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『忘れられた六つ目の神器に選ばれました 〜人見知りな闇の少女と毒舌黒猫の学園英雄譚〜』  作者: 伊佐波瑞樹


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第43話 木刀を握る少女


 中央演習場の空気が、静かに張りつめていった。


 つい先ほどまで、五属性の魔力が場に満ちていた。


 火の熱。


 水の静けさ。


 風の揺れ。


 土の重さ。


 光の柔らかな眩しさ。


 そのすべてが消えた後、演習場には別の緊張が残っていた。


 魔法ではない。


 属性でもない。


 武器を持つ者同士が向き合う時の、乾いた緊張。


 エレナ教官は六人を見渡した。


「次は訓練武器のみでの対人確認だ。魔法は禁止。身体強化も禁止。純粋な姿勢、間合い、反応を見る」


 レオンが大剣型の訓練剣を握り直す。


 ミランダは戦槌を肩に乗せかけて、エレナ教官の視線に気づき、慌てて下ろした。


 リーネは短杖を胸の前で持ち直す。


 シオンは短剣を軽く回そうとして、やはりエレナ教官に睨まれ、何もしていない顔になった。


 ルシアンは短杖を片手に、静かに立っている。


 アリシアは木刀を握った。


 その瞬間。


 胸のざわめきが、少しだけ遠のいた。


 観察対象。


 封印行。


 五属性候補。


 教師たちの視線。


 それらが消えるわけではない。


 けれど、木刀の感触が手のひらに収まると、意識の中心がそこへ戻ってくる。


 柄の硬さ。


 指の位置。


 手首の角度。


 足裏に伝わる床の冷たさ。


 呼吸。


 祖父の声。


 ――怖いなら、まず立て。


 ――立てば、次を選べる。


 アリシアは、静かに足を置いた。


 ノアが演習場の端で目を細める。


 金色の瞳が、アリシアだけを見ていた。


 エレナ教官が言う。


「最初はレオンとミランダ。力で押す者同士、どこまで制御できるかを見る」


「はい!」


「はい!」


 二人が中央へ出る。


 アリシアは一歩下がり、他の候補者たちと並んで見守る。


 レオンの大剣型訓練剣は長い。


 ミランダの戦槌も重い。


 二人が構えただけで、演習場の空気が少し厚くなる。


 エレナ教官が片手を上げた。


「魔法は禁止。身体強化も禁止。三手まで。始め」


 レオンが踏み込んだ。


 速い。


 大きな体に似合わない瞬発力。


 訓練剣が上から振り下ろされる。


 ミランダは真正面から受けようとして、直前で半歩横へずれた。


 戦槌の柄で受け流し、低く踏み込む。


 レオンはそれを見て笑った。


「おお!」


「笑わない!」


 ミランダが言い返しながら、戦槌を横へ払う。


 レオンは大剣を立てて受ける。


 鈍い音。


 魔法なしでも、衝撃が空気を震わせた。


「止め」


 エレナ教官の声。


 二人は同時に動きを止めた。


「レオン、初手が強すぎる。三手確認で相手を潰す気か」


「すみません!」


「ミランダ、受け流しは良い。ただし二手目の踏み込みが深い。相手が受けずに引いたら崩れる」


「はい!」


 指摘を受けながらも、二人はどこか楽しそうだった。


 アリシアはその光景を見ながら、素直にすごいと思った。


 自分とは違う。


 前に出る力。


 正面からぶつかる強さ。


 その眩しさに少し目が細くなる。


 シオンが隣で呟いた。


「見てるだけで疲れる」


 リーネが記録しながら言う。


「情報量は多いですが、動きは単純です」


「ひどい言い方」


「良い意味です」


「本当かな」


 次は、シオンとリーネだった。


 風と水。


 軽さと整え。


 エレナ教官が二人を中央に立たせる。


「三手。魔法禁止。シオン、逃げるだけでは評価しない。セレナ、考えすぎるな」


「はい」


「はい」


 合図と同時に、シオンが消えたように動いた。


 実際には消えていない。


 ただ、最初の一歩が軽すぎる。


 リーネの横へ回り込む。


 しかし、リーネは短杖を大きく振らなかった。


 杖先を下げ、シオンの進行先に置く。


 シオンがわずかに足を止める。


「へえ」


 シオンが小さく笑った。


 次の瞬間、彼は反対側へ体を流す。


 リーネは追いすぎない。


 自分の中心を保ち、短杖を胸元に戻す。


 三手目。


 シオンの短剣が軽くリーネの肩口へ向かう。


 リーネは一歩引き、短杖で受ける。


