↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『忘れられた六つ目の神器に選ばれました 〜人見知りな闇の少女と毒舌黒猫の学園英雄譚〜』  作者: 伊佐波瑞樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/167

第68話 呼ぶ前に知ること


 翌朝。


 アリシアは、扉を開ける前に一度だけ立ち止まった。


 取っ手へ伸ばした手は、そのまま。


 耳を澄ませる。


 廊下から聞こえるのは、足音。


 誰かが窓を開ける音。


 遠くで交わされる、まだ眠そうな挨拶。


 昨日のように、自分の話をしている声は聞こえなかった。


 だから安心した。


 ――というわけではない。


 聞こえなければ安心する。


 それも、少し違う気がしていた。


 昨日。


 廊下で自分の声について話す生徒たちの会話を聞いた。


 恥ずかしかった。


 布団の中へ戻りたくなった。


 それでも。


 黒い力への恐れではなく。


 六人の連携。


 届いた声。


 戻れという判断。


 それを見た人たちの話だった。


 全部を嫌なものとして閉じてしまうのは違う。


 けれど。


 何を言われても気にしない。


 そう強くなる必要もない。


 気になる。


 恥ずかしい。


 それでも歩ける。


 今は、そのくらいでいい。


「いつまで扉を見つめてるの」


 足元でノアが言った。


 アリシアは取っ手へかけた手へ力を入れる。


「何も聞こえないから」


「噂の確認?」


「少し」


「毎朝やるつもり?」


「今日は昨日の次の日だから」


「明日は今日の次の日よ」


「……そうだけど」


「毎日理由は作れるわ」


 ノアの言葉に、アリシアは少しだけ口元を緩めた。


「じゃあ、もう開ける」


「最初からそうしなさい」


 扉を開く。


 廊下。


 いつもの場所。


 メリルが待っていた。


「おはよう、アリシアちゃん」


「おはよう、メリルさん」


 その声を返した瞬間。


 廊下の向こう側から。


「アリシアさん!」


 明るく。


 少し急いだ声が飛んできた。


 アリシアの肩が跳ねる。


 声の主は。


 昨日の朝、話しかけてきたエマだった。


 今日は、一人ではない。


 同じ治癒補助班らしい生徒が三人。


 女子生徒が二人。


 男子生徒が一人。


 全員がアリシアへ向かってきている。


 注目されている。


 また。


 心臓が少し速くなる。


 隠れたい。


 それでも。


 エマの顔は嬉しそうだった。


 怖がらせるために来たのではない。


 アリシアはその場に立った。


「お、おはようございます」


 少し声が上ずった。


 エマは、息を整えてから笑った。


「昨日、先生に相談しました」


「共有語のこと?」


「はい。私たちの班でも、短い言葉を決めていいって」


 その後ろで。


 少し背の高い女子生徒が頭を下げた。


「初めまして。治癒補助班のサラです」


 隣の男子生徒も続く。


「トニオです」


 最後の女子生徒は、少し緊張しているらしい。


 胸元で両手を握り。


「ミレアです」


 と、小さな声で名乗った。


 アリシアも一人ずつ名前を受け取る。


 覚えられるか。


 少し不安。


 でも。


 今は無理に全部を完璧に覚えようとしない。


 エマ。


 サラ。


 トニオ。


 ミレア。


 まず、それだけ。


「どんな言葉にしたんですか」


 アリシアが尋ねると。


 エマは嬉しそうに答えた。


「“余裕あり”“支援”“交代”です」


 アリシアは少し目を見開く。


 六人の言葉とは違う。


 でも。


 役割に合っている。


「治癒補助は、ずっと同じ位置にいることが多いから、“開ける”とか“戻る”は使わないことにしました」


 サラが説明を続けた。


「“余裕あり”は、そのまま。まだ支援不要。“支援”は、一人では処置を続けられるけど、次の対象へ移れない時。“交代”は、魔力消耗が強くて、今すぐ代わってほしい時」


 六人が考えた支援の条件と似ている。


 でも。


 治癒補助班に合わせて変えている。


 そのことが、嬉しかった。


「意味を班で決めたんですね」


「はい」


 エマは大きく頷いた。


「昨日のアリシアさんの言葉を、そのまま使うんじゃなくて。私たちで考えました」


