第225話 九枚を開かないまま、新しい物差しの形を決める
次の人工刺激試験まで、あと一日。
その朝、アリシアが目を覚まして最初に思い出したのは、二日後ではなくなった試験日のことだった。
正確には、明日。
昨日までは「二日後」と呼べた予定が、一晩眠っただけで急に近くなったように感じる。もちろん時間が突然縮んだわけではない。それでも、薄い朝日が差し込む天井を見上げたまま、アリシアはしばらく寝台から起き上がれなかった。
怖いわけではない。
胸部冷感もない。
身体の痛みも息苦しさもなく、眠気が少し残っている程度だった。
それなのに、胸の内側には落ち着かないものがある。
「……明日」
小さく口にした途端、寝台の端で丸くなっていたノアの耳が動いた。
『起きて最初にそれ?』
「起きてたの?」
『今起きた』
「聞こえてたじゃん」
『あなたが言ったから起きたの』
「ごめん」
『別にいいけど』
ノアは身体を伸ばし、前足を寝台の上へ突き出した。
『で、明日が何?』
「分かってるでしょ」
『植物管理?』
「それはまだ先」
『授業?』
「あるけど」
『昼ご飯?』
「もういい」
アリシアは布団をめくって起き上がった。
『試験でしょう』
「最初から分かってたじゃん」
『朝からそれしか考えなくなると面倒だから、少しくらい別のことも思い出させてあげたの』
「優しい言い方してるけど、からかっただけでしょ」
『半分くらい』
「残り半分は?」
『本当に試験しか頭にないのか確認した』
アリシアは返事をせず、寝台から降りた。
図星だった。
今日は人工刺激を行わない。
学院の授業があり、放課後には研究室で入力装置の再点検結果を確認する。それとは別に、ここ数日進めてきた「局所形状」の測定候補について、装置調整記録だけを使った検討を続ける予定だった。
明日の試験にその新しい測定項目を入れるかどうかは、まだ決まっていない。
間に合わなければ入れない。
それでも試験は行える。
何度も確認したことだ。
「今日は今日」
『何?』
「今日やることをやる」
『自分に言ってる?』
「うん」
『なら、まず着替えたら』
「分かってる」
アリシアは制服へ手を伸ばした。
◇
共用室へ下りると、子供は昨日拾った枝を机の上へ広げていた。
昨日は長さ順。
その後は太さ順。
今朝は、どうやら色で分けているらしい。
明るい茶色。
濃い茶色。
表面が少し灰色がかったもの。
「また変えたの?」
「うん」
「今日は色?」
「こっち明るい」
「ほんとだ」
「こっちは黒い」
「黒っていうより濃い茶色かな」
子供が枝とアリシアを交互に見る。
「茶色?」
「私はそう見える」
「じゃあ濃い茶色」
「私が言ったから変えなくていいよ」
「でも茶色に見える」
「ならいいけど」
子供は小さな紙片へ、自分で分かる印を描いて枝の横へ置いた。
文字の練習も進んでいるが、こういう時はまだ絵や形を使う方が楽らしい。
「明日?」
枝を動かしながら子供が尋ねた。
何のことかすぐ分かった。
「うん。予定では」
「今日じゃない?」
「今日はしない」
「何する?」
「装置の記録を見る」
「東と西?」
「違うよ。刺激を作る方の装置」
「形?」
アリシアは少し驚いた。
「覚えてたの?」
「前に言ってた」
「そっか。形の測り方を考える」
「明日使う?」
「まだ分かんない」
「決まらなかったら?」
「使わない」
「試験もやらない?」
「試験はできる」
子供は少し考える。
「別?」
「うん。次の試験に絶対必要なものじゃないから」
「じゃあ急がなくていい?」
「……そう」
答えながら、アリシアは自分にも言い聞かせるような感覚になった。
「急いで変なの決める方が嫌」
「変なの?」
「測り方」
「間違う?」
「間違うっていうより、九枚を見てから都合のいい測り方を作っちゃうかもしれないから」
子供は首を傾げた。
説明しすぎたと気づく。
「ごめん。難しかった」
「九枚、見ない?」
「今日は見ない」
「何で?」
今度は短く考えた。
「答えを見てから定規を作らないため」
子供はしばらく考え、それから頷いた。
「分かったような、分かんないような」
「それでいいよ」
『説明した本人もそんな顔してるわね』
後ろからノアの声がした。
「分かってるよ」
『本当に?』
「今日は九枚を見ない。それは分かってる」
『そこだけならね』
アリシアは頬を少し膨らませた。
子供が笑う。
朝食の匂いが食堂から流れてきた。
枝は枝のまま机へ残し、三人で食堂へ向かった。
◇
学院へ着くと、正門脇に昨日倒れていた案内板が元の位置へ戻されていた。
ただし、支柱の一本には新しい補強材が付いている。
