第187話 同じ後半でも弱かった理由を探すなら、時刻の一致とは別の線で見直す
翌朝、生活観測区画の窓には薄い朝露が残っていた。
雨の名残はもうほとんどなく、庭の土も表面だけが少し暗い程度まで乾いている。東から差し込む朝日は昨日より強く、机の上に積まれた複写や練習帳の角を淡い金色に染めていた。
アリシアは目を覚ますと、いつものように身体の状態を順番に確かめた。
昨日の人工刺激で感じた弱い冷たさは残っていない。
胸部冷感はゼロ。
震えもない。
痛みや息苦しさもなく、頭痛や腕の重さもない。身体の疲労は一程度で、寝起きとしてはかなり軽かった。
「今日は試験しないでいい」
窓辺で丸くなっていたノアが片目を開ける。
『即決』
「昨日やったから」
『次を見たい気持ちは?』
「七」
『高い』
「でも今日やりたいは三」
『前よりまとも』
「前からまとも」
『自己評価が甘い』
アリシアは枕元の練習帳を開いた。
昨日は、条件選択へ自分が関わらない形で試験を受けた。
実際に選ばれたのは後半寄り小変動。
最初の違和感は、今回も小変動開始から一呼吸以内に現れた。
これで意図的小変動条件では五回続けて、時刻の近さが残っている。
その一方で、昨日の冷感は〇・三程度と弱かった。
それまでの後半条件は〇・五前後、〇・四前後。
同じ「後半寄り」とまとめていたのに、強さは揃わなかった。
「今日見たいの、時刻じゃない」
『何?』
「弱かった方」
『昨日の?』
「うん」
アリシアは練習帳の余白へ書き足した。
刺激なし希望九。
次試験参加七。
今日実施三。
昨日の弱さを比較したい気持ち九。
時刻の一致を守りたい気持ちは六。
「また高い」
『そこ自分で言うんだ』
「だって五回だから」
『六回目で崩れたら?』
アリシアは少し黙った。
以前よりは受け止められると思う。
でも、平気だと言い切れるほど軽くもない。
「がっかり六」
『変わってない』
「でも見たい九」
『そっちも変わってない』
「それでいい」
言葉にしてみると、不思議なくらい落ち着いた。
守りたい気持ちがあることと、崩れる可能性を見ることは両立する。
最近の自分は、その二つを無理に一つへまとめなくなった。
◇
朝の子供は、木箱ではなく三枚の複写を見ていた。
昨日見つけた三つ目の候補は、別角度の写しでは一方の線が交差点へ届く前に薄くなっているように見え、最初の二か所とは違う可能性が出ている。
「今日は箱?」
アリシアが聞く。
「開けない」
「また紙?」
「うん。これ、交差じゃないかもしれないから」
「見たい気持ちは?」
「八」
「箱開けたいは?」
「三」
「怖さ?」
「二」
子供は三枚目の複写を指で押さえる。
「これ、前の接近・終端のと似てる」
「じゃあ同じ種類かも?」
「まだ分からない」
「そうだね」
『みんな同じこと言うようになったわね』
「ノアが一番言ってる」
『私は言わされてる』
子供が笑った。
木箱は今日も閉じたままだ。
開けなくても進められるところがあるなら、無理に蓋を開けない。
その判断が、もう特別なことではなくなっていた。
◇
顔のない存在は、朝から珍しく立っていた。
子供が近づくと、すぐ歩き始めるわけではなく、その場で少し身体を揺らすようにしている。
胸の光は、明るい一つと弱い二つ。
子供は先に位置を記録する。
明るい一つは中央よりやや右。
弱い二つは上下へ離れて見える。
「今は三つ」
「昨日夕方も三つだったね」
「でも明るいの一個だった?」
「昨日夕方は明るい一つと弱い二つだったね」
内訳は同じ。
ただし位置は一致しない。
「今の方が弱い一個見えやすい」
「じゃあそれだけ残そう」
顔のない存在は、そのあと一歩だけ進んで止まった。
しばらくして二歩。
さらに一歩進み、朝は合計四歩で椅子へ座った。
「朝四歩。一歩、二歩、一歩」
子供が記録する。
歩数も明暗も、意味づけはしない。
◇
朝食後、サーラと魔導具教師が生活観測区画へ来た。
今日は治療教師も設備調整担当もいない。
それだけで、人工刺激を行わない日だとほぼ分かった。