 アリシアの胸に、温かさが広がる。


 ただ真似したのではない。


 意味を共有した。


 自分たちの言葉にした。


「今日、基礎訓練で試すことになって」


 エマは少し照れたように笑った。


「その……見に来ませんか」


 アリシアは言葉に詰まった。


 見に行く。


 自分たちの共有語がきっかけになった班。


 興味はある。


 とても。


 でも。


 見に行けば。


 周囲から、共有語を広めた人のように見られるかもしれない。


 自分の考えを、評価しに来たように思われるかもしれない。


 それに。


 今日は自分の授業もある。


「時間が合えば」


 少し曖昧な返事になった。


 エマの顔が、ほんの少し曇る。


 アリシアはすぐに気づく。


 行きたくない。


 そう受け取らせたかもしれない。


「見たくないわけじゃなくて」


 慌てず。


 言葉を足す。


「私の授業の時間が分からないので。先生に聞いて、見てもいいなら行きたいです」


 エマの表情が戻る。


「ありがとうございます」


 サラが言う。


「アリシアさんに評価してもらいたいっていうより……」


 一度。


 言葉を探す。


「うまくいかなくても、最初はそうだったって言ってくれる人がいたら、安心すると思って」


 アリシアは、胸の奥が少し痛くなる。


 期待されている。


 評価者としてではない。


 失敗した人として。


 届かなかった声を知っている人として。


 それなら。


「分かりました」


 アリシアは答えた。


「先生がいいと言ったら、見に行きます」


 エマたちは、ほっとしたように笑った。


 四人が去った後。


 メリルが隣で言う。


「外へ広がったね」


「うん」


「怖い?」


「少し」


「嬉しい?」


「すごく」


「どっちも?」


「うん」


 ノアが足元で鼻を鳴らす。


「朝から良い顔してるわね」


「どんな顔?」


「逃げたいのに、少し進みたい顔」


 アリシアは、少し笑った。


 ◇


 食堂。


 いつもの席。


 今日から。


 レオンの声量採点は、公開の食堂では行わない。


 決めたばかりの変化。


 小さなことのようで。


 少しだけ空気が違った。


 レオンは席につくアリシアへ。


「おはよう」


 と、普通の声で言った。


 リーネは点数をつけない。


 周囲の席から。


 ほんの少しだけ、待っているような沈黙。


 だが。


 何も起きない。


 誰かが肩透かしを食らったように、小さく笑う。


 別の席では、すぐ別の話へ戻っていく。


 アリシアは、その様子を見ていた。


 見世物にしない。


 レオンが嫌だと言った。


 それを受けて変えた。


 でも。


 変えたからといって、世界が大きく動くわけではない。


 少し待たれ。


 何も起きず。


 周囲が別のことへ戻る。


 それでいい。


「今日はどうだった」


 シオンが、パンをちぎりながらレオンへ聞く。


 レオンは少し考え。


「自分では、たぶん九十点くらい」


 と答えた。


 リーネが、少しだけ眉を上げる。


「自己評価ですか」


「採点はやめた。でも、直すのはやめない」


 レオンは、少し誇らしそうだった。


「大きすぎなかったと思う。でも、少し固かった」


 リーネは。


 点数を言わず。


「妥当です」


 と答えた。


 アリシアは、少し嬉しくなる。


 採点をやめても。


 練習は続けられる。


 外へ見せなくても。


 内側では直せる。


「エマさんたちの班、共有語を作ったそうです」


 アリシアが言うと。


 五人の視線が集まった。


「もう?」


 ミランダの声が明るくなる。


「どんな言葉?」


「余裕あり。支援。交代」


 リーネの目が少し鋭くなる。


「治癒補助班向けですね」


「はい。支援は、一人で処置を続けられるけど、次へ移れない時。交代は、魔力消耗が強くて、すぐ代わってほしい時」


 ルシアンが静かに頷いた。


「役割に合っています」


 レオンが言う。


「俺たちの“支援”と近いな」


「うん。でも、戻るとか開けるは使わない」


 シオンが言う。


「その方がいい。全部真似すると混乱する」


 アリシアは朝のことを話す。


 見学へ来ないかと誘われたこと。


 先生の許可が出れば行きたいと答えたこと。


 リーネは少し考える。