通り過ぎる生徒の何人かがそれを見ていたが、立ち止まるほどではない。昨日までの強風も、学院の中ではすでに一日前の出来事になり始めていた。
「おはよう」
後ろから友人に肩を軽く叩かれる。
「おはよう」
「今日、教本持ってきた」
「当たり前だよ」
「昨日借りたから、ちゃんと確認した」
「忘れない係いらないね」
「今日はね」
「今日だけ?」
「明日は分かんない」
「毎日確認してよ」
「アリシアがいるし」
「私は持ち物係じゃないって昨日言ったよ」
「覚えてる。さすが忘れない係」
「都合よく変えないで」
二人で教室へ向かう。
友人は途中で掲示板の前に立ち止まった。
「植物管理の持ち物増えてる」
「え?」
アリシアも横へ並ぶ。
体験授業の案内に追記があった。
汚れてもよい手袋。
筆記具。
必要な者は髪をまとめるもの。
「手袋」
「持ってる?」
「生活観測区画にあるけど、借りていいか聞く」
「私は買わないと」
「学院の貸し出しないの?」
「下に書いてある」
友人が指す。
確かに、数に限りはあるものの貸し出し可能と書かれていた。
「じゃあ借りる」
「申し込み必要だって」
「今日出す」
「忘れない?」
アリシアが尋ねる。
友人は少し考えた。
「……昼に言って」
「やっぱり係じゃん」
「お願い」
「自分の手帳に書いて」
「今持ってない」
「じゃあ私の紙あげる」
鞄から小さなメモ紙を一枚出す。
「『手袋申し込み』って書いて」
「アリシア書いて」
「自分で書いた方が覚えるよ」
「厳しい」
「普通」
友人は渋々筆記具を取り出した。
その様子を見ながら、アリシアは笑う。
明日の試験とは関係のない予定が、ちゃんと自分の先にある。
植物管理体験。
友人との約束。
手袋。
今はそれでよかった。
◇
午前の授業は計算術から始まった。
複数の物資を別々の倉庫へ運ぶ時、荷車の積載量と移動回数から必要時間を求める課題である。
派手さはない。
けれど、途中で一箇所数字を取り違えると最後まで答えがずれるため、教室のあちこちから小さな呻き声が上がっていた。
「合わない」
友人が紙を睨んでいる。
「どこ?」
「最後。半刻ずれる」
「見せて」
アリシアが横から覗く。
途中までは同じ。
荷車一台目。
二台目。
倉庫までの往復。
「ここ、三回じゃなくて四回」
「何で?」
「最後の荷物残ってる」
「ほんとだ」
「だから一往復増える」
「最悪」
「荷物に言って」
「残らないでほしかった」
「勝手に消えたらもっと困るでしょ」
「計算の中だけ消えて」
「駄目だよ」
友人が書き直していると、前の席の男子生徒が振り返った。
「そっち合った?」
「今合った」
「答えいくつ?」
「言わない」
「何で」
「自分でやって」
「厳しい」
「今日二回目」
友人が笑う。
「アリシア今日厳しい日?」
「普通だってば」
教師が教室の前から声を上げた。
「答えを聞く前に自分の紙を見ろ。試験では隣は助けてくれんぞ」
男子生徒が慌てて前を向く。
教室に笑いが起こった。
アリシアも口元を緩め、自分の計算へ戻った。
◇
二時間目は、簡易結界の構造確認だった。
明日の午前にも基礎結界の軽い実技が予定されているため、その前段階として術式を紙上で確認する。
教師が黒板へ大きな円を描き、その内側へ四つの支点を書き込んだ。
「明日は実際に小規模結界を張る。ただし、魔力を大量に使う内容ではない。今日のうちに構造を理解しておけ」
アリシアの筆が一瞬止まった。
明日。
午前の実技。
その後に人工刺激試験予定。
昨日、研究室でも確認したことだ。
当日の疲労が高ければ延期。
実技そのものは軽い。
けれど、実際にどう感じるかは明日にならなければ分からない。
「どうしたの?」
友人が小声で尋ねる。
「何でもない」
「止まってた」
「明日の実技、ちゃんと疲れたら休もうと思って」
「何で?」
「放課後に予定あるから」
「研究?」
「うん」
「大事なやつ?」
「ちょっと」
「じゃあ私が全部やる?」
「二人一組じゃないよ」
「そうなの?」
「先生、一人ずつって言ったじゃん」
「聞いてなかった」
「ちゃんと聞いて」
「忘れない係」
「関係ない」
アリシアは笑った。
授業を手加減するつもりはない。
明日の研究のために学院生活を削るのも違う。
普通に授業を受ける。
その結果、疲れたなら正直に申告する。
それで延期になるなら、昨日決めた通りにする。
頭では分かっている。
実際に明日そうできるかは、明日の自分へ任せるしかなかった。
◇
昼休み。
友人が食事を受け取った直後、アリシアは一言だけ言った。
「手袋」
友人の足が止まる。
「……忘れてた」
「早いよ」
「ご飯見たら飛んだ」
「食べたあと申し込みね」
「忘れない係すごい」
