第73話 信じ切れなくても、同じ場所に立つ
翌朝。
アリシアは。
扉を開ける前に。
三呼吸をしなかった。
取っ手へ手をかけ。
少しだけ止まり。
そのまま回す。
廊下。
朝の白い光。
窓際に立つメリル。
いつもの景色。
「おはよう、アリシアちゃん」
「おはよう、メリルさん」
声。
少し固い。
でも。
出た。
昨日。
食堂で。
直接質問を受けた。
話せない情報はある。
それでも。
結論は分からない。
そう説明した。
『ずるいな』
その言葉は。
一晩眠っても。
完全には消えなかった。
胸の中へ。
小さな棘のように残っている。
けれど。
朝。
扉の外に誰がいるかを確認し続けることはしなかった。
声を聞いて。
自分の噂かどうか確かめることも。
今日は。
しなかった。
「早かったね」
メリルが言う。
「何が?」
「扉を開けるの」
アリシアは。
少し驚いた。
自分では。
それほど意識していなかった。
「聞いてなかった」
「廊下の声?」
「うん」
「聞きたくなかった?」
「少し。でも……聞いても、全部は止められないから」
ノアが。
足元から言う。
「朝から六十人分の感想を拾うのは、やめたのね」
「昨日、百人くらいいた」
「増やさない」
メリルが笑う。
アリシアも。
少しだけ笑う。
三人で。
廊下を歩き出す。
朝の空気。
まだ冷たい。
窓の外。
中庭の芝へ。
薄い露。
東の空は。
淡い灰色。
雲の切れ間から。
光が細く差している。
「今日は、合同訓練なんだよね」
メリルが尋ねる。
「うん」
「六人だけじゃなくて?」
「治癒補助班と。あと、後方支援班」
「エマさんたち?」
「うん」
昨日。
教務主任から伝えられた。
六人の共有語。
治癒補助班の共有語。
そして。
別の班。
異なる意味を持つ短い言葉が。
同じ訓練場で交わった時。
どこまで通じるか。
何が混ざるか。
確認する。
食堂で。
『戻る』の意味が六人で違った訓練。
今日は。
本当に別の班と。
言葉を合わせる。
「楽しみ?」
メリルが聞く。
アリシアは。
少し考える。
「怖い」
「失敗が?」
「違う意味で伝わること」
「昨日みたいに?」
「うん」
『まだ分からない』
アリシアの意味。
結論が未確定。
男子生徒の受け取り方。
何も知らない。
言葉が。
同じ形でも。
中身が違う。
「でも、やる?」
「先生がいるから」
「それだけ?」
メリルが。
少し笑う。
アリシアは。
考え直す。
「違う意味になった時。どこで分かれたか知りたい」
「うん」
「次に、直せるように」
「じゃあ、少し楽しみ?」
「……少し」
ノアが前を歩きながら言う。
「怖いと楽しみは、同じ場所に置ける」
「うん」
「今日は九十八点」
「まだ朝なのに?」
「扉をすぐ開けた」
「二点足りない」
「合同訓練を、失敗をなくす試験にしかけた」
「でも、直した」
「だから九十八」
メリルが。
小さく笑う。
「ノアちゃんの採点、朝から厳しいね」
「甘くしたら、この子は点数の意味を疑うでしょう」
「疑わない」
「昨日、自己採点と一致して少し疑った」
「……少しだけ」
メリルが。
「当たってる」
と笑う。
アリシアは。
少し頬を膨らませた。
◇
食堂。
いつもの席。
昨日の拍手は。
今日はなかった。
少しだけ。
安心する。
同時に。
少し寂しい。
昨日。
あれほど意味が分からず。
怖かった拍手。
なくなると。
自分が昨日話したことも。
もう誰にも残っていないような気がする。
勝手。
そう思う。
拍手されたら怖い。
されなければ寂しい。
どちらがいいのか。
分からない。
「何を探してるの」
シオンが尋ねる。
アリシアは。
周囲から視線を戻す。
「拍手」
「してほしかった?」
「分からない」
「昨日は怖かった?」
「うん」
「今日はないから寂しい?」
「少し」
シオンは。
少し考え。
「普通だと思う」
と答えた。
「普通?」
「注目されたくない。でも、何もなかったことにもされたくない」
胸へ。
そのまま入る。
「そうかも」
「昨日のことが、拍手でしか残らないわけじゃない」
ルシアンが。
穏やかに続ける。
「記録があります」
「うん」
「話を聞いた人の中にも残っています」
「うん」
「今日、反応が見えないだけです」
リーネが。
パンへ手を伸ばしながら言う。
「反応がないことを、忘れられた証拠にしない」
昨日まで。
食事より先に。
手帳を開くことが多かった。
今日は。
パンを取っている。
アリシアは。
少し嬉しくなる。
「今日は合同訓練」
レオンが言う。
「エマたちと、後方支援班」
「後方支援班の共有語、知ってる?」
ミランダが尋ねる。
リーネが答える。
「事前資料では四つです」
手帳を開く。
食事中。
しかし。
今日は。
皆が一口食べた後。
確認。
『固定』
『搬送』
『補充』
『切断』
アリシアは。
最後の言葉で。
少し眉を寄せる。
「切断?」
「魔力経路を一度切る意味」
ルシアンが説明する。
「負荷が集中した補助線を切り。別の経路へ接続し直す」
「攻撃じゃない?」
「後方支援班では違います」
同じ言葉。
別の意味。
切断。
戦闘なら。
敵を斬る。
魔力線を切る。
撤退。
様々。
「危ない言葉」
アリシアが言う。
「だから今日、確認する」
リーネが答える。
エマたち治癒補助班。
『継続』
『支援』
『交代』
六人。
『支援』
『戻る』
『開ける』
『復帰』
後方支援班。
『固定』
『搬送』
『補充』
『切断』
同じ。
『支援』
六人にも。
治癒補助班にもある。
意味。
近い。
でも。
完全には同じではない。
「六人の支援は」
レオンが言う。
「今の担当を続けられるけど、別の動きができない時」
「治癒補助班は?」
ミランダ。
「処置を続けながら、次の対象へ移れない時」
「かなり近い」
シオンが言う。
「でも、誰が入るかは違う」
六人では。
空欄へ入れる者。
治癒補助班では。
処置を引き継げる者。
「同じ言葉を共通語にできる?」
アリシアが尋ねる。
リーネは。
すぐに答えなかった。
「今日の結果次第です」
「期待してる?」
「はい」
「怖い?」
「はい」
リーネの返事。
短い。
でも。
自然。
「両方?」
「両方です」
ミランダが。
嬉しそうに笑う。
「リーネも両方って言うようになった!」
「以前から言えます」
「でも、前は言わなかった!」
「必要がなかっただけです」
シオンが。
「今、少し恥ずかしい?」
「必要ありません」
少しだけ。
