04_偽りの礼拝集会
歓迎という名目の居心地の悪い晩餐を終えた次の日から、義姉はことあるごとにわたしを呼び寄せるようになった。
「いいこと、ステア。たとえ義理の姉妹だとしても、わたくしはあなたのことをとても大切に思っているわ」
「わたくしたちは、ふたりだけの姉妹ですもの。お互い助け合って生きていかなければいけないわ、そう思わなくて?」
「ステア、あなたもこのウィルクス伯爵家の一員として恥ずかしくないよう、精いっぱい努めなくてはいけないわ。あなたが粗相をすると、お父さまにご迷惑がかかるのよ。だからお母さまや義姉であるわたくしの言うことをよく聞いておきなさい」
さらに義姉は、家族のために自分を犠牲にすることがどれほど尊いのかを聖書の中にある一節なども引き合いに出しながら、さまざまなことをわたしに言い聞かせた。
そのたびに、わたしは義姉を崇拝するような眼差しで、熱心に耳を傾け続けた。
「ありがとうございます、お義姉さま。わたしもお義姉さまをとても大切に思っています」
「ええ、お義姉さま。わたしでもお義姉さまのお役に立てるのなら、こんなにうれしいことはありません」
「はい、お義姉さま。何も知らないわたしにこんなによくしていただいて、本当にありがとうございます。わたし、精いっぱいがんばります」
義姉を満足させるために、わたしはうんざりするくらいの媚びと賛辞の言葉を吐いた。
***
そうして伯爵家にわたしが連れてこられてから半月ほどが経った頃、ある程度わたしが自分たちの思いどおりになると踏んだのだろう、予期していたとおり礼拝集会に行くと言って教会に連れ出された。
揺られる馬車の中、目の前には義姉、その横には義母が座っている。
「……あの、これから向かう教会というのは、わたしが暮らしていた村にあるあの教会でしょうか?」
わたしは何も知らないふりをして尋ねる。
「ええ、そうよ。馴染みのある司祭さまがいらっしゃる教会のほうがいいでしょう」
わたしは、感謝を伝えるように微笑み、
「ご配慮ありがとうございます、お義姉さま」
うわべだけのお礼を述べた。
そのあと長い道のりを馬車が進み、ようやく教会へと到着する。
礼拝堂の中に入ると、礼拝集会と言っていたわりに、わたしたち以外の人の姿は見当たらなかった。
「ほかの人はこれからいらっしゃるんでしょうか?」
わたしはあたりを見回しながら、それとなく義姉に尋ねる。
義姉はさもわたしを心配するそぶりを見せて、
「特別にわたくしたちだけで行えるよう、司祭さまが取り計らってくださったのよ。あなたも慣れないうちから、大勢の人と一緒にいるのは大変でしょう? 余計な負担をかけたくなかったの」
「そうだったんですね!」
わたしは、義姉の配慮に感動する義妹を演じる。
そのとき、
「──ステアや、元気そうだね?」
わたしと父を引き合わせた、あの司祭が姿を現す。
「司祭さま、お久しぶりです。その節は大変お世話になりました。このとおり大変よくしていただいています、本当にありがたいことです」
そう言いながらわたしはあいさつを交わすが、感謝などみじんも感じていない。
「そうかい、それはよかった、安心したよ。さあ、こちらへ。ウィルクス伯爵家は特別だからね、普段は閉じている地下の祭壇で行うのだよ」
そう言って、礼拝堂の奥へとわたしを促す。
「ステア、わたくしたちはここで待っているわ」
義姉が軽く手を振る。
「え、一緒ではないのですか?」
わたしは驚いた表情で尋ねる。
義姉はひどく残念そうに、
「ええ、あなただけ特別に行う儀式なの。わたくしたちはそこへは入れないわ。でも大丈夫よ、すべて司祭さまにお任せしてあるから、言うとおりにすれば問題ないわ」
すると、司祭が急かすように、わたしの背中を押す。
「さあ、ステア、こちらへ」
礼拝堂の奥には、地下へと続く階段があった。
ロウソクの灯りを頼りに連れていかれた先は、わたしが最期を迎えたあの場所だった。
覚悟はしていたが、過去の記憶がありありとよみがえり、思わず足元がふらつく。
祭壇を模した長方形の石の前には、白いローブを身にまとった男がひとり。男の影が壁際に灯されたロウソクの炎でゆらりと不気味に揺れる。
(大丈夫──)
わたしはぐっと拳を握りしめる。
(取り出される魔力の量は、自分の意思で制御できるはず──)
それに、もし今日うまく制御できなかったとしても、すべての魔力は一度で取り出すことはできないため、致命傷にはならないはずだった。
