第244話 地図を見た次の日に
試験候補日の前日。
アリシアは研究棟ではなく、学院本館の東側にある小さな実習室の前に立っていた。
放課後を告げる鐘が鳴ってから、まだそれほど時間は経っていない。廊下には展示週間の自由見学へ向かう生徒たちが行き交い、普段なら閉じられている教室の扉もいくつか開かれている。遠くから楽器の音が途切れ途切れに聞こえ、別の階からは何かを焼いているらしい甘い匂いまで流れてきていた。
「ここで合ってる?」
隣に立つ友人が、扉の横に掛けられた札を見る。
「地図制作実習・自由見学」
「合ってる」
「よかった。さっき階段間違えたから不安だった」
「間違えたのあなたでしょ」
「アリシアもついてきたじゃん」
「あなたが自信満々だったから」
『二人揃って迷子になっただけじゃない』
足元からノアの声がした。
「ノアは気づいてたなら言ってよ」
『面白かったから』
「性格悪い」
『今さら?』
友人が吹き出す。
アリシアは少し頬を膨らませたが、扉の向こうから別の生徒が入っていくのを見て、すぐに表情を戻した。
「行こ」
「うん」
二人は並んで実習室へ入った。
◇
染色の見学場所とは、空気がまるで違っていた。
植物や煮出した染料の匂いはない。
代わりに、紙と木、少しだけインクの匂いがする。
広い机がいくつも並び、その上には大きさの異なる地図が広げられていた。壁には学院周辺の地形図、王都の街路図、古い街道を描いた複製図などが掛けられ、棚には定規や紐、小さな分度器に似た道具、方位を測る器具まで収められている。
「すごい」
友人がすぐに壁際へ寄った。
「これ王都?」
「たぶん」
「道、多っ」
「王都だから」
「迷いそう」
「あなたは学院でも迷ったでしょ」
「一回だけ!」
『今日一回ね』
「ノア!」
見学担当らしい上級生が、笑いを堪えながら近づいてきた。
「自由に見てもらって大丈夫だけど、赤い印のある地図だけは触らないでね。古い原本だから」
「はい」
アリシアは返事をし、近くの机へ目を向けた。
そこには学院の敷地を描いた地図がある。
校舎。
実習棟。
研究棟。
食堂。
寮。
訓練場。
普段歩いている場所が、上から見た線と形へ変わっている。
「研究棟あるよ」
友人が指を差す。
「あるね」
「生活観測区画は?」
「ここには描いてない」
「何で?」
「一般の学院案内用だからじゃない?」
「そっか」
アリシアは地図の端へ書かれた縮尺を見る。
「これ、授業で使ったのより細かい」
「細かいね」
「この細い線、何?」
「排水路だよ」
さきほどの上級生が答えた。
「道じゃないんですか?」
「道はこっち。線の種類を変えてる」
指された場所を見ると、確かに少し違う。
主要な道は二本線。
細い通路は一本線。
排水路は途中に小さな点が入っている。
「同じ線にしたら分からない?」
「分からなくなるね」
「全部書けばいいわけじゃないんだ」
「むしろ、全部を同じ強さで書くと読みにくくなるよ」
上級生は別の地図を広げた。
学院周辺の森と小道を描いたものだった。
「何のための地図かで、残す情報を変えるんだ。避難経路を示したいなら道や出口が大事だし、水路管理なら高低差や排水の位置が重要になる。土地の所有関係を見るなら、また別の線が必要になる」
「一枚に全部入れない?」
「入れられなくはないけど、見たいものが埋もれることもあるからね」
アリシアは地図を見る。
けれど、すぐに研究のことへ結びつけるのはやめた。
昨日なら、「二つだけを見る」という主質問と似ていると思ったかもしれない。
今も一瞬だけ浮かんだ。
ただ、それは今ここで言う必要のないことだった。
「自分で描くの?」
「やってみる?」
上級生が笑う。
アリシアは友人を見る。
「やる?」
「やる」
「じゃあ私も」
◇
見学者向けの簡単な実習は、学院内の短い経路を地図へ描くものだった。
出発地点は実習室。
そこから廊下を進み、中庭へ出て、噴水の横を通り、別棟の入口まで。
距離は歩数でおおまかに測る。
曲がった方向を記録し、戻ってから簡略図へする。
「二人一組でもいいよ」
担当教師が説明する。
「ただし、一人が全部測ってもう一人がついていくだけではなく、途中で役割を交代してください」
「アリシア、最初測る?」
「いいよ」
「じゃあ私、書く」
「ちゃんと書いてね」
「信用ないなあ」
『妥当よ』
「猫にまで言われた!」