「観察者として参加するなら、記録条件を決めた方がいいですね」


「評価しに行くわけじゃないです」


「だからこそです」


 アリシアは少し首を傾げる。


 リーネは続けた。


「見た人の感想は、言葉の形を変えます。何を見て、何を言わないか。先に決めないと、アリシアさんの一言が必要以上に大きく扱われる可能性があります」


 それは。


 怖い。


 自分が「良かった」と言えば。


 成功した言葉になる。


「危ない」と言えば。


 使ってはいけない言葉になる。


 自分にそんな決定権はない。


「私は、うまくいかなかった時に、最初はそうだったって伝えるだけにしたい」


「それを、先生と共有してください」


「はい」


 レオンが少し不満そうに言う。


「俺も見たい」


 シオンが聞く。


「何しに?」


「応援」


「声量が心配」


「応援くらい調整できる!」


 ミランダが笑う。


「でも、みんなで行ったら圧が強いかも」


 アリシアも頷く。


 六人全員が見に行く。


 それでは、治癒補助班の訓練が特別な見世物になる。


「一人か二人でいいと思います」


 ルシアンが言う。


「アリシアさんと、必要ならリーネさん」


「記録担当?」


 アリシアが尋ねる。


「はい。ただし、先方の希望があれば」


 リーネは即答しなかった。


 少し考えた後。


「私は、今回は行かなくてよいと思います」


 意外だった。


 皆が見る。


 リーネは静かに説明する。


「私が行けば、記録を取ります。エマさんたちは、正式な試験を受けるように感じるかもしれません」


 アリシアは少し驚いた。


 リーネも。


 記録しない方がいい場面を考えている。


「アリシアさんだけの方が、失敗を話しやすいでしょう」


 シオンが少し笑う。


「リーネ、成長した」


「失礼です」


 けれど。


 リーネの口元も、ほんの少しだけ柔らかかった。


 ◇


 生活基礎。


 黒板。


『言葉を渡す時、自分まで渡しすぎない』


 セリア先生の字。


 アリシアは、その一文を見て少し息を止めた。


 朝のエマ。


 食堂の会話。


 見学。


 評価。


 全部へ繋がる。


「誰かへ、自分の経験や工夫を伝えることがあります」


 セリア先生は話し始める。


「助けになれば嬉しい。自分が困ったから、同じ人には困ってほしくない。そう思うこともあるでしょう」


 アリシアはノートを開く。


「ですが、経験を渡すことと、相手の結果へ責任を持ちすぎることは別です」


 胸に刺さる。


 エマたちが共有語を使い。


 もしうまくいかなかったら。


 自分のせい。


 そう思いかけていた。


「相手が使い方を変えることもあります。うまくいかないこともあります。別の方法を選ぶこともあります」


 セリア先生は黒板へ三つ書く。


『提案』

『選択』

『結果』


「提案した人が、相手の選択も結果も全部背負う必要はありません」


 アリシアは強く書く。


『渡した言葉の結果を、全部自分の責任にしない』


「ただし」


 先生の声が少し静かになる。


「危険を知っているのに伝えない。自分の方法が絶対に正しいと言う。そうした無責任さとは違います」


 条件を伝える。


 失敗例も。


 意味を共有する必要も。


 それを伝えた上で。


 選ぶのは相手。


 班。


 先生。


「言葉を渡す時は、相手が自分で選べる余白を残してください」


 アリシアはノートへ書いた。


『余白を残す』


 班練習。


 今日の題材は。


『自分が役立った方法を、友人へ勧める時』


 トマが言う。


「俺なら、絶対これがいいって言うかも」


 ミーナが苦笑する。


「それで相手が合わなかったら?」


「……じゃあ別のを試す」


 メリルは言う。


「私は、“私はこれが良かった”って言うかな」


 アリシアは頷く。


「“あなたにも合う”って決めない」


「うん」


「私たちの共有語も、“これを使えば大丈夫”じゃなくて、“私たちはこう直した”って伝える」


 セリア先生が近くを通る。


 その言葉を聞き。


「良いですね」


 と、穏やかに言った。


「経験は道標であって、相手を進ませる縄ではありません」


 道標。


 仮説。


 次に見る場所を示す印。


 また。


 似ている。


 アリシアはノートへ書き足した。


『経験は道標。引っ張る縄ではない』


 ◇


 戦闘基礎。


