第300話 引き継がれなかった照合記録と、六番目の空白
翌朝、アリシアが目を覚ました時、窓の外には昨夜の雨が残した雫が輝いていた。
雲の切れ間から差し込む朝日が庭の石畳を照らし、木々の葉にたまった水滴を淡い金色に染めている。遠くの森では鳥たちが鳴き交わし、開けた窓からは湿った土と若葉の匂いが流れ込んできた。
アリシアは寝台の中で身体を起こし、しばらくその景色を眺めていた。
昨日、資料室で見せてもらった古い保管箱の状態記録が、まだ頭の中に残っている。
箱の外側には、文字の薄れた紙札が貼られていた。内側には、受入時の担当者が確認したという短い書き込みがあった。
『引継済。内容照合未了。』
誰が書いたのか、いつ書かれたのか、何を引き継いだのかは分からない。
六欄の古い目録と直接関係しているかどうかも、まだ確かめられていなかった。
それでも、その一文はアリシアの心に残っていた。
(……内容の照合が終わっていなかったなら、そのあとで誰かが確かめたのかな)
昨日は、書き込みそのものを知るだけで精いっぱいだった。
けれど、一晩経って落ち着いて考えると、もう一つ気になることがある。
もし内容の照合が未了だったなら、その後に照合を行った記録が残っている可能性もあるのではないか。
もちろん、実際に照合が行われたとは限らない。
記録が失われた可能性もあれば、そもそも別の意味で使われた言葉だった可能性もある。
アリシアはその違いを意識しながら、机の上へ視線を向けた。
昨日書いた帳面には、確認できた事実と、まだ分からないことが分けて記されている。
その中に、新しく一つだけ問いを加えたいと思った。
「朝からまた古い箱のことか?」
寝台の足元で丸くなっていたノアが、片目を開けて言った。
アリシアは振り返り、少し困ったように微笑んだ。
「……うん。でも、今日は箱そのものじゃなくて、そのあとに何か記録が残っていないかなって」
「そのあと?」
「……昨日の書き込みには、内容の照合が終わっていないって書かれていたでしょう。だから、そのあとで誰かが確認したのか、少し気になったの」
ノアは大きく伸びをし、寝台の端へ移動した。
「なるほどな。未了って書いてあるなら、完了した記録があるかもしれねえってことか」
「……うん。でも、あるとは限らないよ」
「分かってるなら結構。最近のお前は、何か見つけてもすぐに大騒ぎしなくなったな」
アリシアは少し頬を赤くした。
「……前から、そんなに大騒ぎしてなかったと思うけど」
「声に出さなくても、頭の中で大騒ぎしてたことはあっただろ」
ノアは悪びれる様子もなく尻尾を揺らした。
アリシアは小さく笑いながら、寝台から立ち上がった。
確かに、以前の自分なら、何かにつながりそうな言葉を見つけると、期待と不安で胸がいっぱいになっていたかもしれない。
今でも、六つ目の神器について知りたい気持ちは強い。
けれど、知りたいからこそ、確かめられたことと想像を分けて考える必要がある。
そのことを、少しずつ理解できるようになっていた。
◇
学院へ向かう道では、雨上がりの風が心地よく吹いていた。
中庭の噴水には朝日が反射し、石畳の隙間に残った水が小さな光を作っている。学生たちは昨日よりも軽い足取りで歩いており、屋根のある通路には明るい話し声が戻っていた。
アリシアが教室へ入ると、エドガーとテオが机の上に資料を広げていた。
二人は何かを話し合っていたが、アリシアに気づくと顔を上げた。
「おはよう、アリシア。今日は早いな」
「……おはよう、エドガー。うん、少し早く目が覚めたの」
テオも笑顔で挨拶した。
「おはよう。昨日の雨が止んでよかったね。今日は午後に外での観察もあるらしいよ」
アリシアは少し驚いた。
「……外で?」
「うん。中庭に設置された魔導具の状態を確認するんだって。雨のあとだから、普段と違うところがあるかもしれないね」
エドガーは資料を閉じながら頷いた。
「ただし、今日は性能を試すわけじゃない。外部環境による変化を観察して、記録するだけだ」
アリシアは頷いた。