友人が抗議する。
アリシアは小さく笑いながら、渡された記録板を確認した。
出発地点。
直進。
曲がる方向。
目印。
歩数。
難しいものではない。
実習室を出る。
「ここから?」
「うん」
アリシアは歩き始めた。
一歩。
二歩。
三歩。
普段なら何も考えずに通る廊下なのに、歩数を数えるだけで少し違って見える。
窓が三つ。
柱が二本。
途中に階段。
壁際の掲示板。
「二十七」
「二十七ね」
「ちゃんと書いた?」
「書いたって」
「見せて」
「疑いすぎ!」
記録板には、確かに二十七と書かれている。
「合ってた」
「謝って」
「ごめん」
「軽い」
そのまま右へ曲がる。
次は中庭まで。
途中で別の見学組とすれ違い、少し道を譲った。
歩数が一瞬分からなくなる。
「……三十四?」
「三十三じゃない?」
「え」
「さっき二人避けたときに、アリシア一歩横に動いたよ」
「それ数える?」
二人で止まる。
後ろを歩いていたノアが、呆れたように尻尾を振った。
『最初からやり直したら?』
「そこまで戻るの?」
『曖昧なまま書くよりいいでしょう』
アリシアと友人は顔を見合わせた。
「戻る?」
「戻ろ」
結局、曲がり角まで戻った。
今度はすれ違う生徒がいないことを確認し、もう一度歩く。
「三十四」
「今度は私も三十四」
「じゃあ三十四」
友人が数字を書く。
アリシアは少し満足した。
◇
中庭では役割を交代した。
今度は友人が歩数を数え、アリシアが記録する。
「一、二、三……」
「声出すんだ」
「忘れるから」
「私は出してなかった」
「アリシアは数字好きだから」
「別に数字が好きなわけじゃない」
「よく数字で気持ち言ってるじゃん」
「必要だから」
「怖さ三、とか?」
「それは安全のため」
「参加したい八、とか?」
「……何で知ってるの?」
「前に自分で言ってた」
アリシアは記録板から顔を上げた。
「みんな私が言ったこと覚えすぎじゃない?」
「アリシアが忘れすぎなんじゃない?」
『そっちね』
「ノアまで」
友人は笑いながら歩き続ける。
「二十九、三十……あ、噴水どっちから回る?」
「指定ある?」
「ない」
「じゃあ近い方」
「右?」
「右」
噴水の水音が近づく。
風が吹くたび、水面が細かく揺れていた。
ほかの見学組も何組か中庭を歩いている。
歩数を数えている者。
角度を簡単な器具で確認している者。
目印を相談している者。
普段の授業とは違うざわめきが、夕方の中庭へ広がっていた。
「五十二!」
友人が止まる。
「本当に?」
「本当!」
「じゃあ五十二」
「信用して」
「してるよ」
「今疑ったじゃん」
「確認」
「研究者っぽい」
「今それ言わないで」
「何で?」
「今日は地図」
「はいはい」
友人は笑っていた。
◇
実習室へ戻り、二人は記録した数字と曲がり角をもとに簡略図を描いた。
最初は友人が線を引いた。
「曲がりすぎじゃない?」
「こんなもんでしょ」
「中庭もっと近かったよ」
「じゃあアリシア描いて」
「いいよ」
紙を受け取り、アリシアが線を引き直す。
実習室から廊下。
右へ曲がる。
中庭。
噴水。
別棟入口。
歩数をそのまま長さへ置き換えるわけではないが、比率を考えながら位置を決める。
「……アリシアの方が上手い」
「そう?」
「悔しい」
「何で」
「私が誘ったのに」
「関係ないでしょ」
上級生が二人の地図を覗き込んだ。
「かなりいいよ。ただ、ここ」
中庭の曲がり角を指す。
「目印がないから、初めて見る人だとどこで曲がるか分かりにくいかも」
「噴水?」
「噴水でもいいし、この大きな木でもいい」
アリシアは地図へ小さな印を追加した。
「全部の木は書かない?」
「必要ないね」
「曲がる場所の木だけ?」
「この地図の目的なら、それで十分」
友人が感心したように頷く。
「本当に全部書かないんだ」
「書ける情報と、必要な情報は別だから」
アリシアはその言葉を聞き、ペン先を少しだけ止めた。
今度は研究のことが浮かんだ。
けれど、それは嫌な侵入ではなかった。
ただ似た考え方が、別の場所にもあるのだと感じただけだ。
全部を一度に見る必要はない。
今必要なものを残す。
だからといって、ほかを捨てるわけではない。
「アリシア?」
「何?」
「止まってる」
「考えてただけ」
「研究?」
少し迷ってから、アリシアは首を横へ振った。
「地図」
「本当に?」
