第33話 拘束
《拘束》
アルカディア・東方検問所——
セルラが足を止める。
それを睨みつけるローブの三人組——。
大盾を構えて列を成すガードの包囲網。
俺たちはその後ろで、対峙する双方の様子を窺っていた。
セルラの装備は、一般的なガードの兵装とは、まるで違うもののように映っていた。
「なんかお前らの装備と、だいぶ違うよな——あれ。」
俺はその光景を見ながら、ふとユミナやミオナの装備を頭に浮かべる。
「私たちのは汎用型のLM-2 ランドソルジャーですから——
でも、セルラさんの装備《LM-3 ガーディアン》も、ベースは同じLM-2ですよ。
バイザーの表示システムや電子機器に、性能向上が施されているみたいですが——。」
「そう——なのか——?」
LM-3ガーディアン——その名の通り、女王直属の《十二戦士型TEXS》とも言うべきだろうか。
睨み合う中、隊長格のディアスが、大男のダラスに対して静かに告げる。
「——あれを出せ——。」
「りょーかい隊長。」
ダラスが再び、装備のポーチからセラフィン女王国の書類を取り出す。
そしてそれを広げると、セルラの前に大きく突き出す。
「——これだ! 我々はセラフィン女王国の正式な伝令である——!」
セルラは書類の方に少しだけ顔を向けるが、すぐにまた顔を正面へ戻す。
もちろん、バイザーを被っているため、三人のうち誰を捉えているのかは分からない。
セルラは確かに、セラフィン女王国の書類と、その女王印に目を通していた。
しかし前に立っているのは、明らかにセラフィン女王国のハチ型兵士ではない。
緑色の大鎌と鋭い眼つき、一際大柄な体格、カーキ色のローブ——。
その姿は、オオカマキリ型の武装テロ組織——《デスサイズ》に他ならない。
装甲車のエンジンがかかり、高い壁を停弾堤に、三人組を撃てる射角へと移動していく。
沈黙する中、セルラが自軍の包囲網へ向け、口を開く。
「カエラ——!」
すると、同じ装備を纏った赤髪の女性が、囲む大盾の中から歩み出る。
「ここに——。」
バイザーを上げた赤髪の女性が、セルラの少し後ろで立ち止まる。
「カエラ。引き続き、現場指揮は頼んだ——」
「了解。——で、キミは?」
《キミ》と呼ばれ、セルラは不快そうに眉をしかめる。
「仕事ができた。——三人は殺すな。身柄を捕らえ、必ず拘束しろ。」
「わかったわ——」
カエラはセルラの言葉を聞き流しながらそう言うと、突きつけられた書類に目を通す。
そして、納得したように静かに呟く。
「あぁ——、そういうことね——」
セルラは女王アルカの代理として、アルカディア・ガード全軍の指揮も、この国の代表としての判断も、すべて預かる立場にある。
その役目がある以上、セラフィン女王国の情報について、真偽を確かめる必要があった。
カエラの姿を横目に、セルラは装甲車の方へ振り返り、包囲網の外へと出ていった。
それを聞いたダラスが、言葉を発する。
「捕らえる? なら、やってみるか——。」
目の前で立ちはだかるダラスを、カエラが鋭く睨みつける。
「やる——? 何をかな。——やられるの間違いでしょう——」
「ぬかせ——!!」
カエラの挑発するような言葉が、ダラスの闘争心に火をつける。
次の瞬間、ダラスは勢いよく飛び掛かっていた。
「おい待て! ダラス——!!」
すぐさまディアスが制止するが、すでに遅い。
カエラめがけて、ダラスの大鎌が大きく振り上げられる。
その瞬間——
ズドドドドドドォォンッ!!!!
迂回していたACVの重機関銃が、凄まじい発砲音とともに朱い炎を噴射する。
三人の足元から砂塵が舞い上がり、跳弾した弾丸が甲高い音を鳴らしながら、検問所の白い壁を抉っていく。
すかさず、飛び掛かったダラスは空中で身体を回転させ、その弾幕を躱そうとする。
パシィ——ンッ!!
直後、片腕の外殻装備が弾け飛び、透明な血が辺り一帯に飛散する。
「ぐぁああ——ッ!!」
地面に転がり、横たわるダラス。
そんな様子を横目に、ディアスやレイスも、その場から距離を取る。
「哀れな——。」
カエラはバイザーを降ろしながら、ゆっくりとディアスの方へ歩み寄っていく。
「——この場で、どちらが有利かなど、見れば分かるでしょう——」
カエラの声に、包囲網を形成していたガードたちが、一斉に大盾を持ち上げ、その歩みを進めていく。
ディアスの頬に、汗が伝っていく。
「レイス——ッ!!」
「——……っ!」
名を呼ばれ、無言で構えるレイス。
その身体が瞬時に消え、カエラの頭上で大鎌を振り上げる。
身体を回転させ、アームガンと大鎌の質量を込めた渾身の斬撃——。
だが、カエラは動かない。
襲い掛かるレイスに重なったバイザー裏の照準指示を、赤い瞳が捕捉する。
そして——
……ズドォ——ンッ!!
