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第二十七章 光の中で名を呼ぶ


正式な発表の日、空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。


城門の外には早くから人々が集まり、広場を満たすざわめきが春の風に乗って高く舞い上がる。


花売りの籠からこぼれる色とりどりの花弁が石畳に散り、祝祭の気配と緊張が入り混じった空気が城全体を包んでいた。


大広間へ続く長い回廊を、アリアはゆっくりと歩いていた。


白を基調とした衣は重すぎず、それでも光を受けるたび柔らかく輝く。


裾が床をなぞる音がやけに鮮明で、一歩ごとに自分の鼓動が内側で重なるのが分かる。


逃げないと決めた日の静かな誓いが、今、形を持とうとしている。


扉の前で足を止めると、内側から重臣の声が聞こえる。


王の声はまだ響いていない。


けれど、そこに立っていると分かるだけで、不思議と胸の震えが整っていく。


やがて扉が開かれ、光が溢れた。


玉座の前に立つルーカスは、いつもよりも静かな威厳を纏っていた。


王冠の下の瞳は澄み、揺らぎはない。


その視線が扉口に立つアリアを捉えた瞬間、ほんのわずかに柔らぐ。


それだけで、足が前へ出る。


大広間を満たす人々の視線が一斉に向けられる。


好奇も、疑念も、期待も、すべて混ざった光が肌に触れる。


それでも、視線の先にいるのはただ一人だと知っている。


彼の前まで歩み寄ると、ルーカスは一段下りてきた。


王が自ら段を下りるその動きに、場が静まり返る。


「本日、ここに告げる」


低く、よく通る声が広間に広がる。


「我が隣に立つ者、アリア・エレフィーノを正式に王妃として迎える」


ざわめきが起こる。


けれど彼は続ける。


「血統でも、利でもない。俺が共に歩むと決めた者だ」


その言葉は強くはないのに、揺るぎがない。


アリアの胸に、温かなものが満ちていく。


あの日、窓辺で交わした言葉がそのまま形になっている。


ルーカスが手を差し出す。


今度は人目を憚らず、堂々と。


一瞬だけ息を吸い、アリアはその手を取る。


指が絡んだ瞬間、広間のざわめきが遠のく。


温もりが伝わり、緊張の糸がゆっくりとほどける。


「共に、国を守り、民を慈しむことを誓うか」


形式の問いでありながら、彼の瞳は個人的な答えを求めている。


「誓います」


声は静かで、けれど震えない。


その響きが天井へと昇り、広間に満ちる。


重臣が深く頭を下げ、やがて拍手が広がる。


最初は控えめに、次第に力強く。


疑念は消えていないかもしれない。


それでも今この瞬間、祝福の音が二人を包んでいる。


ルーカスが彼女の手を引き、並び立つ。


「我が妃、アリア」


名を呼ばれた瞬間、胸の奥で何かが静かに定まる。


肩書きではなく、彼の声で呼ばれるその名が、何よりも確かな証だった。


広間を見渡すと、城下の人々の顔が見える。


期待と不安が混ざったまなざしの中に、微笑む子どもの姿があった。


その小さな手が振られるのを見て、アリアは自然と微笑み返す。


その様子を横目で見たルーカスの口元が、わずかに緩む。


儀式が終わり、人々が散り始めた頃、彼はそっと囁く。


「震えているか」


「少しだけ」


正直に答えると、彼の指が優しく力を込める。


「俺もだ」


その一言に、思わず笑みが零れる。


王も、妃も、肩書きは重い。


だがその下にいる二人は、変わらない。


広間を後にし、回廊に出ると、春の光が二人を包む。


外では花びらが舞い、城門の向こうから歓声が上がる。


ルーカスが歩みを止め、誰もいないことを確かめるように周囲を見渡したあと、彼女の額にそっと口づける。


公の場では許されない、ささやかな甘さ。


「これで、正式だ」


低い声が耳元に落ちる。


「逃げ道はないぞ」


からかう響きに、アリアは目を細める。


「最初からありません」


絡めた指がほどけないまま、二人は再び歩き出す。


祝福も、不安も、すべてを抱えながら、それでも並んで進む。


その歩幅が自然に揃っていることに気づき、アリアは小さく息を吐く。


揺らぎを越え、光の中で名を呼ばれた。


その事実が胸に温かく沈み、これから先の長い道のりさえ、どこか愛おしく感じられた。




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