雨のあとに魔導具がどのような状態になるのか。
それを確かめる授業は、普段の教室内での演習とは少し違う経験になりそうだった。
やがてメリルとフィオナも教室へ入り、五人は挨拶を交わした。
メリルは窓の外を見ながら、嬉しそうに笑った。
「今日は外で授業なんだよね! 雨が止んでくれてよかった!」
フィオナは穏やかに頷いた。
「でも、足元はまだ濡れているから気をつけないとね。昨日の雨で、地面が滑りやすくなっているかもしれないわ」
アリシアはその言葉を聞き、静かに頷いた。
安全を確かめながら観察すること。
それは、これまで何度も学んできた大切なことだった。
◇
午前の授業が終わり、午後になると、学生たちは中庭へ集まった。
教師の指示で、いくつかの班に分かれて設置型の魔導具を観察する。
アリシアたちの班が担当したのは、庭の一角に置かれた小型の環境観測用魔導具だった。
装置は石製の台座に固定され、上部には雨や風の影響を受けにくいよう覆いが付けられている。
教師は学生たちへ説明した。
「今日は、昨日の雨によって装置の外側や周囲の状態に変化がないか確認してもらいます。内部の機構を動かす必要はありません。異常が見つかった場合は、自分たちで修理せず、記録して報告してください」
五人は頷き、観察を始めた。
エドガーが装置の外観を確認し、メリルが記録を取る。
テオは周囲の地面や台座の状態を調べ、フィオナは安全上の問題がないかを確認した。
アリシアは全体の記録を整理しながら、必要な項目が揃っているかを確かめた。
装置の表面には小さな水滴が残っていたが、目立った破損は見られなかった。
ただし、台座の片側に泥が付着しており、雨水が流れた跡が残っている。
テオはその部分を指さした。
「ここ、昨日の雨で水が流れたみたいだね」
エドガーは頷いた。
「そうだな。ただ、今の状態だけでは、昨日の雨が原因だと断定できない。以前からあった跡かもしれないからな」
メリルは記録用紙を見直した。
「じゃあ、『雨水が流れたような跡を確認』って書くより、『泥の付着と水の流れた跡に見える部分を確認』の方がいいかな?」
フィオナは少し考えてから頷いた。
「その方が、見たことと考えたことを分けられると思うわ」
アリシアも同意した。
「……うん。昨日の雨が原因かどうかは、まだ確かめてないから」
五人は記録を修正し、観察を続けた。
やがて教師が巡回してきて、記録用紙を確認した。
「よく整理できていますね。観察では、原因を推測することも大切ですが、まず何を見たのか正確に残す必要があります」
教師は装置の周囲を見渡し、続けた。
「今回のように、以前の状態を直接知らない場合には、過去の記録と比較する方法もあります。ただし、その記録がいつ、どの条件で作られたものかを確認してください」
アリシアはその言葉を聞きながら、資料室で学んだことを思い出した。
古い箱の内側に残された書き込み。
そこには、内容の照合が終わっていないと記されていた。
もし後から誰かが確認したなら、その記録を探すことはできるかもしれない。
けれど、その記録が本当に同じ箱について述べたものなのかを確かめる必要がある。
アリシアはその考えを胸に留め、授業へ集中した。
◇
放課後、アリシアは資料室へ向かった。
今日は一人で相談するつもりだったが、ノアは当然のように隣を歩いている。
中央棟の廊下には夕方の光が差し込み、窓の外では学生たちが中庭を歩いていた。
資料室の入口には、いつもの案内板が置かれている。
アリシアが受付へ近づくと、上級生が顔を上げた。
「こんにちは。今日も公開資料についてのご相談ですか?」
「……はい。昨日見せていただいた箱の内側の書き込みについて、少しだけ確認したいことがあって」
上級生は頷き、エレナ・ヴァイスへ確認してくれた。
しばらくすると、エレナが奥の整理室から姿を見せた。
「こんにちは、アリシアさん。今日はどんなことを確かめたいのかしら」
アリシアは丁寧に頭を下げた。