 木と樹脂が当たる乾いた音。


「止め」


 エレナ教官が頷いた。


「シオン、初動は良い。だが遊ぶな」


「遊んでません」


「遊んでいた」


「少し」


「セレナ、追わなかった判断は良い。だが三手目の反応が遅い」


「はい」


 リーネはすぐに頷いた。


 悔しそうではあるが、表情は変わらない。


 アリシアはその姿を見て、やはりすごいと思った。


 自分なら、シオンの初動だけで慌ててしまいそうだ。


 いや。


 木刀を握った今なら、見えるだろうか。


 アリシアは自分の手を見る。


 木刀の柄。


 少しずつ、呼吸が静かになっていく。


 次はルシアンだった。


 相手はレオンではなく、シオンだった。


「光属性候補は、武器戦闘で前に出る機会は少ない。だが、最低限の自衛は必要だ」


 エレナ教官が言う。


「シオン。速度を出しすぎるな」


「はい」


 ルシアンは短杖を構えた。


 姿勢は綺麗だった。


 乱れがない。


 まるで型の見本のようだった。


 シオンが軽く踏み込む。


 ルシアンは短杖を斜めに置き、受ける。


 動きは正確。


 だが、少し遅い。


 シオンが二手目で角度を変えると、ルシアンは受けられたが、足がわずかに止まった。


 三手目。


 シオンの短剣が杖の内側へ入る直前、エレナ教官が止めた。


「止め」


 ルシアンは静かに息を吐いた。


 シオンは短剣を下げる。


「ルシアン、姿勢は綺麗だ。だが、崩れた後が遅い」


「はい」


「整った形に戻ろうとしすぎる。実戦では、崩れた姿勢のまま動く必要がある」


「承知しました」


 ルシアンは素直に頷いた。


 その横顔に、アリシアは少し意外なものを見た。


 ルシアンにも、苦手がある。


 光のように整っている彼でも、崩れた後は遅れる。


 完全ではない。


 それは当たり前のことなのに、アリシアは今までどこかで、ルシアンを「整った人」として見すぎていたのかもしれない。


 半歩下がって見る。


 その距離からなら、眩しさだけではなく、綻びも見える。


 そして。


 エレナ教官の視線が、アリシアへ向いた。


「アリシア」


「はい」


 呼ばれた瞬間、胸が静かになった。


 怖い。


 もちろん怖い。


 けれど、さっきまでの怖さとは質が違う。


 木刀を握った時の怖さは、逃げ場のない怖さではない。


 相手を見る怖さ。


 自分の足を見る怖さ。


 動くための怖さ。


「相手はシオンだ」


 アリシアは瞬きした。


 シオンも少し眉を上げる。


「僕?」


「速度を調整できる。アリシアの反応を見るにはちょうどいい」


「了解」


 シオンは短剣を軽く持ち直した。


 アリシアは中央へ向かう。


 一歩。


 もう一歩。


 演習場の中央に立つ。


 周囲の視線が集まる。


 レオン。


 ミランダ。


 リーネ。


 ルシアン。


 教師たち。


 グラン先生。


 マリナ先生。


 エレナ教官。


 ノア。


 全部が見える。


 でも、木刀を構えると、視界の中の余計なものが静かに沈んでいく。


 シオンが向かいに立った。


 彼は短剣を構えながら、小声で言った。


「無理なら言いなよ」


「……はい」


「いや、今は返事だけじゃなくて、本当に」


「分かってます」


 アリシアはそう言って、木刀を構えた。


 その声が、自分でも少し低く聞こえた。


 シオンの目がわずかに細くなる。


 何かに気づいたようだった。


 エレナ教官が片手を上げる。


「三手。魔法禁止。始め」


 シオンが動いた。


 速い。


 けれど、さっきリーネと向き合った時ほどではない。


 調整している。


 左から入るように見せて、右足がわずかに外へ向いている。


 本命は右。


 アリシアは動かなかった。


 木刀の切っ先を下げたまま、半歩だけ足をずらす。


 シオンの短剣が入る道に、木刀の腹を置いた。


 かん、と軽い音がする。


 シオンの一手目が止まった。


 演習場の空気が一瞬、静かになる。


 シオンが小さく笑った。


「見えたんだ」


 二手目。


 シオンはすぐに距離を変えた。


 短剣を引き、アリシアの右肩側へ流れる。


 速い。


 でも、足音が軽い分、重心の移りが見える。


 アリシアは追わない。


 追えば遅れる。


 木刀を引き、体の中心を少し左へ置く。


 シオンが入ろうとした瞬間、その進行先に切っ先を置く。


 止めるのではない。


