第29話 招かれざる客
《招かれざる客》
俺たちはサイチとサユキとともに、増援要請のあった東方検問所へと向かっていた。
商店街の人混みを抜け、街の大通りを歩いていく。
アルカディア・東方検問所——
検問所の前で整列するフル装備のガードたち。
その奥では、増援部隊の指揮官と東方検問兵のガードが、何やら打ち合わせをしているようだった。
「あそこですね——」
隣を歩くミオナが静かに言う。
その表情は、どこか不吉なものを見るように曇っていた。
東方検問所は、北東方面の防備を担うだけあって、一層高い壁に覆われ、堅固な防御要塞でもある——。
だが、海港に面していない部分においては、北東のそれとは少し違う。
道は広いものの、街を往来する商人やコンテナなどはなく、人気も一段と少ない。
——まるで、ドロバチのときの倉庫街を思い出すな……。
そんなことを思っていると、整列したガードたちの方へ、ゆっくりと指揮官が戻っていく——。
「注目!」
ガードたちが一斉に首を向ける。
指揮官は中央に立つと、検問兵との打ち合わせ内容を、説明していくのだった。
「現在、東方検問所前に不審な三名が滞在! もし侵入を強行するようなら、我々はその侵入を阻止する!
そのためなら武力行使も厭わない。——ではかかれ!!」
「了解!!」
声を轟かせるガードたち。
整列を解き、統率された動きで、一斉に検問所の方へ向かっていく——。
その様子に、俺はつい見入ってしまっていた。
「す、すげぇ——。っていうかこれ、結構おおごとだよな……。」
そんなことを呟く。
だが、前にいるユミナは腕を頭の後ろで組んだまま、ふてくされたように突っ立っているだけだった。
——コイツの態度はなんなんだ——。
目の前の統制された行動に比べ、ユミナの態度は真逆そのものである。
すると、そんなユミナの方を、指揮官の視線が過っていく。
それは自然と、俺たちの方にも向けられる。
「私たちも行きましょうか。」
「だな——。」
ミオナの言葉に、俺たちは現場指揮官のもとへ歩いていった。
「お前たちは——って、ミオナちゃんじゃないですか——!」
「はい。久しぶりですね、ナユカちゃん。」
指揮官は先ほどの威厳に溢れた態度から一変し、まるで友達と再会したような顔をして見せた。
ミオナもまた、先ほどの暗い表情から、にっこりとした笑顔に戻っている。
「あれ、二人とも知り合いなのか——?」
「はい。同期ですよ。武器支援科の。」
「あぁー、前に言ってたやつか。武器支援科の基礎がなんとかって——」
俺は、出会ったばかりのときの会話を、少しずつ思い出していった。
「武器支援科の基礎課程ですよ。——えっとー、ナユカちゃんは増援の指揮官なんですか?」
「えぇ、まぁ——私は飽くまで臨時なんですけど——。今回は新兵が多くて、ですね——。
序列上、私がそういうことになっちゃいましたよ——。」
「え、新兵? さっきのが——?」
俺はすかさず、聞き返す。
無駄のない動きと言い、統率された動きと言い、俺はてっきり熟練のガードかとばかり思っていた。
「新兵は現場にいち早く送られんのよ。これも経験ね——。」
ユミナが呆れたように言う。
その言葉に、ミオナは苦い思い出があるのか、さっきの微笑みは苦笑いへと変わっていた。
ナユカは続ける。
「ミオナちゃんたちも増援に——?」
ナユカが俺たちを見渡す。
武器を持っていない人間に、ふてくされたガード、甲虫系の兄妹二人——。
きっと、そんな風に思ったに違いない。
「まぁ、そんなところです。私たちも加わってもよろしいですか——?」
「はい。もちろんです。では、検問兵と一緒に——」
そう言いかけた瞬間——
ズドォ——ン……ッ!