「……こんにちは。昨日の書き込みには、内容の照合が終わっていないとありましたよね。それで、そのあとに照合が行われた記録が残っていないか、少し気になったんです」
エレナは静かに頷いた。
「なるほど。後続の記録が存在するかどうかですね」
「……はい。でも、必ずあるとは思っていません。もし公開されている範囲で確認できるなら、教えていただきたくて」
エレナは穏やかに微笑んだ。
「分かりました。受入後の整理記録を確認してみましょう。ただし、箱の内側の書き込みがいつのものか分からない以上、後続の記録と直接つながるかどうかは慎重に考える必要があります」
アリシアは頷き、相談用の机へ案内された。
◇
エレナが用意したのは、古い資料を受け入れた後の整理作業をまとめた記録だった。
そこには、箱ごとの受入番号と、整理の進行状況が記されている。
アリシアは昨日の箱の番号を探し、該当する欄へ目を向けた。
その記録には、受入後に内容の確認が行われたことが記されていた。
ただし、すべての資料について詳細な照合が完了したわけではない。
エレナは該当する部分を指さした。
「こちらが、受入後の整理記録です。箱の中に入っていた資料の数量を確認し、個別の整理番号を付けたことが書かれています」
アリシアは静かに頷いた。
「……じゃあ、少なくとも数は確認されたんですね」
「そうです。ただし、ここでいう数量確認は、文書の内容が正しいかどうかを確かめたものではありません。受け入れた資料が何点あるかを整理した作業です」
アリシアはその違いを帳面へ書き留めた。
数量の確認。
内容の照合。
その二つは、同じではない。
エレナはさらに別の欄を示した。
「こちらには、内容照合についての記録があります。ただし、該当する箱については、照合が完了したという記載が見当たりません」
アリシアは少し驚いた。
「……完了した記録が、ないんですか?」
「少なくとも、この公開整理記録にはありません。ただし、記録がないからといって、照合が行われなかったと断定することはできません。別の資料に記録されている可能性もありますし、記録自体が残っていない可能性もあります」
アリシアは頷いた。
昨日の書き込みには、内容照合未了とあった。
今日見た整理記録にも、照合完了の記載はない。
けれど、それだけで二つが直接つながるとは限らない。
アリシアはその違いを意識しながら、次の欄へ目を向けた。
そこには、整理作業の途中で確認された事項が短くまとめられていた。
その中に、アリシアは一つの記載を見つけた。
『旧札記載番号と現物整理番号の対応、未確定。』
アリシアはその文字をゆっくり読んだ。
旧札記載番号。
それは、昨日見た箱の外側の紙札に残されていた数字のことだろうか。
彼女はすぐに結論を出さず、エレナへ尋ねた。
「……先生、この旧札記載番号というのは、昨日見た箱の紙札の数字のことでしょうか?」
エレナは記録を確認し、少し考えた。
「その可能性は高いと思います。ただし、同じ箱に複数の札が付いていた可能性もありますし、ここでいう旧札がどの札を指しているのか、記録だけでは完全には分かりません」
アリシアは頷いた。
「……じゃあ、紙札の数字と、今の整理番号がどう対応するのかは、まだ分からないんですね」
「そうです。少なくとも、この記録が作られた時点では対応が確定していなかったようです」
アリシアは帳面へ書き留めた。
昨日の箱には、古い紙札が残っていた。
その数字は現在の整理番号と一致していなかった。
そして、受入後の整理記録にも、旧札の番号と現物整理番号の対応が未確定と記されている。
これは、昨日までの情報とつながる可能性がある。
けれど、まだ直接的な対応関係が確認されたわけではない。
アリシアはその違いを忘れないようにした。
◇
エレナは記録を閉じる前に、もう一つ説明を加えた。
「この箱については、受入時の整理番号と旧札の数字が一致していません。そのため、過去の管理記録と照合するには、別の対応表が必要になる可能性があります」
アリシアは顔を上げた。
「……対応表?」
