?」
「昨日の話を聞かせてくれたお礼」
「でも、話しただけ」
「私が聞きたかったから」
前と同じ。
相手が。
自分のために。
渡した。
アリシアは。
紙包みを受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「私も……」
言いかける。
お返し。
祖父のパン。
昨日。
持ってくると言った。
でも。
今朝は。
頼むことができなかった。
帰宅した時。
演習のことを話すだけで。
頭がいっぱいだった。
焼き菓子を。
祖父とノアと食べた。
祖父は。
少し硬いが美味しいと言った。
ノアは。
味見だと言いながら二つ食べた。
『一つよ』
影の中から。
訂正が飛ぶ。
アリシアは。
心の中で返す。
二つ。
『半分を二回』
合わせたら一つ?
『当然』
ずるい。
『何が?』
「アリシア?」
少女が。
顔を覗き込む。
「ごめん。ノアが」
「何て?」
「焼き菓子を二つ食べたって言ったら、一つだって」
「二つじゃないの?」
「半分を二回だから、一つ」
少女は。
一度。
黙った。
それから。
肩を揺らして笑い始めた。
「ノア様、面白いね」
『面白くないわ。事実を訂正しただけ』
「面白くないって」
「それも面白い」
『この子、少し失礼ね』
「少し失礼だって」
「ごめんなさい」
少女は。
笑いながら謝る。
影の中から。
返事はない。
けれど。
本当に怒っている様子でもなかった。
「明日」
アリシアは。
もう一度、言葉を出す。
「おじいちゃんのパン。持ってくる」
「本当?」
「今度は、忘れない」
「忘れてたんだ」
「……うん」
「いいよ。約束してなかったから」
「でも、言った」
「言ったけど、絶対じゃないよ」
「絶対じゃなくても」
アリシアは。
少し考える。
「持ってきたいから」
少女の表情が。
柔らかくなる。
「じゃあ、楽しみにしてる」
楽しみにされる。
少し。
重い。
でも。
昨日までとは違う重さ。
逃げたいだけではない。
忘れたくないと思える重さだった。
◇
午前の授業が終わり。
昼休み。
いつものように。
教室の空気がほどける。
食堂へ向かう者。
購買へ走る者。
窓際で弁当を開く者。
アリシアは。
昨日と同じ席で。
紙包みを机の中へ大切にしまい。
祖父の弁当を取り出した。
焼き菓子の少女も。
隣の机を寄せようとする。
その時。
教室の前扉に。
青い髪が見えた。
水の神器継承者。
昨日。
第一戦術演習室で隣ではなかった少女。
細い金属縁の眼鏡。
腕には。
何冊もの本と。
何枚かの紙。
教室の中。
すぐにざわめく。
「水の神器の子」
「何しに来たんだ?」
「昨日の続き?」
「闇の子を呼びに来た?」
青髪の少女は。
周囲の声を気にする様子もなく。
教室の中を見渡す。
アリシアを見つける。
真っすぐ。
こちらへ歩いてくる。
その歩き方。
迷いがない。
アリシアは。
弁当の包みを持ったまま。
少し身体を固くした。
「アリシア」
「……はい」
「昼休み中、時間はありますか」
「今?」
「はい」
「食事は?」
「持ってきました」
青髪の少女は。
腕に抱えていた本の下から。
小さな布包みを見せた。
「昨日の課題です」
「課題?」
「互いの能力について話し合うこと」
昨日。
年配の男性が言った。
次回までに。
互いの能力を話し合っておけ。
青髪の少女は。
すでに紙を用意している。
「今日、やるの?」
「早い方がいいでしょう」
「みんなは?」
「声を掛けています」
その言葉の直後。
廊下から。
大きな声が聞こえた。
「水! ここか!」
赤髪の少年。
火の継承者。
教室の扉から。
遠慮なく顔を出す。
教室中の視線が。
一気に集まった。
「声を抑えてください」
「見つけたんだからいいだろ!」
「見つけたことと、声量は関係ありません」
「昼休みは騒いでいい時間だろ」
「限度があります」
赤髪の少年の後ろから。
黄色い髪の少女が顔を出す。
「ここがアリシアの教室?」
さらに。
緑の髪の少年。
「全員で押しかける必要あった?」
最後に。
白い髪の少年が。
少し困ったように笑って立っていた。
神器継承者。
六人。
全員が。
アリシアの教室に揃った。
ざわめきが。
大きくなる。
「全員来た」
「本物?」
「本物に偽物いるの?」
「火の子、やっぱり声大きい」
「聞こえるぞ!」
赤髪の少年が。
教室の奥へ言い返す。
青髪の少女が。
額へ手を当てる。
「反応しないでください」
「聞こえるように言っただろ」
「だからといって返す必要はありません」
「無視したら感じ悪いじゃん」
「今の方が騒がしいです」
教室の生徒たちは。
遠慮しながらも。
明らかにこちらを見ている。
昼休み。
六人の神器継承者。
一つの教室。
珍しくないはずがない。
アリシアの胸が。
落ち着かなくなる。
自分の場所へ。
五人が来た。
昨日は。
自分が。
五人のいる場所へ入った。
今日は。
逆。
「ここで話すの?」
アリシアが尋ねる。
「空き教室を借りています」
青髪の少女が答える。
「食事をしながらで構いません」
「教室の人も来ていい?」
黄色い髪の少女が。
焼き菓子の少女を見る。
アリシアは。
少し驚く。
能力の話。
神器について。
どこまで。
他の生徒へ聞かせていいのか。
青髪の少女も。
一度、考える。
「公開可能な範囲で話す予定です」
「なら、一人くらいいいんじゃない?」
黄色い髪の少女は。
簡単に言う。
緑の髪の少年が。
少し眉を上げる。
「一人を許したら、全員来たがるよ」
実際。
教室のあちこちから。
自分も聞きたいという空気が伝わる。
「見学会ではありません」
青髪の少女が。
はっきり言った。
教室の空気が。
少しだけ静かになる。
「今日は、六人が互いの能力と限界を確認するための話し合いです。見学者が増えれば、率直に話せなくなる可能性があります」
正確。
冷たいようで。
理由がある。
焼き菓子の少女は。
気にした様子を見せず。
アリシアへ笑う。
「行っておいで」
「でも、一緒に食べるって」
「約束してないよ」
「……うん」
「帰ってきたら、また話して」
昨日と同じ。
待っている。
その言葉。
アリシアは。
弁当箱を持つ。
「分かった」
立ち上がる。
五人の神器継承者。
その輪へ。
自分から近づく。
昨日より。
少しだけ。
足が軽かった。
◇
借りられた空き教室は。
同じ階の端にあった。
普段は。
少人数の補習や。
委員会の打ち合わせに使われているらしい。
大きな窓。
古い黒板。
六つの机。
青髪の少女が。
すでに円を作るように並べていた。
昨日。
第一戦術演習室にあった六つの椅子。
今日は。
六つの机。
「また六つ」
アリシアが。
小さく言う。
白髪の少年が。
聞き取った。
「昨日も六つだったね」
「うん」
「今日は、自分たちで並べたけど」
青髪の少女が。
紙を配りながら言う。
「机の数に意味はありません。六人いるから六つです」
「水は、そういう言い方するよね」
黄色い髪の少女が笑う。
「事実です」
「でも、六つあるって嬉しくない?」
「不足していない点では、適切です」
「それ、嬉しいって言わない?」
「言いません」
赤髪の少年が。
机の上へ弁当を置く。
「細かいことはいいから食べようぜ!」
「食事だけが目的ではありません」
「食べながら話すんだろ?」
「口に物を入れたまま話さないでください」
「まだ食べてない!」
「先に注意しました」
「俺だけ?」
「最も可能性が高いので」
「決めつけだ!」
六人が。
それぞれ席へ座る。
アリシアは。
昨日のように。
中央に近い席ではない。
円だから。
どこが端かも分からない。
右に白髪の少年。
左に青髪の少女。
正面に赤髪の少年。
黄色い髪の少女と。
緑の髪の少年が。
少し斜め。
全員の顔が見える。
弁当を開く。
香りが。
小さな教室へ混ざる。
赤髪の少年の弁当は。
肉が多い。