リーネの頬が赤い。
食卓。
笑い。
アリシアも。
少し笑う。
昨日の棘は。
まだある。
でも。
今。
ここにいる。
◇
生活基礎。
黒板へ。
『信じ切れなくても、協力できる』
教室の空気が。
少し変わった。
信じる。
昨日から。
アリシアの中で。
何度も出ている言葉。
メリルは。
今の自分の言葉を信じると言った。
男子生徒は。
信じろというのか、と聞いた。
アリシアは。
信じるかは相手が決めると答えた。
セリア先生は。
黒板へ。
二つの円を描いた。
少し離れている。
一つへ。
『信頼』
もう一つへ。
『協力』
「相手を完全に信頼できなければ、協力してはいけない」
先生は。
教室を見渡す。
「そう考える人もいます」
チョーク。
二つの円の間へ。
一本の線。
「ですが、実際には。信頼が十分でない相手と、必要な範囲を決めて協力することがあります」
アリシアは。
ノートを開く。
「初めて組む班」
「他国の人」
「考え方が違う人」
「過去に失敗した人」
「秘密を全て共有できない相手」
最後。
胸が。
少し強く反応する。
「全てを話してもらえないから、協力できない」
先生は言う。
「その選択もあります」
少し間。
「反対に。話せる範囲。任せる範囲。確認する方法。止める条件。それらを決め、協力することもできます」
黒板へ。
『範囲』
『確認』
『停止条件』
「信頼とは」
先生は。
少し考えるように。
言葉を選ぶ。
「不安が一つもない状態ではありません」
教室。
静か。
「不安が残っていても。この範囲なら任せられる。問題が起きたら止められる。そう判断できることも、信頼の一つです」
アリシアは。
強く書く。
『信じ切れなくても、範囲を決めて協力できる』
班練習。
題材。
『一度約束を忘れた友人と、共同課題を行う』
トマは。
「俺なら、もう任せない」
と答える。
ミーナが。
「全部?」
「だって忘れたんだろ」
「でも一人じゃ終わらない課題」
「じゃあ、簡単なところだけ」
メリルが言う。
「締切の前日に確認する?」
「毎日確認」
トマ。
「それだと監視されてるみたい」
ミーナ。
アリシアは。
少し考える。
「どこまで任せるか。いつ確認するか。できなかった時、誰が代わるかを先に決める」
三人が見る。
「それなら」
メリルが頷く。
「信じるかどうかだけで決めなくていいね」
「うん」
「でも、忘れた本人は嫌かも」
トマが言う。
「信用されてないって」
アリシアは。
食堂の男子生徒を思い出す。
信じろというのか。
信じるかは。
相手が決める。
「嫌だと思うことと。確認が必要なことは、両方ある」
アリシアが言う。
セリア先生が。
近くから頷く。
「良いです」
アリシアは。
少し迷い。
さらに言う。
「信用されてないからって、確認をなくしたら。もっと危ない」
「はい」
「でも、確認する側も。相手を失敗する人として決めつけない」
先生の表情が。
少し柔らかくなる。
「それができれば、協力は続けられます」
◇
戦闘基礎。
今日の合同訓練は。
大演習室で行われた。
六人。
治癒補助班。
後方支援班。
合計。
十四人。
それに。
エレナ教官。
セリーヌ先生。
後方支援担当のヴァルド教官。
三人の教員。
壁際。
記録員。
見学の教員。
いつもより。
人が多い。
それでも。
昨日の講堂ほどではない。
アリシアは。
少しだけ呼吸を整える。
エマが。
こちらへ来る。
「おはようございます」
「おはようございます」
エマの後ろ。
サラ。
トニオ。
ミレア。
四人。
治癒補助班。
さらに。
後方支援班。
男子三人。
女子一人。
班長らしい青年が。
一歩前へ出る。
「後方支援班、班長のガイルです」
赤茶色の髪。
背が高い。
目つきは。
少し鋭い。
でも。
声は落ち着いている。
「副班長のニーナ」
小柄な女子生徒。
短い灰色の髪。
「オスカー」
長身の男子生徒。
「ベン」
丸い眼鏡の男子生徒。
六人も。
一人ずつ名乗る。
名前。
役割。
アリシアは。
「アリシアです。基準復帰点と、一時介入を担当します」
と答えた。
以前。
空欄担当。
そう呼ばれていた。
今は。
機能を説明する。
少し長い。
でも。
自分で選んだ言葉。
ガイルが。
アリシアを。
少し長く見る。
黒髪。
黒猫。
噂。
昨日の講堂にも。
いたのかもしれない。
分からない。
「昨日の説明、聞きました」
ガイルが言う。
演習室の空気が。
少しだけ固くなる。
アリシアも。
肩が強張る。
「はい」
「質問はしません」
「……はい」
「ただ」
ガイルは。
少し間を置く。
「今日の訓練で、黒月の反応が出る可能性はありますか」
質問。
でも。
昨日とは違う。
訓練安全。
必要な確認。
アリシアは。
三呼吸。
一。
事実。
通常訓練で異常反応は確認されていない。
二。
必要。
後方支援班が。
安全条件を知る。
三。
境界。
公開範囲。
「通常の合同訓練で、接続線のない表示や。水音の反応が出た記録はありません」
ガイルは。
アリシアの言葉を聞く。
「絶対ではない?」
「はい。絶対とは言えません」
少し。
周囲が静かになる。
「異常があったら」
ガイルが続ける。
「止める?」
アリシアが答える前に。
エレナ教官が。
「即時停止」
と答える。
「六人だけで判断しない。全教員へ報告。後方支援班は魔力線を切断。治癒補助班は生徒の状態確認」
ガイルは頷く。
「分かりました」
不安。
消えてはいない。
アリシアを。
完全に信じているわけでもない。
でも。
停止条件を確認した。
協力する。
生活基礎。
そのまま。
「嫌だった?」
ノアが。
足元で小さく聞く。
アリシアは。
声に出さず。
少しだけ首を横に振る。
嫌ではない。
少し。
寂しい。
でも。
必要。
両方。
◇
訓練前の共有。
中央の大きな板へ。
三班の共有語が並ぶ。
六人。
『支援』
『戻る』
『開ける』
『復帰』
『全体再配置』
治癒補助班。
『継続』
『支援』
『交代』
後方支援班。
『固定』
『搬送』
『補充』
『切断』
同じ言葉。
『支援』
エレナ教官が。
板を指す。
「まず、支援」
リーネが説明する。
「六人班では、現在の担当を継続できるが、次の必要行動へ移れない時。本人、周囲、どちらも宣言できます」
エマ。
「治癒補助班では、現在の処置を継続できるが、別の処置対象へ移れない時。本人と周囲、どちらも宣言できます」
かなり近い。
ヴァルド教官が尋ねる。
「違いは」