「紙に書いたでしょ」
「紙、鞄」
「意味ないじゃん」
二人は笑いながら席へ向かった。
今日は食堂が比較的空いており、窓際の席が取れた。
外には昨日の強風で落ちた葉がまだ少し残っている。
「明日、研究なんだ」
食事の途中、友人が言った。
「うん。予定では」
「予定?」
「その日の状態悪かったらしないから」
「体調?」
「それも。疲れてたり、怖かったり、私が嫌だったり」
友人が匙を止めた。
「嫌でもやらなくていいの?」
「うん」
「研究なのに?」
「研究だから」
答えてから、自分でも少し意外だった。
以前なら逆に思っていたかもしれない。
研究だから頑張る。
研究だから多少怖くても続ける。
今は違う。
「そっか」
友人はそれ以上深く聞かなかった。
「じゃあ今日ちゃんと食べないとね」
「何で?」
「明日元気になるように」
「一食でそんな変わらないよ」
「じゃあ私の果物いらない?」
「それはいる」
「元気になるため?」
「好きだから」
「研究関係ないじゃん」
「関係なくていいでしょ」
友人から小さな果物を一つもらう。
アリシアは代わりに、自分の皿から焼いた芋を少し分けた。
「交換ね」
「成立」
研究とは何の関係もない交換だった。
◇
放課後。
研究室の中央机には、九枚の反応記録がなかった。
代わりに、装置調整時に取られた十数枚の波形記録が置かれている。
どれも東側奥部の反応とも、アリシアの感覚とも、西側波形とも対応づけられていない。入力装置そのものを調整する過程で得られた記録であり、今日必要なのは「どんな形を、どう測れば人による違いが少なくなるか」を考えることだった。
アリシアは席へ着く前に、九枚がないことを確かめた。
「本当に出してない」
「出さないと決めましたから」
魔導具教師が答える。
「どこにある?」
「保管庫です」
「今日、誰も見ない?」
「今日の局所形状測定法を決める担当者は見ません」
「学院長は覚えてるよね」
「大まかな形は」
学院長が答える。
「それでも参加していいの?」
「私は測定法の具体案には口を出しすぎないようにします。装置構造と安全上の確認が中心です」
「完全に忘れるのは無理だもんね」
「そうですね」
アリシアも同じだ。
九枚の形をすべて正確に描けるわけではない。
それでも、反応した記録と反応しなかった記録にどんな印象があったか、ぼんやりとは覚えている。
「私、参加していいのかな」
「なぜ?」
「九枚見たことあるから」
「その問題は昨日までにも検討しました」
副学院長が答える。
「あなたを完全に外す方法もあります。しかし、今回の目的は“誰も結果を知らない状態を作ること”ではありません。既知の九記録を見ながら、分離しそうな特徴を選ばないことです」
「覚えてる分は?」
「消せません」
「うん」
「だから、装置調整記録だけを使い、候補の定義理由を装置の性質から説明できるものに限定します。さらに、測定法を固定した後でなければ九記録へ戻しません」
「私が途中で“あの無反応のやつ、ここ違った気がする”って言ったら?」
「その発言は記録し、その候補選定には使いません」
「言わない方がいい?」
「思い出したこと自体を隠す必要はありません。ただ、それを理由に測定法を変えないことが重要です」
「分かった」
ノアが窓辺から口を挟む。
『思い出すなって言われたら、余計思い出すでしょうしね』
「そうなんだよ」
『今もう思い出してる?』
「……ちょっと」
『ほら』
「言わない」
「それで結構です」
研究室に少しだけ笑いが起きた。
その後、いつもの状態確認を行う。
身体疲労は二。
痛みなし。
息苦しさなし。
胸部冷感なし。
恐怖一。
研究参加希望八。
明日の人工刺激試験への参加希望は九。
「昨日と同じですね」
「うん」
「今日中に局所形状の測定法を決めたい気持ちは?」
「……七」
「明日に間に合わせたいから?」
「それもある」
「間に合わなかった場合の残念さは?」
「四」
少し考えてから付け足す。
「でも、試験はやめない」
「その認識で合っています」
「今日、変に急いで決めそうになったら言って」
『自分でも気づきなさいよ』
「ノアにも頼んでるの」
『私、研究員じゃない』
「知ってる」
『ならいいけど』
◇
最初に、魔導具教師が入力装置の構造を簡単に説明した。
意図的小変動を作る時、装置は魔力流を一瞬で別の値へ飛ばしているわけではない。
調整部が動き、流れが変化し、設定された範囲へ達し、その後に元の基準へ戻る。
これまで固定項目としていた立ち上がり時間と復帰時間は、その変化の大枠を捉えるものだった。
「じゃあ、形を見るならその間?」
アリシアが尋ねる。