「ちょっとだけ研究も」
「やっぱり」
「でも今は地図」
「じゃあ完成させよ」
「うん」
二人は残りの印を書き込んだ。
◇
見学を終えた頃、疲労は三だった。
アリシアは自分でそう感じた。
痛みはない。
息苦しさもない。
胸部の冷たさも異常感覚もない。
頭痛もない。
ただ、歩き回った分だけ足に少し重さがある。
「明日、試験?」
帰り道で友人が尋ねた。
「候補日」
「決まってないの?」
「今日の状態と、明日の状態で決める」
「今は?」
「疲労三」
「普通に疲れたくらい?」
「うん」
「じゃあ早く寝なよ」
「分かってる」
「夜まで研究のこと考えない」
「それは無理」
「じゃあ半分だけ」
「何の半分?」
「研究考える時間」
「測れないよ」
「いつも数字使うのに?」
「何でも数字にできるわけじゃない」
『いいこと言ったわね』
「ノアに褒められると不安」
『失礼ね』
分かれ道で友人が手を振った。
「明日、無理しないでね」
「うん」
「結果出たら教えて」
「言える範囲なら」
「分かった」
友人は校舎の方へ戻っていった。
アリシアはしばらくその姿を見送り、それから生活観測区画へ向かった。
◇
夕食前、研究棟から確認担当の職員が来た。
試験候補日前日の状態を記録するためだった。
生活観測区画の小さな相談室で、アリシアは椅子へ座る。
サーラも同席している。
「今日は地図制作の見学でしたね」
「うん」
「何をしましたか?」
「学院の中を歩いて、歩数と曲がる場所を記録して、簡単な地図描いた」
「楽しかったですか?」
「楽しかった」
「疲労は?」
「三」
「見学前は?」
「二くらい」
「痛み」
「ゼロ」
「息苦しさ」
「ゼロ」
「胸部の冷感や異常感覚」
「ゼロ」
「頭痛、吐き気、めまい」
「ない」
「怖さは?」
アリシアは少し考えた。
「四」
「明日の試験について?」
「うん」
「昨日は三でした」
「近くなったから」
「参加したい気持ちは?」
「八」
「やりすぎそうな気持ち」
「七」
サーラが少しだけ視線を上げる。
「昨日より上がりましたね」
「明日できるかもしれないから」
「もし今、明日の実施を延期すると言われたら?」
アリシアの眉がわずかに寄った。
「嫌」
「どのくらい?」
「……七」
「それでも受け入れられますか?」
「受け入れたくはない」
「はい」
「でも、理由が体調なら受け入れる」
「明日の朝、疲労が四なら?」
アリシアはすぐ答えなかった。
「相談」
「五なら?」
「延期」
「痛みが一なら?」
「言う。始める前なら延期する方」
「息苦しさ一」
「同じ」
「胸に試験の対象みたいな感じが最初からあったら?」
「相談して、たぶん延期」
「怖さ五」
「相談」
「六」
「中止」
答えながら、アリシアは少しずつ表情を落ち着かせていった。
決まりを口にすることで、明日の試験が「必ずやるもの」ではなくなる。
「今日は実施可否を決めません」
サーラが言った。
「うん」
「疲労三は、それだけで延期条件ではありません。ただ、見学後ですから、今夜の回復と明朝の状態を見ます」
「うん」
「研究のために特別なことをする必要もありません」
「早く寝るのは?」
「普段の範囲なら」
「いつもより三時間早く寝るとかは?」
「そこまでは必要ありません」
『そもそも眠れないでしょう』
「寝れるよ」
『試験前に?』
「……たぶん」
サーラが小さく笑った。
「眠れなくても、隠さず明日の朝に教えてください」
「分かった」
◇
夕食後、子供は紙箱の中身を机へ並べていた。
最近何度か配置を変えているが、今日は白い紐を箱の内側へ沿わせている。
「それ何してるの?」
「動かないようにしたい」
「石?」
「うん」
小さな石が箱の中で転がるのが気になるらしい。
「紐で囲むの?」
「まだ分かんない」
「貼る?」
「貼ったら取れない」
「じゃあ置くだけ?」
「考えてる」
アリシアは隣へ座った。
重要な木箱は、今日も別の場所に保管されたままだ。
誰も触れていない。
「地図どうだった?」
子供が聞く。
「面白かった」
「何描いた?」
「学院の中」
「研究棟?」
「今日は別の道」
「生活観測区画は?」
「描いてない」
「何で?」
「見学用の短い地図だったから」
「全部描かないの?」
「全部描いたら大変でしょ」
「でも地図なのに」
「地図でも、何を見るかで書くもの変えるんだって」