 入りにくくする。


 シオンが足を止めた。


「……へえ」


 三手目。


 今度はシオンの目が少し変わった。


 遊びではない。


 軽さはそのままだが、角度が鋭くなる。


 低く入る。


 短剣の軌道はアリシアの木刀の下を抜けるように見えた。


 アリシアは反射的に木刀を下げかける。


 だが、違う。


 これは誘い。


 下げれば上が空く。


 アリシアは木刀を下げない。


 代わりに、足を一歩引く。


 引きながら、木刀を斜めに立てる。


 シオンの短剣が木刀に触れる直前、彼の動きが止まった。


 エレナ教官の声が響く。


「止め」


 長い沈黙が落ちた。


 アリシアは息を吐いた。


 木刀を下ろす。


 その瞬間、周囲の音が戻ってくる。


 レオンが目を丸くしていた。


 ミランダは口を開けたまま固まっている。


 リーネの筆が止まっていた。


 ルシアンは微笑みを少しだけ消し、真剣な目でアリシアを見ていた。


 教師たちも、明らかに反応している。


 グラン先生は記録を取りながらも、アリシアから目を離していない。


 マリナ先生は結界ではなく、アリシアの足元を見ていた。


 シオンが短剣を下げた。


「……やっぱり、木刀持つと別人じゃん」


 アリシアは瞬きした。


「え……?」


 自分では分からない。


 ただ、木刀を握って、シオンの動きを見ていただけだ。


 だが、周囲の空気が違う。


 レオンが大きな声で言った。


「すごいな、アリシア!」


 その声で、演習場の緊張が少し割れた。


 ミランダも続く。


「今の、全部見えてたの!?」


「全部では……ないです」


 アリシアは慌てて答える。


「足と、入ってくる場所だけ……」


 リーネが我に返ったように筆を動かし始める。


「アリシアさん、戦闘時に声質低下。視線安定。反応速度上昇。追わずに進行先を制限」


「記録が早い……」


 シオンが少し苦笑した。


 ルシアンが静かに言う。


「魔力反応は出ていないのに、空気が変わりましたね」


 その言葉に、アリシアは少し緊張した。


 魔力反応。


 黒い力。


 見られている。


 だが、グラン先生がすぐに言った。


「現時点で黒い魔力反応の顕在化は確認されていません。姿勢、集中、身体反応の変化と見ます」


 アリシアは少し安心した。


 黒い力が勝手に出たわけではない。


 木刀を握った時の集中。


 それが見られたのだ。


 エレナ教官はアリシアとシオンを見た。


「シオン、感想は」


「やりにくいです」


 即答だった。


 エレナ教官が眉を上げる。


「理由」


「追ってこない。僕が入りたい場所に先に置いてくる。速さで崩す相手じゃないですね」


 シオンは少しだけアリシアを見る。


「あと、最初と構えた後で目が違う」


 アリシアは目を伏せかけた。


 だが、ノアの声が飛ぶ。


「前」


 アリシアは顔を上げる。


 シオンは続けた。


「怖がってるのに、逃げてない。たぶん、怖いまま見てる」


 その言葉は、アリシアの胸に深く入った。


 怖いまま見ている。


 それは、自分のことをとても正確に言い当てている気がした。


 エレナ教官が頷く。


「アリシア。お前は速くない。力もない。だが、相手が使いたい空間を見る癖がある」


「はい……」


「それを武器にしろ」


 武器。


 木刀ではなく。


 力ではなく。


 相手が使いたい空間を見ること。


 ないものを見ること。


 空欄担当。


 全部が繋がった気がした。


 アリシアは木刀を握ったまま、深く頷いた。


「はい」


 次の相手は、ミランダだった。


 アリシアは少し驚く。


 ミランダも驚いた顔をした。


「私?」


「そうだ。アリシアが重い相手をどう見るか確認する」


 ミランダは戦槌を持ち直した。


「アリシア、無理しないでね!」


「はい……ミランダさんも」


「うん!」


 ミランダは優しい。


 でも、戦槌を持つと圧がある。


 正面から来られたら、アリシアの力では受けられない。


 受けてはいけない。


 エレナ教官が合図する。


「三手。始め」


 ミランダが踏み込んだ。


 重い。


 シオンとは正反対。


 足音が床を鳴らす。


 戦槌が横から来る。


 アリシアは受けない。


 受けたら木刀ごと持っていかれる。


 半歩下がる。


 ただ下がるだけではない。


 ミランダの戦槌が振り抜いた後、次に戻しにくい角度へ木刀を置く。