ルシアンが答える。
「支援へ入る資格」
エマも頷く。
「治癒補助は、処置を引き継げる者だけ」
「六人班は?」
「空いた役割へ対応できる者」
「では、共通語として使用する場合」
ヴァルド教官が。
板へ追記する。
『支援+対象』
アリシアは。
少し目を開く。
「対象をつける?」
「はい」
ガイルが言う。
「“支援”だけだと、どの班の。誰への支援か分からない」
例。
『正面、支援』
『治癒一、支援』
『後方線、支援』
位置。
役割。
対象。
つける。
「長くなる」
レオンが言う。
「でも、十四人いる」
ガイルが返す。
「短すぎる方が危ない」
少し。
強い声。
レオンの眉が。
わずかに動く。
反発。
でも。
言い返さない。
エレナ教官が。
「続けろ」と言う。
次。
『交代』
治癒補助班。
魔力消耗。
担当交代。
六人班では。
以前。
中央担当を入れ替える言葉として。
使いかけた。
しかし。
混乱するため保留。
「合同訓練では」
リーネが言う。
「六人班は使用しません」
「治癒補助班専用?」
シオンが尋ねる。
「現時点では」
エマが答える。
次。
『切断』
ガイルが説明する。
「魔力経路を一度切る。攻撃命令ではない」
レオンが。
少し顔をしかめる。
「戦闘中に切断って聞いたら、敵の何かを斬ると思うかもしれない」
「後方支援では、昔からこれだ」
ガイルの声。
少し硬くなる。
「でも、合同で使う」
レオンも。
少し強い。
二人。
視線。
ぶつかる。
アリシアの胸が。
少し固くなる。
信じる。
協力。
意味。
ヴァルド教官は。
すぐに止めない。
「候補を出せ」
短く言う。
ニーナが。
「経路切断」
と提案する。
「長い」
ガイル。
「でも、対象が分かる」
リーネ。
「戦闘音で“経路”が欠けたら?」
ルシアン。
「切断だけ残る」
また。
危ない。
シオンが。
少し考え。
「“線止め”は?」
ガイルが。
嫌そうな顔。
「格好悪い」
ミランダが。
「でも分かりやすい!」
レオンも。
「俺は分かる」
ガイルは。
腕を組む。
後方支援班の言葉。
長く使ってきた。
外から。
変えられる。
嫌。
その気持ち。
アリシアにも分かる。
ノア。
名前。
六番目の心臓。
勝手に。
変えられる。
「後方支援班の中では、切断のまま」
アリシアが言った。
皆が見る。
声。
少し小さい。
でも。
続ける。
「合同訓練の時だけ。線止め」
「二つ覚える?」
ガイルが尋ねる。
「うん」
「混乱しない?」
「するかもしれない」
正直に言う。
「でも、切断を全部やめてって言うのも違うと思う」
ガイルの表情が。
少し変わる。
「後方支援班が決めた言葉だから」
少し間。
「合同では。別の意味に聞こえる人がいる。だから、合同の時だけ別の言葉」
セリア先生の授業。
範囲。
確認。
停止条件。
完全に。
一つへ揃えなくても。
必要な場所だけ合わせる。
ヴァルド教官が頷く。
「妥当」
ガイルは。
少し考え。
「試す」
と答えた。
レオンも。
腕を下ろす。
「線止め」
小さく言う。
「格好悪いけど、分かる」
「格好良さは、訓練結果に入らない」
リーネが言う。
ミランダが。
「私は好き!」
と明るく言う。
空気。
少し和らぐ。
◇
訓練開始。
想定。
複数負傷者。
魔力線の一部過負荷。
前方からの継続圧力。
六人班が。
前線と復帰路を保つ。
治癒補助班が。
負傷人形へ処置。
後方支援班が。
魔力供給。
搬送。
補充。
三班。
一つの演習。
アリシアは。
基準復帰点。
全体。
見る。
正面。
レオン。
右。
ミランダ。
左。
シオン。
中央。
リーネ。
後方検知。
ルシアン。
そのさらに後ろ。
ガイルたち。
横。
エマたち。
人。
多い。
声。
多い。
「始め!」
エレナ教官。
魔導人形。
前方から動く。
レオン。
正面。
剣。
火。
ミランダ。
右。
土壁。
シオン。
左。
風路。
リーネ。
中央。
水膜。
ルシアン。
後方。
「正面、強い。右、安定」
六人。
いつもの流れ。
そこへ。
後方支援班。
「固定!」
ガイルの声。
魔力線が。
床へ固定される。
アリシアは。
一瞬。
足場固定かと思う。
でも。
後方線。
魔力供給の固定。
自分は動かない。
エマたち。
負傷人形。
「継続!」
エマ。
今の処置を続けられる。
別の対象へは移れないかもしれない。
アリシアの視線。
少し治癒班へ。
でも。
支援ではない。
行かない。
次。
「搬送!」
ニーナ。
負傷人形が。
後方へ運ばれる。
ミレアが。
受け取る。
順調。
声。
多い。
でも。
意味。
何とか分かる。
前方。
赤札。
右へ圧。
「右、支援!」
ミランダ。
アリシアが。
動く。
同時。
「治癒一、支援!」
エマ。
二つの支援。
ほぼ同時。
アリシアの体が。
一瞬止まる。
どちら。
自分。
右。
治癒。
誰が。
リーネが。
「アリシア、右!」
ルシアンが。
「治癒支援、後方!」
ガイルが。
「ベン、治癒一!」
対象。
分かれた。
アリシアは右へ。
ベンが治癒班へ。
動く。
遅れ。
少し。
でも。
崩れない。
ミランダの土壁。
強い。
アリシアが入る。
「右、安定!」
ルシアン。
次。
後方魔力線。
過負荷。
青い火花。
「線止め!」
ガイル。
一瞬。
後方支援班のオスカーが。
動かない。
切断。
いつもの言葉ではない。
反応が遅れた。
ガイルが。
「オスカー、線止め!」
二度目。
オスカーが。
魔力線を切る。
過負荷。
止まる。
だが。
一秒。
二秒。
遅れ。
中央水膜へ。
魔力供給が乱れる。
リーネの足元。
水膜。
薄くなる。
「中央、薄い!」
ルシアン。
「中央、支援!」
リーネ。
アリシア。
右。
すぐ動けない。
シオン。
左。
圧。
レオン。
正面。
固定。
ミランダ。
右。
まだ一人では不安。
誰が。
ガイルが。
後方から。
「補充!」
ベンは治癒支援中。
ニーナ。
搬送中。
オスカー。
切断直後。
補充。
誰。
対象なし。
全員が。
一瞬。
迷う。
「どこへ!」
レオンが叫ぶ。
「中央線!」
ガイル。
遅い。
オスカーが。
中央魔力線へ補充。
水膜。
戻る。
リーネ。
息を吐く。
訓練。
続く。
しかし。
全体。
少し乱れている。
治癒班。
トニオ。
魔力消耗。
エマが言う。
「トニオ、交代!」
レオンが。
一瞬。
自分へ言われたように振り返る。
交代。
六人は使わない。
でも。
声が大きい。
意識が引かれる。
