第32話 足止め
《足止め》
アルカディア・東方検問所——
ユミナとディアスが睨み合う。
張り詰めた空気の中、ユミナが口を開く。
「んじゃ、二回戦目といこうかしら——。」
ユミナが左右のブレードを構えながら言う。
サユキもまた、その隣で刀を構える。
それに応じるように、ローブの三人組は大鎌を突き出して構えた——。
「貴様らと遊んでいる暇などない——」
アルカディアの街に立つテロリストたち——。
その姿を前に、ユミナとサユキは、言いようのない不快感を覚えていた。
「土足で人ん家にずかずかと入り込んどいて、遊びたくない——? おもしろい冗談ね——ッ!!」
ユミナが踏み込み、サユキも後に続く。
それに反応するように、ダラスとレイスが前に出る。
「まだ動けたとはなァ!!」
狭い通路の時よりも一層大振りに、ダラスが大鎌を薙ぎ払う。
「森閃があんな攻撃でくたばるものか!!」
対抗して、刀を大きく後ろに回すサユキ。
腰を深く落とし、ダラスの大鎌めがけて一気に斬り上げる。
ガィンッ!!
火花が散り、再び後ろへ弾き返されるサユキの刀。
否、サユキは最初からそのつもりだった——。
弾き返された反動を利用して体を回転させ、角度を変えてもう一閃、ダラスの大鎌を斬りつける。
「ぐぬ……っ!」
思わぬ方向からの斬撃で、大きなダラスの大鎌が、横へ弾き飛ばされる。
ダラスのもう片方の大鎌は、既にサユキを捉えている。
だが、サユキはそれよりも早く、刃を返した刀を振り上げる。
紅い三連撃——。
ダラスは、顔めがけて振り上げられた最後の剣筋を見極めるが、身体を仰け反らせて躱すのがやっとである。
——速い……ッ! 身体がついてこねぇ——ッ!
ヒュンッと音を立てて通り過ぎるサユキの剣筋。
フードを微かに掠めると、ダラスの顔が露わになる。
大きな緑色の瞳、傷だらけの顔——。
幾多の戦場を切り抜けてきた、歴戦のオオカマキリ——。
その傷の多さと目の前の状況に、サユキの動きが一瞬だけ鈍る。
「やってくれたな——ッ!!」
大切なローブを切り付けられ、怒り狂うダラス。
懐まで踏み込んできたサユキへ向け、振り上げた大鎌を大きく薙ぎ払う。
即座に身をかがめたサユキは、その切断マシンが目前を通り過ぎるのを睨みつけた。
その視界に、わずかに映るユミナとレイスの姿——。
両手のブレードと両腕の大鎌が、二人の間を激しく交錯する。
大鎌を振りかざすレイス。
左のブレードでガードし、ユミナは即座に右ブレードの斬撃をかます。
だがその前に、既に畳まれたレイスの大鎌が、その行く手を阻む——。
「——防がれた——……!」
ユミナが驚いたように言う。
だが、ユミナの目線とその手捌きは、その発言とは矛盾した軌道を描いていくのだった。
大鎌をガードした左ブレード——それを握った拳を前に突き出し、レイスの顔めがけて上段突きを放つ。
「——……っ!?」
軽い衝撃だった。
しかしレイスは、やや大げさ気味に身体を仰け反り、大鎌も釣られて上へと傾いていく。
「やっぱ目がいいのね!」
オオカマキリは目が良い——。
捕食者である彼らは、自分の領域に入った獲物を目で捉え、大鎌で一気に仕留める——。
それは、虫人でも変わらない。
身体を返したユミナが、再び右ブレードを構える。
低い姿勢で構えたユミナを、レイスは仰け反りながら、かろうじて捕捉する。
だが、繰り出されたのは、またもや斬撃ではなく、素早い拳だった。
「戦いはね! 早く動けばいいってもんじゃないのよ!!」
右ブレードを握ったまま、レイスに向かってボディーブローをお見舞いする。
口角を上がらせるユミナ。
一歩、また一歩と踏み込み、連続でパンチを繰り出す——。
ブレードも大鎌も、もはや構えられる間合いではない。
レイスは不利な間合いから脱するため、バックステップを踏もうと足に力を入れる——。
その足捌きを、ユミナはずっと待っていた。
「もらったわ!」
そう言い放ったユミナは全体重を乗せ、渾身のタックルをかます。
後ろへ跳ぼうとするレイス、後ろへ突き飛ばすユミナ——。
レイスは空中でバランスを崩し、思いのほか後方へと吹き飛び、やがて砂塵を巻き上げながら身を転がしていく。
そこへ、ユミナは追撃し、両ブレードを大きく振りかざす。
「——じゃ、あの世でね!」
だが、何とか身体を起こし、砂まみれのローブを払いのけるように、レイスの大鎌が上方へ薙ぎ払われる。
ガィンッ!!