包囲網の外側——遠い住宅街の方から大きな銃声が響き渡る。
直後、振り上げた大鎌に一発の弾丸が命中する。
「——……っ!?」
肘関節の外殻装備が弾け飛び、空中に飛び出たレイスが姿勢を崩す。
「な、何が起こったんだ——?」
後ろで待機していた俺には、何が起きたのか、さっぱり分からなかった。
「でかい弾ね——」
「距離100メートル、スナイパーですね——」
ユミナとミオナが言葉を重ねながら、そっと眉をしかめる。
俺は銃声のした街の方を見渡すが、二階建ての家屋とその屋根がいくつもあり、狙撃位置は見当もつかなかった。
レイスは大鎌を庇いながら地に足を着けると、脱力した様子で、静かに膝をつく。
カエラはそんな様子を見下ろしながら、短く命令する。
「どけろ——」
気付くと、包囲網の大盾たちは、カエラのすぐ側まで迫ってきていた。
命令通り、直近にいた二人が前へ進み出る。
レイスの両鎌を掴むと、そのまま後ろに回して捻じ伏せ、拘束用のバンドで締め上げていく。
まるでそれは、流れ作業をしていくようだった。
包囲網の一角では、膝を立てたダラスが大鎌を薙ぎ払い、取り囲んだガードたちに抵抗していた。
だが、大盾を前に、ダラスの攻撃は一切通用しなかった——。
振り下ろした瞬間、勢いを失った大鎌を押さえ込み、いとも簡単にその巨体が地面へねじ伏せられていく。
残されたのは、隊長格のディアスだけだった。
二人が取り押さえられる中、ディアスの焦りはなおも加速する。
ディアスは再び、先ほどの書類の件を持ち出す。
「……我々はただの伝令だ。書類に女王印があっただろ——?
セラフィン女王国から正式な依頼を受けている。信じてくれ——」
しかし、カエラはバイザー越しに、その姿を冷たく睨みつけていた。
「頼みごとをする態度ではない。跪け——」
これはディアスに向けられた言葉ではない。
対象を跪かせろという、周囲のガードに向けられた命令だった。
ドゴッ!!
背後にいたガードが、ディアスの膝裏を強く蹴る。
ディアスはそのまま膝から崩れ落ち、地面に片膝をつかされた。
「本当なんだ。セラフィンは今、危機に面している——。
敵の妨害で、通信は繋がらない——確認してみたらどうだ、信じてくれ——。」
なおも言葉を重ねるディアス。
カエラはゆっくりと検問所の方を見渡すと、救護チームが搬送している様子を視界に捉える。
「セラフィンの正式な伝令か——。
それが我々の検問所を襲撃し、同胞を多数負傷させた、と——?」
カエラの赤い瞳が、片膝をついたディアスを睨みつける。
三人組の処遇は、既に決まっていた。
伝令という話が真実かどうかはさておき、彼らが行った《襲撃》は紛れもない事実だった。
どんな理由があれ、アルカディアとして襲撃者を見逃すことはできない。
「——我々はただ、伝令任務として——……」
繰り返されるディアスの言葉。
だがその言葉は、かえってカエラを苛立たせるだけだった。
「連れていけ。」
短く命令するカエラ。
その途端、ガードたちがディアスを拘束し始める。
カエラが装甲車の方へ向きを変えると、ガードたちが一斉に道を開ける。
その後ろでは、拘束されたローブの三人組が並べられ、一人ひとり装甲車の中へ連行されていく。
増援と襲撃者——その全員が乗車し終わり、再び装甲車のエンジン音が、検問所一帯に響き渡る。
砂煙を立て、街の方へ消えていく黒い車両たち——。
あっという間の出来事だった。
人気のない、いつもの東方検問所の一角——。
残された交代の検問兵は、装備や武器を点検し、その配置へと徐々に就いていく。
救護チームの搬送車両は既に出発しており、ナユカを含む負傷者たちは今頃、アルカディアの病院へ到着していることだろう。
俺、ユミナ、ミオナ、サイチ、サユキの五人は、瞬く間に片付いていったその光景を前に、しばらく言葉を失っていた。
そんな中、俺は呟くように口を開く。
「んじゃあ……まぁ帰るか——」
「ですね。」
隣にいたミオナが答える。
すかさず、ユミナがそこへ割り込んでくる。
「はぁ? 何言ってるの? その前にランチよ! ラ・ン・チ!」
「あ、あぁー。そういえば何も食べてなかったな——俺たち。」
「せっかくですし、皆で食べに行きましょうか。」
ミオナの言葉に、サユキも乗り気である。
「同感だ。しかし、どこで食べるんだ——?」
「そうですね——。あ、ではまた、ホッパーモールはどうでしょう。ここからなら近いですよ。」
「おぉ——! 一度行ってみたかったんだ、ぜひお願いしたい——」
そんなやり取りを横目に、俺はふとサイチの方を見ると、何だか浮かない顔をしている。
「はぁ……。試験はまた今度だよなー、やっぱり——」
大きくため息をつき、ぐったりするサイチ。
俺はその背中を、ポンッと叩いてやる。
「元気出せって。——今度と言わず、明日行けばいいだろ?
セラフィンのことはまだ分かんないんだし。」
「そ、そうか——? まぁ、じゃあ明日行くけど——いいのか?」
「おう、行ってこい! んで、今は飯だ飯! お前も行くだろ?」
「あ、あぁ! ったりめーだろ——っ!」
いつものふぬけた表情に戻ったサイチが、ガッツポーズをキメる。
また、いつもの日常が戻ってきたのかもしれない。
先ほどの戦闘が、まるで嘘だったかのように無条件で、無作為で——
それは突如として、舞い戻ってくるのだった。
ローブの三人組は、本当にセラフィン女王国の伝令だったのか。
それとも、嘘で誤魔化し、アルカディアの国内に入り込もうとしただけなのか。
だとすれば、その目的は何だったのか。
三人組の言葉が真実なら、この件はアルカディアだけで終わる話ではないだろう——。
今は分からない。
検問所の問題は、ひとまず収まった。
依然として、セラフィンとの連絡は途絶えたままである。
俺たちはただ、その後の報告を待つしかなかった——。