正面。
魔導人形。
剣へ圧。
「レオン、正面!」
アリシアが叫ぶ。
声。
自分でも驚くほど。
大きい。
レオンが戻る。
剣。
受ける。
火花。
「悪い!」
レオン。
トニオ。
後方へ下がる。
サラが処置へ。
交代。
治癒班では。
機能。
でも。
前線へ。
影響。
「止め」
エレナ教官の声。
全て。
止まる。
魔導人形。
停止。
魔力線。
消える。
演習室。
呼吸。
荒い。
十四人。
誰も。
怪我はない。
でも。
疲れた。
情報。
多い。
言葉。
多い。
意味。
混ざる。
◇
全員。
床。
椅子。
水。
息が整うまで。
教員は。
すぐに話を始めない。
アリシアは。
膝へ手を置く。
胸。
速い。
水音なし。
痛みなし。
ただ。
緊張。
失敗。
たくさん。
でも。
それを。
悪いと思わない。
今日。
見るため。
失敗した。
少し。
そう思える。
ガイルが。
後方支援班のところで。
「線止めが遅れた」
と低く言う。
オスカーが。
顔を伏せる。
「すみません」
「責めてない」
声。
少し強い。
でも。
すぐに。
ガイルは息を吐く。
「いつもの切断を待った?」
「はい」
「俺も、二度目で切断って言いそうになった」
正直。
アリシアは。
その会話を聞く。
新しい言葉。
合理的。
でも。
体へ入っていない。
知っている。
理解した。
使える。
違う。
レオンも。
自分の剣を見ながら言う。
「交代で、振り返った」
エマが。
「ごめんなさい」
とすぐに言う。
レオンは首を横に振る。
「治癒班では必要な言葉だろ」
「でも、前線へ影響した」
「俺が、反応した」
二人。
どちらが悪い。
決めない。
エレナ教官が。
ようやく口を開く。
「振り返り」
全員。
少し姿勢を整える。
「最初の支援」
リーネが答える。
「対象語があったため、遅れはしたが分離できました」
「遅れの原因」
アリシアが。
「同時に聞こえた。自分がどちらへ行くか、一瞬迷った」
「改善」
ルシアン。
「支援要請の前へ班名を入れる」
『六人、右支援』
『治癒一、支援』
「長い」
レオン。
「でも、最初で分かれる」
ガイル。
「候補」
記録員。
書く。
「線止め」
ヴァルド教官が言う。
オスカー。
「意味は分かっていた。でも、体が切断を待った」
「改善」
ガイル。
「訓練前に発声反復」
ニーナ。
「線止めの札を、担当者へ見える位置に置く」
ベン。
「合同訓練だけ、手信号も追加」
ヴァルド教官が頷く。
「全て試す」
「補充」
エレナ教官。
ガイルの顔が。
少し硬くなる。
「対象を言わなかった」
「結果」
「全員が迷った」
「改善」
「中央線、補充。治癒液、補充。対象を必ずつける」
「交代」
セリーヌ先生。
エマが答える。
「治癒班では意味が共有されています。しかし、前線班が反応した」
「改善」
長い沈黙。
交代。
治癒班にとって。
必要。
長く使ってきた。
変える。
難しい。
ガイルの切断と。
同じ。
「治癒交代」
アリシアが。
小さく言う。
全員が見る。
「治癒班の交代って、最初に分かる」
エマは。
少し考える。
「治癒交代」
声にする。
サラも。
「聞きやすい」
トニオ。
「自分に言われたって分かる」
レオン。
「俺は振り返らないと思う」
セリーヌ先生が頷く。
「試します」
◇
次。
信頼。
ヴァルド教官が。
ガイルへ尋ねる。
「開始前。黒月の異常可能性を確認したな」
「はい」
「確認後。訓練へ参加した」
「はい」
「不安は消えたか」
ガイルは。
少し黙る。
アリシアの胸が。
少し固くなる。
聞きたい。
でも。
怖い。
「消えてません」
ガイルは答えた。
正直。
演習室。
静か。
「昨日の説明も聞きました。でも、全部が公開されてない。何が起きるか分からない」
アリシアは。
目を伏せそうになる。
止める。
聞く。
「では、なぜ参加した」
「停止条件が決まってたからです」
ガイルは。
アリシアではなく。
ヴァルド教官を見る。
「異常が出たら即停止。後方支援班は線を切る。教員が判断する」
「アリシアを信じたわけではない?」
ヴァルド教官。
直球。
アリシアの胸。
痛い。
ガイルは。
少しだけ。
アリシアを見る。
「完全には」
答えた。
痛い。
でも。
逃げない。
「でも」
ガイルは続ける。
「訓練前に。絶対安全って言わなかった」
アリシアの目が。
少し開く。
「分からないって言った。異常が出る可能性を、ないことにしなかった」
ガイルは。
少し言葉を探す。
「だから。決めた範囲なら、参加できると思った」
信じ切れない。
でも。
協力した。
今日の生活基礎。
そのまま。
「嫌でしたか」
ガイルが。
今度は。
アリシアへ尋ねる。
「何が?」
「完全には信じてないって言われるの」
アリシアは。
少し考える。
綺麗にしない。
「少し」
答える。
「でも、嘘で信じるって言われるよりいい」
ガイルの表情が。
少し緩む。
「俺も。絶対安全って言われるより、よかった」
短い。
でも。
何かが。
少し繋がる。
信頼。
完全ではない。
でも。
範囲。
確認。
停止条件。
同じ場所に立てる。
エレナ教官が言う。
「これが今日の一つ目の結果だ」
全員を見る。
「信頼が完成するまで待っていたら、合同訓練は始まらない」
「ただし。不安を無視して始めれば、事故になる」
「だから」
リーネが言う。
「不安を条件へ変える」
「そうだ」
アリシアは。
練習帳へ。
大きく書く。
『不安を、拒絶だけにせず、条件へ変える』
◇
二回目。
共有語を修正。
『六人、右支援』
『治癒一、支援』
『線止め』
手信号追加。
『中央線、補充』
『治癒交代』
さらに。
訓練開始前。
発声反復。
後方支援班。
「線止め!」
全員。
右手を横へ。
魔力線を切る手信号。
「中央線、補充!」
指差し。
対象。
治癒班。
「治癒交代!」
交代者名。
「治癒交代、トニオ!」
六人。
「六人、右支援!」
「六人、正面支援!」
長い。
少し。
言いにくい。
でも。
十四人。
意味を合わせる。
「始め!」
二回目。
前方。
圧。
魔力線。
負傷人形。
同じ想定。
最初より。
声。
遅い。
慎重。
ガイル。
「固定!」
魔力線。
固定。
エマ。
「継続!」
処置。
継続。
ミランダ。
「六人、右支援!」
アリシア。
右へ。
同時。
エマ。
「治癒一、支援!」
ベン。
治癒班へ。
今度は。
迷い。
少ない。
後方線。
過負荷。
青い火花。
ガイル。