 今日の六人は、共有語を使った短い反復訓練を行う予定だった。


 だが。


 始まる前に。


 エレナ教官から呼ばれる。


「治癒補助班の見学を希望したそうだな」


「はい。先生の許可が出れば」


「出す」


 アリシアは少し目を開く。


「ただし、条件」


「はい」


「評価しに行くな」


「はい」


「助言は、求められた時だけ」


「はい」


「自分たちの共有語を押しつけるな」


「はい」


「失敗を見て、すぐ原因を決めるな」


 朝のノア。


 昨日までの訓練。


「分かりました」


 エレナ教官は少し間を置き。


「お前が行く理由は」


 と尋ねる。


 アリシアは考える。


 見たいから。


 自分たちの言葉が広がったから。


 でも。


 それだけではない。


「最初にうまくいかなくても、言葉が悪いとか、その人が悪いとか、すぐ決めなくていいって伝えたいです」


「それならいい」


 エレナ教官は頷いた。


「六人の訓練は、他の五人で行う」


 アリシアの胸が少し固くなる。


「私がいなくても?」


「共有語が一人欠けても機能するかを見る」


 合理的。


 でも。


 少し寂しい。


 自分が抜ける。


 五人で訓練。


 うまくいったら。


 自分は必要ない。


 そんな考えが。


 一瞬。


 胸を通る。


 エレナ教官は、顔を見ていたらしい。


「今、何を考えた」


「私がいなくてもできたら、必要ないって」


「違う」


 即答。


「一人欠けても崩れないことと、一人が不要なことは別だ」


 アリシアは息を止める。


「六人の訓練は、誰かが必ずいる前提では弱い。制限、負傷、別行動。欠けることはある」


「はい」


「お前が戻る場所も、六人が動く方法も、一人へ依存させるな」


「はい」


「今日の五人訓練は、お前を外すためではない。お前が戻ってこられる場所を、五人だけでも保てるか見る」


 戻ってこられる場所。


 胸が温かくなる。


「分かりました」


「見学後、結果を共有しろ」


「はい」


 アリシアは、五人のところへ戻る。


 レオンが言う。


「今日はアリシア抜きか」


 寂しそう。


 でも。


 嫌ではない。


「戻ってくるまで、復帰点守る」


 ミランダが頷く。


「うん!」


 シオンが言う。


「アリシアがいない時、誰が空欄へ入るかを見る」


 リーネが手帳へ記録する。


「五人時の代替配置」


 ルシアンは、アリシアへ静かに言った。


「安心して行ってきてください」


「でも、私がいなくて崩れたら」


「崩れた場所を記録します」


「うまくいったら?」


「戻ってきた時、もっと安全に受け入れられます」


 その言葉。


 とてもルシアンらしかった。


 穏やかで。


 少し眩しい。


 でも今は、以前ほど苦しくない。


「お願いします」


 アリシアは頭を下げた。


 ◇


 治癒補助の訓練室は。


 戦闘演習室とは空気が違った。


 武器音はない。


 床に並ぶのは、負傷状態を模した人形。


 淡い赤色の魔力灯。


 包帯。


 薬液。


 治癒補助用の小さな水晶。


 静か。


 けれど。


 緊張感はある。


 傷の状態。


 魔力消耗。


 処置順。


 速さ。


 判断。


 教官は、セリーヌ先生。


 細身の女性。


 優しそうな顔をしているが。


 目は厳しい。


「アリシアさんは観察者です」


 セリーヌ先生が全員へ言う。


「助言者ではありません。質問は訓練後」


 アリシアは端の椅子へ座る。


 ノアは足元。


 エマたち四人が配置につく。


 エマ。


 前方左。


 サラ。


 前方右。


 トニオ。


 中央。


 ミレア。


 後方準備。


 使う言葉。


 余裕あり。


 支援。


 交代。


 訓練開始。


 最初の人形。


 腕の裂傷。


 エマが処置に入る。


「余裕あり」


 声を出す。


 サラは別の人形へ。


 トニオは包帯を準備。


 ミレアは魔力液を補充。


 順調。


 二体目。


 脚の骨折。


 サラが固定。


「余裕あり」


 三体目。


 腹部への重傷。


 トニオが処置へ入る。


 魔力が強く必要。


 顔が少し歪む。


 それでも。


「余裕あり」


 と答えた。


 アリシアは、その声を聞いて少し胸が固くなる。


 余裕あり。


 本当に?