「ええ。古い資料を新しい管理方法へ移す際、以前の番号と新しい番号を対応させる一覧を作ることがあります。ただし、今回の資料について、そのような表が残っているかどうかは、まだ確認できていません」
アリシアは少し考え込んだ。
もし対応表があれば、旧札の数字が何を示していたのかを調べる手がかりになるかもしれない。
けれど、対応表が存在するとは限らない。
存在したとしても、公開されているとは限らない。
アリシアは慎重に尋ねた。
「……もし公開されている対応表があるなら、次に見せていただくことはできますか?」
エレナは穏やかに頷いた。
「公開資料として確認できるものがあれば、ご案内できます。ただし、まずは存在するかどうかを調べる必要がありますね」
アリシアは少し安心したように微笑んだ。
「……ありがとうございます。でも、今日はここまでにします」
エレナは頷いた。
「そうですね。今日も十分に確認できたと思います。新しい資料を読む時は、今まで分かったことを整理してからの方がよいでしょう」
アリシアは丁寧に礼を言い、資料室を後にした。
◇
資料室を出ると、廊下には夕方の光が差し込んでいた。
窓の外では雨上がりの庭が明るく輝き、学生たちが帰宅の準備をしている。
アリシアはノアと並んで歩きながら、今日確認したことを思い返した。
受入後の整理記録には、箱の中の資料の数量を確認したことが残されていた。
けれど、内容照合の完了記録は見つからなかった。
さらに、旧札の番号と現物整理番号の対応が未確定だったことも分かった。
それは、昨日見た箱の内側の書き込みと、少しつながる可能性がある情報だった。
ただし、直接的な関係はまだ確認されていない。
「今日は、昨日より少し進んだんじゃねえか?」
ノアが尋ねた。
アリシアは頷いた。
「……うん。少なくとも、箱を受け入れたあとに、数量の確認が行われたことは分かったよ」
「内容の照合は?」
「……完了した記録は見つからなかった。でも、行われなかったとは言えないんだって」
ノアは満足そうに頷いた。
「よし。ちゃんと分けて考えてるな」
アリシアは少し笑った。
「……それに、旧札の番号と今の整理番号が、どう対応するのか分からないって記録もあったの」
「なるほどな。じゃあ、次はその対応表があるかどうかってところか」
「……うん。でも、あるかどうかは分からないから、先生に確認してもらえる範囲でいいと思ってる」
ノアは尻尾を揺らした。
「まあ、それでいいだろ。古い箱の謎を追いかけるために、学院生活を全部使う必要はねえからな」
アリシアは静かに頷いた。
今日も、何か大きな答えが見つかったわけではない。
けれど、次に確かめるべきことが少しだけ明確になった。
それは、今の自分にとって十分な進歩だった。
◇
生活観測区画へ戻ると、談話室では子供が三枚の絵を並べていた。
家と庭の絵。
森と川の絵。
そして、その間に置かれた橋の絵。
昨日まで橋の下には何も描かれていなかったが、今日は小さな青い線が一本だけ加えられていた。
アリシアが近づくと、子供は嬉しそうに顔を上げた。
「アリシア、おかえり!」
「……ただいま。今日は橋の下に青い線を描いたんだね」
子供は大きく頷いた。
「うん! でも、まだ川にするかどうか決めてないの」
アリシアは椅子へ腰を下ろし、絵を眺めた。
青い線は橋の下を通り、少しだけ曲がっている。
川にも見えるし、小さな水路にも見える。
けれど、子供はまだ何にするか決めていないようだった。
「……じゃあ、今日は青い線を描いてみたんだね」
「うん! 最初は川にしようと思ったんだけど、描いてみたら小さな水たまりでもいいかなって思ったの」
子供は楽しそうに笑った。
アリシアはその言葉を聞きながら、静かに頷いた。
子供は毎日少しずつ絵を描き足している。
けれど、何かを決めなければならないと急いでいるわけではない。
描いてみて、考えて、また変える。
その時間を楽しんでいる。
アリシアはその姿を見ながら、今日の資料室で学んだことを思い出した。
古い記録には、引き継ぎが済んだことや、内容の照合が終わっていないことが残されていた。