「線止め!」
手信号。
オスカー。
すぐ反応。
切断。
魔力線。
止まる。
「中央線、補充!」
ニーナ。
新しい経路。
中央水膜。
安定。
治癒班。
トニオ。
消耗。
「治癒交代、トニオ!」
サラ。
入る。
レオン。
正面から。
振り返らない。
剣。
保つ。
順調。
しかし。
次。
想定外。
エレナ教官が。
黒札を上げる。
訓練予定にない札。
全員。
少し固くなる。
「異常想定!」
教官の声。
アリシアの胸が。
強く鳴る。
黒月。
反応。
想定。
実際ではない。
でも。
ガイルたち。
不安。
停止条件。
「全体停止!」
リーネが叫ぶ。
レオン。
剣を下げる。
ミランダ。
土壁を固定。
シオン。
風を落とす。
アリシア。
基準点。
「六人、停止確認!」
ルシアン。
後方。
「線止め!」
ガイル。
オスカー。
魔力線。
切断。
「治癒、状態確認!」
エマ。
十四人。
一人ずつ。
呼吸。
魔力。
確認。
アリシアは。
胸元へ手。
「痛みなし。冷えなし。水音なし」
声。
出す。
ノア。
足元。
「黒月反応なし」
教員。
全体確認。
「想定終了」
エレナ教官。
演習室へ。
息。
戻る。
ガイルが。
アリシアを見る。
アリシアも。
ガイルを見る。
何も。
起きていない。
でも。
停止できた。
「続行する?」
ガイルが尋ねる。
アリシアは。
少し驚く。
自分へ。
聞く。
怖い。
黒札。
胸。
強く鳴った。
でも。
異常なし。
教員。
停止。
確認。
三呼吸。
一。
事実。
反応なし。
二。
必要。
訓練の続行。
三。
境界。
自分一人で決めない。
「教官の判断」
アリシアは答えた。
ガイルが。
少し頷く。
エレナ教官。
「全員、続行可能か」
一人ずつ。
確認。
レオン。
「可能」
リーネ。
「可能」
シオン。
ミランダ。
ルシアン。
治癒班。
後方支援班。
アリシア。
「可能です」
「再開」
訓練。
続く。
信じ切れない。
不安。
残る。
でも。
停止できる。
再開も。
皆で決める。
◇
訓練終了。
今度は。
最後まで。
崩れなかった。
完璧ではない。
声が遅れた場所。
二つ。
対象語が欠けた場所。
一つ。
手信号が見えなかった場所。
一つ。
でも。
最初より。
明確。
十四人。
床。
椅子。
水。
息を整える。
ミランダが。
後方支援班のニーナへ。
「線止め、分かりやすかった!」
と言う。
ニーナは。
少し笑う。
「まだ格好悪いと思うけど」
ガイルが言う。
レオンが。
「聞こえればいい」
と返す。
少し。
挑発。
でも。
最初より。
柔らかい。
ガイルも。
「火の声よりは聞きやすい」
レオンの眉が上がる。
「何だと」
シオンが。
「仲良くなった?」
と聞く。
二人。
同時に。
「違う」
演習室。
笑い。
治癒班も。
後方支援班も。
少し笑う。
アリシアも。
笑った。
群衆。
ではない。
十四人。
昨日より。
小さな場所。
でも。
違う班。
違う言葉。
違う不安。
同じ訓練を。
終えた。
エマが。
アリシアの隣へ来る。
「黒札の時。怖かったですか」
「うん」
「私も」
「どうして?」
「本当に何か起きたら。治癒班で対応できるか分からなかった」
「でも、動いてた」
「決めてたから」
停止条件。
役割。
不安。
消えていない。
でも。
動ける。
「信じてた?」
アリシアが。
小さく尋ねる。
何を。
自分を。
黒月を。
先生を。
全部。
エマは。
少し考える。
「アリシアさんが、異常を隠さず言うことは」
答えた。
「信じてました」
完全ではない。
範囲。
そこなら。
任せられる。
アリシアの胸が。
温かくなる。
「ありがとう」
「でも、痛みがあるのに大丈夫って言ったら怒ります」
「言わない」
「今は信じます」
メリルと。
同じ。
何をしても。
無条件。
ではない。
今の行動を。
今。
信じる。
「うん」
◇
昼食後。
図書館。
今日は。
三班合同訓練の記録。
六人だけではない。
エマ。
ガイル。
それぞれの班長も。
一時的に閲覧席へ加わった。
机。
いつもより。
狭い。
紙。
多い。
声。
増える。
リーネが。
記録の見出しを作る。
『三班合同共有語試験』
一。
同一語。
『支援』
二。
班専用語。
『治癒交代』
三。
合同時変更語。
『線止め』
四。
対象語必須。
『中央線、補充』
五。
停止条件。
『全体停止』
ガイルが。
自分の班の記録へ。
「切断を完全には捨てない」
と書く。
リーネが。
「後方支援班内では継続」
と補う。
「合同時のみ線止め」
「はい」
ガイルは。
少しだけ。
アリシアを見る。
「言葉を取られた感じがしなかった」
アリシアが。
少し驚く。
「私が言ったから?」
「班内では残すって言ったから」
「うん」
「全部変えろって言われたら、反対した」
「分かる」
「六番目の心臓と同じ?」
ガイルの言葉。
部屋。
少し静かになる。
アリシアは。
少し考える。
「少し似てる」
「勝手に変えられるのが嫌?」
「うん」
「でも、今回の線止めは。後方支援班も選んだ」
「うん」
「なら、受け取った言葉?」
ノア。
名前。
お祖父様。
勝手に呼んだ。
でも。
ノアは。
受け取った。
「そうかも」
アリシアが答える。
ガイルは。
少しだけ。
線止め。
という文字を見る。
「まだ、格好悪いけど」
「それは残るんだ」
シオンが言う。
「残る」
ガイルは。
真顔。
皆。
少し笑う。
◇
振り返り。
司書が。
三班へ尋ねる。
「今日、相手を信じた点」
エマ。
「六人班が、治癒支援と前線支援を分けて動くこと」
ガイル。
「六人班が、異常を隠さないこと」
リーネ。
「後方支援班が、停止指示で即座に魔力線を切ること」
アリシア。
少し考える。
「治癒班と後方支援班が。私に異常があったら、止めてくれること」
言葉にした瞬間。
胸が。
少し熱くなる。
自分を信じる。
だけではない。
自分が。
判断できなくなった時。
止めてもらう。
それを。
信じる。
「完全に?」
司書が尋ねる。
「完全ではないです」
アリシアは答えた。
「でも、今日の範囲なら」
「良いです」
次。
「今日、残った不安」
エマ。
「三班の支援が同時に出た時、また遅れるかもしれない」
ガイル。
「黒月の異常が、本当に停止だけで収まるか分からない」
正直。
アリシアの胸。
少し痛む。
でも。
聞く。
リーネ。
「共有語が増えすぎること」
アリシア。
「信じてもらえてないって思って、必要以上に説明したくなること」