 手が震えている。


 呼吸が浅い。


 でも。


 観察者。


 助言しない。


 セリーヌ先生も止めない。


 次。


 エマの処置対象が増える。


 一人目を維持。


 二人目へ移れない。


 支援条件。


 エマは、少し迷う。


 口が開く。


 でも声が出ない。


 サラは自分の処置中。


 トニオも苦しい。


 ミレアだけが後方で手を空けている。


 エマは。


 小さく。


「支援」


 と言った。


 声が弱い。


 ミレアは気づかない。


 聞こえなかった。


 エマの顔に。


 昨日のアリシアと同じ反応が浮かぶ。


 来ない。


 届かなかった。


 自分でやる。


 そう決めそうになる顔。


 アリシアの指が。


 膝の上で少し握られる。


 言いたい。


 もう一度。


 でも。


 助言しない。


 セリーヌ先生が何も言わない。


 見ている。


 エマは一度。


 深呼吸した。


 そして。


「支援!」


 今度は、はっきり。


 ミレアが反応する。


 エマの隣へ入る。


 処置を分担。


 エマの肩が少し下がる。


 届いた。


 アリシアも、静かに息を吐く。


 ◇


 次。


 トニオ。


 重傷人形への治癒補助。


 魔力消耗が強い。


 顔色が悪くなる。


 それでも。


 言わない。


 エマが気づく。


「トニオ、交代」


 周囲からの宣言。


 だが。


 トニオは首を振る。


「まだいける」


 言葉の意味。


 交代。


 班で決めた。


 すぐ代わる。


 でも。


 本人が拒否した。


 サラが処置を終え。


 トニオのところへ入ろうとする。


 トニオは、少し苛立った顔をする。


「だから、まだ――」


「止め」


 セリーヌ先生の声。


 訓練室が静かになる。


 トニオの魔力供給も止まる。


 先生が彼の前へ歩く。


「交代の意味」


「魔力消耗が強くて、すぐ代わる」


「誰が言える」


「本人か、周囲」


「周囲が言った」


「はい」


「なぜ拒否した」


 トニオは、すぐには答えない。


 唇を噛む。


 少し長い沈黙。


「……交代したら、俺が一番早く限界になったみたいに見えるから」


 声は小さい。


 エマが悲しそうに彼を見る。


 サラも。


 ミレアも。


 セリーヌ先生は叱らない。


 ただ。


「共有語の意味へ、“恥ずかしい”は含めたか」


「入れてません」


「なら、今出た」


 静かな声。


「言葉を決めても、感情が邪魔をする。それも試験結果です」


 アリシアは、レオンを思い出す。


 支援を呼べない。


 戻れない。


 役に立てなくなる気がする。


 同じ。


 でも。


 役割が違う。


 場所が違う。


 それでも。


 感情は似ている。


「トニオ」


 先生が言う。


「交代を拒否した時、班全体へ何が起きる」


 トニオは、周囲を見る。


 サラが彼の代わりへ入れない。


 エマは自分の処置中。


 ミレアは補充役。


 誰も動けない。


「……次の対象へ行けない」


「そうです」


 少し間。


「もう一度」


 訓練再開。


 同じ場面。


 トニオの魔力が減る。


 エマが言う。


「トニオ、交代」


 トニオの顔が、一瞬歪む。


 悔しい。


 恥ずかしい。


 それでも。


「交代する」


 答える。


 サラが入る。


 トニオが後方へ下がる。


 ミレアから魔力液を受け取る。


 少し呼吸を整え。


 別の補助へ回る。


 役割は終わっていない。


 アリシアの胸が温かくなる。


 レオンと同じ。


 戻っても。


 また動ける。


 ◇


 最後。


 四人全員に負荷がかかる。


 エマ。


 一人で二体を維持。


 サラ。


 骨折固定。


 トニオ。


 魔力補助。


 ミレア。


 補充と記録。


 誰も完全な余裕はない。


 それでも。


 エマが言う。


「余裕あり」


 声は。


 少し嘘だった。


 アリシアには分かる。


 たぶん。


 他の三人にも。


 でも。


 誰も止めない。


 言葉の意味。


 余裕あり。


 支援不要。


 本当に。


 そうなのか。


 セリーヌ先生が見ている。


 エマの腕が震える。


 呼吸が速い。


 次の瞬間。


 処置用の水晶が揺れる。


 ミレアが気づく。


 しかし。


「支援」


 ではなく。


「エマ、余裕なし!」


 と叫んだ。


 決めていない言葉。


 意味は通じる。


 でも。


 共有語ではない。


 サラが反応し。


 エマのところへ入る。


 トニオも補助。


 崩れかけた処置が安定する。


「止め」


 訓練終了。


 四人は疲れた顔で座り込む。


 セリーヌ先生が、全員へ水を渡すよう補助員へ指示。


 少し待つ。


 息が整うまで。


 その後。


「最後の問題」


 先生はエマを見る。


「なぜ“余裕あり”と言った」


 エマは、俯いた。


「……支援も交代も、もう使ったから」


 アリシアは少し驚く。


「また言うのが、恥ずかしかった?」


 セリーヌ先生が聞く。


 エマは頷く。


「何回も助けを求める人みたいで」


 同じ言葉でも。


 一度目は言えた。


 二度目になると。


 また。


 使えない。


 自分の価値へ繋がる。