「——この姿勢で……! 往生際が悪いわね——!!」
「——……っ!!」
よく話すユミナと違い、レイスは無駄なことは一切話さない——。
二人の間に火花が散り、鍔迫り合いならぬ、ブレードと大鎌の迫り合いが続いていく——。
そんな中——
後方にいたディアスは、二の腕に巻かれた懐中時計を確認する。
「——時間が無いと言っているのに、いつまで遊んでるんだ——」
ディアスは、こんな端くれの戦闘員にダラスやレイスが苦戦するなど、思ってもみなかった。
ゆっくりと、腕に付けた銃——アームガンをユミナの方へ向けていく。
「まずは、貴様からだな——」
腕を伸ばし、銃の上に取り付けられた照準器を覗き込む。
ズドドォ——ン!!
短い銃声。
しかし、撃ったのはディアスではなかった。
後方の検問所通路——ミオナのライフルから、灰煙が噴き出していた。
その隣で、俺とサイチも、それぞれ武器を構える。
増援指揮官ナユカのライフルと、森閃組お得意の打刀。
ディアスが、俺たちの方を睨みつける——。
「まだ生きていたのか——死んでくれ——。」
俺たちの方にアームガンを向け、照準器越しの緑の眼と視線を合わせる。
すかさず、サイチが飛び込む。
「はぁ——ッ!!」
刀を強く握りしめ、ディアスめがけて一直線に向かっていく。
ディアスの視線は、自然とサイチに向けられる——。
「ユウジさん! 今です! 」
同時に、ミオナが言い放つと、俺たちはディアスの側方へ回り込んでいく。
ズドドドドドドォ——ンッ!!
アームガンが放たれ、サイチの身体から火花が噴き出る。
「へへっ。効くかよォ——!!」
サイチは余裕の笑みを浮かべ、何事もなかったかのように刀を振り下ろす。
ディアスは咄嗟に大鎌を前に突き付け、アームガンの機関部でそれを受け流す。
金属の重い衝突音が、辺りに鳴り響く。
俺はミオナと肩を並べ、サイチと迫り合うディアスへ、銃を向ける。
「今だ! やれ——ッ!」
刀をぐっと押し込むサイチが、ディアスを睨みつけながら声を張り上げる。
サイチに当てないよう、照準器の赤い点を慎重に重ね、引き金を引く——。
ズドドドォン——ッ!!
重なる二人の銃声。
朱い炎が噴き出し、視界に捉えた輪郭がぼやける。
しかし、灰煙の先に見えたのは、俺が狙ったディアスの輪郭ではなかった。
銃を付けていないもう片方の大鎌が、その輪郭を覆っていたのだ。
「続けて撃ちます——ッ!」
隣から、ミオナが叫ぶ声がする。
それに合わせ、俺も再び銃口を構える。
外殻装備に弾は通らない。
弱点の関節か、もしくは眼か、或いは他の部位か——。
そんな小さな的を狙っている余裕など、与えてくれるはずがない。
相性が悪かった。
この市街地という特性も、火力も、距離や間合いも——。
相手は近接戦の専門家。
ただ弾丸を浴びせ、少しでもサイチの手助けをする。
今、俺にできることはそれだけだ——。
アルカディア・東方検問所——
金属や外殻が火花を散らし、重い衝撃音と、銃声が響き渡る。
繰り広げられる少数と少数の戦い——。
そんな中、何両もの車両の音が、徐々にこちらへ近づいてくる。
ブォォオオオ———ン……ッ!!