サーラも隠さなかった。
「今日は人工刺激は行いません」
「よかった」
「嫌では?」
「一」
「身体状態は?」
いつもの確認を簡単に行う。
冷感、震え、痛み、息苦しさ、頭痛、腕の重さはすべてなし。疲労一、怖さ一。
「昨日の結果を見たい気持ちは?」
「九」
「次の試験をしたい気持ち」
「七」
「今日やりたい気持ち」
「三」
「分かりました」
魔導具教師が記録の束を机へ置いた。
「今日は昨日の後半寄り条件を、それ以前の後半二回と分けて見ます」
「三回だけ?」
「最初は」
「前半はあと?」
「必要なら」
アリシアは頷いた。
全部を一度に並べるより、同じ後半寄りと呼んでいた三回を先に見る。
昨日の弱さが何と一緒に変わっていたのか。
そこだけに絞る方が、今は分かりやすい。
◇
午前の授業は、少し広い講義室での座学だった。
内容は魔術具の安全規則について。
研究とは近そうに見えて、直接関係はない。
教師は過去の失敗例をいくつか紹介しながら、「使えるから使う」と「使っていい条件が揃っている」は別だと説明した。
アリシアは少しだけノートを取る手を止めた。
聞き覚えのある考え方だった。
でも今日は、それを地下実験へそのまま結びつけず、授業として聞く。
隣には、以前一緒に焼き菓子を食べた女子生徒が座っていた。
「先生、怖い話多くない?」
「安全の授業だから」
「爆発した魔導具の話三個目だよ」
「覚えやすい」
「アリシアこういうの好きそう」
「好きじゃない」
「でも真面目に聞いてる」
「授業だから」
女子生徒が肩をすくめる。
「私は爆発する前に寝そう」
「それ一番危ない」
「起こして」
「自分で起きて」
小声のやり取りに、前の席の生徒が振り返って笑った。
アリシアも少しだけ口元を緩める。
以前なら、周囲に会話を聞かれただけで身体を固くしていた。
今は、恥ずかしさはある。
でも、それだけで逃げたいとは思わない。
授業が終わると、女子生徒が伸びをしながら言う。
「午後暇?」
「研究の比較」
「また難しいやつ?」
「たぶん」
「じゃあ終わったら廊下の自販魔導具で飲み物買おうよ」
「自販魔導具?」
「最近新しいの入ったじゃん」
「知らない」
「じゃあ決まり」
「まだ行くって言ってない」
「でも来そう」
「何で」
「最近来るから」
そう言われ、アリシアは返事に少し詰まった。
以前なら「行けたら」と曖昧にしていた。
今日は考えてから答える。
「終わったら行く」
女子生徒の顔が少し明るくなった。
「待ってる」
それだけだった。
◇
午後の解析では、後半寄り三回分の記録だけが机へ並べられた。
一回目。
二回目。
そして昨日。
まず入力側を見る。
「最大幅は?」
「大きくは外れていません」
魔導具教師が説明する。
「ただし細かな形は違います。最初の後半条件は、立ち上がり後に少し丸く膨らむ形。二回目はそれより短く、戻りもやや速い。昨日は最大幅は近いですが、立ち上がり後半で一度だけ僅かな平坦部があります」
「平坦?」
「一瞬だけ変化速度が落ちる部分です」
アリシアは波形を覗き込む。
「これ」
「はい」
「小さい」
「小さいです」
「でも違う」
「違います」
次に東側奥部の追加低下を重ねる。
一回目が最も大きい。
二回目はやや小さい。
昨日はさらに小さく、前半寄り試験の一部に近い。
「冷たさも同じ順番」
アリシアが言う。
一回目〇・五前後。
二回目〇・四前後。
昨日〇・三前後。
「そう見えます」
「じゃあ、入力の最大幅じゃなくて、東側奥部の追加低下量の方と私の冷たさが近い?」
「候補としては強くなりました」
「時刻は三回とも近い」
「はい」
「強さは東側の追加低下と一緒に変わるかもしれない」
「そう見えます」
サーラがそこで口を挟む。
「ただし、アリシアさんの冷感数値は主観です」
「分かってる」
「〇・三と〇・四の差を、装置の数値のように扱うことはできません」
「でも順番が同じなのは残せる?」
「はい」
アリシアは練習帳へ短くまとめる。
後半三回。
入力最大幅は近い。
東側奥部追加低下は大→中→小。