「主にそうです。ただし、“形”という言葉だけでは曖昧すぎます」
「丸いとか尖ってるとか」
「人によって判断が変わります」
机に並んだ調整記録を見る。
一枚目は山の頂点が鋭い。
二枚目は少し平ら。
三枚目は片側だけ緩やか。
アリシアには確かに違って見える。
「これ、尖ってる」
「どこから尖っていると判定しますか?」
「……見た感じ」
「それでは測定項目にできません」
「分かってる」
「では、何なら数字にできますか?」
アリシアは紙を見つめた。
「上がる速さはもうある」
「はい。立ち上がり時間ですね」
「戻る速さも復帰時間」
「はい」
「頂上にいる時間?」
「候補になります」
若い観測員が別紙へ書く。
『頂部滞在時間候補』
「でも、頂上ってどこ?」
アリシアがすぐに尋ねた。
「最大値ぴったり?」
「それだと、一点しかない記録が多いでしょう」
「じゃあ最大値の近く?」
「“近く”を数値で決める必要があります」
「また決めること増えた」
『研究ってそういうものでしょう』
「ノアが言うと腹立つ」
『何でよ』
魔導具教師が小さく笑い、別の候補を示す。
「もう一つ。立ち上がり側と復帰側の非対称性です」
「上がる時と戻る時が同じ形か違う形か?」
「大まかには」
「立ち上がり時間と復帰時間を比べるだけじゃ駄目?」
「それも一つの定義です。ただ、それなら新しい項目というより既存二項目から作る派生値になります」
「新しくない?」
「新しくないことは悪くありません。むしろ既存の測定値だけで定義できるなら安定しています」
アリシアは少し意外そうな顔をした。
「新しい物差し探してるのに、新しくなくてもいいの?」
「新しい“測定対象”を無理に増やすことが目的ではありません」
「……そうだった」
既存の違いで分かれなかった。
だから次の違いを探したくなった。
その気持ちが先にあると、「新しいものを見つけなければ」と思ってしまう。
「じゃあ、立ち上がりと復帰の比みたいなのも候補?」
「候補にはできます。ただし装置の物理的意味を考える必要があります」
「物理的意味?」
「例えば、調整部が同じ機構で上昇と復帰を行うなら、極端な非対称性は装置内部の負荷や入力波形の偏りを反映する可能性があります。逆に、もともと復帰側だけ制御方式が違うなら、比を取っても意味が薄い」
「装置がどう動いてるか知らないと駄目」
「はい」
アリシアは装置図を見る。
結果の九枚ではない。
刺激を作る側の仕組み。
今日はそこから考える。
◇
検討はすぐには進まなかった。
頂部滞在時間。
立ち上がりと復帰の非対称性。
一定幅を超えている時間。
基準線からの総変位量。
復帰後の小さな揺れが落ち着くまでの時間。
候補だけなら、いくつも出た。
アリシアは最初、そのたびに「それも測ろう」と言いかけた。
けれど三つ目で自分から止まった。
「待って」
「どうしました?」
「また増やしてる」
「はい」
「全部測れたらいっぱい分かるって思った」
『昨日も似たようなこと言ってなかった?』
「言ってた」
「候補を出す段階では、増えること自体は問題ありません」
副学院長が言う。
「ただし全部を正式項目にする必要はない」
「うん」
「今日は、装置の性質から意味があり、測定者による差が少なく、既存項目とほぼ同じ情報を重複していないものを探します」
「三つ条件ある」
「少なくとも、ですね」
「増やさないで」
若い観測員が吹き出した。
「笑った」
「すみません」
「絶対増えると思ってるでしょ」
「研究条件は増えがちなので」
「嫌なこと言う」
空気が少し和らぐ。
その後は候補を一つずつ見た。
◇
頂部滞在時間は、最初に保留になった。
理由は単純ではない。
どこからを「頂部」とするかで値が変わるうえ、調整記録によって最大値の微細な揺れが異なる。閾値を最大値の何割とするかを決めれば測れるが、その割合に装置側の明確な根拠がまだない。
「九枚見て、一番分かれそうな割合にしたら駄目」
アリシアが自分から言う。
「その通りです」
「じゃあ今日は決めない」
次に、立ち上がり時間と復帰時間の非対称性。
これは既存値だけで算出できる。
しかし装置図を確認すると、上昇側と復帰側では一部の制御機構が異なることが分かった。
「じゃあ違って当たり前?」
「ある程度は」
「比を取る意味ない?」
「完全にないとは言いませんが、現時点で優先度は低いでしょう」
「保留」
アリシアは少し残念そうだった。
候補が減る。
それなのに、以前のように「何か一つ残さなきゃ」と焦る感じは弱かった。
次は、一定幅を超えている時間。
これは比較的測りやすい。
ただし、既存の立ち上がり時間と復帰時間、それに意図的小変動の設定時間から大部分が決まる。