子供は紙箱を見た。
「箱の中の地図なら?」
「何それ」
「石と木の実と毛の場所」
「……それなら箱の中だけでいいんじゃない?」
「外はいらない?」
「箱の中のものを見るなら」
「じゃあ作れる」
「作るの?」
「まだ」
子供は白い紐を一度箱から出した。
「考える」
「うん」
アリシアは、それ以上手を出さなかった。
◇
自室へ戻ったあと、アリシアは机へ試験の確認票を置いた。
明日。
第一候補日。
ただし、朝の状態次第。
放課後にも再確認。
条件を満たさなければ延期。
文字として何度も見ている。
それでも、紙を開くと胸が少し速くなる。
「ノア」
『何?』
「東と西、どうなると思う?」
『昨日も聞いた』
「今日も聞く」
『答えも同じ。予想しない』
「つまんない」
『予想してほしいの?』
「……ちょっと」
『じゃあ両方猫になる』
「真面目に聞いてる」
『真面目に予想しても根拠ないもの』
アリシアは頬杖をついた。
「今まで、既存九枚は全部同じだった」
『そうね』
「新しい二枚も同じ」
『そうね』
「だったら次も同じって思うの普通じゃない?」
『期待するのは普通でしょうね』
「ノアは?」
『私は猫だから』
「ずるい」
『便利な立場なのよ』
アリシアは確認票を閉じた。
「一致してほしい」
今度ははっきり言った。
ノアが片目を開ける。
「東と西が、次も一緒だったら嬉しい」
『どうして?』
「分からない」
『そこ考えた方がいいんじゃない?』
「……形が続くから」
『形?』
「今まで見えてたものが、次にも残るから」
『それで?』
「もっと調べられる」
『不一致なら?』
アリシアは黙った。
嫌だと思う。
期待している形が崩れる。
九件と二件で揃っていたものが、新しい一件では揃わない。
きっと悔しい。
怖い。
けれど。
「不一致でも、もっと調べる」
『じゃあ一緒ね』
「気持ちは違う」
『それはそうでしょう』
「一致したら嬉しい。不一致なら悔しい。でも、どっちでも残す」
『なら十分じゃない』
「……うん」
アリシアは紙を引き出しへしまった。
◇
翌朝。
目を覚ましたとき、最初に胸を確認しそうになった。
アリシアは布団の中で目を開けたまま、しばらく天井を見つめる。
(試験の日かもしれない)
まだ決まっていない。
朝の状態確認。
授業。
放課後の再確認。
その全部を通って初めて、実施するか決まる。
身体を起こす。
頭痛はない。
吐き気もない。
胸の冷たさもない。
息苦しさもない。
足の重さは昨日より軽い。
「疲労……一か二」
『朝から独り言?』
ノアが寝台の足元で欠伸をした。
「確認」
『まだ先生来てないわよ』
「自分でもする」
『好きねえ』
「大事だから」
アリシアは寝台から降りた。
◇
朝食後の正式確認では、疲労二。
痛みゼロ。
息苦しさゼロ。
胸部冷感・異常感覚ゼロ。
頭痛なし。
吐き気なし。
めまいなし。
怖さ四。
参加希望八。
やりすぎそうな気持ち七。
「睡眠は?」
「普通。途中で起きてない」
「寝つきは?」
「少し遅かった」
「どのくらい?」
「いつもより……一呼吸とかじゃなくて」
アリシアは困った顔をする。
「数字分からない」
「無理に数値化しなくて大丈夫です」
「少しだけ遅かった。でも眠れた」
「起床時の眠気は?」
「普通」
「では、朝の時点で延期条件は確認されません」
サーラが言った。
アリシアの顔が明るくなる。
「じゃあ今日?」
「まだです」
「分かってる」
「授業後に再確認します」
「はい」
『顔だけ先に試験始まってるわよ』
「ノア」
『はいはい』
◇
午前の授業は文章読解だった。
今日扱うのは、旅人が残した古い紀行文。
山間の村へ入った記録の中で、旅人自身が見たことと、村人から聞いた話が混ざっている。
「では、この段落で筆者本人が直接確認したものに線を引いてください」
教師の声に、教室中で紙をめくる音が重なる。
アリシアも文章へ視線を落とした。
道が細かった。
川が増水していた。
村人が「昨年も橋が流された」と話した。
山の向こうには古い砦があるらしい。
直接見たもの。
聞いたもの。
推測したもの。
それぞれを分ける。
アリシアは普段通り課題を進めた。
途中で研究のことが頭をよぎったのは一度だけだった。
東と西。
今日見るかもしれない二つ。
けれど、すぐに紀行文へ戻った。
まだ試験は始まっていない。
今は授業だ。