司書は。
静かに頷く。
「不安を消さず、記録してください」
信頼。
完成。
ではない。
残る。
でも。
次の訓練条件になる。
アリシアは書く。
『不安は、協力できない理由だけではない』
『確認項目。停止条件。役割分担へ変えられる』
◇
図書館を出る頃。
ガイルが。
アリシアを呼び止めた。
「一つ」
「はい」
「昨日の食堂の話」
胸が。
少し固くなる。
もう。
広がっている。
「ずるいって言われたこと」
「聞いた?」
「後方支援班でも話が出た」
アリシアは。
少し目を伏せる。
「ガイルさんも、そう思う?」
聞く。
怖い。
でも。
聞きたい。
ガイルは。
すぐには答えない。
廊下。
夕方前。
窓から。
斜めの光。
「最初は」
と答えた。
胸。
痛い。
「秘密があるのに。分からないって言うのは、便利だと思った」
「うん」
「何を聞いても。まだ分からない。話せない。で終わる」
「うん」
「でも今日」
ガイルは。
少し息を吐く。
「異常が出る可能性を、絶対ないって言わなかった」
アリシアは。
顔を上げる。
「自分が不利になる話もした」
「不利?」
「怖がられるかもしれないのに。絶対安全とは言わなかった」
「嘘だから」
「うん」
少し間。
「だから。少なくとも、楽をするために“分からない”を使ってるわけじゃないと思った」
完全な信頼。
ではない。
でも。
少し。
変わった。
「今は?」
アリシアが尋ねる。
「まだ、全部は信じてない」
正直。
「でも、今日の訓練では。また組める」
胸へ。
温かさ。
少し。
痛みも。
両方。
「私も」
アリシアが言う。
「ガイルさんが、私を怖がってること。少し嫌だった」
「うん」
「でも。停止条件を確認してくれたのは、安心した」
「うん」
「だから。また組める」
ガイルは。
少しだけ笑った。
「次は、線止めを一回で出す」
「うん」
「格好悪いけど」
「まだ言う」
「まだ言う」
二人。
少し笑う。
◇
夕方。
中庭。
メリルは。
噴水近くの長椅子で待っていた。
今日は。
先に座っている。
アリシアが近づくと。
隣を少し空ける。
座る。
ノアは。
二人の間ではなく。
足元。
「合同訓練、どうだった?」
メリルが尋ねる。
アリシアは。
最初から。
ゆっくり話す。
三班。
共有語。
支援。
切断。
線止め。
最初の失敗。
交代でレオンが振り返ったこと。
補充の対象がなく。
皆が迷ったこと。
二回目。
黒札。
異常想定。
停止。
確認。
再開。
ガイルが。
完全には信じていないと話したこと。
それでも。
参加したこと。
メリルは。
最後まで聞く。
「嫌だった?」
「少し」
「でも、嬉しかった?」
「うん」
「どうして?」
「全部信じてるって、嘘を言わなかった」
「うん」
「でも、今日の範囲なら組めるって」
「それで嬉しかった?」
「うん」
メリルは。
少し笑う。
「信頼って、少しずつなんだね」
「うん」
「昨日、私はアリシアちゃんを信じるって言った」
「うん」
「でも、私も。全部を知ってるわけじゃない」
「うん」
「それでも、今のアリシアちゃんの言葉を信じる」
「うん」
「ガイルさんは。異常を隠さないところだけ、先に信じた」
「うん」
「それで、一緒に訓練した」
メリルは。
噴水を見る。
水。
夕方の光。
揺れる。
「全部信じてから一緒にいるんじゃなくて」
ゆっくり。
「一緒にいる中で、信じられる場所を増やすのかも」
胸。
温かい。
「私とメリルさんも?」
「そうじゃない?」
「最初から信じてたと思ってた」
「私は、最初から全部は知らなかったよ」
「うん」
「今も、知らないことある」
「うん」
「でも、増えた」
何が。
アリシアは。
聞かなくても。
少し分かる。
呼ばれたい名前。
大丈夫と言わない。
話せないこと。
戻ってくる。
毎日。
歩く。
少しずつ。
「私も」
アリシアが言う。
「メリルさんが、何でも待ってくれる人だって。最初は知らなかった」
「うん」
「でも、今は信じてる」
「何でもは待てないよ」
「そうなの?」
「朝食に遅れそうなら急かす」
アリシアは。
少し笑う。
「それは待って」
「駄目」
「厳しい」
「ノアちゃんよりは優しい」
足元。
「聞こえてるわよ」
二人。
笑う。
◇
夜。
練習帳。
アリシアは。
今日の頁を開く。
朝。
『扉の外の噂を確認せず、扉を開けた』
『聞きたくない気持ちはあった。でも、全てを追っても止められない』
食堂。
『昨日の拍手がなく、安心した。同時に少し寂しかった』
『注目されたくない。でも、昨日の言葉をなかったことにもされたくない』
『反応が見えないことを、忘れられた証拠にしない』
生活基礎。
『信じ切れなくても、協力できる』
『範囲。確認。停止条件』
『信頼は、不安が一つもない状態ではない』
『不安が残っていても、この範囲なら任せられると判断できること』
合同訓練。
『三班合同』
『同一語:支援』
『対象語を追加』
『六人、右支援』
『治癒一、支援』
『後方支援班内:切断』
『合同時:線止め』
『治癒班:治癒交代』
『補充は対象必須』
最初の失敗。
『線止めへの反応遅延』
『補充対象なし』
『治癒交代でレオンが振り返る』
『誰か一人が悪いのではなく、意味と反応が揃っていなかった』
二回目。
『異常想定で全体停止』
『線止め。状態確認。黒月反応なし』
『全員確認後、教員判断で再開』
ガイル。
『黒月への不安は消えていない』
『ただし、異常時の停止条件が決まっていたため参加できた』
『私を完全には信じていない。でも、異常を隠さないことは信じた』
『今日の範囲なら、また組めると言われた』
アリシアは。
その一文で。
少し手を止める。
嬉しい。
でも。
完全ではない。
以前の自分なら。
『全部信じてほしい』
そう思ったかもしれない。
今も。
少し思う。
でも。
今日の範囲。
それで。
同じ訓練場へ立てた。
十分ではない。
でも。
ゼロではない。
追記。
『不安を、拒絶だけにせず、条件へ変える』
『完全に信じられなくても、停止条件と役割があれば、同じ場所に立てることがある』
メリル。
『全部信じてから一緒にいるのではなく、一緒にいる中で、信じられる場所を増やす』
ノアが。
机へ跳び乗る。
アリシアは。
先に尋ねる。
「今日は?」
「百点」
「百一点じゃない?」
「欲張り」
「だって最近あった」
「百点を低いと思い始めたら、採点終了」