黄色い髪の少女は。
色とりどりの野菜。
青髪の少女は。
パンと小さなスープ壺。
緑の髪の少年は。
果物が多い。
白髪の少年は。
整えられた小さな料理が。
きれいに並んでいる。
「何から話す?」
黄色い髪の少女が尋ねる。
青髪の少女は。
配った紙を一枚持ち上げる。
「項目を作りました」
紙には。
整った文字で。
いくつもの欄が並んでいる。
『神器名』
『得意な距離』
『主な攻撃手段』
『防御手段』
『探索・補助能力』
『現在確認されている限界』
『使用時の身体負担』
『恐怖・苦手条件』
『仲間へ求める支援』
赤髪の少年の顔が。
露骨に曇る。
「多くない?」
「最低限です」
「これが?」
「これでも削りました」
「何を削ったんだよ」
「発動時間。持続時間。最大出力。精密操作。環境影響。神獣との連携条件。過去の暴走記録。今後の訓練希望」
「削って正解」
「後で追加します」
「追加するのかよ!」
緑の髪の少年が。
紙を見ながら言う。
「恐怖や苦手条件まで書くんだ」
「昨日、教官が言いました」
青髪の少女が答える。
「何を恐れ、どこで判断を誤るかも知らない、と」
「正直に書くと思う?」
「書かなければ意味がありません」
「書きたくない人もいるでしょう」
その言葉。
アリシアの胸へ。
少し引っかかる。
怖いこと。
苦手なこと。
五人へ。
全部話す。
できるか。
青髪の少女は。
すぐに答えなかった。
紙を見る。
昨日。
正確さを求めすぎると指摘された。
今。
それを。
考えているのかもしれない。
「公開できる範囲で」
やがて。
青髪の少女は言った。
「書けない項目は、書けない理由だけ示してください」
「それならいい」
白髪の少年が言う。
「全部話すことを、最初から約束するのは難しいから」
「でも、隠されてたら危なくない?」
黄色い髪の少女が尋ねる。
「危険に関わることは、話す必要がある」
白髪の少年は。
穏やかに答える。
「でも、過去のことまで全部話さなければ仲間になれない、というのは違うと思う」
「線引きは?」
緑の髪の少年。
「その情報を知らないことで、誰かが危険になるか」
白髪の少年の笑顔が。
少しだけ薄くなる。
「それなら、話す」
「自分が傷つくだけなら?」
「考える」
「話さないこともある?」
「あるよ」
柔らかい声。
でも。
はっきりしている。
光の少年。
優しい。
しかし。
全部を開く人ではない。
アリシアは。
昨日の言葉を思い出す。
眩しいものは。
目を焼く。
彼にも。
話したくないことがある。
「私も」
アリシアは。
小さく言った。
五人の視線が。
集まる。
怖い。
でも。
今。
話さなければ。
後で。
もっと言いにくくなるかもしれない。
「全部は、話せない」
「闇の神器の記録?」
青髪の少女が尋ねる。
「それも」
「他にも?」
すぐに聞かれ。
アリシアは。
少し俯く。
「……ある」
沈黙。
赤髪の少年が。
肉を口へ入れようとして。
青髪の少女に見られ。
黙って箸を下ろす。
全員。
待っている。
「でも」
アリシアは。
指先を。
弁当箱の縁へ置く。
「危ないことは、話す」
「例えば?」
緑の髪の少年。
聞き方は。
遠慮がない。
けれど。
必要なことを聞いている。
「黒月が。私の気持ちで、強く反応することがある」
五人の表情が。
少し変わる。
「どんな気持ち?」
青髪の少女。
「怖い時。怒った時。守りたい時」
「全部、強い感情だね」
白髪の少年。
「制御できる?」
緑の髪の少年。
「少しずつ」
「できない時は?」
アリシアの喉が。
固くなる。
できない時。
まだ。
自分でも。
全部は知らない。
影が広がる。
力が増す。
ノアが。
支えてくれる。
でも。
もし。
ノアがいなければ。
「ノアが、止める」
『止めるだけではないわ』
影の中から。
声が響く。
五人にも。
聞こえるように。
ノアが姿を見せる。
アリシアの影から。
黒い耳。
頭。
身体。
滑るように現れる。
机の上へ。
軽く跳び乗る。
五人の空気が。
一瞬。
変わる。
赤髪の少年が。
目を輝かせる。
「出た!」
「大きな声を出さないで」
青髪の少女が。
反射的に言う。
ノアは。
金色の瞳で。
六人を見渡す。
「私は、アリシアの力を押さえつけるためだけにいるのではない」
静かな声。
「力の方向を整える。流れを変える。必要なら、彼女の意識を現実へ戻す」
「戻せなかったことは?」
緑の髪の少年が尋ねる。
ノアの目が。
わずかに細くなる。
「ある」
アリシアの身体が。
少し固くなる。
五人へ。
知られた。
でも。
危険に関わること。
話す必要がある。
「その時は?」
青髪の少女。
「外部から強い刺激を与える。声。接触。魔力遮断。ただし、状況による」
「攻撃した方がいい?」
赤髪の少年が聞く。
「最後の手段」
ノアは。
迷わず答える。
「アリシアを傷つければ、力が弱まるとは限らない。逆に強まる可能性もある」
室内。
少し重くなる。
アリシアは。
五人の顔を見られない。
怖がられる。
やはり。
闇は危険だと。
思われる。
「じゃあ」
黄色い髪の少女が。
ゆっくり言う。
「最初に名前を呼べばいい?」
アリシアが。
顔を上げる。
「名前?」
「アリシアって」
「それだけ?」
「何度も」
黄色い髪の少女は。
真剣な顔だった。
「戻ってこなかったら、手を握る?」
「状況によるわ」
ノアが答える。
「影が暴れている時は、近づかない方がいい場合もある」
「じゃあ、近づいていいかノアに聞く」
「それがいい」
「分かった」
黄色い髪の少女は。
紙へ書く。
『闇の異常時:まず名前を呼ぶ。ノアへ確認。勝手に接触しない』
赤髪の少年も。
自分の紙へ。
大きな字で書いている。
読みにくい。
でも。
書いている。
青髪の少女は。
整った字で。
さらに詳しく記録する。
緑の髪の少年は。
紙を見ながら考えている。
白髪の少年は。
アリシアを見ていた。
「怖かった?」
彼が尋ねる。
「何が?」
「今、話すの」
アリシアは。
少し迷い。
「うん」
「でも、話した」
「危ないから」
「ありがとう」
白髪の少年が言う。
ありがとう。
怖い情報を。
話したことへ。
向けられた言葉。
アリシアは。
どう答えていいか分からず。
小さく頷いた。
「じゃあ次、俺!」
赤髪の少年が。
重くなった空気を。
破るように手を上げた。
「火鳥剣! 近い敵を斬るのが得意!」
「紙に沿ってください」
青髪の少女が言う。
「今、神器名と得意な距離を言った!」
「主な攻撃手段は?」
「斬る!」
「火は?」
「燃やす!」
「説明が短すぎます」
「分かりやすいだろ!」
「どの程度の範囲ですか」
「大きく!」
「測定値は?」
「覚えてない!」
「資料を見てください!」
「持ってきてない!」
黄色い髪の少女が。
声を上げて笑う。
緑の髪の少年は。
呆れたように額へ手を当てる。
白髪の少年は。
口元を隠している。
ノアも。
机の上で。
わずかに尾を揺らした。
アリシアは。
少しだけ。
息を吐く。
重かった胸が。
緩む。
危険な話をした後でも。
会話は。
終わらなかった。
皆が。
立ち去らなかった。
「じゃあ、分かる範囲で」
白髪の少年が。
間へ入る。
「近距離が得意。火を剣へ纏わせられる。広い範囲も攻撃できる?」
「できる!」
赤髪の少年が答える。
「でも、仲間が近いと危ない?」
「うん」
「細かい操作は?」
「苦手じゃない」
青髪の少女が。
無言で赤髪の少年を見る。
「……少し苦手」
「かなりです」
「少し!」
「昨日、訓練用の的を三つ同時に燃やし、そのうち一つは別の班のものでした」
「当たったんだからいいだろ」
「よくありません」
アリシアは。
紙へ書く。
『火:近距離。強い。広範囲可能。仲間が近い時は注意。細かい操作は少し苦手』
少し。
と書いた後。
青髪の少女の視線が。
こちらへ向く。