 ミレアが言う。


「でも、無理してるの分かった」


 エマは顔を上げる。


「じゃあ、どうして先に言わなかったの」


「“余裕あり”って言ったから。私が勝手に違うって言っていいか分からなかった」


 サラも言う。


「私も見てた。でも、自分の処置もあったし……エマが大丈夫って言うなら大丈夫だと思いたかった」


 トニオは、少し苦い顔で。


「俺も、さっき交代させられたから。今度はエマまで止めたら、嫌がられる気がした」


 全員。


 気づいていた。


 でも。


 言葉へ遠慮した。


 本人の自己申告。


 それを尊重しすぎた。


 セリーヌ先生は、ゆっくり頷く。


「良い失敗です」


 四人が少し顔を上げる。


「“余裕あり”を、本人だけが決める言葉にしてはいけないと分かりました」


 アリシアは、六人の共有語を思い出す。


 支援は本人でも周囲でも言える。


 周囲からの宣言を拒否しない。


 そこまで決めた。


 エマたちは。


 まだ。


「次回までに、“余裕あり”を残すか考えてください」


 先生が続ける。


「状態を隠すための言葉になるなら、使わない方が安全です」


 エマは、少し悔しそうに。


 でも。


 頷いた。


 ◇


 訓練後。


 四人と先生。


 そしてアリシア。


 簡単な振り返り。


 セリーヌ先生が先に言う。


「アリシアさん。評価ではなく、経験を一つだけ」


 求められた。


 言っていい。


 アリシアは、四人を見る。


 何を言う。


 失敗は多かった。


 でも。


 全部。


 必要な失敗。


「私たちも」


 ゆっくり話し始める。


「最初の“支援”は届きませんでした」


 エマが顔を上げる。


「声が小さくて。武器音と重なって。私は、もう言わない方がいいって思いかけました」


 少し間を置く。


「でも、二回目は届きました」


 エマの表情が、少し柔らかくなる。


「“戻る”の意味も、三人で違いました。“開ける”って言ったら、二人が同じ場所へ動いて、逆に道を狭くしました」


 サラが小さく笑う。


「私たちと同じですね」


「はい」


 アリシアも、少し笑った。


「だから、今日うまくいかなかったことは、言葉が駄目だったってことじゃないと思います」


 トニオが尋ねる。


「じゃあ、何が駄目だったんですか」


 責める声ではない。


 本当に知りたい声。


 アリシアは考える。


「まだ決まってないところが見えた」


 セリーヌ先生が、静かに頷く。


「それで十分です」


 アリシアは続ける。


「でも、一つだけ」


 四人が見る。


「“余裕あり”は、少し怖いと思いました」


 エマの肩が少し固くなる。


 アリシアは急がない。


「悪い言葉って意味じゃなくて。私は昔、“大丈夫”って言って、隠れることが多かったから」


 自分の話。


 過去。


 全部は話さない。


 でも。


 必要な範囲だけ。


「余裕あり、って言うことで、助けを呼ばなくていい人になろうとしそうです」


 エマは。


 静かに息を吐いた。


「私も、そうでした」


 セリーヌ先生が言う。


「良い助言です」


 アリシアは、少しだけ緊張を解く。


 評価ではない。


 経験。


 渡した。


 それをどう使うかは。


 エマたちが決める。


 ◇


 六人の訓練が終わる頃。


 アリシアは、戦闘演習室へ戻った。


 扉を開けると。


 五人が、床へ座っていた。


 疲れている。


 レオンは背中を壁へ預け。


 ミランダは足を伸ばし。


 シオンは床に寝転びかけて、リーネに止められている。


 ルシアンは椅子へ座り。


 水を飲んでいた。


 アリシアを見ると。


 全員の表情が少し変わる。


「おかえり!」


 ミランダが言う。


 アリシアの胸が温かくなる。


「ただいま」


 自然に返した。


 その言葉。


 戻る場所。


 ここ。


「どうだった」


 レオンが聞く。


「失敗いっぱい。でも、必要な失敗だった」


 シオンが少し笑う。


「こっちも同じ」


「五人でどうでしたか」


 リーネが記録用紙を持ち上げる。


「共有します」


 アリシアが座る。


 ノアは足元。


 五人の訓練結果。


 アリシア不在。


 空欄への介入役。


 最初はシオン。


 次はミランダ。


 状況によって変えた。


 だが。


 誰が復帰点へ戻るか。


 どの時点で交代するか。


 混乱した。


「アリシアがいつも戻るから、復帰点の使い方を任せすぎてた」


 シオンが言う。


「僕が空欄に入った後、戻るって言っても。戻ったら左が空いた」


 ミランダが続ける。


「私が左も支えようとして、右が薄くなった」


 レオンが正面から動き。


 全体が崩れかけた。


 でも。


 ルシアンが。


「全員、戻る」


 と、通常外の言葉を使った。


 五人全員が一度基準点付近へ。


 配置を組み直した。


「全員、戻る?」


 アリシアが聞く。


 ルシアンは少し申し訳なさそうに答える。


「既定外です」


「でも必要だった?」


「はい。個別に戻すより、一度全体を整える方が早いと判断しました」


 リーネが続ける。


「結果として機能しました。ただし、共有語としては未整理です」


 レオンが言う。


「俺は分かった」


 シオンも。


「僕も」


 ミランダも頷く。


 アリシアは少し考える。


 全員、戻る。