主観冷感も〇・五→〇・四→〇・三。
その順番だけは同じように見える。
「西側も?」
魔導具教師が次の記録を出す。
西側の弱い遅延波形も、一回目が大きめ、二回目が中間、昨日が小さい。
「三つ一緒」
アリシアの声が少し上ずる。
「東側、私、西側」
「はい」
「全部大、中、小みたいに並ぶ」
「現時点では」
「これ、すごくない?」
サーラはすぐ否定しなかった。
「興味深いです」
「先生が珍しく止めない」
「止める必要のある言い方をしていませんから」
「じゃあ言っていい?」
「何を?」
「東側が大きく動いた日は、私の冷たさも強くて、西側も大きい」
「三回の後半条件では、その並びです」
「やっぱり」
嬉しさが胸に広がる。
でも、そのまま答えへ飛びつかないように、アリシアは一度息を吐いた。
「前半も見ないとだめ」
「その通りです」
『自分で止まった』
ノアが机の下から顔を出す。
「いたの?」
『最初からいた』
「静かだった」
『たまにはね』
◇
前半二回を追加すると、並びは少し複雑になった。
前半一回目と二回目では、冷感はいずれも〇・三程度。
東側奥部の追加低下も近い範囲だが、完全には同じではない。
西側弱波形も、二回でわずかに差がある。
「前半は冷たさ同じ」
「申告上は」
「東側はちょっと違う」
「はい」
「じゃあ後半三回みたいに綺麗じゃない」
「そうですね」
アリシアは少し考える。
「私が〇・三より細かく言えてないだけかも」
「可能性はあります」
「〇・二五とか〇・三五とか無理」
「無理に細かくする必要はありません」
「じゃあ主観の分解能足りない」
若い観測員が通信越しに少し笑う。
『人間の胸に目盛りついてないですからね』
「ついてたら怖い」
『確かに』
サーラが記録を整える。
「だから、強さの関係を見るときは一回ごとの細かな数値より、強・中・弱の大まかな傾向で見る方が安全かもしれません」
「じゃあ後半三回は強、中、弱」
「そう整理できます」
「前半二回は両方弱」
「今のところは」
アリシアは少し眉を寄せた。
「じゃあ位置の影響、まだ残ってる」
「残っています」
「後半でも弱い日はある。でも前半は今のところ弱い」
「はい」
「東側追加低下が大きい前半がまだないから、位置なのか東側の大きさなのか分からない」
「その通りです」
新しい問いが出る。
前半でも東側奥部の追加低下が大きくなる日があるのか。
もしあって、そのときアリシアの冷感も強くなるなら、「前半だから弱い」説明は崩れる。
逆に、前半では追加低下自体が大きくなりにくいなら、位置か基礎出力が関係する可能性が残る。
「次の前半で大きくなるまで待つ?」
「狙って大きくするのはしません」
「分かってる」
「自然な範囲で繰り返しを見るしかありません」
「うん」
アリシアは少し笑った。
「前なら、じゃあ前半もっと強くしようって言ってたかも」
『言ってたわね』
「言ってない」
『顔が言ってた』
「顔は喋らない」
◇
次に、時刻と強さを分けて整理した。
小変動開始から最初の違和感までの時間は、五回とも一呼吸以内。
そこは比較的揃っている。
一方で冷感強度は〇・三から〇・五程度まで揺れる。
方向感覚はさらに不安定。
東側奥部の追加低下量と西側弱波形の大きさも揺れる。
「じゃあ、時刻は発生条件に近くて、強さは別のものに引っ張られてる?」
アリシアが言う。
魔導具教師は少し考えてから答えた。
「そういう見方はできます。ただし、“発生条件”と呼ぶのもまだ仮です」
「分かってる」
「小変動が起きたことで何らかの状態変化が始まり、その結果として感覚が出る。その時刻関係は比較的安定している。一方、どの程度強く感じるかは、東側奥部の変化量や別の要因に影響される可能性がある」
「別の要因って?」
「基礎出力、入力形状、その日の地下状態、アリシアさん自身の状態。まだ候補は多いです」
「いっぱい」
「減ってはいます」
その一言に、アリシアは少しだけ目を細めた。
候補が多いと聞くと、以前なら「何も分かってない」と感じていた。
今は違う。