「かなり」
「本人が、少しって」
「事実はかなりです」
「水!」
赤髪の少年が叫ぶ。
「本人の申告と、他者評価を分けて書けばいい」
緑の髪の少年が言う。
青髪の少女は。
少し考え。
「妥当です」
新しい欄。
『本人評価』
『周囲評価』
赤髪の少年が。
不満そうな顔をする。
「俺だけ?」
「全員です」
青髪の少女。
「あなたにも書きます」
「私?」
「本人評価は、精密操作が得意」
「事実です」
「周囲評価は、考えすぎて動きが遅れる時がある」
青髪の少女の手が。
止まる。
昨日。
年配の男性に言われた。
正確さを求めすぎる。
緊急時。
言葉を削れない可能性。
「……書きます」
青髪の少女は。
自分の紙へ記入する。
反論しなかった。
「水は何ができるの?」
アリシアが尋ねる。
青髪の少女は。
少しだけ姿勢を正す。
「水蛇槍。中距離を得意とします。水流による拘束。防御膜。圧縮した水による貫通攻撃。周囲の水分を感知し、物体の動きをある程度把握できます」
「昨日、鈴を探す時に言ってた」
「はい。ただし、広い範囲へ薄く水を広げると、情報が多くなりすぎます」
「アリシアと似てるね」
黄色い髪の少女が言う。
「何が?」
「広げると、たくさん触りすぎるところ」
昨日。
影を広げた時。
床。
机。
椅子。
教師の靴。
全てが。
一度に流れ込んだ。
「……似てる」
アリシアが言う。
青髪の少女も。
僅かに頷く。
「感知対象を限定する訓練が必要な点は、共通しています」
「一緒にできる?」
「可能性はあります」
「じゃあ、やろうよ」
黄色い髪の少女が。
簡単に言う。
青髪の少女は。
もう紙へ。
『闇・水:感知対象の限定訓練』
と書いている。
早い。
「次、僕?」
緑の髪の少年が。
果物を一口食べた後に言う。
「風狼弓。得意距離は中距離から遠距離。風の矢。索敵。音の収集。足場を軽くして移動補助」
「昨日、鈴を風で鳴らそうとした?」
アリシアが尋ねる。
「考えた。でも、音が増えると思ってやめた」
「どうして、すぐ言わなかったの?」
黄色い髪の少女が聞く。
緑の髪の少年は。
少しだけ黙った。
「確信がなかったから」
「アリシアと同じ?」
赤髪の少年が。
何も考えずに言ったような声。
緑の髪の少年が。
アリシアを見る。
アリシアも。
緑の髪の少年を見る。
「……少し」
アリシアが答える。
「私は、あったかもって言った」
「僕は、言わなかった」
「先生に、もっと早く言えって言われてた」
「聞いてたんだ」
「全員、言われてたから」
「そう」
緑の髪の少年は。
少しだけ苦笑した。
「僕は、間違ったことを言うのが嫌いなんだ」
「どうして?」
黄色い髪の少女。
「恥ずかしいから」
「意外」
「何が?」
「恥ずかしいって思うんだ」
「僕を何だと思ってるの?」
「皮肉を言う人」
「それは合ってる」
「認めるんだ」
教室に。
小さな笑いが広がる。
緑の髪の少年も。
怒ってはいない。
「間違えるくらいなら、黙っていた方がいいと思う」
彼は続ける。
「でも昨日。僕が考えている間に、時間が過ぎた」
「だから、次は言う?」
アリシアが尋ねる。
「言える範囲で」
「私も」
「一緒にする?」
「少し」
「少しならいい」
昨日。
赤髪の少年が言った言葉を。
緑の髪の少年が使った。
赤髪の少年が。
「それ俺の言い方だろ」
と口を挟む。
「言葉に所有権はないよ」
「ある!」
「ない」
「俺が最初に言った!」
「それを言うなら、世界中の言葉は最初に使った誰かのものになるけど」
「難しい話にするな!」
また。
空気が軽くなる。
次は。
黄色い髪の少女。
土亀斧。
近距離。
防御。
土壁。
足場の固定。
地面の振動による感知。
防御力は。
六人の中でも高い。
ただし。
地面とつながっていない場所では。
力が落ちる。
「船とか?」
赤髪の少年が聞く。
「苦手」
「空は?」
「無理」
「飛ばないだろ」
「風が運べば?」
全員が。
緑の髪の少年を見る。
「嫌だよ」
「まだ頼んでない!」
「頼む顔をしてた」
「どんな顔?」
「今の顔」
「普通でしょう!」
「君の普通は、頼み事の前に目が光る」
「光ってない!」
黄色い髪の少女は。
明るい。
勢いがある。
けれど。
恐怖・苦手条件の欄で。
筆が止まった。
「どうしたの?」
白髪の少年が。
柔らかく尋ねる。
「狭いところ」
黄色い髪の少女が。
少しだけ声を落とす。
これまでの明るさから。
急に。
違う声。
「狭い場所が、苦手」
「地下?」
青髪の少女。
「地下でも、広ければ平気」
「閉じ込められる場所?」
「うん」
黄色い髪の少女の指が。
弁当箱の布を。
少し強く握る。
「土を使えば、壁を壊せる時もある。でも。狭いと。息が……」
そこで。
言葉が止まる。
全員。
待つ。
赤髪の少年も。
今は。
何も言わない。
「話せないなら、そこまででいい」
白髪の少年が言う。
黄色い髪の少女は。
少し息を吸う。
「うん。今は、ここまで」
青髪の少女は。
紙へ書く。
『土:狭所。閉鎖空間では呼吸が乱れる可能性。無理に詳細を聞かない』
黄色い髪の少女が。
それを見て。
少し笑う。
「最後のも書くんだ」
「必要です」
「ありがとう」
青髪の少女は。
少しだけ目を逸らした。
「危険回避のためです」
「それでも」
「……はい」
次。
白髪の少年。
光白猫杖。
治癒。
防御。
浄化。
目眩まし。
感知。
近距離から中距離。
「何でもできるな」
赤髪の少年が言う。
「全部、強いわけではないよ」
白髪の少年は。
穏やかに返す。
「治癒は得意。でも、失ったものを元に戻せるわけじゃない。防御も、強い攻撃を何度も受ければ壊れる。浄化も、相手によって効かない」
「光なら、魔族に全部効くんじゃないの?」
黄色い髪の少女が尋ねる。
「そう思われているね」
「違う?」
「違う」
白髪の少年の声が。
少し低くなる。
「光に慣れた魔族もいる。光を吸収するものも。反射するものもいる」
「怖い?」
アリシアが尋ねた。
昨日。
彼が言った。
眩しいものは。
目を焼く。
「自分の力が?」
「うん」
「怖いよ」
白髪の少年は。
笑わずに答えた。
「治せると思われることが」
五人。
静かになる。
「治せない時もある。でも、光の神器なら何とかできると思われる」
「できなかったら?」
アリシアが聞く。
「責められることもある」
「誰に?」
「助けられなかった人に。周りに。自分に」
白髪の少年の目が。
少しだけ遠くなる。
過去。
何かがある。
でも。
それ以上は。
話さない。
「だから」
彼は。
自分の紙へ書く。
『限界を超えて治癒を続けることがある』
青髪の少女が。
その文字を見る。
「身体負担は?」
「視界の白濁。手の震え。頭痛。場合によっては失神」
「そこまで続けないでください」
「言われても、続ける時がある」
「なぜ」
「目の前に、まだ助けられる人がいると思うから」
青髪の少女の眉が。
少し寄る。
黄色い髪の少女は。
心配そうに見る。
赤髪の少年は。
拳を握る。
緑の髪の少年が。
静かに言った。
「光が自分で止まれないなら、誰が止める?」
白髪の少年は。
少し笑う。
「止めてくれる?」
「質問で返さないで」
「君たちが」
柔らかな声。
でも。
冗談ではない。
「止めてほしい」
アリシアの胸へ。
その言葉が残る。
強い人。
優しい人。
治せる人。
その人も。
止めてもらう必要がある。
「どうやって?」
赤髪の少年が聞く。
「杖を取り上げる?」
「力で奪えば、抵抗するかもしれない」
「面倒だな」
「そうだね」
「自分で言うのかよ」
白髪の少年は。
少し考える。
「名前を呼んで。それでも止まらなければ、手首を掴んで」
「光が暴れたら?」
「目を閉じて」
「説明が怖い」
黄色い髪の少女が呟く。
「眩しいものは、目を焼くから」
昨日と同じ言葉。
今度は。
五人全員が聞いた。