けれど、誰が何を引き継いだのかは分からない。
目の前の子供は、自分の絵について、何を決めていて、何をまだ決めていないのかを言葉にしている。
その違いは、今ここにいる人たちが、子供の意思を確かめられることにあるのだろう。
「……今日は、ここまでにするの?」
アリシアが尋ねると、子供は頷いた。
「うん。明日また考える。でも、青い線は消さないでおく!」
アリシアは微笑んだ。
「……うん。そうしたいなら、そのままにしておこうね」
子供は嬉しそうに笑った。
少し離れた場所では、顔のない存在が静かに過ごしていた。
胸元の十一の光は安定しており、覆われた木箱にも変化はない。
アリシアは一度だけそちらへ視線を向けたが、何かを読み取ろうとはしなかった。
今は、子供が自分で選び、自分で考えている時間を大切にしたかった。
◇
夜、アリシアは自室で日記帳を開いた。
窓の外には星が見え、雨上がりの空気が静かに流れている。
ノアは寝台の上で丸くなり、アリシアが筆を持つ様子を眺めていた。
「今日は何を書くんだ?」
アリシアは少し考えてから答えた。
「……資料室で見た、受入後の整理記録のこと。それから、子供の絵のことも書くよ」
「最近はすっかり記録係だな」
ノアは少しからかうように言った。
アリシアは小さく笑った。
「……でも、書いておくと、あとで何が分かったのか見返せるから」
「そりゃそうだ。記録ってのは、そのためにあるんだろ」
アリシアは頷き、筆を動かし始めた。
『今日は、古い保管箱の受入後の整理記録を見せてもらった。箱の中の資料の数量確認は行われていたけれど、内容照合が完了したという記録は見つからなかった。』
『ただし、記録がないからといって、照合が行われなかったとは言えない。』
アリシアは一度筆を止めた。
今日、もう一つ分かったことがある。
旧札の番号と現物整理番号の対応が未確定だったことだ。
彼女はその情報を丁寧に書き加えた。
『受入後の整理記録には、旧札記載番号と現物整理番号の対応が未確定と書かれていた。昨日見た箱の紙札の数字と関係する可能性はあるけれど、まだ確定していない。』
『もし対応表が残っていれば、次に確認できるかもしれない。ただし、存在するかどうかも分からない。』
書き終えると、アリシアは少しだけ息を整えた。
今日も、六つ目の神器の謎は解けていない。
失われた六人目の名前も、古い目録の六番目の空白も、何を意味するのか分からないままだ。
けれど、古い箱の受入記録を調べる中で、引き継ぎと照合について新しい情報が見つかった。
それは、まだ答えではない。
ただ、次に確かめるべきことを考えるための、小さな手がかりだった。
アリシアは日記帳へ最後の一文を書き加えた。
『子供は、今日は橋の下に青い線を描いた。でも、それを川にするかどうかは、まだ決めていない。明日また考えると、自分で決めていた。』
『私も、分からないことを急いで決めず、確かめられることを一つずつ残していきたい。』
書き終えると、アリシアは日記帳を閉じた。
ノアは寝台の上で目を細めた。
「今日は、もう終わりか?」
「……うん。今日はここまで」
「なら寝ろ。明日もまた、考えることがあるんだろ」
アリシアは微笑み、灯りを落とした。
寝台へ入ると、ノアがいつものように隣へ移動し、丸くなって目を閉じた。
窓の外では夜風が木々の葉を揺らし、遠くの森から虫の声が聞こえている。
アリシアはその音を聞きながら、今日見た整理記録を思い出した。
旧札の番号と、今の整理番号。
その二つがどのようにつながるのかは、まだ分からない。
けれど、もし昔の誰かが残した対応表が見つかれば、古い資料の来歴をもう少し正確にたどれるかもしれない。
それが六つ目の神器につながるかどうかは、まだ分からない。
今は、分からないままでいい。
明日また、確かめられることから始めればいいのだから。
アリシアは静かに目を閉じた。
今夜も胸に冷たさはなく、身体に痛みもない。
穏やかな夜の中で、彼女はゆっくりと眠りへ落ちていった。