全部が分からないわけではない。
時刻の近さは残っている。
強さは単純に位置だけでは決まらない可能性が上がった。
方向は今の主軸から外れている。
一つずつ、見なくていいものと、見続けるものが分かれてきている。
◇
解析の途中、東側奥部から自然変動の報告が入った。
人工刺激をしていない時間帯に、ごく小さな低下が一度だけあったらしい。
アリシアはその時刻を聞く。
「私、何か感じた?」
サーラが記録を見る。
「その時間は授業中です」
「何も言ってない?」
「冷感申告はありません」
「強さは?」
魔導具教師が返す。
「人工小変動時の追加低下よりかなり小さいです」
「じゃあ比較に使える?」
「参考程度です」
「小さいから感じなかった、って言える?」
「言えません」
「やっぱり」
「でも、自然な小変化があっても必ず感じるわけではない材料にはなります」
「それは残せる」
アリシアは練習帳へ記録した。
人工刺激なしの自然変動。
東側奥部にごく小さな低下。
アリシア感覚なし。
ただし強さが小さく、制御条件でもないため比較には使いにくい。
「こういうのも増えると大事?」
「はい」
「人工小変動より小さい自然変動で何も感じない記録が増えたら、強さも関係あるかもしれない」
「その可能性はあります」
「でも形も違うかもしれない」
「はい」
「……また増えた」
『嬉しそうに言うな』
ノアが呆れたように尻尾を揺らした。
◇
子供の方では、午後も木箱を開けなかった。
エルデン教師が複写を見比べ、新しい三つ目候補について整理する。
「最初の二か所とは違いそう」
子供が言う。
「今の紙だけならね」
「接近・終端の方に近い?」
「可能性はある」
「じゃあ、交差二個、接近・終端二個?」
「まだ“候補”を外さない」
「うん」
子供は紙へ二つの印を付ける。
一方は交差候補。
一方は接近・終端候補。
木箱の線刻には、少なくとも見え方の違う場所が複数ある。
でも、それが意味の違いなのか、刻み方の違いなのか、摩耗や汚れのせいなのかは分からない。
「次、どっち見る?」
「今決めなくていい」
エルデンが答える。
「今日は紙だけでここまで進んだ」
「じゃあ明日」
「明日また決めよう」
子供は素直に頷いた。
◇
夕方、顔のない存在は五歩進んだ。
二歩進み、少し止まる。
そのあと二歩、さらに一歩。
朝より一歩多いが、それだけで良し悪しは付けない。
胸の光は明るい二つと弱い二つ。
朝は明るい一つと弱い二つだったため、見えている数は一つ増えている。
「今は四つ」
「変わったところ見た?」
「見てない」
「位置は?」
子供は一つずつ描く。
明るい二つのうち一つは朝の位置に近く、もう一つは別の場所。弱い二つも、一つは朝と近いが、一つは違う。
「人工刺激なかった日でも変わる」
子供がぽつりと言う。
「うん」
「じゃあ試験だけじゃない」
「そうだね」
それ以上は結ばない。
光は今日も変動する。
人工刺激がなくても。
木箱を開けなくても。
その事実だけを残した。
◇
解析が終わったのは、夕方近くだった。
アリシアは約束を思い出し、学院の廊下へ出る。
自販魔導具は、食堂と図書室の間にある小さな休憩所へ新しく置かれていた。
女子生徒はすでにそこにいて、機械の前で腕を組んでいる。
「遅い」
「ごめん」
「何飲む?」
「分からない」
「これ甘いよ」
「甘すぎるの嫌」
「じゃあこっち」
透明な瓶の中に淡い緑色の飲み物が見える。
「何味?」
「草」
「嫌」
「冗談。柑橘」
「最初からそう言って」
女子生徒が笑いながら硬貨を入れる。
自販魔導具の内部で小さな光が走り、瓶が一本取り出し口へ落ちた。
「すごい」
「そこから?」
「見たことなかった」
「研究で変な魔導具いっぱい見てるのに」
「これは別」
アリシアも一枚硬貨を入れ、同じ飲み物を選ぶ。
瓶は少し冷たかった。
二人で窓際の長椅子へ座る。
「研究どうだった?」
女子生徒が聞いた。
アリシアは少し迷う。
全部話す必要はない。
「昨日と同じ条件だと思ってたものが、細かく見ると違ってた」
「それ困るの?」