 自分がいない時。


 五人で。


 一度全体を戻す。


 自分だけが戻る役ではない。


 復帰点も。


 六人の一人だけのものではない。


「嬉しい」


 アリシアが言うと。


 皆が少し驚く。


「私がいなくても、戻る場所を使えたから」


 レオンが笑う。


「でも、アリシアが戻ってきたら、もっと分かりやすい」


「それは?」


「おかえりって言えるから」


 単純。


 でも。


 胸に刺さる。


 アリシアは、少し目を伏せ。


 笑った。


「ただいま」


 もう一度。


 今度は。


 五人へ。


 ノアへ。


 ここへ。


 ◇


 図書館。


 六人。


 今日は。


 二つの訓練結果を並べる。


 治癒補助班。


 五人訓練。


 共通点。


 言葉を決めても。


 感情が邪魔をする。


 本人の自己申告だけでは足りない。


 周囲の判断。


 全体復帰。


 失敗。


 修正。


 リーネが書く。


『他班へ伝える追加事項』


・状態語は、隠すために使われる可能性がある。

・「大丈夫」「余裕あり」など、助け不要を示す語は慎重に扱う。

・本人申告だけでなく、周囲判断を認める。

・同じ要求を複数回使うことへの恥ずかしさを想定する。

・交代、復帰後も役割は続くと共有する。


 アリシアは。


 エマの顔。


 トニオの悔しさ。


 ミレアの迷い。


 サラの遠慮。


 それらを思い出す。


「言葉があっても、言えない」


 アリシアが言う。


「はい」


 リーネが答える。


「意味を決めただけでは足りません」


 ルシアンが続ける。


「言った後、どう見られるか。何度言ってよいか。そこまで含める必要があります」


 シオンが頬杖をつく。


「言葉って、思ったより重いね」


 レオンが言う。


「でも、ないよりいい」


「うん」


 アリシアも頷く。


「ないと、一人で抱え込む」


 ミランダが笑う。


「あると、失敗しても直せる!」


 その言い方。


 ミランダらしい。


 明るい。


 けれど。


 本質。


 言葉があるから。


 どこで壊れたか見える。


 ◇


 司書が。


 閉館前の確認で閲覧席へ来た。


 新しい『在』の資料は持っていない。


 アリシアは。


 少しだけ期待していた。


 でも。


 今日は。


 待てる。


 司書は、二つの訓練記録を見た。


「共有語の一般化に、有用な記録です」


「失敗が多いです」


 アリシアが言う。


「成功例だけでは危険です」


 司書は答える。


「使えばうまくいく、と誤解されますから」


 今日の生活基礎。


 経験は道標。


 引っ張る縄ではない。


「接続線のない『在』について、追加はありません」


「はい」


「残念ですか」


「少し。でも今日は、エマさんたちの訓練を見ました」


「どちらかへ切り替えられた?」


「はい」


 司書は穏やかに頷く。


「良いです」


 少し間を置き。


「呼び方について、一つだけ」


 アリシアの胸が少し動く。


「呼び方?」


「昨日の記録で、“未識別対象”という言葉を何度も使いました」


「はい」


「仮の名称として便利です。しかし、それが正式な名前のように定着する可能性があります」


 アリシアは息を止める。


 未識別対象。


 呼びやすい。


 でも。


 それは状態。


 名前ではない。


「分からないものへ、仮の名前をつける時は、その名前が意味を固定することがあります」


 司書は続ける。


「未識別。六つ目。深部。残響。どれも仮称です」


 アリシアは練習帳へ書く。


『仮称は便利。でも意味を固定する』


「では、何て呼べばいいですか」


 尋ねる。


 司書はすぐには答えなかった。


「必要な時だけ、正確に説明してください」


「長くても?」


「短くすることで誤解が増えるなら」


 六人の共有語とは逆。


 短くするために意味を共有する。


 でも。


 まだ共有できないもの。


 分からないもの。


 そこへ短い名前をつけると。


 勝手に意味が決まる。


「接続線のない表示」


 アリシアが言う。


「今は、それくらい?」


「良いと思います」


 名前ではなく。


 見えた事実。


 線がない。


 表示。


 それだけ。


 呼びすぎない。


 決めすぎない。


 アリシアは頷いた。


 ◇


 夕方。


 メリルと歩く。


 今日は。


 話すことが多すぎた。


 アリシアは。


 どこから話すか迷い。


 最初に。


「ただいまって言えた」


 と話した。


 メリルは少し驚き。


 その後。


 笑った。


「みんなに?」


「うん。五人で訓練してた。私が戻ったら、おかえりって」


「よかったね」


「うん」


 その後。


 エマたちの訓練。


 支援。


 交代。


 余裕あり。


 言えなかったこと。


 言葉で隠したこと。


 アリシアはゆっくり話す。


 メリルは、いつものように待つ。


「余裕あり、って怖いね」


 メリルが言う。


「うん。大丈夫と似てる」


「言えば、周りが引いてくれるから」


「うん。隠しやすい」


「でも、周りが違うって言えるようにしたら?」


「たぶん使える」


 言葉そのものが悪いのではない。


 使い方。


 意味。


 周囲。


「接続線のない『在』も、名前をつけすぎないようにするって」


