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02_死に戻り(1)

(……どういう、こと? わたし死んだはずじゃ……)


 次に目が覚めたとき、わたしは教会から少し外れたところにある共同墓地の荒れた地面に座り込んでいた。


 目の前には、母の名が刻まれた暗灰色の板石の墓標。


 墓標の上には、近くの野で摘んだと思われるスノードロップが数本供えられている。


 見覚えのある光景だった。


(なんで……?)


 理解が追いつかず、頭がひどく混乱する。夢でも見ていたのだろうか。


 ふいに足元にある水たまりが目に入り、覗き込む。


 くすんだ銀髪に、深みのある赤にブラウンが混ざったチェリーブラウンの瞳。


 黄金色の髪に青い瞳だった大好きな母とは似ても似つかない容姿は、昔から好きになれなかった。


 幼い頃は、なぜ母と違うのかとしきりに尋ねては、母を困らせた。そして、村の大人たちがわたしたち母娘のことを噂しているのを耳にして以来、尋ねることは止めた。 


 いやというほど見慣れた自分の顔だったが、ほんのわずかに違和感を覚え、頬に手を当てる。


 最後に見た自分の顔はろくな食事も与えられず、魔力を失いすぎた影響のせいで、病人のように青白く頬がこけ、目は落ち窪んでいた。


 しかし、水たまりに映る顔は、十分な栄養がとれているとはいえないまでも、そこまでひどくはなかった。


 そこで、ふと気づく。


 わたしは地面に座り込んだ状態のまま、両手のひらを掲げ、じっと見つめる。


(……魔力が、ある)


 すべて奪い尽くされたはずの魔力が、自分の体の中を満たしているのを感じる。


「……たかが、こんなもののために」


 思わず、言葉が漏れる。


 魔力は命の根源そのものだ。しかしそれがあるからといって、大昔の魔術師たちのように魔力を使って、風や火、水、土の四元素(テスティヒア)の魔術を自由に操れるわけではない。


 いまとなっては、四元素の魔術を操れるとすれば魔塔に所属する上位の魔術師くらいだといわれているが、本当のところは誰も知らない。


 なぜなら、その魔塔ですら実在するのかもわからないほど、大きな謎に包まれているからだ。


 それでも貴族の間で魔力の量が重要視されるのは、魔力が多ければ多いほど、一般的に知能や身体能力が高く、長寿命だという特徴があるためだった。 


 そのとき、


 カーン──、カーン──。


 教会の鐘の音が鳴り響き、わたしはびくりと肩を震わせる。


 近くの木にとまっていたカラスがけたたましく鳴き、冷たい北風が勢いよく通りすぎる。


(──同じ、だわ)


 なぜだか、わたしはそう思った。


 いいしれない不安が押し寄せる。心臓が早鐘を打つ。


 ふいに、背後に忍び寄る人の気配を感じて、はっと後ろを振り返る。


「──ステアや、ここにいたのかい」


 そこには、村の教会を管理する馴染みの司祭が立っていた。


 白いローブと白い聖職服に身を包む初老の司祭は、敬虔さを漂わせる柔和な微笑みを浮かべている。


 これまでなんの警戒心もいだくことなく親しみを感じてきた笑みだが、脳裏に浮かぶ光景のせいで否応のない恐怖を覚える。


 司祭は、そんなわたしの態度に違和感を覚えたのか、


「どうしたんだね、ステア? 顔色が悪いが……」


 と言って、こちらに歩み寄り、手を伸ばそうとする。


 それを避けるように、わたしは急いで立ち上がる。


「な、なんでもありません、司祭さま。少し冷たい風に当たり過ぎたようです」


 司祭はいぶかしむ様子を見せたが、すぐに眉尻を下げるといたましそうに、


「……そうか、風邪を引かないように気をつけなさい。メリンダは急なことで、本当に残念だ……」


 わたしは大きく目を見開く。


「いま、なんて……?」


 メリンダは、わたしの母の名だ。墓標にもそう刻まれている。


 しかし、そのあとの言葉が引っかかった。


 司祭は、ますます不憫そうな瞳をわたしに向け、


「ああ、ステア、悲しいのはよくわかるよ。メリンダが亡くなってまだ数日しか経っていないからね。受け入れるのは、まだ時間がかかるだろう」


 わたしは、再び地面にへたり込みそうになる。


(母が亡くなって、まだ数日しか経っていない……? まさか、そんなはず……)


 めまいを覚える。


 たしかに、わたしの母のメリンダが風邪をこじらせ、治療する間もなく、この世を去ってしまったのは本当だ。


 悲しみに暮れるわたしは、母が亡くなってから毎日、この時期に近くの野で咲くスノードロップを摘んで墓標に供えていた。


 ──しかし、それはもう()()()()のことだ。


 にもかかわらず、司祭はつい数日前に亡くなったと言った。


 そして、その司祭からかけられた言葉は、一年前、母の墓標の前で悲しみに暮れる十五歳だったわたしがかけられた言葉とまったく同じだった。


(なんで……、どうして……?)


 すでに経験したことがあるように感じてしまう自分の記憶がおかしいのか、それとも、目の前であり得ない状況が起こっているのか。


 わたしはわけがわからず、混乱する。


 しかし、体にありありと残るあの魔力が失われる激痛と吐き気、冷たい石の床の感触。そして、義姉や義母から受けた暴言や暴力の数々。それらが夢だったとは到底思えない。


(過去に……、一年前に、戻った……? そんなまさか……)



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