アリシアは。
紙へ書く。
『光:治癒を続けすぎる。視界。震え。頭痛。止める必要あり。名前。手首。目を閉じる』
自分と。
少し似ている。
止まれない時。
誰かに。
戻してもらう。
「次はアリシア」
青髪の少女が言う。
「さっき話した」
「異常時だけです」
「他は?」
「黒月。刀。近い距離」
「影による遠距離干渉も可能ですね」
「少し」
「昨日の探索範囲は、演習室の大半へ届いていました」
「でも、情報が多かった」
「だから限界へ書きます」
アリシアは。
自分の紙を見る。
何ができる。
何ができない。
黒月。
闇黒猫刀。
近距離で斬る。
影を伸ばす。
物を掴む。
足止め。
探索。
気配を隠す。
ノアと感覚を共有する。
まだ。
全部ではない。
知らない力もある。
「攻撃は」
アリシアが。
ゆっくり話す。
「刀で斬る。影で、相手の動きを止める」
「遠くからも?」
赤髪の少年。
「見える範囲なら。見えなくても、影が触れれば」
「昨日みたいに?」
「うん」
「防御は?」
青髪の少女。
「影で受ける。でも。強い攻撃は、全部止められない」
「守れる範囲は?」
「分からない」
言ってから。
昨日の男性の声を思い出す。
分からないと言いすぎる。
自分の感覚まで疑うな。
アリシアは。
少し考え直す。
「……今は。自分と、隣の人くらい」
青髪の少女の筆が動く。
「それ以上は?」
「できるかもしれない。でも、試してない」
「良い言い方ですね」
言われ。
アリシアは。
少し驚く。
分からない。
だけではない。
今できる範囲。
まだ試していない範囲。
分ける。
「探索は?」
緑の髪の少年。
「広くできる。でも、触るものが多いと分からなくなる」
「昨日は、鈴の形を絞ったら見つけられた」
「うん」
「なら、対象が明確なら精度が上がる」
「たぶん」
「たぶん?」
緑の髪の少年が。
少しだけ笑う。
昨日。
自分も。
確信がなくて言わなかった。
「一回は、できた」
アリシアは言い直す。
「次もできるかは、まだ試してない」
「それなら正確」
緑の髪の少年が頷く。
青髪の少女も。
紙へ書く。
「身体負担」
白髪の少年が尋ねる。
「冷える。頭が痛くなる。影が広がりすぎると、身体の位置が分からなくなる時がある」
「それは危険です」
青髪の少女。
「うん」
「昨日は?」
「少し冷えた」
「言わなかった」
ノアが。
机の上から言う。
アリシアの肩が。
わずかに下がる。
「……忘れてた」
「嘘」
「少しだったから」
「言わなくていい理由にはならない」
五人の視線が。
アリシアへ集まる。
痛い。
怒られる。
そう思う。
しかし。
赤髪の少年が。
最初に言った。
「次から言えよ」
短い。
「少しでも?」
「少しなら、まだ動けるだろ。でも、あとで急に倒れたら困る」
青髪の少女も。
続ける。
「冷えの程度を三段階で報告してください」
「三段階?」
「軽度。中度。重度」
「数字でもいいんじゃない?」
黄色い髪の少女。
「一から三?」
「本人が言いやすい方」
白髪の少年。
「アリシアは、どっちがいい?」
聞かれ。
アリシアは。
少し考える。
「言葉」
「軽い。強い。危ない?」
赤髪の少年。
「雑です」
青髪の少女。
「分かりやすいだろ」
「軽度。中度。危険」
「最後だけ違う」
緑の髪の少年。
「寒い。冷たい。動けない」
黄色い髪の少女。
「感覚としては分かりやすい」
白髪の少年。
皆が。
自分の冷えを。
言葉にしようとしている。
アリシアは。
少し不思議な気持ちになる。
今まで。
冷えは。
自分とノアだけが知るものだった。
隠す。
耐える。
戻る。
でも。
これからは。
五人も。
知る。
「冷たい」
アリシアが言う。
「最初は、冷たい」
「次は?」
青髪の少女。
「感覚が遠い」
「危険時は?」
「自分の身体が分からない」
教室が。
静かになる。
青髪の少女は。
紙へ。
『闇負担』
『一:冷たい』
『二:感覚が遠い』
『三:身体位置不明』
と書いた。
「二で報告」
白髪の少年が言う。
「三まで行かせない」
赤髪の少年も。
すぐに頷く。
「二で止める」
「訓練中、本人が一と判断しても、周囲が震えを確認した場合は?」
青髪の少女。
「確認する」
緑の髪の少年。
「本人が大丈夫と言っても?」
黄色い髪の少女。
全員の視線が。
ノアへ向く。
「疑いなさい」
ノアは即答した。
「アリシアの大丈夫は、負荷が高い時ほど信用してはいけない」
「ノア」
「事実よ」
「でも」
「嫌われないために、大丈夫と言うことがあるでしょう」
五人。
誰も笑わない。
アリシアは。
何も言えなくなる。
図星。
心配を掛けたくない。
弱いと思われたくない。
役に立たないと思われたくない。
だから。
大丈夫。
言ってしまう。
「じゃあ」
黄色い髪の少女が。
少し優しい声で言う。
「アリシアが大丈夫って言ったら、もう一回聞く」
「二回?」
「二回目は、冷たい? 感覚が遠い? 身体が分からない? って」
「それなら、答えられる?」
白髪の少年。
「……たぶん」
「一回は答えられた」
緑の髪の少年が。
すぐに訂正する。
アリシアは。
少しだけ笑った。
「答える」
言い直す。
「よし」
赤髪の少年が。
大きく頷く。
その声。
やはり大きい。
でも。
今は。
うるさいと思うだけではなかった。
少し。
頼もしい。
◇
昼休みの残り時間が。
少なくなっていく。
六人の弁当箱は。
途中から。
ほとんど減っていなかった。
青髪の少女が。
時計を見る。
「あと十二分です」
「食べよう!」
赤髪の少年が。
急いで肉を口へ入れる。
「だから、口へ入れたまま話さないでください」
「まだ話してない!」
「今、話しています」
「これは返事!」
「返事も会話です」
黄色い髪の少女が。
笑いながら野菜を食べる。
緑の髪の少年は。
果物を一つ。
白髪の少年は。
ゆっくりと食事を再開する。
アリシアも。
祖父のパンを手に取った。
「そのパン」
黄色い髪の少女が見る。
「美味しそう」
「おじいちゃんが作った」
「昨日、言ってたね」
「うん」
「一口ほしい」
「駄目です」
青髪の少女が。
先に答える。
「なぜあなたが答えるの?」
「人の食事を要求しないでください」
「聞いただけ!」
「アリシアが断りにくい可能性があります」
アリシアは。
少し驚く。
断りにくい。
確かに。
ほしいと言われたら。
嫌でも。
渡していたかもしれない。
でも。
今回は。
嫌ではない。
「少しなら」
アリシアが言う。
青髪の少女が。
こちらを見る。
「本当に?」
「うん」
「断りにくいからではなく?」
確認。
アリシアは。
自分の気持ちを見る。
祖父のパン。
食べてもらいたい。
昼休み。
六人で。
同じ机を囲んでいる。
昨日までは。
想像もしなかった時間。
その中で。
自分の家から持ってきたものを。
誰かが。
美味しそうと言った。
「……食べてほしい」
アリシアは。
もう一度。
今度は少しだけはっきり言った。
青髪の少女は。
アリシアの顔を見た。
断れなくて言っているのではないか。
それを。
確かめるように。
数秒。
視線を置いてから。
「それなら、問題ありません」
と頷いた。
「許可制なの?」
黄色い髪の少女が笑う。
「確認です」
「同じじゃない?」
「違います」
「どこが?」
「許可は、私が決定権を持つ場合に使う言葉です。今回はアリシア本人の意思確認です」
「水って、本当に言葉が細かいよね」
「曖昧な言葉は誤解を生みます」
「でも、話が長くなる」
「必要な長さです」
「十二分しかないんでしょう?」
「……食べてください」
「勝った」
「勝負ではありません」
黄色い髪の少女が。
楽しそうに笑う。
アリシアは。
祖父が焼いた丸いパンを。
手で半分に割った。
ふわりと。
小麦と。
少しだけ混ぜ込まれた薬草の香りが広がる。
隠れ里で。
昔から使われている香草。