「未識別対象って呼ばない?」


「必要な時だけ。今は“接続線のない表示”」


「長いね」


「でも、意味を決めすぎない」


 メリルは頷く。


「呼ぶ前に、知る」


 アリシアは足を少し緩めた。


「それ、いい」


「何が?」


「今日の言葉」


 呼ぶ前に。


 知る。


 知らないまま名前をつけない。


 でも。


 呼ばないまま無視もしない。


 難しい。


 それでも。


 今はそれでいい。


 ◇


 夜。


 練習帳。


 今日の頁。


 長くなる。


 アリシアは、一つずつ書いた。


『エマさんたちの治癒補助班が、独自の共有語を作りました』


『余裕あり』

『支援』

『交代』


『六人の言葉をそのまま使わず、班の役割に合わせて意味を決めていました』


 次。


『最初の支援は届きませんでした。エマさんは、もう言わずに自分で続けようとしました。でも二回目は届きました』


『トニオさんは交代を拒否しました。一番早く限界になったように見えるのが嫌だったからです』


『二回目は交代し、後方へ戻った後も別の役割へ動けました』


 次。


『エマさんは最後に、本当は苦しいのに「余裕あり」と言いました。何度も支援や交代を使う人だと思われるのが嫌だったからです』


『状態語が、状態を隠す言葉になることもあります』


 強く書く。


『大丈夫』

『余裕あり』


『助け不要の言葉は、本人だけで決めない方が安全な場合がある』


 五人訓練。


『私がいない間、五人は“全員、戻る”を使いました。一度全体を基準位置へ戻し、配置を組み直しました』


『私がいなくても戻る場所を使えたことが嬉しかったです』


『私が戻った時、みんながおかえりと言ってくれました。私はただいまと返しました』


 少し。


 胸が温かくなる。


 さらに。


『司書さんから、仮称は意味を固定することがあると教わりました』


『未識別対象』

『第六補助点』

『深部』

『残響』


『どれも、まだ仮の呼び方です』


『今は、“接続線のない表示”と呼ぶ方が、事実に近い』


 ノアが机へ跳び乗る。


「今日は?」


 アリシアが聞く。


 ノアは。


 すぐには答えず。


 練習帳を長く見た。


「百点」


 アリシアは少し笑った。


「今日は自分では、失敗ばかり見てた」


「あなたの失敗ではないでしょう」


「でも、エマさんたちの共有語がうまくいかなかった」


「だから、全部自分の責任にしないと学んだ」


「うん」


「助言も、求められた範囲だけにした」


「うん」


「五人の訓練がうまくいっても、自分が不要だと決めなかった」


「少し決めかけた」


「戻った時に、ただいまと言えた」


「うん」


「未識別という便利な名前に、しがみつかなかった」


「うん」


 ノアは前足を。


 練習帳の端へ置く。


「今日の百点は、言葉を渡しながら、自分まで相手へ預けなかった点数」


「自分まで?」


「相手がどう使うか。どう失敗するか。全部を背負わなかった」


 アリシアは少し考える。


「でも、心配はした」


「心配していい。背負わなくていい」


「うん」


「最後に書くなら?」


 アリシアは。


 今日の言葉を思い出す。


 余裕あり。


 支援。


 交代。


 全員、戻る。


 未識別。


 接続線のない表示。


 ただいま。


 呼ぶ前に知る。


 一行。


 ゆっくり書く。


『言葉を渡す時、その人の結果まで奪わない』


 ノアが頷く。


 次。


『名前をつける時、分からないものを分かったことにしない』


 そして。


 最後。


『呼ぶ前に知る。知る前に、勝手な名前で縛らない』


 ノアは。


 静かに目を細めた。


「いいわ」


 アリシアは、もう一行だけ付け加えた。


『それでも、戻ってきた人には、おかえりと言っていい』


 ノアの尻尾が。


 ゆっくりと机の上を打った。


「それもいい」


 練習帳を閉じる。


 夜。


 静か。


 水音なし。


 白い文字もない。


 接続線のない表示。


 まだ。


 何を示したのか分からない。


 呼び名も決まらない。


 でも。


 今は。


 それでいい。


 分からないものへ。


 分かりやすい名前を急いでつけない。


 ただ。


 在ったこと。


 見えたこと。


 線がなかったこと。


 それを記録する。


 そして。


 明日。


 エマたちは。


 今日の言葉を直すかもしれない。


 余裕ありを消すかもしれない。


 別の言葉へ変えるかもしれない。


 それも。


 エマたちの選択。


 六人も。


 また自分たちの言葉を直す。


 アリシアがいない時の形。


 全員で戻る言葉。


 新しい課題。


 言葉は。


 一度決めて終わるものではない。


 使い。


 届かず。


 ずれ。


 直し。


 その人たちの間で。


 少しずつ意味を持つ。


 アリシアは灯りを落とし。


 寝台へ入った。


 ノアが足元へ丸くなる。


「ノア」


「何?」


「ただいま」


 突然。


 言ってみた。


 ノアは。


 少しだけ耳を動かし。


「おかえり」


 と答えた。


 短い。


 けれど。


 意味を共有した言葉。


 今日のどの返事よりも。


 確かに。


 アリシアへ届いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。