 ミランダが「おっ」と声を漏らす。


 二手目。


 ミランダは戦槌を引き戻しながら、足場を踏み固めるように前へ出る。


 魔法は禁止だが、土属性らしい重心。


 アリシアは正面を避ける。


 横へ行きすぎない。


 ミランダが回れる範囲を見て、その端に立つ。


 木刀を低く置く。


 ミランダの足が一瞬止まる。


 三手目。


 ミランダは迷わず前へ出た。


 強い。


 だが、まっすぐすぎる。


 アリシアは木刀を構えたまま、最後の一歩だけ横へ抜けた。


 戦槌が空を切る。


 アリシアの木刀の切っ先が、ミランダの肩の横にそっと置かれた。


「止め」


 エレナ教官の声。


 ミランダが目をぱちぱちさせた。


「え、今、私、空振りした?」


「はい……」


「すごい! アリシア、消えたみたいだった!」


「消えてはないです……」


 アリシアは慌てる。


 シオンが言う。


「いや、消えたんじゃなくて、ミランダが見たい場所から外れたんだよ」


 リーネが記録する。


「重い相手に対し、受けずに空振り後の戻りを制限。最終手で視界外へ移動」


 レオンが目を輝かせている。


「次、俺もやりたい!」


 エレナ教官が即答した。


「お前はまだだ」


「なぜですか!」


「力を抜けないからだ」


「はい!」


 レオンは納得したのかしていないのか、大きく頷いた。


 次はルシアンだった。


 エレナ教官は少し考えてから言った。


「アリシアとルシアン。魔法なし。三手」


 演習場の空気が変わった。


 光と闇。


 正式にはそう言われていない。


 だが、この場にいる多くの者が、それを意識したのが分かった。


 アリシアの胸も少し固くなる。


 ルシアンは短杖を持ち、穏やかに中央へ出た。


「よろしくお願いします」


「……よろしくお願いします」


 アリシアも木刀を構える。


 ルシアンの姿勢は整っている。


 綺麗だ。


 隙がないように見える。


 だが、エレナ教官は言っていた。


 整えすぎる。


 崩れた後が遅い。


 アリシアはそこを思い出す。


 見るべきは、綺麗な形ではない。


 形が崩れる瞬間。


 エレナ教官が合図する。


「始め」


 ルシアンが動いた。


 速くはない。


 だが、無駄が少ない。


 短杖がアリシアの木刀の外側へ触れようとする。


 アリシアは受ける。


 軽い接触。


 ルシアンはそのまま角度を変え、木刀を流そうとした。


 上手い。


 力ではなく、整える動き。


 こちらの軌道を乱さず、自分の望む場所へ導こうとしている。


 アリシアは流されかけた。


 だが、途中で木刀から力を抜く。


 流されるなら、流れすぎない。


 木刀の先を下げ、足を半歩引く。


 ルシアンの短杖が空を撫でる。


 一手目が外れた。


 ルシアンの目が少しだけ変わる。


 二手目。


 彼はすぐに姿勢を戻す。


 綺麗に。


 早く。


 だが、戻る場所が綺麗すぎる。


 アリシアは、その戻り先に木刀を置いた。


 ルシアンの短杖が止まる。


 三手目。


 ルシアンは一瞬だけ迷った。


 ほんのわずか。


 だが、アリシアには見えた。


 整った形が崩れた瞬間。


 次を選ぶ前の、白い空白。


 アリシアは踏み込まない。


 攻めない。


 ただ、木刀をその空白の前へ置く。


 ルシアンは動きを止めた。


「止め」


 エレナ教官の声が、演習場に静かに響いた。


 ルシアンは短杖を下げた。


 微笑みはある。


 けれど、いつもの余裕とは少し違う。


「……驚きました」


 彼は言った。


 アリシアは慌てる。


「す、すみません」


「謝る必要はありません。今のは、とても勉強になりました」


 ルシアンは穏やかに言う。


「僕が整えようとする場所を、先に塞がれた」


 アリシアは小さく頷く。


「エレナ先生が……崩れた後が遅いって言っていたので」


「聞いていたのですね」


「はい」


 ルシアンは少しだけ目を細めた。


「あなたは、本当によく見ています」


 その言葉に、アリシアの胸が揺れた。


 褒め言葉。


 でも、光に照らされるような感覚。


 少し眩しい。


 アリシアは半歩下がりたくなった。


 だが、逃げるのではなく、距離を測る。


「ありがとうございます」


 それだけ言った。


 ルシアンもそれ以上踏み込まなかった。


 エレナ教官が全体へ言う。


「アリシアの対人確認はここまで」