「同じこと二回測ってる?」
「かなり近い情報になります」
「じゃあいらない?」
「少なくとも独立した新項目としての優先度は低いです」
「また減った」
『嬉しくなさそう』
「新しいの欲しいから」
『知ってる』
「でも減らす」
紙へ線を引く。
候補を捨てることにも、少しずつ慣れてきた。
◇
残った二つで、研究室の空気が少し変わった。
一つは、基準線からの総変位量。
もう一つは、復帰後の安定化時間。
「総変位量って?」
アリシアが尋ねる。
魔導具教師が図を描く。
「小変動が基準線からどれだけ離れ、どれくらいの時間続いたかをまとめて扱う考え方です。高さだけでも、時間だけでもなく、変化全体の量を見る」
「山の大きさ?」
「図形として見れば近いですが、実際には時間ごとの偏差を積み上げます」
「……難しい」
「計算は装置側でできます」
「意味は?」
「入力側から送り込まれた変化の総量に近い指標になる可能性があります」
アリシアの目が少し動く。
「強さが同じでも、長くずれてたら大きくなる?」
「はい」
「短くても大きく跳ねたら?」
「それも大きくなる可能性があります」
「今まで、最大の大きさだけは見てた?」
「比較項目として確認したことはありますが、総変位量は正式な固定項目にはしていません」
「これ、新しい?」
「候補としては」
アリシアは一瞬、九枚を思い出しそうになった。
どの波形が太かったか。
どれが長かったか。
反応した記録は。
無反応だった記録は。
「……見ない」
小さく言う。
「何を?」
「九枚を頭の中で比べそうになった」
「気づけたなら結構です」
「この候補は、九枚がどうだったかじゃなくて、装置の変化量として意味があるから残す?」
「そうです」
アリシアは頷いた。
次。
復帰後安定化時間。
「これは前にも少し話したやつ」
「はい」
小変動が基準値へ戻った後。
記録上、一度基準近くへ戻っても、その後に細かな揺れが残る場合がある。
これまでの「復帰時間」は、最初に基準範囲へ戻るまでを測っていた。
だが、装置内部ではその後もしばらく調整部が細かく動き、完全に落ち着くまで時間差が生じることがある。
「一回戻ったあとも、まだ装置の中では終わってない?」
「記録上の微細変動として残る場合があります」
「それ、装置の癖?」
「可能性があります。だからこそ、まず調整記録で定義できるかを見る必要があります」
「反応と関係あるとはまだ言えない」
「もちろんです」
「九枚で違ってたかも見てない」
「はい」
「じゃあ、候補にはしていい」
「その判断です」
アリシアは少し嬉しそうに紙へ印をつけた。
二つ残った。
総変位量。
復帰後安定化時間。
ただし、どちらもまだ正式項目ではない。
◇
ここで一度休憩に入った。
アリシアは椅子から立ち、肩を回した。
「疲労は?」
「三」
「明日の試験を考えて上がっていませんか?」
サーラに尋ねられ、少し考える。
「身体は三。頭は……ちょっとそわそわ」
「数字にするなら?」
「期待八くらい」
「朝は九では?」
「試験したいのは九。今ここで考えてる期待は八」
『細かい』
「違うもん」
「違いを説明できますか?」
サーラが尋ねる。
「試験したい気持ちは強い。でも、今は明日の結果を考えないようにしてるから、結果への期待は少し下がってる」
「分かりました」
アリシアは飲み物を受け取り、研究室の端へ移動した。
今日は外へ出ず、窓際の長椅子へ座る。
ノアが隣へ来る。
「二つ残った」
『そうね』
「どっちがいいと思う?」
『知らない』
「見てたじゃん」
『だからって私に決めさせないで』
「どっちが分かりやすい?」
『復帰後の方』
「やっぱり?」
『総変位量は説明が面倒』
「私もそう思った」
『でも分かりやすさだけで決めるんじゃないでしょう』
「うん」
アリシアは飲み物の表面を見る。
「明日に入れたい」
『どっちかを?』
「できれば」
『何で?』
「新しい物差しで次の一枚を見られるから」
『それ、明日じゃないと駄目?』
返事が止まる。
「……駄目じゃない」
『なら急がない方がいいんじゃない』
「ノアがまとも」
『喧嘩売ってる?』
「違う。すごくまとも」
『余計腹立つ』
アリシアは笑った。
「でも、もし今日ちゃんと決まったら入れてもいいんだよね」
『それは先生たちに聞きなさい』
「聞く」
『ただ、“明日に間に合わせるためにちゃんと決まったことにする”のはやめなさいよ』
笑いが消えた。
「……うん」
『あなたならやりそう』
「やらない」
『今はね』
「だから、やりそうになったら言ってって頼んだんでしょ」
『じゃあ今言った』
「まだやってないよ」
『予防』
「早い」