香りは強くない。
けれど。
噛むと。
少しだけ甘みが出る。
「はい」
アリシアが。
半分より小さくちぎって渡す。
黄色い髪の少女は。
両手で受け取った。
「ありがとう!」
すぐに。
一口。
そして。
噛む。
その顔が。
少し止まる。
アリシアの胸が。
きゅっとなる。
美味しくなかった。
そう思われたのかもしれない。
祖父のパンは。
アリシアにとっては。
ずっと食べてきた味。
でも。
町のパン屋で売っているものより。
少し硬い。
見た目も。
派手ではない。
「……どう?」
聞かないつもりだった。
でも。
口から出た。
黄色い髪の少女は。
ゆっくり飲み込む。
「これ」
少し間。
「何が入ってるの?」
「薬草」
「薬草?」
赤髪の少年が。
すぐに反応する。
「薬みたいな味するのか?」
「しない」
黄色い髪の少女が。
もう一口食べる。
「ちょっと甘い」
「噛むと」
「うん。最初は普通のパンなのに、後から甘くなる」
もう一度。
小さく噛む。
「美味しい」
アリシアの肩から。
少しだけ力が抜けた。
「本当?」
「うん」
「無理してない?」
「してないよ」
「本当に?」
「アリシア」
白髪の少年が。
柔らかく呼ぶ。
「今、自分が言われたら困る確認をしてるよ」
「……あ」
大丈夫。
大丈夫と言っても。
もう一度聞く。
でも。
それは。
身体の負担を隠す時。
美味しいと言ってくれた相手へ。
何度も。
本当かと聞けば。
相手の言葉を疑うことになる。
「ごめん」
「謝らなくていいよ」
黄色い髪の少女が笑う。
「美味しいから、美味しいって言っただけ」
「……うん」
「ねえ」
赤髪の少年が。
じっとパンを見る。
「俺も」
「駄目です」
青髪の少女。
「まだ何も言ってない!」
「顔に書いてあります」
「何て?」
「俺も食べたい」
「当たってる!」
「なら黙って食事をしてください」
「なんで土はよくて俺は駄目なんだよ!」
「彼女は最初に確認しました」
「俺も今から確認する!」
赤髪の少年が。
アリシアを見る。
期待が。
顔全体に出ている。
「一口くれ!」
「要求になっています」
「水は黙ってろ!」
アリシアは。
思わず。
少し笑った。
昨日。
この少年の大きな声が。
怖かった。
今日の朝。
焼き菓子の少女へ。
最初に話したことも。
火の人はうるさかった。
だった。
今も。
うるさい。
でも。
怖くない。
「少しなら」
アリシアは。
またパンをちぎる。
「いいのか!?」
「うん」
「やった!」
「声」
青髪の少女。
「分かってる!」
「分かっていません」
赤髪の少年は。
受け取ると。
一口で食べた。
「もっと噛んで」
アリシアが。
反射的に言う。
「ん?」
「噛まないと、甘くならない」
赤髪の少年の口が。
止まる。
それから。
急に。
真剣な顔で噛み始めた。
一回。
二回。
三回。
「……お」
五回。
「おお」
七回。
「甘い!」
「だから声!」
「本当に甘くなった!」
「聞いてください!」
黄色い髪の少女が。
机へ突っ伏して笑う。
緑の髪の少年も。
口元を緩めた。
「単純だね」
「食ってみろよ!」
「いらない」
「なんでだよ!」
「僕、果物あるし」
「そういう問題じゃない!」
「どういう問題?」
「仲間のパンだぞ!」
その言葉。
アリシアの手が。
止まった。
仲間のパン。
赤髪の少年は。
何気なく言った。
特別な意味を込めた様子もない。
ただ。
同じ机を囲んで。
同じ課題をして。
昨日。
一緒に鈴へ触れた。
だから。
仲間。
それだけ。
アリシアには。
それだけではなかった。
「……仲間」
小さく。
声に出る。
赤髪の少年が。
こちらを見る。
「違うのか?」
「え」
「俺たち」
彼は。
パンを飲み込み。
少し不思議そうな顔をする。
「一緒に訓練するんだろ?」
「うん」
「危なくなったら止めるんだろ?」
「うん」
「だったら仲間じゃん」
簡単だった。
アリシアが。
何日も。
何週間も。
考えてしまいそうなことを。
彼は。
三つくらいの言葉で終わらせる。
「定義としては」
青髪の少女が口を開く。
「今後、共同訓練および実戦任務へ参加する可能性が高い以上、協力関係にあることは間違いありません」
「ほら!」
「ただし、仲間という言葉には感情的な親密性も含まれるため」
「水!」
「何ですか」
「今は細かくしなくていい!」
「あなたが定義を曖昧にするからです」
「仲間は仲間!」
「だから、その言葉の範囲が」
「ねえ」
黄色い髪の少女が。
笑いながら割って入る。
「アリシアは?」
突然。
聞かれた。
「私?」
「私たちのこと。仲間って思う?」
五人。
見る。
逃げ場がない。
でも。
嫌な逃げ場のなさではない。
答えを。
急かされているわけでもない。
ただ。
聞かれた。
昨日。
初めて六人で会った。
名前を知った。
能力を少し見た。
目隠しをして。
紐で腕をつないだ。
鈴を探した。
手が絡まった。
誰かの髪も絡まった。
自分の影で。
鈴を見つけた。
六人で触った。
今日。
危ないことを話した。
怖いことを話した。
止め方を考えた。
パンを分けた。
それだけ。
まだ。
知らないことの方が多い。
好きかどうかも。
よく分からない。
でも。
嫌ではない。
明日。
また会うことが。
少し。
楽しみかもしれない。
「……まだ」
アリシアは。
ゆっくり言った。
赤髪の少年の眉が。
少し下がる。
「まだ?」
「分からない」
正直に。
でも。
それだけでは。
昨日までと同じ。
アリシアは。
続きを探す。
「でも」
五人が。
待つ。
「仲間に、なれたらいいと思う」
言った。
胸が。
急に。
熱くなる。
恥ずかしい。
視線を落としたい。
けれど。
今だけは。
少しだけ。
五人の顔を見る。
黄色い髪の少女は。
嬉しそうに笑った。
赤髪の少年は。
「じゃあ、なる!」
と即答した。
「決定が早すぎます」
青髪の少女が言う。
でも。
彼女の口元も。
ほんの少し。
柔らかい。
緑の髪の少年は。
肩をすくめる。
「仲間になる、って宣言してなるものなの?」
「なるって言えばなるだろ!」
「それなら世界中の人に言えるね」
「言わねえよ!」
「どうして?」
「知らないから!」
「僕たちも昨日会ったばかりだけど」
「一緒に鈴探した!」
「基準が鈴なの?」
「うるさい!」
白髪の少年は。
アリシアへ。
穏やかに言った。
「急がなくていいよ」
「うん」
「僕も。少しずつでいいと思う」
「……うん」
「ただ」
彼は。
少しだけ笑う。
「危ない時に助けるのは、仲間になってからじゃなくてもするけどね」
アリシアは。
返事をするまで。
少し時間がかかった。
「……ありがとう」
◇
昼休み終了の鐘が鳴る。
「あ!」
赤髪の少年が。
まだ残っている弁当を見る。
「食い終わってない!」
「だから十二分前に言いました」
青髪の少女は。
すでに。
自分の布包みを整えている。
「水、食うの早すぎない?」
黄色い髪の少女が言う。
「会話中に少しずつ食べていました」
「いつ?」
「皆さんが話している時です」
「全然気づかなかった」
「食事に実況は必要ありません」
緑の髪の少年が。
残った果物を包む。
「次から昼休みに能力会議するのやめない?」
「では放課後」
「部活や訓練がある日もある」
「朝」
「火が起きられない」
「起きられる!」
赤髪の少年が。
弁当を急いで包みながら反論する。
「昨日遅刻しかけたって言ってた」
「間に合った!」
「開始一分前は、余裕があるとは言いません」
「遅刻じゃない!」
「議論の基準が低い」
「風!」
騒がしい。
本当に。
騒がしい。
アリシアは。
自分の弁当箱を包みながら。
その声を聞いていた。
昨日まで。
一人で食べる昼食は。
静かだった。
祖父の弁当。
ノアの声。
それで。
十分だった。
静かな方が。
好きだった。
今も。
静かな場所は好き。
でも。