低く唸るようなエンジン音。
俺は、この車両音を知っていた——。
「装甲車——ッ!?」
俺は、咄嗟に声を上げる。
《ACV》——アルカディアン・キャリービークル。
かつて、ヴァーダントラインへ向かうとき、俺たちが乗っていったものだ。
それが何両も現れ、東方検問所を完全に包囲する——。
「増援です!! 離れて——っ!!」
「お、おう——!!」
ミオナの言葉に、サイチが逃げるように俺たちの方へ走ってくる。
直後、装甲車のスピーカーから放たれた鋭い声が、検問所一帯に響き渡る。
「お前たちは完全に包囲されている!! 武器を捨て、投降しろ!!」
それを聞いたディアスが、低く呟く。
「——なんだ——……?」
黒い四輪の怪物——。
その中から、無数のガードが次々と展開していく。
バイザーで顔を覆い、ライフルと黒い大盾を持ったフル装備のガードたち——。
現れた増援部隊に、一瞬で釘付けになるローブの三人。
サユキは刀を構えながら、じりじりと後退していたが、やがてそこへユミナが走り寄ってくる。
「何してんの! いくわよ!」
「あ、あぁ——」
サユキはユミナの後を追い、そのまま装甲車のもとへ走っていく。
レイスはその光景を前に、表情ひとつ変えず、ただ目線を追って銃口を向けようとする。
「——……。」
だが、すぐそばにいたダラスが、すぐにそれを下ろさせる。
「やめておけ——あれ、くらったら俺たちでも一溜りもないぞ……。」
ダラスの視線の先にあったのは、装甲車《ACV》の上に取り付けられた、重機関銃。
その銃口は、既にこちらに向けられている——。
ディアスを中心に、一か所に集められた三人組——。
ユミナとサユキは俺たちと合流すると、包囲する増援ガードたちの後ろから、静かにその様子を眺めた。
「来んのが遅いのよ——!」
「これだけの数が来たんだ——文句ないだろ……。」
偉そうに文句を言うユミナに、思わず俺は言い返す。
その隣で、ミオナがそっと息をつく。
「そうですね——。増援、間に合ってよかったです——。」
ローブたちの足止めは、成功した。
そしてそれは同時に、俺たちの中で、死者が出なかったことを意味している。
大盾を持って包囲するガードたち——。
その後ろでは、救護チームが隊列を成し、検問所の中へ足を運んでいく。
壁内通路の中の負傷者は、きっと無事だろう——。
俺たちはよく戦った——。
増援が来るまでよく耐えた——。
俺は、手元のライフルが滑り落ちそうになるほど、力が抜けていた。
緊張した戦いがずっと続き、手に滲んだ汗に、今まで気付かなかった。
でも、増援は来た。
そう思うと、俺はつい安堵の息をつく。
装甲車のスピーカーが、再び声を響かせる。
「お前たちは、包囲されている!! 大人しく武器を捨てろ——!!」
だが、ローブたちは武器を捨てることはなかった。
「——またアリ型かよ……。あの機関銃さえ、どうにかできればなァ——」
ダラスが低く言い放つ。
「——混戦に持ち込めば、ヤツらは銃を撃てない——味方に銃が当たるからな——」
ディアスもまた、冷静にその戦略を練り始める。
レイスは無言でその様子を覗い、早く決めてくれと言わんばかりに、ディアスの方を見る。
すると——
硬直する状況の中、一人のガードが、隊列の前へ歩み出る——。
「——なんだ——?」
ダラスの声に、一斉に振り向くローブの二人。
一人のガード——。
否、ただのガードではない。
纏った外殻装備《LM》は、他のガードのものとは明らかに違う——。
「——あれ……、アゼリアさん——?」
俺は目を凝らし、過去に見たアゼリアの外殻装備だと、すぐにわかる。
そこへ、ユミナが口を挟む。
「あんた、何とぼけてるわけ——? あいつよ。あの茶髪女よ!」
「——茶髪女——? って——……」
ユミナが怨んでいる茶髪女は、一人しかいない。
俺は目を疑った。
頭部装備の下から伸びた長い茶色髪は、先端にかけて淡いオレンジを帯びていた。
俺は、その茶色髪の女性を知っている——。
ミオナが補足するように口を開く。
「——セルラさんですよ。」
「せ、セルラさん——!?」
十二戦士の一人——
アルカディア・ガード、総司令官の代理——セルラ・アルカディア。
なぜ、今ここに——。
彼女は神出鬼没だ。
それは、俺がアルカディアへ来た時もそうだった。
つまり、それだけ一大事だということなのかもしれない——。
フル装備の彼女が、ローブの三人組の前で足を止める。
その顔は見えない。
だが、ここから先は、俺たちが知っている戦いではなかった——。