「ステアや、ここに膝をついて屈んでおくれ。これから行う儀式は特別なものだ。途中で声をあげたりせず、ただ祈りを捧げることだけに集中しなさい、いいね?」
司祭は、部屋の中央あたり、石の床の一点を指差す。
わたしは小さく頷き、黙ってそれに従う。
膝をついて屈み、両手を組み合わせ、いかにも祭壇に向かって礼拝する姿勢をとる。
白いローブの男はわたしに近づくと、ローブの袖の下に隠し持っていた赤い小さな石をわたしから見えない位置に置く。
男が用心深くささやくように呪文を唱えると、石の床に赤く発光する魔法陣が浮かび上がる。
「う……ッ」
激痛が走り、わたしは思わず胸を押さえる。
「ステアや、いい子だ、そのままでいるんだよ」
背後にいる司祭が慈悲を与えるような声音で、わたしに指示する。
過去、最初に魔力を取り出されたとき、わたしはわけもわからず襲われる苦痛に泣き叫んだ。
そのときも、司祭はわたしに言い聞かせるように同じ言葉を言った。
そして、苦痛を感じるのは伯爵家への献身が足りないからだとわたしを強く非難した。
強制的に魔力が取り出される苦痛と吐き気を必死で堪えながら、わたしは意識を心臓に集中させ、出ていく魔力の流れが少なくなるさまを思い浮かべる。
すると、川の流れがゆるやかになるように徐々に落ち着いてくる。
(……うん、大丈夫。できそう──)
魔力の量が抑えられていくのを感じる。
どうやら、わたしの仮説は間違っていなかったようだ。
そうして、取り出される魔力の量を最小限まで抑え込む。
しばらくして、赤く発光していた石の床は、ただの無機質な床に戻る。
「どうだ?」
司祭はローブの男に近づき、確認する。
「まあ、思っていたよりも少ないですが、最初ですし、こんなものでしょう。それでも、一般的な量よりは多いので期待はできますね」
ローブの男は、ほのかに光る赤い石を取り上げ、確認するように覗き込みながら淡々と答える。
わたしはぐったりと横たわる演技をしながら、ふたりの会話に耳を澄ませる。
その後、わたしは司祭に支えられながら地上の礼拝堂へと戻り、そのまま馬車へと押し込まれ、帰路についた。
帰りの馬車の中では、義母と義姉はわたしに意識がないと信じ込んでいるのか、嬉々としてベラベラとしゃべっていた。
「どうやらうまくいったみたいね」
「ええ、お母さま。あとはこのまま、こうして定期的に教会に通わせれば問題ないわ」
「いい加減、この娘から『お義母さま』と呼ばれるのにも我慢の限界がきていたの。頃合いを見て、卑しい娘にふさわしい立場をわからせてやらなければいけないわね」
「ふふ、もう少しの辛抱ですわ、お母さま」
ふたりの会話を聞くだけで、うんざりする。
(こんな人たちに、いいように扱われていたなんて……)
湧き上がる怒りを堪えるように、わたしは唇を噛みしめた。
ようやく屋敷まで戻ってきた頃には、すでに日が暮れていた。
義姉と義母はわたしを男性使用人のひとりに任せると、さっさと屋敷の中へと入って行った。
わたしは歩くのもやっとというふうを装いながら、使用人に肩を貸してもらい、あてがわれている客間へと向かう。
部屋の中に入ると、ベッドに倒れ込む。
使用人が出て行ったあとで、
「ニャー」
エバンがするりとやって来る。
「ただいま、エバン。今日も来てくれたのね。それにしても、お前、いったいどこからいつも部屋に入って来ているの?」
わたしは上半身を起こし、エバンに手を伸ばす。
部屋のドアや窓はたしかに閉まっているのに、気づけばエバンが部屋の中にいるのだ。
抜け穴でもあるのかと部屋の中をくまなく確認してみたが、それらしいものは見つからなかった。
普通なら原因を見つけないと不安になるものだが、いまではエバンがそばにいるのが当たり前で、かけがえのない存在になっているため、もうそういうものだと受け入れるようになった。
エバンは金色の瞳で、じっとわたしを見つめる。
「……そうね、今日はちょっと疲れたけど、あのときほどつらくはないわ。この感じなら、なんとかうまくごまかせそうよ」
わたしは、今日もエバンに話しかける。
この屋敷で唯一、何も気にせず思ったままを打ち明けられることで、どれだけ救われているか。
「今度はあなたがいるもの、きっと大丈夫……」
エバンの背中をなでたあとで、顔を寄せて、いつものようにエバンの額にキスを落とす。
「おやすみなさい……」
そのままわたしは深い眠りに落ちていった。
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