それでも、ありがたかった。
◇
休憩後は、二候補の「測れるか」を実際に試した。
まず総変位量。
装置調整記録から三枚を選び、魔導具教師と若い観測員が別々に計算する。基準線の取り方は、装置校正時にすでに使っている固定方法をそのまま採用した。
結果はほぼ一致した。
「これ、測る人で変わりにくい」
「利点ですね」
「基準線も新しく決めなくていい」
「はい」
「装置の意味もある」
「入力変化の総量という解釈はできます。ただし、どこまでが下流反応に意味を持つかは未確認です」
「それは今決めない」
「その通りです」
アリシアは少し嬉しくなる。
候補としてはかなり良い。
次に復帰後安定化時間。
こちらは難しかった。
「安定した」と判断する幅をどこに置くか。
何呼吸相当の時間、基準範囲内へ留まれば安定とするのか。
装置の通常ノイズをどこまで許容するのか。
既存の校正規則だけでは、一意に決められない。
「これ、今日決めようとしたら新しい線引きがいる」
「はい」
「九枚見ないでも決められる?」
「調整記録だけで決めることは可能だと思います。ただ、今日中に十分な検証を終えるのは難しいでしょう」
「明日には間に合わない」
「急げば形だけは作れます」
若い観測員が言う。
アリシアはその言葉に反応した。
「形だけ?」
「定義案を一つ置くことはできます。ただ、それが装置の通常変動に対して安定した測定法か確認するには、もう少し記録が必要です」
アリシアは紙を見る。
明日。
新しい試験。
できれば新しい項目も一緒に取りたい。
その気持ちはまだある。
「……急がない」
自分から言った。
「よろしいですか?」
「うん。復帰後安定化時間は保留。明日のために今日決めたことにしない」
紙へ『継続検討』と書かれる。
残るのは総変位量。
「こっちは?」
「測定方法自体は既存校正基準から一意に定義できます」
「調整記録でも測る人ほぼ同じ」
「はい」
「装置側の意味もある」
「はい」
「九枚を見て選んでない」
「はい」
「じゃあ正式項目にできる?」
魔導具教師はすぐには答えなかった。
数枚の資料を見直す。
「私としては、入力側の補助測定項目として固定可能だと考えます」
アリシアの目が明るくなる。
「明日入れられる?」
「ここで一つ確認が必要です」
「何?」
「明日の試験の問いに、この総変位量は必要ありません」
「……うん」
「したがって、これを測定することで試験手順へ新たな負荷が加わるなら、入れる理由は弱い」
「負荷ある?」
「記録自体はすでに入力波形を保存します。後から固定式で算出できますから、当日の手順追加はほぼありません」
「じゃあ?」
「補助項目として事前固定し、明日の入力記録から算出することは可能です」
「やった」
アリシアの声が少し大きくなる。
すぐに周囲を見た。
「……ごめん」
「喜ぶのは問題ありません」
学院長が笑う。
『廊下まで聞こえてないから大丈夫』
「ノア、そういう問題じゃない」
『じゃあ何の問題?』
「研究室で急に大きい声出したから」
「今日は人工刺激もありませんし、装置も停止中です」
若い観測員が言う。
「なら問題なしです」
「そういうことにする」
アリシアは少し照れながら座り直した。
◇
しかし、そこで終わりではなかった。
総変位量を正式な補助項目へ入れるなら、明日の記録だけでなく、今後の同条件記録にも同じ方法を使う。
そして、九枚へ適用する場合も計算式を変えない。
「九枚、今日見る?」
アリシアが尋ねる。
「いいえ」
「明日の前にも見ない?」
「私はその方が良いと考えます」
副学院長が答える。
「なぜ?」
「今ここで九枚へ適用し、もし反応確認群と非確認群で綺麗に差が出たら、明日の結果への期待が大きく変わるでしょう」
「……変わる」
「逆に差がなければ?」
「この項目いらないって思うかも」
「測定法を固定した直後に、その価値を既存九記録だけで判断することになります」
「じゃあ、いつ見る?」
「案は二つあります」
学院長が指を一本立てる。
「一つ。明日の新規試験を終え、その記録を固定した後に九枚へ適用する」
二本目。
「もう一つ。九枚への適用をさらに後へ回し、数件の新規記録を先に蓄積する」
「どっちがいい?」
「今日は決めなくても構いません」
「また残る」
『全部今日終わらせようとしない』
「分かってる」
アリシアは少し考えた。
「少なくとも明日の前には見ない」
「はい」
「明日の結果を見てから、総変位量の計算方法を変えない」
「はい」
「明日の入力波形は普通に全部保存する」
「はい」
「そのあと、固定した式で出す」
「その通りです」
「それでいい」
自分で言って、少し不思議だった。