こういう騒がしさも。
少しだけなら。
嫌いではないのかもしれない。
『少しだけ?』
ノアが。
影へ戻りながら聞く。
少しだけ。
『顔は、もう少し好きそうだけれど』
気のせい。
『そういうことにしておきましょう』
六人は。
机を元の位置へ戻す。
青髪の少女が。
最後に。
紙をまとめた。
「今日の記録は、私が清書します」
「全部?」
アリシアが聞く。
「はい」
「大変じゃない?」
「問題ありません」
緑の髪の少年が。
横から紙を見る。
「この量、かなりあるけど」
「問題ありません」
「大丈夫?」
黄色い髪の少女。
「大丈夫です」
その瞬間。
六人。
少し止まる。
アリシアも。
青髪の少女を見る。
青髪の少女が。
怪訝そうに眉を寄せる。
「何ですか」
「今」
アリシアが言う。
「大丈夫って」
「言いましたが」
「大丈夫は、確認する」
「それは、あなたの負荷報告についてです」
「でも」
黄色い髪の少女が。
にやりと笑う。
「水も、無理して大丈夫って言うかもしれないよね?」
「私は」
「正確さを求めすぎて、抱え込む可能性」
緑の髪の少年が。
青髪の少女自身の紙に書かれている言葉を読む。
青髪の少女が。
黙る。
赤髪の少年が。
すぐに笑った。
「もう一回聞くぞ! 本当に大丈夫か!」
「声を抑えてください」
「答えろ!」
「……量は多いですが、今日中に可能です」
「身体は?」
白髪の少年が聞く。
「問題ありません」
「疲れてない?」
「多少」
「じゃあ、分けよう」
「必要ありません」
「必要ある」
黄色い髪の少女。
「私、土のところ書く」
「僕、風」
緑の髪の少年。
「俺、火!」
「あなたは自分の記録を正確に書けますか」
「書ける!」
「不安です」
「なんでだよ!」
「字も読みにくいです」
「読める!」
「『広範囲』が『広いパン』に見えます」
「見えねえよ!」
白髪の少年が。
笑いながら。
「僕は光をまとめるよ」
と言う。
そして。
アリシアを見る。
「アリシアは、闇をまとめられる?」
「……やる」
「じゃあ、水は全体の形式だけ整えて」
青髪の少女は。
何か言おうとした。
口を開く。
閉じる。
五人を見る。
自分が。
全部やった方が早い。
そう思っている顔。
でも。
昨日。
教官から言われたこと。
今日。
自分で書いたこと。
それを。
思い出しているようだった。
「……分かりました」
小さく。
認める。
「分担します」
「よし!」
赤髪の少年が言う。
「だから声!」
青髪の少女が。
いつもの調子で返す。
それを聞いて。
アリシアは。
また少し笑った。
◇
廊下へ出る。
六人が。
それぞれの教室へ戻る。
昼休み終了の鐘は。
もう鳴った。
廊下には。
急いで教室へ戻る生徒たち。
その中で。
六人が一緒に歩くと。
やはり。
視線が集まる。
「あれ」
「神器継承者」
「六人一緒だ」
「何してたんだろ」
「会議?」
「仲いいの?」
仲いい。
その言葉に。
アリシアの足が。
少しだけ止まりそうになる。
仲がいい。
そう見える。
自分たちは。
まだ。
昨日会ったばかり。
今日。
能力を話しただけ。
でも。
外から見ると。
六人。
一緒。
「どうした?」
赤髪の少年が。
振り返る。
「何でもない」
「遅れるぞ!」
「あなたが一番危険です」
青髪の少女。
「俺の教室、反対!」
「なら、なぜこちらへ来たのですか」
「送ろうと思って!」
「誰を?」
赤髪の少年が。
止まる。
「……みんな?」
「全員、教室が違う方向です」
「じゃあ途中まで!」
「あなたの教室から最も遠ざかっています」
「走れば間に合う!」
「廊下を走らないでください」
「じゃあ早歩き!」
赤髪の少年は。
急に方向を変える。
「またな!」
大きく手を上げ。
今度こそ。
自分の教室の方向へ。
早足で去っていく。
「絶対走るよ」
黄色い髪の少女。
「曲がった瞬間に走りますね」
白髪の少年。
「五」
緑の髪の少年が数える。
「四」
「三」
「二」
「一」
廊下の角。
赤い髪が消える。
直後。
ダダダダッ。
走る音。
「走ってる」
黄色い髪の少女が笑う。
遠くから。
「廊下を走るな!」
教師の声。
さらに。
「すみませーん!」
大きな声。
六人。
いや。
残った五人が。
同時に。
少し笑った。
アリシアも。
声は出なかったけれど。
口元が。
確かに緩んだ。
◇
自分の教室へ戻ると。
扉を開けた瞬間。
何人もの視線が。
こちらへ向いた。
予想していた。
それでも。
少し身体が固くなる。
「おかえり」
焼き菓子の少女が。
自分の席から言った。
「……ただいま」
その一言で。
少し。
戻れる。
自分の机。
自分の椅子。
窓際。
アリシアが座ると。
少女が。
すぐには聞かなかった。
教師が来るまで。
あと少し。
周囲には。
聞きたい顔がたくさんある。
でも。
彼女は。
アリシアが弁当をしまい。
紙を整え。
息を落ち着けるまで待った。
それから。
小さな声で聞く。
「どうだった?」
朝と。
同じ質問。
どうだった。
今度は。
答えが。
少し多い。
「火の人は」
「またそこから?」
少女が。
もう笑っている。
「パンを食べた」
「え?」
「おじいちゃんの」
「持ってきてたの?」
「お昼の分」
「ああ」
「土の人も食べた」
「能力の話し合いじゃなかったの?」
「した」
「何を?」
「止め方」
「止め方?」
少女の顔が。
少し真剣になる。
アリシアは。
どこまで話していいか。
考える。
危険に関わる細かな情報は。
公開しない方がいい。
「力を使いすぎた時」
「みんなで?」
「うん」
「誰かが止まれなくなったら、どうするか?」
「うん」
「……ちゃんと考えてるんだね」
少女が。
少し感心したように言う。
「神器継承者って、もっと。強い技とか、必殺技とか。そういう話をするのかと思ってた」
「した人もいる」
「誰?」
「火」
「やっぱり」
少女が笑う。
「何て?」
「斬る。燃やす」
「短い」
「水の人に怒られてた」
「想像できる」
「あと」
アリシアは。
少しだけ迷う。
でも。
言いたい。
「仲間って言われた」
少女の笑顔が。
少し止まる。
「誰に?」
「火の人」
「アリシアは?」
「まだ分からないって言った」
「言ったんだ」
「うん」
「怒られなかった?」
「怒られなかった」
「そっか」
「でも」
アリシアは。
机の上の指を。
少しだけ動かす。
「仲間に、なれたらいいって言った」
少女は。
しばらく。
何も言わなかった。
その沈黙が。
少し長い。
アリシアは。
不安になる。
「変だった?」
「ううん」
少女は。
ゆっくり首を振る。
「すごいなって思った」
「何が?」
「昨日まで。アリシア、五人のところに行くの怖がってたでしょう」
「うん」
「今日、自分から仲間になれたらいいって言ったんだ」
「聞かれたから」
「聞かれても、言えないことあるよ」
「……うん」
「だから、すごい」
また。
すごい。
でも。
今日。
何度か聞いた。
力だけではない。
怖くても動いた。
話した。
言った。
そういうことへ。
向けられる。
すごい。
アリシアは。
まだ。
慣れない。
でも。
前ほど。
逃げたくはなかった。
「明日」
アリシアが言う。
「パン」
「うん」
「持ってくる」
「楽しみにしてる」
「忘れない」
「忘れても怒らないよ」
「でも、持ってくる」
「分かった」
少女は笑う。
「じゃあ、私も何か持ってくる」
「お返し?」
「違う」
「じゃあ何?」
「一緒に食べるもの」
その言葉。
一緒に食べるもの。
交換ではない。
借りでも。
返すものでもない。
ただ。
一緒に。
アリシアは。
小さく頷いた。
「うん」
◇
午後の授業。
窓から入る光は。
朝より。
少し黄色くなっていた。
教師の声。
紙をめくる音。
羽根ペンが。
机を擦る音。
アリシアは。
授業の合間。
机の端へ置いた紙を。
