中国大返しの“裏側”と、あの少女
驚いたね、どうも。
さっきの早馬――あいつは本能寺へ向かったあと、取って返して秀吉のもとへ走ったらしい。
そして秀吉は、報告を受けるや否や、即座に軍を動かす決断を下したという。
その内容を聞いた瞬間、俺は思わず耳を疑った。
「10日ほどで中国から戻るつもりらしい」
いやいやいやいや。
現代なら200kmなんて車で数時間の距離だが、この時代は馬か徒歩だぞ?
しかも、ただの移動じゃない。
戦を終えた直後の軍勢が、疲労困憊のまま“全速力で”京都へ戻るというのだ。
常識的に考えれば無茶だ。
だが、秀吉はそれをやってのけた。
いや、正確には――
秀吉の周りにいる“頭のキレる連中”が、それを可能にした。
歩兵1万5千は、いくつかの部隊に分けて前もって移動を開始。
騎馬3千は先行して道を確保し、補給地点を整える。
本体5千の騎馬隊は、途中の村々に用意させた“替え馬”を乗り継ぎ、休む間もなく走り続ける。
まるで、現代の駅伝のようなリレー方式だ。
(……これ、歴史書で読むより遥かにヤバいな)
俺は思わず苦笑した。
秀吉の“電光石火の判断”は確かにすごい。
だが、その裏には、情報を操り、兵を動かし、補給を整える――
名もなき人々の知恵と努力があった。
その中に、さっきの“間者の男”もいたのだろう。
(本能寺の黒幕は徳川……と思ってたけど、これ、秀吉の線も濃くね?いや、まだ断定はできんか……)
そんなことを考えながら、俺たちは山道を進んでいた。
すると――
途中の村で、ふと視界の端に“見覚えのある少女”が映った。
年の頃は十六、七。
浅葱色の着物に、黒髪を後ろでまとめた素朴な姿。
だが、その顔を見た瞬間、俺の心臓が跳ねた。
(……あれ?)
少女は、俺を見るなり、目を大きく見開いた。
驚き、戸惑い、そして――どこか懐かしむような表情。
だが、俺が声をかける前に、少女は母親らしき女性に呼ばれ、足早に去っていった。
残された俺は、しばらくその場に立ち尽くした。
(……どこで見た?いや、俺がここにいるのは今日だけだ。そんなはずない。他人の空似……だよな?)
そう思おうとした。
だが、胸の奥にひっかかりが残る。
(でも……なんであの子、俺の顔を見て驚いてたんだ?)
その疑問は、まるで小さな棘のように、俺の心に刺さったままだった。
その後も俺たちは歩き続けた。
山道は険しく、足場も悪い。
その頃…
明智勢は黙々と本能寺へと進んでいた。
誰もが、これから起こる“何か”を予感するかのようにして…。
やがて日が暮れ、俺たちは野宿することになった。
焚き火の明かりが揺れ、兵たちの影が地面に伸びる。
虫の声が響き、夜風が肌を撫でる。
俺は火のそばに腰を下ろし、ぼんやりと炎を見つめた。
(ここで眠れば……きっと夢から覚める。俺の出番はここまでだな)
そう思い、目を閉じた。
だが――
その時の俺はまだ知らなかった。
この夜、俺は“夢から覚めない”という異常事態に巻き込まれることを。
そして、あの少女との再会が、後にとんでもない意味を持つことを。