九枚へ新しい物差しを当てたい。
昨日までなら、すぐに見たかったはずだ。
今も見たい。
けれど、明日の前に見ない方がいい理由が分かる。
見ないことが、情報を捨てることではない。
順番を守っているだけだ。
◇
その後、明日の入力装置再点検結果も共有された。
異常なし。
早い位置の意図的小変動を、既存安全範囲内で再現可能。
東西の計測器も予定通り使用可能。
必要な担当者も揃っている。
「じゃあ装置理由での延期は、今のところなし」
「はい。ただし当日開始前にも再点検します」
「分かってる」
「明日の授業後、通常より少し早めに研究室へ来てください」
「何分?」
「授業終了後、移動を急がなくていい時間を取ります」
「走らない?」
『走らない』
ノアが先に答えた。
「ノアに聞いてない」
『絶対走りそうだから』
「走らないよ」
「急いで来る必要はありません」
サーラも念を押す。
「到着直後の状態ではなく、少し休んでから開始前確認を行います」
「授業で疲れてたら?」
「そのまま申告してください」
「少し休んで疲労四から三になったら?」
「休息後の状態も見ますが、“三になったから必ず実施”ではありません。授業負荷や回復の仕方も含めて判断します」
「分かった」
「明日の朝から、試験のために授業を手加減しないでください」
「それ、今日考えた」
「どう考えました?」
「普通に授業受ける。その結果疲れたら、疲れたって言う」
「それでお願いします」
アリシアは頷いた。
◇
研究を終えた時、外はまだ明るかった。
日が少しずつ長くなっている。
研究棟を出ると、校舎側から部活動へ向かう生徒たちの声が聞こえてきた。廊下の窓から差す夕方の光の中を、数人が道具を抱えて走っていく。
「走ってる」
『あなたは走らないで』
「今日じゃないよ」
『明日も』
「分かってるって」
正門へ向かう途中、友人が掲示板の前にいた。
「あ」
「申し込んだ?」
アリシアが先に尋ねる。
友人は得意そうに一枚の札を見せた。
「手袋、貸し出し申し込んだ」
「覚えてた」
「ご飯のあと、アリシアが何も言わなくても思い出した」
「偉い」
「もっと褒めて」
「普通」
「厳しい」
「今日三回目くらい」
二人で笑う。
「アリシアは?」
「生活観測区画で借りられるか聞く」
「忘れない?」
「今から聞く」
「さすが係」
「だから係じゃないって」
友人と別れる。
明日の試験のことは言わなかった。
隠したわけではない。
昼に少し話した。
それで十分だった。
◇
生活観測区画へ戻ると、アリシアは本当に最初に手袋のことを職員へ尋ねた。
植物管理体験授業用だと説明すると、学院用の作業手袋を借りるより、自分の手に合う薄手のものが一組あるので、それを使って構わないと言われた。
「これ?」
「そうです。試してみますか?」
手を入れる。
少し余裕はあるが、大きすぎない。
「使いやすい」
「では洗って乾かしておきます」
「ありがとうございます」
その様子を子供が見ていた。
「何するの?」
「植物管理の体験授業」
「花?」
「花もあるかも」
「土?」
「たぶん触る」
「明日の後?」
「もっと後」
「試験終わってから?」
「予定通りならね」
子供は頷いた。
「今日、形決まった?」
「一個だけ」
「何?」
アリシアはどう説明するか考える。
「刺激の山が、全体でどれくらい大きかったかを数字にする方法」
「高い?」
「高さだけじゃなくて、長さも一緒」
子供が両手を広げた。
「こう?」
「……たぶん、そんな感じ」
『だいぶ雑ね』
「難しいんだもん」
「明日使う?」
「使う。でも試験の答えを決める数字じゃなくて、あとで見るための数字」
「九枚は?」
「まだ見ない」
「今日も?」
「うん」
「我慢した?」
アリシアは笑った。
「ちょっと」
◇
夕食後、今日は顔のない存在が共用室の窓際に座っていた。
職員がいつものように胸の光を観察している。
アリシアは数を尋ねなかった。
子供も今日は記録紙を覗き込まず、朝から集めていた枝を一本ずつ布で軽く拭いていた。
「何作るか決めた?」
アリシアが尋ねる。
「まだ」
「まだ集める?」
「もういい」
「じゃあ明日決める?」
「明日じゃなくてもいい」
「そっか」
アリシアは隣で学院の課題を開いた。
明日の試験前だからといって、課題がなくなるわけではない。
計算術の復習を二問。
結界構造の確認。
途中、ノアが紙の端へ前足を置いた。
「邪魔」
『ここ暖かい』
「紙の上じゃなくていいでしょ」
『机が冷たい』
「毛あるじゃん」
『関係ない』
「どいて」
『嫌』
アリシアは紙を引こうとする。
ノアも前足を乗せたまま動かない。
「明日のために課題終わらせたいの」