 アリシアは木刀を下ろした。


 その瞬間、体から力が抜けそうになる。


 思っていた以上に集中していたらしい。


 ノアがすぐ近くまで来ていた。


「座らない」


 小声で言われる。


 アリシアは膝に力を入れた。


「うん……」


 グラン先生が近づいてくる。


「アリシアさん、体調は?」


「少し疲れました。でも、痛みや冷えはありません」


「黒い反応が出た感覚は?」


「ありません。木刀に集中していました」


「分かりました」


 グラン先生は頷く。


「今のところ、魔力反応ではなく身体集中による変化と見ます」


 マリナ先生も言う。


「結界にも異常はありません」


 アリシアはほっとした。


 黒い力が勝手に出たわけではない。


 結界にも影響していない。


 ただ、木刀を握って動いただけ。


 それだけなのに。


 周囲の見る目は、少し変わっていた。


 レオンは興奮している。


 ミランダは嬉しそう。


 リーネは記録に忙しい。


 シオンはどこか納得したような顔。


 ルシアンは静かに考え込んでいる。


 教師たちは、今までとは違う種類の視線を向けている。


 観察対象を見る目ではない。


 少なくとも、アリシアにはそう感じられた。


 木刀を持つ生徒。


 相手の空間を見る少女。


 怖いまま逃げない少女。


 ほんの少しだけ、そう見てもらえた気がした。


 エレナ教官は全員を集めた。


「今の対人確認で分かったことがある」


 六人は姿勢を正す。


「お前たちは、それぞれ強い部分と危うい部分がはっきりしている」


 レオンが真剣な顔になる。


 ミランダも頷く。


 リーネは筆を構える。


 シオンは少し面倒そうだが、聞く姿勢になっている。


 ルシアンは静かに教官を見る。


 アリシアも木刀を握ったまま立った。


「レオン。正面の圧は強いが、力を抜け」


「はい!」


「セレナ。整える力はあるが、動きに迷うな」


「はい」


「シオン。速さに頼るな。読まれた時の二手目を磨け」


「はい」


「ミランダ。前へ出る力は良い。だが、空振りした後の戻りを覚えろ」


「はい!」


「ルシアン。形に戻ることへこだわりすぎるな。崩れた形でも動け」


「はい」


 そして。


「アリシア」


「はい」


「お前は力で受けるな。追うな。相手が入りたい場所、戻りたい場所、逃げたい場所を見る。それが今のお前の武器だ」


 アリシアの胸が熱くなる。


 武器。


 また言われた。


 見えること。


 空いている場所を見ること。


 ないものを見ること。


 それが武器。


「はい」


 アリシアはしっかり頷いた。


 エレナ教官は続けた。


「次は、この六人での簡単な連携確認に入る」


 その言葉に、全員が少し反応した。


 六人で。


 五属性と、闇の少女。


 同じ場で。


 エレナ教官は言った。


「勝敗ではない。互いの癖を知り、どう並べば崩れにくいかを見る。魔法は低出力のみ許可する。ただしアリシアは魔力使用なし。木刀のみで位置取りを行う」


 アリシアは頷いた。


 木刀のみ。


 今は、それでいい。


 レオンが嬉しそうに言った。


「六人でやるのか!」


 ミランダも笑う。


「楽しそう!」


 シオンがため息をつく。


「絶対騒がしい」


 リーネが言う。


「情報量が多すぎます」


 ルシアンは微笑む。


「でも、必要な確認でしょう」


 アリシアは六人を見た。


 火。


 水。


 風。


 土。


 光。


 そして、闇。


 まだ、闇とは正式に呼ばれていない。


 でも、自分はここにいる。


 アリシアは木刀を握り直した。


 ノアが足元で小さく言う。


「九十二点」


 アリシアは小声で聞いた。


「今の?」


「ええ」


「減点は?」


「謝り癖。ルシアンにすぐ謝った」


「う……」


「でも、木刀を握った後はよく見ていたわ」


 ノアの声は、少しだけ誇らしげだった。


「だから言ったでしょう。この子は、戦う時だけ少し別人なのよ」


 その言葉は、アリシアにだけ届いた。


 アリシアは顔を赤くしながらも、木刀を下ろさなかった。


 演習場の空気は、まだ張りつめている。


 けれど、最初のような怖さだけではなかった。


 六人の候補者が、初めて同じ場所で動き出そうとしている。


 その中心に、アリシアも立っていた。

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