「嬉しい」
「なんで?」
「違うところ分かったから」
「よく分かんない」
「私も前は分かんなかった」
女子生徒は飲み物を一口飲む。
「でも楽しそう」
「楽しいかも」
「じゃあよかったじゃん」
その言い方が単純で、アリシアは少し笑った。
研究の価値や危険や怖さを知らなくても、「楽しそうならよかった」と言ってくれる。
その距離がちょうどよかった。
◇
夜。
生活観測区画には、昼間より少し冷たい空気が戻っていた。
アリシアは机へ座り、今日の解析を練習帳へまとめる。
『今日は人工刺激なし。身体状態は良好。昨日の後半寄り条件を、それ以前の後半二回と比較した』
次に入力を書く。
『後半三回とも最大幅は近いが、細かな形は違う。昨日は立ち上がり後半に小さな平坦部があり、以前二回とは完全に同じではない』
東側奥部。
『追加低下は一回目が大きく、二回目が中間、昨日が小さい』
自分の感覚。
『冷感も一回目〇・五前後、二回目〇・四前後、昨日〇・三前後で、東側奥部の追加低下量と同じ順番に見える』
西側。
『遅れて出る弱い波形も、大まかには同じ順番で大きさが変わっている』
そこで筆を止める。
後半三回だけなら、東側、自分、西側が大・中・小と並んだ。
かなり綺麗だ。
でも前半二回を加えると、主観冷感は両方〇・三程度で、東側追加低下や西側波形には細かな差がある。
完全に一つの式にはならない。
『後半三回では強さの並びが似ている。ただし前半二回を入れると完全には揃わない。位置、基礎出力、入力形状、東側奥部の変化量、私の感覚の細かい言い分けの限界が混ざっている可能性がある』
ノアが机へ上がる。
『今日は大きい文字なし?』
「なし」
『珍しい』
「大きく書くほど一個じゃないから」
『成長した』
「それ褒めてる?」
『たぶん』
アリシアは最後に今日一番大切だったことを書く。
『今まで一番揃っているのは、やはり小変動と最初の違和感の時刻が近いこと。強さは別の要因に左右されている可能性がある。特に東側奥部の追加低下量との関係は、次も見る価値がある』
その下へ、自然変動のことも残す。
『人工刺激なしの時間に東側奥部でごく小さな自然低下があったが、私は何も感じていなかった。強さも形も違うため直接比較はできないが、どんな小変化でも必ず感じるわけではない可能性を考える材料にはなる』
アリシアは一度椅子の背へもたれた。
今日は五回目を増やしていない。
それでも、昨日より分かったことは多い。
同じ後半という名前の中にも違いがある。
時刻が揃うことと、強さが揃うことは別。
東側奥部の追加低下量と自分の冷感強度は、少なくとも後半三回では一緒に動いているように見える。
西側もそれに近い。
もし今後、東側だけ大きく動いて自分は弱いままの日が出れば、その並びは崩れる。
逆に、東側が小さいのに強く感じる日があれば、別の要因を探す必要がある。
どちらでもいいとはまだ言えない。
綺麗に揃ってほしい気持ちはある。
でも、違ったときに見るべき場所も少しずつ分かってきた。
『次の試験で見たいのは、同じ時刻関係が続くかだけではなく、東側奥部の追加低下量と私の冷感強度が一緒に動くかどうか。新しい強さや速度はまだ増やさなくていい』
そのあと、研究とは別の一行を書く。
『授業で友達と話し、夕方は自販魔導具で飲み物を買った。柑橘味。楽しかった七』
ノアが覗き込む。
『味まで記録するの?』
「覚えておきたい」
『研究より細かいんじゃない』
「こっちも大事」
アリシアは笑い、練習帳を閉じた。
今日、答えは増えなかった。
でも、問いが少しだけ正確になった。
六つ目が反応するかどうかだけではなく、その反応の強さは何と一緒に変わるのか。
東側奥部なのか。
入力波形なのか。
本人の状態なのか。
それとも、まだ見えていない何かなのか。
次の一枚は、その違いをまた少し分けるために使えばいい。
五回続いた時刻の近さを守るためではなく、その近さの周りで揺れているものを見極めるために。
アリシアはそう考えながら、窓の外に広がる静かな夜空を見上げた。