◇
昼休み。
「緊張してる?」
友人が尋ねた。
「してる」
「今日なんでしょ?」
「まだ決まってない」
「朝は大丈夫だった?」
「うん」
「じゃあやりそう?」
「放課後にもう一回確認」
「そっか」
友人は自分の皿から焼いた野菜を一つ口へ運んだ。
「昨日の地図で疲れてない?」
「疲労二」
「昨日三だったよね」
「下がった」
「じゃあよかった」
「うん」
「東と西だけ見るんだっけ?」
「主な答えはね」
「アリシアの冷たいのは?」
「感じたら言う。でも一致か不一致を決めるのには使わない」
「変な感じ」
「私も最初そう思った」
「寂しくない?」
アリシアは少し驚いた。
「何で?」
「だって、ずっとアリシアの冷たいのも一緒に見てたんでしょ?」
「うん」
「それが答えから外れるんだから」
アリシアはスプーンを止めた。
サーラへ似たことを聞いた。
子供からも似たことを言われた。
「ちょっとだけ、最初は」
「やっぱり」
「でも、私がいらないわけじゃない」
「うん」
「私の感覚も残す。ただ今度は東と西だけで一つの質問を見る」
「ならいいの?」
「うん」
アリシアは少し笑った。
「むしろ見たい」
「何を?」
「私が答えに入ってなくても、東と西がどうなるか」
「研究好きだね」
「……うん」
以前なら否定したかもしれない。
今は、その言葉をそのまま受け取った。
◇
午後の授業が終わった。
生徒たちが教室を出ていく。
友人は鞄を肩へ掛けると、アリシアの前で止まった。
「行ってらっしゃい」
「まだやるって決まってない」
「じゃあ、確認行ってらっしゃい」
「うん」
「無理しない」
「分かってる」
「怖くなったら言う」
「分かってるって」
「終わったらちゃんと休む」
「あなた先生みたい」
「友達」
友人は笑った。
「だから言うの」
アリシアは少しだけ目を伏せ、それから頷いた。
「行ってくる」
◇
研究棟へ着いたのは、授業終了からしばらく後だった。
すぐに試験室へは入らない。
まず相談室。
サーラ。
安全管理担当者。
記録担当職員。
ノアはアリシアの隣の椅子へ飛び乗った。
「疲労」
「二」
「痛み」
「ゼロ」
「息苦しさ」
「ゼロ」
「胸部冷感、異常感覚」
「ゼロ」
「頭痛、吐き気、めまい」
「ない」
「怖さ」
アリシアは答える前に息を吐いた。
「四」
「朝と同じですね」
「うん」
「参加したい気持ち」
「八」
「やりすぎそうな気持ち」
「……八」
サーラの視線が少しだけ止まる。
「上がりましたね」
「ここまで来たから」
「試験が延期になったら?」
「嫌」
「どの程度?」
「八」
「それでも、自分から状態を悪く言わない、あるいは良く言わないことはできますか?」
アリシアは膝の上の手を見る。
以前、試験をやりたいあまり、怖さを低く言いたくなったことがある。
あのときは自分でそれを認めた。
「できる」
「今、本当に胸に何もありませんか?」
「ない」
「怖さは本当に四?」
「……四」
「三にしたくなっていませんか?」
アリシアは少し黙った。
「したい」
「はい」
「でも四」
「分かりました」
「五ではない」
「はい」
「上がったら言う」
「お願いします」
安全管理担当者が次の確認へ進む。
「もし開始直前に怖さが五へ上がった場合は?」
「相談」
「六なら?」
「中止」
「痛み一」
「言う。開始前なら延期する」
「息苦しさ一」
「同じ」
「対象に似た胸部異常が開始前から出た場合」
「相談して、原則延期」
「明確にやりたくないと思った場合」
「延期」
「準備を見てから言い直しても?」
アリシアは顔を上げた。
「最初に嫌って言ったら、その日はやらない」
「はい」
確認が終わる。
サーラは記録票を閉じなかった。
「少し休みましょう」
「今?」
「はい」
「できる状態じゃない?」
「現時点で明確な延期条件はありません。ただし、やりすぎそうな気持ちが八です」
「八は中止じゃない」
「そうです。だから休んでからもう一度確認します」
アリシアは一瞬だけ不満そうな顔をした。
しかし、すぐに頷いた。
「分かった」
◇
休憩は十五分ほど続いた。
その間、試験の話はしなかった。
サーラは窓を少し開け、外の風を入れた。
アリシアは水を飲む。
ノアは椅子の上で丸くなっている。
「昨日の地図、どうだった?」
サーラが尋ねた。
「面白かった」
「どんな地図を?」