壁の向こうで銃声が響き渡る。
俺たちの視線は一斉に、検問所の方へ釘付けとなった。
「なんだ! 何があった!」
ナユカは容相を変え、すぐ近くにいたガードがその問いに答える。
「銃声です! ローブの裏に銃を隠し持っているという情報が——!」
「なに——!?」
すかさず、ナユカが検問所の方へ走っていく。
俺たちも後を追うように、検問所の方へ向かっていったのだった——。
俺たちは増援部隊と合流し、検問所の壁に隠れた。
そして、じっくりとその様子を伺う。
東方検問所の先——。
そこには、オリーブ色のローブを羽織った三人組の姿があった。
しかし、フードを深く被っているせいで、顔を見ることはできない——。
「これじゃ武器持ってるかなんて分かんないわね——。」
「だなぁ……。ってか、あれは何の虫人なんだ——?」
ユミナの言葉に、サイチが目を凝らす。
そんなやり取りを聞いたミオナは、ふと何かに気付いたように、密かに視線を上げる。
「——デス——サイズ……。」
「え——? デスサイズ——?」
小さく呟いたその単語に、近くにいた全員が顔を振り向ける。
「おいおい、それはないだろ——あのデスサイズが——?」
「デスサイズって、あの——か——?」
兄妹揃って、驚いたような口調で言葉を重ねる。
しかし、ミオナの観察力はかなり高い。
もし違ったとしても、それと似た何かなのは間違いないだろう。
「——んで、そのデスサイズって何なんだ? やばいのか——?」
「国際テロ組織よ。」
ユミナが短く答える。
そして、その言葉を繋げるように、ミオナが続ける。
「——昔、新ソ連が旧虫国に空爆を行ったのをご存じでしょうか——。」
もちろんこの俺が、そんなことを知るわけがない。
「——その空爆で滅んだ国、ファルケースの末裔であるデスサイズの可能性が高いですね——。
彼らはテロ組織と認定され、民族的特徴を隠すためにも、あのローブを羽織っているんです——。」
「そんなことが——。って、民族的特徴って、なんだよ……?」
疑問が募る中、俺は壁越しに、そっと検問所の外を見た。
ローブの中に薄らと見える、棘で覆われた緑色の外殻——。
「あれか——?」
「はい。——あれはまさにデスサイズ——オオカマキリ型の特徴の一つ、鎌状前腕です——。」
その言葉に、俺は先日会ったコカマキリ型——ユリハのことを思い出した。
カマキリ型には手のようなものはなく、代わりに、二の腕の半分ほどのところから手先にかけて、長い鎌を備えているのだった。
「どうりで検問兵が近づけないわけだな——。」
壁から顔を出すサユキが、静かに呟く。
そんな中、ふとローブが風に吹かれ、その全容が露見する。
太くて強靭な大鎌——。
それが振り下ろされたら最期だろう。
今、目に映っているそれは、ユリハの細くて可愛らしい鎌とは、まるで訳が違う。
遠めから見ても、その禍々しい形態は明らかだった。
検問兵と三人組の睨み合いは続く——。
数分経過してもなお、銃口を向けたまま様子を窺うばかりで、一向に動く気配はない。
先頭のユミナとミオナの後ろで、俺たちは静かにその時を待つしかなかった。
「——おいおい、これじゃ船の時間に間に合わないんじゃないか——?」
サイチが独り言のように呟く。
サユキもまた、下を向き、何か考え込んでいるようだった。
「うるさいわね。静かにしてよ。任務中なんだから——。」
ユミナの注意に、サイチはもはや諦め気味である。
「ま、まぁまぁ。明日もあるしな? 船——。」
俺はサイチを宥めるように、そっと言葉をかけたのだった。
壁の外では、一際大柄のローブの一人が、ゆっくりと大鎌を上に掲げていた。
「もう一度言う! 我々はセラフィン女王国の正式な伝令である——!! 早く門を通せ——ッ!!」
検問所一帯に響き渡る大男の怒声。
「セラフィン……?」
前の状況はわからない。
ただ俺の中で、胸騒ぎが一気に強まっていくのを感じた。
「——セラフィン——やはり何かあったみたいですね——。」
ミオナもまた、キミカとのやり取りを思い出して、何かを分析し始めたようだった。
その時だった——
「時間切れだ!! あの世で後悔するんだな——!!」
再び、大男の声が響き渡る。
その瞬間——
「射撃用意——ッ!!」
検問所側も、冷酷な号令をかけていく。
検問隊長の一声で、一斉にガードが、壁からライフルを突き出す——。
「撃てぇ——ッ!!」
そして寸分迷わず、射撃号令がかかるのだった——。
ズドドドドォ——ンッ!! ドドドォ——ンッ!!
検問所と、その外から鳴り響く無数の銃声。
前で見ていたユミナとミオナが、すかさず顔を引っ込める。
「始まったわね——。」
「私たちも応戦しましょう——!」
二人が手元のライフルに弾を装填していく。
「な、何が起きて——ッ!?」
俺は前の状況も分からず、ただ壁に隠れていることしかできなかった。
後ろでは、刀の柄に手を据えた兄妹の姿。
だが銃撃の中、近接武器で飛び込むことはできない。
——完全に成す術なしって感じだな……。
今はライフルを持つ二人と、検問兵、そしてナユカ率いる増援部隊に頼るしかない。
「んじゃ、いくわよ!」
「はい!」
ユミナの言葉に合わせ、ミオナも銃口を突き出す。
人気のない東方検問所——。
鳴り響く無数の銃声だけが、その場を支配したのだった。