何度か見た。
自分がまとめる。
闇の神器。
黒月。
できること。
できないこと。
危険なこと。
助けてほしいこと。
今まで。
闇について書かれた記録は。
ほとんど。
他人が書いたものだった。
危険。
不明。
禁忌。
失われた神器。
忘れられた六つ目。
でも。
今。
自分が書く。
自分が。
使って。
怖がって。
失敗して。
少し成功して。
誰かに助けられて。
自分で。
輪郭を作る。
六人分。
火。
水。
風。
土。
光。
闇。
それぞれ。
強いだけではない。
苦手がある。
怖いものがある。
止まれない時がある。
間違える。
言えない。
考えすぎる。
閉じ込められるのが怖い。
助けられないことが怖い。
自分の力が怖い。
神器に選ばれた人。
その言葉だけでは。
見えなかったもの。
今日。
少しだけ。
見えた。
『授業中よ』
ノアの声。
アリシアは。
慌てて。
教科書へ目を戻す。
『考えるのは悪くないけれど、教師が三回こちらを見たわ』
「……本当?」
『二回』
「増やした?」
『減らしたのよ』
「最初、三回って」
『集中しなさい』
「逃げた」
『最近、本当に口が回るようになったわね』
アリシアは。
少しだけ。
教科書の陰で笑った。
その時。
教師が。
こちらを見る。
「アリシア」
「……はい」
「今のところ。読んでくれるか」
教室。
少し。
視線が集まる。
以前なら。
心臓が。
一気に固くなった。
声が。
出なくなった。
今日は。
まだ怖い。
でも。
昼休み。
五人の前で。
もっと怖いことを話した。
自分の力が。
暴れる可能性。
止め方。
身体の感覚がなくなること。
それを。
言えた。
なら。
教科書を読むくらい。
「……はい」
アリシアは。
立つ。
指定された場所へ。
指を置く。
一度。
息を吸う。
読み始める。
最初の一文。
少し声が小さい。
二文目。
少しだけ大きくする。
三文目。
後ろの席まで。
届くように。
読み終わる。
「ありがとう。座っていい」
「はい」
座る。
手が。
少し震えている。
でも。
できた。
隣から。
焼き菓子の少女が。
小さく。
親指を立てる。
アリシアも。
机の下で。
少しだけ。
親指を立て返した。
『見たわよ』
ノア。
何を。
『何でもない』
◇
放課後。
学園の門を出る頃。
空は。
薄い橙色へ変わっていた。
帰路。
アリシアは。
紙を。
鞄の中へ。
大切に入れている。
今日中に。
闇の項目をまとめる。
明日。
青髪の少女へ渡す。
そして。
祖父へ。
パンを。
一つ多く焼いてもらう。
焼き菓子の少女へ。
持っていく。
やることが。
二つ。
昨日より。
増えた。
前なら。
誰かとの約束が増えることは。
怖かった。
忘れたら。
失敗したら。
嫌われたら。
そう思った。
今も。
少し思う。
でも。
今日。
青髪の少女が。
大丈夫と言った。
五人が。
もう一度聞いた。
全部を。
一人でやらなくていい。
分けた。
仲間。
その言葉が。
また。
胸へ浮かぶ。
「ノア」
『何?』
「仲間って」
『ええ』
「いつから、仲間になるの?」
影の中。
少し。
沈黙。
『難しい質問ね』
「ノアでも?」
『私を何だと思っているの』
「何でも知ってる」
『それは間違いね』
「知らないことある?」
『山ほど』
「例えば?」
『あなたが明日の朝、パンを忘れないかどうか』
「忘れない」
『そう』
「絶対」
『絶対と言ったわね』
「うん」
『なら、朝に私が確認する必要はない?』
「……確認して」
『でしょうね』
アリシアは。
少し笑う。
「仲間も?」
『何が?』
「確認する?」
『仲間かどうかを?』
「うん」
『毎朝?』
「違う」
『では、いつ?』
「分からない」
『なら』
ノアの声が。
少しだけ。
柔らかくなる。
『分からないままでいいんじゃない?』
「いいの?」
『今日、一緒に食べた』
「うん」
『危険を話した』
「うん」
『助け方を考えた』
「うん」
『あなたは、仲間になれたらいいと言った』
「……うん」
『それで十分よ。今は』
今は。
その言葉。
昨日から。
何度も。
自分を助けてくれる。
ずっと。
ではない。
絶対。
でもない。
今。
できること。
今。
言えること。
今。
思えること。
「じゃあ」
アリシアは。
夕暮れの道を歩きながら言う。
「明日も、話せたら」
『ええ』
「今日より、少し仲間?」
『そうかもしれないわね』
「明後日も?」
『毎日数えるつもり?』
「だめ?」
『三百日目にはどうするの』
「すごく仲間」
『雑ね』
「火の人みたい?」
『それは本人に言わない方がいいわ』
「どうして?」
『喜ぶから』
「喜ぶならいい」
『……あなた』
「何?」
『本当に少し変わったわね』
アリシアは。
歩く。
隠れ里へ続く道。
木々の影が。
長く伸びている。
自分の影も。
その中へ。
静かに混ざる。
「悪い方?」
アリシアが聞く。
ノアは。
すぐには答えなかった。
風が。
葉を揺らす。
遠く。
鳥が。
巣へ帰る声。
夕日の中。
影は。
黒い。
でも。
黒いから。
怖いわけではない。
その中には。
ノアがいる。
自分がいる。
今日。
五人の名前も。
少しだけ。
入った。
『いいえ』
ノアが。
やがて答える。
『悪くないわ』
アリシアは。
少しだけ。
歩幅を広げた。
◇
その夜。
夕食のあと。
祖父の家。
小さな机の上。
アリシアは。
昼休みにもらった紙を広げていた。
祖父は。
向かいで。
明日のパン生地をこねている。
ノアは。
窓辺。
丸くなりながら。
片目だけ開けている。
紙の一番上。
『闇黒猫刀・黒月』
その下。
『得意な距離』
アリシアは。
羽根ペンを持つ。
書く。
『近距離。影が届く範囲』
少し考える。
消さない。
次。
『主な攻撃手段』
『刀。影による拘束。影を伸ばして遠くへ触れる』
次。
『防御』
『自分と隣の人くらいなら、影で守れる。広い範囲はまだ試していない』
書く。
昼。
言えた言葉。
分からない。
ではなく。
今できること。
まだ試していないこと。
分ける。
『探索』
『影が触れたものを感じられる。対象の形や特徴が分かっていると見つけやすい。一度成功。次もできるかは未確認』
そこまで書いて。
祖父が。
生地をこねながら尋ねた。
「ずいぶん、細かく書くんだな」
「六人で決めた」
「六人」
「うん」
「昨日の子たちか」
「うん」
「名前は覚えたか?」
アリシアの手が。
止まる。
「……色なら」
祖父の手も。
止まる。
「色?」
「火。赤。水。青。風。緑。土。黄色。光。白」
「名前は?」
「聞いた」
「覚えたか?」
「……たぶん」
『覚えなさい』
ノア。
「覚えてる」
『では言ってみなさい』
「今?」
『今』
アリシアは。
羽根ペンを置く。
思い出す。
昨日。
自己紹介。
今日。
何度も。
話した。
一人ずつ。
名前がある。
神器の属性ではない。
人。
赤髪の少年。
大きな声。
パンを食べた。
仲間だと言った。
「……レオ」
『正解』
青髪。
眼鏡。
正確。
紙。
細かい。
全部一人で清書しようとした。
「セレナ」
『正解』
緑。
皮肉。
間違うのが恥ずかしい。
確信がないと黙る。
「フィン」
『正解』
黄色。
明るい。
狭い場所が怖い。
パンを最初に食べた。
「ミリア」
『正解』
白。
優しい。
でも。
全部は話さない。
治せると思われることが怖い。
止めてほしいと言った。
「ルシアン」
『正解』
「覚えてる」
『ええ』
「全部」
『そうね』
アリシアは。
少し。
嬉しくなる。
祖父が。
生地をこねながら。
静かに笑っていた。
「何?」
「いや」
「笑った」
「笑ったな」
「どうして?」
「お前が、人の名前を五人も一度に覚えたからだ」
「それくらいできる」
「昔は、村の薬師の名前を三年覚えなかった」
「あの人は、みんな薬師さんって呼ぶから」
「本人は何度も名乗っていたぞ」