「学院の中の短い道。歩数測って、曲がるところと目印書いた」
「上手く描けましたか?」
「友達よりは」
『本人に言ったら怒るわよ』
「言わない」
「次の見学も行きますか?」
「まだ分からない。でも地図制作は候補」
「植物管理、染色、地図制作」
「増えた」
「迷いますね」
「うん。でも楽しい」
話しているうちに、肩の力が少し抜けた。
試験室の向こうで何かを準備する音は聞こえる。
けれど、誰もその音について説明しない。
アリシアも聞かない。
準備が進んでいるからといって、自分が試験を受けなければならないわけではない。
それは何度も確認してきた。
「もう一度確認します」
サーラが言った。
「うん」
「怖さ」
アリシアは自分の胸の内側を確かめるように、少し間を置いた。
「三」
「参加したい気持ち」
「八」
「やりすぎそうな気持ち」
「七」
「延期されても受け入れられますか?」
「嫌だけど、受け入れる」
「自分から始めたいですか?」
「うん」
今度は迷わなかった。
「始めたい」
◇
その言葉だけで、試験は始まらない。
最終確認が続く。
機器異常なし。
担当者全員が揃っている。
入力装置は固定済み手順へ設定済み。
東側奥部の観測系、正常。
西側観測系、正常。
共通観測終点、固定済み。
東西判定担当者は互いの途中判定を見ない。
アリシアの主観報告記録担当も、入力時点を知らせない。
入力担当者は、アリシアから見えない位置。
スタッフの位置も前向き試験で使用した配置を基本に統一。
主質問は固定済み。
『固定済みの安全範囲内・早期位置単一意図的小変動条件において、東側奥部対象反応と西側対象反応の確認/非確認判定は一致するか』
アリシアの主観報告は副次記録。
結果を見てから主判定へ追加しない。
総変位量は既存補助指標。
局所形状新指標は未使用。
確認が一つ終わるたび、記録票へ印がつく。
アリシアはそれをじっと見ない。
以前、スタッフの動きや記録板の変化が刺激時点の手掛かりになる可能性を考えた。
だから今は、誰かの手元から答えを探さない。
「アリシアさん」
「はい」
「試験室へ移動します」
胸の奥が少し強く鳴った。
「うん」
◇
試験室は、以前とほとんど変わらなかった。
椅子。
机。
視線を置くための何も書かれていない壁面。
観測機器はアリシアから見えない位置にある。
ノアは試験中に声や動きで影響を与えないよう、少し離れた定位置へ移動する。
『終わったら呼びなさい』
「うん」
『途中で無理しない』
「分かってる」
『分かってるならいいわ』
それだけ言い、ノアは伏せた。
アリシアは椅子へ座る。
手を膝の上へ置く。
深呼吸をするよう指示はされない。
呼吸を意図的に変える必要もない。
普段通り。
「開始前最終確認です」
サーラの声。
「痛み」
「ゼロ」
「息苦しさ」
「ゼロ」
「胸部冷感・異常感覚」
「ゼロ」
「怖さ」
「三」
「参加意思」
「あります」
「開始してよいですか?」
アリシアは一度だけ唾を飲み込んだ。
「はい」
◇
基準観測が始まった。
室内は静かだった。
遠くで機器の小さな作動音がする。
誰も刺激時点を教えない。
アリシアも探さない。
壁を見る。
呼吸する。
胸は普通。
冷たくない。
痛くない。
苦しくない。
(いつだろう)
考えそうになり、やめる。
当てる試験ではない。
時間が流れる。
何もない。
さらに少し。
胸の内側へ意識を向けすぎないようにする。
意識しすぎれば、普段なら気にしない感覚まで拾いたくなる。
けれど、何かあれば言う。
その間を保つ。
そして。
「……今」
アリシアの声が出た。
記録担当職員が反応するが、表情は変えない。
「何がありましたか?」
「胸……」
アリシアは眉を寄せる。
「少し……変」
自分の言葉を確かめる。
冷たい。
そう言いかけて、止めた。
「冷たいですか?」
直接誘導する問いは来ない。
代わりに、固定された確認だけが続く。
「場所を言えますか?」
「胸の真ん中より、少し左」
「強さを数値で表せますか?」
「……一、まではない。半分くらい」
「痛みは?」
「ゼロ」
「息苦しさは?」
「ゼロ」
「今もありますか?」
アリシアは数呼吸待った。
「……弱くなった」
さらに少し。
「もう、ほとんどない」
記録担当職員はそれ以上意味を尋ねない。
試験も終わらない。
アリシアは壁へ視線を戻す。
(前と似てる?)