「百点でいい」
「よろしい」
ノアは。
練習帳を見る。
「どこが百点?」
アリシアが聞く。
「完全には信じていないと言われても、拒絶されたことにしなかった」
「少し、した」
「最初はね」
「うん」
「でも、停止条件を確認したことを見た」
「うん」
「相手の不安を、あなたへの悪意と決めなかった」
「うん」
「それと」
ノアは。
少しだけ。
前足を練習帳へ置く。
「不安を消すために、絶対安全と言わなかった」
アリシアは。
少し黙る。
絶対。
大丈夫。
余裕あり。
言えば。
周囲は安心する。
でも。
隠す言葉にもなる。
「怖がられたくなかった」
「知ってる」
「絶対大丈夫って言いたかった」
「でも言わなかった」
「うん」
「それでいい」
ノアの声は。
静かだった。
褒める時も。
大きくはならない。
でも。
その言葉は。
アリシアの中へ。
ゆっくり残る。
「絶対大丈夫って言わないことは」
アリシアが尋ねる。
「信じてもらえないこと?」
「違う」
「でも、不安にさせる」
「不安があるのに、不安がないと言う方が危険」
「うん」
「今日のガイルは、不安があっても訓練へ入った」
「うん」
「あなたは、不安を消してもらえなくても、一緒に立った」
「うん」
「どちらも、相手へ全部を預けなかった」
全部。
信じる。
全部。
任せる。
全部。
分かる。
そうではない。
少しずつ。
範囲を決める。
異常があれば止める。
言葉が混ざれば、直す。
新しい言葉が。
すぐ身体へ入らなくても。
繰り返す。
「今日」
アリシアは。
練習帳を見ながら言う。
「最初の訓練、たくさん失敗した」
「ええ」
「でも、嫌じゃなかった」
「失敗が?」
「うん」
「珍しい」
「失敗しないためじゃなくて。どこで違うか見るためだったから」
「ええ」
「線止めも。治癒交代も。最初は遅れた」
「ええ」
「でも、二回目はできた」
「ええ」
「それなら」
少し考える。
「信じるのも、同じ?」
ノアが。
金色の瞳を。
少し細める。
「どう同じ?」
「最初から全部できなくても。どこが怖いか分かれば。条件を作れる」
「ええ」
「一回で信じられなくても。また一緒にやって。次は少し増える」
「そうね」
「失敗したら?」
「確認する」
「意味が違ったら?」
「合わせ直す」
「無理だったら?」
「止める」
「止めても、終わりじゃない?」
ノアは。
すぐには答えなかった。
机の上。
閉じかけた練習帳。
灯り。
夜の静けさ。
窓の外。
風が。
木の枝を揺らす。
「終わることもある」
ノアが言った。
アリシアは。
少し顔を上げる。
「全部、続けられるわけではない」
「うん」
「条件を作っても、危険が消えないこともある」
「うん」
「何度合わせても、意味が揃わない相手もいる」
「うん」
「信じられる場所が、増えないこともある」
胸が。
少し冷たくなる。
でも。
ノアは。
安心のために。
嘘を言わない。
「その時は?」
「離れる」
「嫌われる?」
「嫌われることもある」
「逃げたと思われる?」
「思われることもある」
「それでも?」
「それでも、危険な場所へ立ち続ける義務はない」
今日。
ガイルとは。
同じ場所に立てた。
停止条件があった。
役割があった。
正直に。
不安を話した。
だから。
続けられた。
でも。
誰とでも。
そうなるわけではない。
「同じ場所に立つことも」
アリシアが。
ゆっくり言う。
「立たないことも。選べる?」
「ええ」
「信じ切れないから、すぐ離れるんじゃなくて」
「ええ」
「信じ切れなくても、条件があれば立てることがある」
「ええ」
「でも、条件があっても危ないなら、離れていい」
「ようやく百点らしい答えになったわね」
アリシアは。
少し笑う。
「さっきから百点だった」
「上書き」
「点数って上書きするの?」
「私の採点ではする」
「便利」
「文句があるなら採点終了」
「ない」
「よろしい」
アリシアは。
練習帳へ。
最後の欄を作る。
『信じ切れなくても、同じ場所に立つ』
その下。
『ただし、いつでも同じ場所に立たなければならないわけではない』
『範囲を決める』
『確認する』
『停止条件を作る』
『失敗したら、意味が分かれた場所を探す』
『次に直せるなら、もう一度立つ』
『危険が残り続けるなら、離れていい』
少し考え。
さらに書く。
『信頼は、全部を預けることではない』
『今日任せられる範囲を知ること』
『相手に止めてもらえると信じること』
『自分も、必要な時に止めること』
ノアが。
文字を追う。
「最後に一つ」
「何?」
「あなたは今日、ガイルが自分を止めることを信じた」
「うん」
「でも、あなた自身も。ガイルたちを止める側になることがある」
「私が?」
「当然でしょう」
「後方支援班を?」
「何か異常があれば」
「でも、私が間違ってたら」
「確認する」
「止めなくてもよかったら」
「再開する」
「怒られたら」
「必要な停止だったと説明する」
「それでも怒られたら?」
「相手の感情まで、あなたが決めない」
昨日。
声を出した後。
相手の受け取り方。
全部は背負わない。
今日。
停止した後。
相手がどう思うか。
全部は背負わない。
「止めるって」
アリシアが言う。
「信じてないみたい」
「逆よ」
「逆?」
「止めても、確認して、また始められると思っているから止める」
アリシアは。
少し黙る。
黒札。
全体停止。
魔力線。
切断。
状態確認。
反応なし。
全員へ続行可能か確認。
再開。
止めた。
でも。
終わらなかった。
「止めたら壊れると思ってた」
「壊れる関係もある」
「またそれ」
「本当のことよ」
「でも、壊れないこともある?」
「今日がそうだったでしょう」
十四人。
一度。
全部を止めた。
誰も。
停止を責めなかった。
確認。
再開。
最後まで。
訓練を終えた。
「止めても戻れるって」
アリシアは。
小さく言う。
「少し、安心する」
「なら覚えておきなさい」
「うん」
「戻れない時もあるけれど」
「ノア」
「何?」
「最後まで安心させない」
「間違った安心をさせないだけ」
「でも、少し安心した」
「なら十分」
アリシアは。
練習帳の最後へ。
もう一行。
『停止は、必ずしも終わりではない』
『安全を確認し、また同じ場所へ立つための停止もある』
書き終える。
筆を置く。
指。
少し疲れている。
今日は。
書くことが多かった。
声も。
多かった。
訓練中。
『レオン、正面』