『明日のためじゃなくて今日の課題でしょう』
「そうだけど」
『なら研究を言い訳にしない』
「……どいてくれたら言い訳しない」
『仕方ないわね』
ようやく前足が退く。
「最初からどいてよ」
『お願いの仕方が悪い』
「普通に邪魔って言った」
『それお願いじゃない』
子供が隣で笑っている。
課題を終えた頃には、アリシアの頭から研究のことが少し離れていた。
◇
自室へ戻る。
机へ座り、研究用練習帳を開く。
明日。
人工刺激試験予定。
その文字を見ただけで、また心臓が少し速くなった。
まず今日決まったことを書く。
『局所形状候補の検討。九枚の反応結果記録は開かなかった。装置調整記録のみ使用。』
続ける。
『頂部滞在時間――定義根拠不足、保留。』
『立ち上がり/復帰非対称性――装置制御方式の差があり、優先度低。』
『一定幅超過時間――既存項目との重複大。』
『復帰後安定化時間――候補として意味あり。ただし安定判定の固定に追加検証が必要。継続検討。』
そして最後。
『基準線からの総変位量――既存校正基準から算出法固定可能。装置側の入力変化総量を表す補助項目候補として採用。明日の入力記録から同じ式で算出する。』
書き終えたあと、その下へ一行空けた。
『明日の前に九枚へは適用しない。』
筆を止める。
「見たい」
『何を?』
寝台へ上がったノアが尋ねる。
「九枚に総変位量入れたらどうなるか」
『見れば?』
アリシアが振り返る。
「駄目でしょ」
『分かってるか確認した』
「今日それ二回目じゃない?」
『朝とは別』
「ノア、そういう試し方好きになってない?」
『あなたが引っかかるから面白い』
「性格悪い」
『知ってる』
アリシアは練習帳へ戻る。
「明日、出るかな」
『何が?』
「三つ」
『知らない』
「全部出ないかな」
『知らない』
「一つだけ違ったら?」
『知らない』
「総変位量、大きかったら?」
『知らない』
「小さかったら?」
『知らない』
「何も知らないね」
『だから明日見るんでしょう』
「……うん」
昨日と似たやり取り。
でも、今日は少し違う。
明日は本当に予定日だ。
ただし、まだ実施は確定していない。
朝起きた自分。
学院で授業を受けた自分。
研究室へ着いて休んだ後の自分。
その時の身体と気持ち。
装置の状態。
全部を確認してから決まる。
「ノア」
『今度は何?』
「明日、私が試験したいって言っても、疲労五だったら止めてね」
『先生たちが止める』
「ノアも」
『分かった』
「恐怖五でも」
『分かった』
「私が嫌って言ったら」
『今日はなし』
「うん」
『何回確認するの』
「明日だから」
『今日決めたことが一晩で消えると思ってる?』
「私が勢いで忘れそう」
『なら私が覚えておく』
アリシアは少し笑った。
「忘れない係」
『その呼び方したらやめる』
「ごめん」
『早い』
「でも覚えてて」
『覚えてる』
短い返事だった。
それで十分だった。
アリシアは練習帳の最後へ、もう一つだけ書く。
『新しい物差しを一つ決めた。でも、明日の答えは増やさない。』
次の試験で尋ねることは変わらない。
東側奥部。
アリシアの対象感覚。
西側。
三領域の対象反応確認判定が一致するか。
総変位量は、その問いへ後から別の答えを足すためのものではない。
入力が実際にどんな変化量だったかを、これから同じ物差しで残していくための補助項目だ。
もし明日の結果を見た後で、「総変位量がこの値だから反応した」と思いたくなっても、それは次の問いにする。
明日の問いへ混ぜない。
アリシアは筆を置いた。
窓の外は静かだった。
昨日までの風はもうない。
学院の課題も終わっている。
植物管理体験用の手袋も借りられた。
今日やるべきことは終わった。
「寝る」
『今日は早いわね』
「明日あるから」
『興奮して起きてたら意味ないものね』
「昨日も言った」
『今日も言う』
「寝るってば」
灯りを消す。
暗くなった部屋で、アリシアは一度だけ自分の胸へ手を置いた。
冷たくない。
痛くない。
苦しくない。
今は大丈夫。
でも、明日も同じとは決めない。
今日の九という参加希望を、明日の自分へ押しつけない。
その代わり、明日の自分が「やりたい」と言えたなら、今度は決めた手順に従って次の一枚を迎える。
九枚は、今日も開かなかった。
その九枚に合う定規を探すのではなく、九枚を伏せたまま一つの物差しを作れた。
それだけで、明日の記録を見る準備が少し整った気がした。
答えはまだない。
だから今夜は、答えの形を先に想像しすぎない。
明日になって、試験を始められる状態なら。
その時初めて、十枚目になるかもしれない新しい紙へ向き合えばよかった。