第二の前向き試験。
あのときも、「少し変」と言った。
胸の少し左。
冷たいとは言い切れない。
強さは半分ほど。
似ている。
けれど、今それを同じと決めてはいけない。
そもそも今回は、アリシアの感覚は主判定ではない。
東と西。
その二つだけ。
固定観測時間は続いた。
◇
やがて終了の合図が出た。
「観測終了です」
アリシアは大きく息を吐きそうになり、途中で普通の呼吸へ戻した。
ノアがまだ動かない。
まず終了後確認。
「痛み」
「ゼロ」
「息苦しさ」
「ゼロ」
「胸部異常感覚」
「ゼロ」
「疲労」
「三」
「怖さ」
「二」
「気分不良」
「ない」
「立ち上がる前に少し休みます」
「うん」
アリシアは椅子の背へ身体を預けた。
胸に残りはない。
あの弱い感覚が何だったのかは分からない。
刺激の前か後かも、本人には分からない。
「終わった?」
少ししてアリシアが尋ねる。
「試験自体は終了しています」
「結果、見れる?」
「安全確認が終わってからです」
「分かった」
『待ちなさい』
ようやくノアが口を開いた。
「分かってる」
『顔が待ってない』
「また顔」
◇
安全確認を終え、別室へ移動した。
アリシアは水を飲む。
疲労三。
胸部症状なし。
痛みなし。
息苦しさなし。
歩行にも問題なし。
その状態を確認したうえで、結果開示へ進む。
「まず入力側です」
魔導具担当教師が記録票を見る。
「固定済みの早期位置単一意図的小変動。許容範囲内です」
アリシアは頷く。
「総変位量は?」
「既存の許容運用範囲内です。詳細比較は後日行えますが、主判定には使用しません」
「うん」
「標準手順からの重大な逸脱なし」
「じゃあ判定できる?」
「東西とも必要観測範囲を確保しています」
アリシアの手が膝の上で少し強く重なる。
ここからだ。
主質問。
東。
西。
「東側奥部対象反応」
若い観測員が結果票を見る。
「確認」
アリシアの胸が高鳴る。
東は確認。
残る西。
(お願い)
思った。
思ってしまった。
一致してほしい。
西も。
これまでの形が続いてほしい。
けれど、口にはしない。
「西側対象反応」
一瞬が長く感じられた。
「確認」
アリシアの肩から、力が抜けた。
「……一致?」
「はい」
「東、確認。西、確認」
「はい」
「一致」
「固定済み判定規則では、一致です」
アリシアは俯いた。
笑いそうになる。
嬉しい。
はっきりと嬉しい。
「やった」
小さな声が漏れた。
誰もそれを止めなかった。
「嬉しいですか?」
サーラが尋ねる。
「うん」
「どのくらい?」
「九」
『そこも数字なのね』
「だって嬉しい」
アリシアは顔を上げた。
「次も同じだった」
「正確には?」
若い観測員の問いに、アリシアは少し口を尖らせる。
「今くらい喜ばせてよ」
「喜んで構いません。そのうえで、記録用に」
「……固定した新しい前向き試験一件でも、東と西の確認判定が一致した」
「はい」
「いつも一致する証明じゃない」
「はい」
「東が西を起こした証拠でもない」
「はい」
「六つ目がつないだ証拠でもない」
「はい」
「でも、一致した」
「それは事実です」
アリシアはまた少し笑った。
◇
「私の方は?」
少し落ち着いてから尋ねた。
「主判定には入りませんが、確認しますか?」
「うん」
記録担当職員が主観報告票を見る。
「発話原文は『胸、少し変』。位置は胸部中央よりやや左。記録強度は一未満、おおよそ〇・五。痛みゼロ、息苦しさゼロ。その後弱まり、ほぼ消失」
「冷たいって言ってない」
「はい」
「既存の対象感覚確認基準だと?」
「現時点の発話のみでは、対象感覚確認には達していません」
アリシアは少し目を見開いた。
「また?」
「前の記録と同じだとは、まだ言いません」
「分かってる」
「ただし、今回も閾値未満の胸部異常報告として原文を保存します」
「うん」
嬉しさの中へ、別の興味が混ざった。
東確認。
西確認。
アリシア対象感覚非確認。
ただし弱い胸部異常感覚あり。
第二の新規前向き記録と、三領域の判定だけなら同じ形に見える。
「似てる」
「何がですか?」
「前の二枚目」
「そう感じる理由は?」
「東と西が確認で、私の冷たいのは確認じゃなくて、でも胸に〇・五くらいの変な感じがあった」
「はい」
「場所も少し左」
「今回の記録ではそうです」
「同じ?」
聞いてから、自分で首を横へ振った。
「まだ同じって言わない」
「はい」
「でも候補にはできる?」
「できます。ただし、今回の主質問とは別です」
「分かってる」
「結果を見た後に気づいた類似点です」
「次に確かめる候補」
「はい」
アリシアは少し唇を噛んだ。
嬉しい。
面白い。
知りたい。
全部が一度に押し寄せる。
◇
「今日は詳細分析へ進みません」
副学院長が言った。
「え」
『来たわね』
「主判定は固定できます。しかし、主観報告の類似性、入力総変位量、東西時間窓、既存記録との位置づけは別日に整理します」
「今できる」
「アリシアさん」
サーラが静かに名前を呼ぶ。
「疲労は?」
「……三」
「知りたい気持ちは?」
「十」
「それなら今日は帰る方を勧めます」
「十だから?」