「必要なかった」
「今は必要なのか?」
聞かれる。
アリシアは。
紙を見る。
六人分。
火。
水。
風。
土。
光。
闇。
「……うん」
答える。
「必要」
祖父は。
それ以上。
何も言わなかった。
ただ。
生地を。
いつもより少し多く。
分けた。
アリシアが。
それを見る。
「おじいちゃん」
「何だ」
「明日」
「パンだろ」
「言う前に」
「聞いていたからな」
「何個?」
「お前の分。友達の分」
「友達?」
手が止まる。
祖父も。
止まる。
「ああ」
「……友達?」
「違うのか?」
今日。
二度目。
似たような問い。
仲間。
友達。
どちらも。
自分には。
まだ。
少し大きい。
「分からない」
アリシアは答える。
祖父は。
笑わなかった。
「そうか」
それだけ。
「でも」
アリシアは。
続ける。
「一緒に食べる」
「なら、一つ多く焼く」
「うん」
「甘い方がいいか?」
「普通」
「薬草入り?」
「うん」
「硬さは?」
「少し柔らかく」
「注文が多いな」
「おじいちゃんのパン、美味しいって言われた」
祖父の手が。
また止まる。
「誰に?」
「土と火」
「二人?」
「うん」
「なら、二つ多く焼くか」
「明日は教室の子だけ」
「そうか」
「でも」
アリシアは。
少し考える。
「また六人で食べるなら」
「その時は?」
「五つ」
『あなたの分を入れたら六つでしょう』
「私のはいつもある」
『そういう計算ね』
祖父が。
声を出して笑った。
「何?」
「いや」
「また笑った」
「悪い」
「何が面白いの?」
「パンを何個焼くかで、お前がそんなに悩む日が来るとは思わなかった」
「悩んでない」
「そうか」
「計算してるだけ」
「そういうことにしておこう」
『私と同じ言い方をしないで』
ノアが。
窓辺から言う。
「聞こえてないよ」
『知っているわ』
「じゃあ、言わなくても」
『私が言いたかっただけ』
アリシアは。
少し笑う。
そして。
紙へ戻る。
『恐怖・苦手条件』
手が。
止まる。
自分の力。
人の視線。
大きな音。
知らない人。
人が多い場所。
期待されること。
失敗すること。
嫌われること。
たくさんある。
全部。
書く必要はない。
危険に関わるもの。
仲間が。
知っていた方がいいもの。
考える。
羽根ペンを。
ゆっくり動かす。
『強い感情で、黒月と影が強く反応することがある』
次。
『怖くても、大丈夫と言うことがある』
書いた。
その文字を。
しばらく見る。
恥ずかしい。
消したい。
五人に。
見られる。
自分が。
嘘をつく人みたいに見えるかもしれない。
『消す?』
ノア。
「……消したい」
『なら?』
「でも、消さない」
『なぜ?』
「知ってた方がいいから」
『そう』
「嫌われるかな」
『その一文で?』
「大丈夫って言っても、信用できないって」
『今日、もう知られたでしょう』
「うん」
『嫌われた?』
昼。
思い出す。
黄色い髪の少女。
もう一回聞く。
白髪の少年。
答えやすい聞き方を考えた。
赤髪の少年。
二で止めると言った。
青髪の少女。
段階を記録した。
緑の髪の少年。
一回は答えられたと。
言い直してくれた。
「……分からない」
『では、明日見ればいい』
「明日?」
『紙を渡した時に』
「怖い」
『そうでしょうね』
「でも、渡す」
『ええ』
アリシアは。
最後の欄へ。
目を移す。
『仲間へ求める支援』
そこだけ。
なかなか。
書けなかった。
助けてほしいこと。
自分から。
頼むこと。
苦手。
何を書けばいい。
ノアへ。
聞こうとする。
でも。
やめる。
自分で。
考える。
昼。
皆が。
考えてくれた。
名前を呼ぶ。
ノアへ確認。
冷えを聞く。
二で止める。
でも。
それは。
皆が決めたこと。
自分は。
何をしてほしい。
長い。
沈黙。
祖父が。
パン生地を。
布で覆う。
ノアは。
何も言わない。
待っている。
アリシアは。
羽根ペンを。
紙へ置いた。
『言葉が出ない時、少し待ってほしい』
書く。
次。
『でも、待ちすぎて危ない時は、聞いてほしい』
もう一つ。
『できた時は、できたと言ってほしい』
そこで。
手が止まる。
すごい。
嬉しかった。
でも。
すごいより。
できた。
それが。
自分には。
受け取りやすい。
今日。
教科書を読めた。
昨日。
鈴を見つけた。
話せた。
パンを渡せた。
全部。
できたこと。
「……できた」
アリシアが。
小さく言う。
『何が?』
「紙」
『そう』
「見て」
『自分でまとめるのではなかったの?』
「確認」
『私が確認したら、あなたの記録ではなくなるでしょう』
「でも」
『明日、五人に見せなさい』
「間違ってたら?」
『直せばいい』
「変だったら?」
『聞けばいい』
「笑われたら?」
『その時は私が笑った者の顔を覚える』
「何するの?」
『何もしないわ』
「絶対?」
『……たぶん』
「怪しい」
『最近、本当に疑うようになったわね』
「ノアが教えた」
『私のせいにしないで』
アリシアは。
紙を。
ゆっくり折る。
鞄へ入れる。
明日。
渡す。
六人分の輪郭。
まだ。
薄い。
名前。
力。
苦手。
怖いもの。
止め方。
助け方。
今日だけでは。
足りない。
きっと。
明日も。
その次も。
変わる。
知らなかったことが増える。
できることも。
できないことも。
変わる。
でも。
最初の線は。
今日。
引けた。
一人ではない。
六人で。
◇
寝る前。
アリシアは。
窓の外を見た。
隠れ里の夜。
静か。
遠く。
神樹の葉が。
月明かりを受けている。
黒月は。
壁際。
鞘に収まっている。
影の中。
ノア。
「ノア」
『何?』
「六つ目って」
『ええ』
「ずっと、最後だと思ってた」
『順番としては最後ね』
「忘れられた」
『そうね』
「でも」
今日。
六つの机。
円。
端がない。
どこが最初で。
どこが最後か。
分からない。
「円にしたら」
『何?』
「六つ目って、ないね」
ノアが。
しばらく。
黙る。
『……そうね』
「どこから数えても変わる」
『ええ』
「闇が最後じゃない時もある」
『あるわね』
「最初の時も?」
『あるでしょう』
アリシアは。
窓から。
月を見る。
黒い夜。
白い月。
どちらも。
空にある。
「明日」
『パン』
「それも」
『紙』
「それも」
『では?』
アリシアは。
少し考える。
「名前で呼んでみる」
『誰を?』
「五人」
『全員?』
「……一人から」
『でしょうね』
「誰がいい?」
『自分で決めなさい』
「火は、呼びやすい」
『レオ』
「うん」
『名前を覚えたのだから、使えばいい』
「怒らない?」
『なぜ怒るの』
「急に名前」
『向こうもアリシアと呼んでいるでしょう』
「そうだった」
『今気づいたの?』
「うん」
『遅い』
「明日、呼ぶ」
『ええ』
「レオ」
練習。
小さな声。
『本人はいないわよ』
「練習」
『セレナ』
「セレナ」
『フィン』
「フィン」
『ミリア』
「ミリア」
『ルシアン』
「ルシアン」
五人。
名前。
言えた。
誰も。
聞いていない部屋で。
でも。
明日は。
一人。
本人へ。
言ってみる。
「おやすみ、ノア」
『おやすみ、アリシア』
灯りを消す。
部屋が。
闇になる。
その闇は。
昨日より。
少しだけ。
広く感じた。
怖いからではない。
その中へ。
自分以外の輪郭が。
少しずつ。
増え始めたから。
火の。
大きな声。
水の。
整った文字。
風の。
少し意地悪な笑い方。
土の。
明るい声と。
止まった指。
光の。
優しい言葉の奥にある。
止めてほしいという願い。
そして。
闇。
自分。
六人。
まだ。
仲間かどうか。
分からない。
友達かどうかも。
分からない。
でも。
明日。
また会う。
話す。
名前を呼ぶ。
できることから。
一つずつ。
六人分の輪郭を。
作っていく。
それで。
今は。
十分だった。