大きな声で。
叫んだ。
自分の声。
演習室へ。
届いた。
「ノア」
「何?」
「今日、レオンを呼んだ声」
「大きかったわね」
「怖くなかった」
「その時はね」
「どうして?」
「必要だったから」
「必要なら、怖くない?」
「怖さを考える前に動く時もある」
「後からは?」
「震えていた」
「……見てた?」
「当然」
アリシアは。
両手を見る。
訓練中。
止まった後。
少し震えていた。
魔導人形の圧。
レオンが振り返った。
危ない。
そう思い。
声が出た。
大勢。
十四人。
教員。
記録員。
でも。
誰にどう聞こえるかより先に。
必要な人へ。
必要な言葉を置いた。
「昨日は」
アリシアが言う。
「声を出した後。どう思われたかが怖かった」
「ええ」
「今日は。レオンが戻ったから、それでよかった」
「ええ」
「後から、声が大きかったって思ったけど」
「減点する?」
「しない」
「なぜ?」
「必要だったから」
「よろしい」
ノアの尾が。
机の上で。
一度だけ。
静かに動く。
「でも」
アリシアが続ける。
「必要な声なら、全部大きくしていいわけじゃない」
「何を学んだの?」
「対象をつける」
「ええ」
「誰に。どこへ。何を」
「ええ」
「大きいだけだと。関係ない人も動く」
「今日の交代のようにね」
「うん」
「なら」
ノアは。
少し姿勢を変える。
「今日の題名は?」
「題名?」
「記録へ名前をつけるなら」
アリシアは。
練習帳を見下ろす。
信じる。
不安。
条件。
言葉。
停止。
再開。
ガイル。
エマ。
メリル。
十四人。
完全ではない。
でも。
同じ演習室へ立った。
「信じ切れなくても、同じ場所に立つ」
アリシアが答える。
ノアは。
少しだけ目を細める。
「今日の頁に合っている」
「百点?」
「題名だけなら」
「全部は?」
「百点」
「さっき上書きした」
「さらに上書き」
「上がってない」
「維持するのも難しいのよ」
アリシアは。
少し笑う。
練習帳を閉じる。
紙の間に。
今日の言葉。
残る。
信じ切れない。
不安。
怖い。
それでも。
条件がある。
停止できる。
再開できる。
今日の範囲なら。
また組める。
全部を。
一度に信じなくていい。
全部を。
一度に話さなくてもいい。
でも。
話せないことがあると。
伝える。
異常の可能性を。
ないことにしない。
相手が怖がることを。
悪意と決めない。
自分が傷ついたことも。
なかったことにしない。
そのまま。
同じ場所に置く。
アリシアは。
椅子から立つ。
窓の鍵を確認する。
灯り。
寝台。
いつもの夜。
ノアが。
机から床へ降りる。
黒い身体。
床の影へ。
少し溶ける。
「明日も訓練?」
「六人だけ」
「安心?」
「少し」
「三班より人が少ないから?」
「うん」
「今日の人たちが嫌だった?」
「違う」
「なら?」
「疲れた」
「正直でよろしい」
「でも、また組める」
「ええ」
「今すぐじゃなくていい?」
「ええ」
「少し休んでから」
「ええ」
「その時。線止め、覚えてるかな」
「ガイルたちが忘れていたら?」
「一緒に確認する」
「あなたが忘れていたら?」
「教えてもらう」
「それでいい」
アリシアは。
寝台へ入る。
掛け布。
少し冷たい。
身体。
ゆっくり沈む。
ノアが。
足元へ丸くなる。
暗闇。
今日は。
黒い水の夢を。
思い出さない。
白い表示も。
名前のない何かも。
今は。
遠い。
代わりに。
演習室。
十四人の声。
残っている。
『六人、右支援』
『治癒一、支援』
『線止め』
『中央線、補充』
『治癒交代、トニオ』
『全体停止』
『状態確認』
『可能です』
『再開』
短い言葉。
でも。
一つずつ。
誰へ向けたか。
何をするか。
意味がある。
信頼も。
同じかもしれない。
『信じる』
それだけでは。
広すぎる。
何を。
どこまで。
いつまで。
何かあった時。
どう止めるか。
どう戻るか。
そこまで。
言葉にする。
「ノア」
「何?」
「私は、ノアを信じてる」
「急ね」
「でも、全部?」
ノアは。
少し黙る。
「全部ではないでしょう」
「怒らない?」
「どうして?」
「信じ切れてない」
「私も、あなたを全部は信じていない」
アリシアは。
目を開ける。
暗闇。
ノアの姿は。
よく見えない。
「そうなの?」
「あなたは、痛いのに大丈夫と言うことがある」
「……うん」
「嫌なのに平気と言うこともある」
「うん」
「疲れているのに、もう少しできると言う」
「うん」
「だから、あなたの“大丈夫”は疑う」
少し。
寂しい。
でも。
その疑いで。
何度も。
止めてもらった。
「でも」
ノアが続ける。
「あなたが怖いと言った時は信じる」
「うん」
「分からないと言った時も」
「うん」
「誰かを守りたいと言った時も」
「うん」
「その範囲は、信じている」
胸が。
温かくなる。
「私も」
アリシアが言う。
「ノアの大丈夫は、少し疑う」
「なぜ」
「無理してても。大丈夫って言いそう」
「私は神獣よ」
「答えになってない」
「余裕がある」
「昨日、疲れてた」
「疲労ではない」
「眠そうだった」
「休息が必要だっただけ」
「それを疲れてるって言う」
「言わない」
アリシアは。
暗闇の中で。
少し笑う。
「でも」
「何?」
「ノアが、私を置いていかないって言ったのは信じてる」
沈黙。
少し長い。
ノアの尾が。
掛け布の上へ触れる。
「ええ」
小さな声。
「そこは、信じていい」
「全部じゃなくても?」
「全部でなくていい」
「今日の範囲?」
「明日も」
「その次も?」
「必要なだけ」
「長い」
「あなたが先に長く聞いた」
アリシアは。
目を閉じる。
信じ切れなくても。
同じ場所に立つ。
信じ切れないから。
止めることもある。
止めても。
確認して。
また始められる。
全部ではない。
それでも。
今日。
任せられる場所がある。
今。
信じられる言葉がある。
明日。
また確認できる。
それで。
今夜は。
十分だった。
「おやすみ、ノア」
「おやすみ、アリシア」
灯りのない部屋。
夜。
静か。
信頼は。
完成しない。
少しずつ。
増える。
時には。
減る。
止まる。
離れる。
それでも。
戻れる場所があるなら。
もう一度。
同じ場所へ立つことができる。
アリシアは。
そのことを。
まだ。
信じ切ってはいなかった。
けれど。
今日。
十四人で立った演習室の床を。
確かに。
覚えていた。