「止めにくくなっているからです」
アリシアは黙った。
もっと見たい。
東と西がどのくらい離れていたのか。
今回の弱い感覚が、刺激や東側の反応とどの位置関係だったのか。
前の〇・五の感覚と本当に似ているのか。
総変位量は。
東側の事前状態は。
全部見たい。
(今やったら、止まれない)
自分でも分かった。
「……帰る」
「はい」
「でも、主判定だけは今日固定?」
「はい。標準手順が成立し、両領域の必要観測範囲も確保されています。東確認、西確認、一致。そこまでは固定します」
「分かった」
「主観報告も原文保存します」
「うん」
「それ以外は次回」
「……うん」
『偉い偉い』
「ノア、今は雑でも許す」
『相当疲れてるわね』
◇
研究棟を出る頃、外はすっかり夕方だった。
アリシアはノアと並んで歩く。
足取りは少し軽い。
「一致した」
『したわね』
「東も西も確認」
『聞いてたわ』
「新しい前向きの一枚でも」
『そうね』
「これで……」
言いかけて止まる。
『これで?』
「何でもない」
『“これで東西はつながってる”とか言おうとした?』
「そこまでは言わない」
『じゃあ?』
「もっと強い形になったって」
『何が?』
アリシアは困る。
「……東西が一緒になることがあるっていう記録」
『それならいいんじゃない』
「既存九枚。新しい二枚。それと今回」
『混ぜるの?』
「混ぜない」
『よろしい』
「ノアが先生みたい」
『嫌だって言ってるでしょう』
アリシアは笑った。
◇
生活観測区画へ戻ると、子供が夕食を待っていた。
「どうだった?」
「やった」
「東と西?」
「両方あった」
「同じ?」
「うん。確認、確認で一致」
「冷たいのは?」
アリシアは少し笑った。
「冷たいって言えるほどじゃなかった」
「何かあった?」
「胸が少し変だった。半分くらい」
「前も?」
「似たのはあった」
「同じ?」
「まだ分からない」
「また?」
「また」
子供は少し考え、それから笑った。
「でも東と西は分かった?」
「今日の一回では、一緒だったって分かった」
「次は?」
「まだ決めてない」
「明日やる?」
「やらない」
今度は即答した。
「今日はもう疲れたし、毎日やるものじゃないから」
『成長したわね』
「今日ノア褒めすぎ」
『じゃあ撤回』
「それは嫌」
◇
夕食後、自室へ戻ったアリシアは机の前へ座った。
研究棟の正式資料はない。
代わりに、昨日描いた簡単な地図の複製を見学記念としてもらっていた。
実習室。
廊下。
中庭。
噴水。
別棟。
必要なものだけが描かれている。
その横へ、アリシアは何も書いていない紙を置いた。
研究記録を書くためではない。
ただ、頭の中を少し静かにするためだった。
「東、確認」
『書くの?』
「書かない」
「西、確認」
『口で言ってるけど』
「言いたいだけ」
『好きにしなさい』
「私の冷たいのは非確認」
『そうね』
「でも少し変だった」
『そうね』
「前の二枚目と似てる」
『似て見えるわね』
「同じかは分からない」
『はい』
「時間見たい」
『今日は見ない』
「分かってる」
アリシアは机へ額をつけそうになり、途中でやめた。
「明日も見ない?」
『私に聞かないで』
「先生たち、休ませるかな」
『休ませるでしょうね』
「……だよね」
不満はある。
でも、少し安心もしている。
知りたい気持ちが十になった自分を、そのまま研究室へ残さなかった。
以前なら、それを邪魔だと思ったかもしれない。
今は違う。
(明日じゃなくても、記録は逃げない)
アリシアは地図を畳んだ。
◇
翌朝。
研究棟から短い連絡票が届いた。
昨日の前向き東西共起試験について、主判定を正式固定。
入力条件――固定済み安全範囲内・早期位置単一意図的小変動、標準手順内。
東側奥部対象反応――確認。
西側対象反応――確認。
主判定――一致。
アリシア主観報告――既存対象感覚は非確認。胸部中央よりやや左に、強度約〇・五の短い異常感覚報告あり。原文保存。
詳細時間解析、既存記録との比較、第二の新規前向き記録との主観報告類似性評価は未実施。
既存九記録、新規前向き独立二記録、今回の東西共起主質問記録は、取得目的・役割を区別して管理する。
最後に一文。
『本日は人工刺激・詳細解析ともに実施しない。通常生活を優先すること。』
「やっぱり」
『何が?』
「休み」
『当然でしょう』
「分かってた」
『不満?』
「三」
『聞いてないって』
アリシアは連絡票を畳んだ。
今日は普通に学院へ行く。
授業を受ける。
昼食を食べる。
研究棟には行かない。
昨日見つかった結果は、今日急いで触らなくても変わらない。
東確認。
西確認。
一致。
そして、自分の胸には、確認基準へ届かない弱い異常感覚が一度だけ残った。
その二つを無理に一つの答えへまとめない。
アリシアは鞄を持った。
「行こ、ノア」
『今日はどこへ?』
「学校」
『普通ね』
「普通でいいの」
扉を開けると、朝の光が廊下へ差し込んでいた。
地図を見た次の日に、東と西を確かめた。
そのさらに次の日は、まだ何も確かめない。
答えを急がず残しておくための一日も、今のアリシアには、きちんと次へ続く時間だった。




