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VAMPIRE KILLING  作者: 冷麺
第Ⅰ章『吸血鬼討伐篇』
14/27

11:【The Sword】-前編

 葉月と舞が分かれてから少し経った後――。

 祓間(はらいま)市の【月鬼隊(げっきたい)】基地――通称【(ネスト)】にて。

 一人の隊員が支部長室へとやって来た。


「第二部隊隊長・雨昊蒼馬(あまそらそうま)入りまーす」


 その隊員とは、かつて舞の自宅で彼女と彼女の父を襲った【吸血鬼(ヴァンパイア)】、『黒仮面(くろかめん)』を、当時の第二部隊副隊長・夜嶋御影(やじまみかげ)と共に追いかけてきた【血鬼祓(バルトツィスト)】の隊長であった。

 彼は、隊服である黒色の【黒鬼(オーガ)】の下には英語のロゴがデザインされた黒色のシャツに、ダメージジーンズとかなり軽い服装をしていた。


「ご苦労。報告書を頂こうか?」


 蒼馬が支部長室に入れば、中に座る支部長・血業和広(ちぎょうかずひろ)がゆっくりと彼の方を見て、報告書の提出を促す。


「分かってますよ、はい、これです」


 蒼馬は多少面倒臭そうに答えると、脇に抱えていた書類を挟んだクリアファイルを血業に手渡した。彼はそのファイルを手に取ると、中身を取り出しパラパラと書類に目を通す。


「『隔野百合亜(かくのゆりあ)』……推定ランク三か。副隊長二人で立ち向かって勝てるとはなかなかじゃないか」


 【血鬼祓国際機関】によって、吸血鬼の強さはランクによって分けられている。

 ランク一……吸血事件をさほど起こさず、血鬼祓に対して攻撃的ではなく血能も発現していない吸血鬼。

 ランク二……吸血事件を起こすが、血鬼祓に対しては攻撃的ではない。が、血能を発現させている吸血鬼。

 ランク三……吸血事件を起こし、血鬼祓に対しても攻撃的、血能による戦闘を行ってくる吸血鬼。討伐は並みの隊員では敵わず、副隊長格でも苦しい。

 ランク四……吸血事件を頻発、血鬼祓に対して攻撃的、血能による戦闘も強力である吸血鬼。討伐は、副隊長格ではかなり苦しく、隊長格で敵う。

 ランク五……戦闘力・血能の能力が遥かに高く、無差別的に人類・血鬼祓を襲う吸血鬼。隊長格でも討伐が苦しいことがあり、複数人で対処に当たらなければならない。

 ランクEX……主に『真祖十三血鬼』の吸血鬼がここに含まれる。

 この様に吸血鬼をランク分けすることによって、そのランクに応じて適当な血鬼祓を討伐に当たらせるため、死傷者を抑えていた。


「そっすか? 俺が副隊長の頃にはランク四くらい一人で倒せてましたけどね」

「そうだな。それは別にいいとして」


 蒼馬の自慢話を血業はスルーする。


「遺留品は『赤い宝石のネックレス』だけか……」

「朝霧が血能で跡形もなく吹き飛ばしちゃったらしいから殆ど残ってなかったんですよ。だからランクも朝霧と星詠の報告から考えて付けてるから『推定』なんです。いやあ、流石だね、やっぱり斬鳴(きりなり)隊長の――。おっと、スイマセン」

「……気にするな。彼女が奴の娘であろうと、あの子の姉だろうと、我々は朝霧舞を制御して、二度と過ちを繰り返さない様にするだけだ。だから本来は単独で行うものだった鬼狩町への派遣も君のところの副隊長を同伴させた」

「アイツの姉だからって、ここまでする必要がありますかね? 見た所朝霧とアイツ、似てるのは外見くらいですし?」

「万が一のためだ。もし朝霧舞が彼女のようになればさらにこの東京支部の世界における信頼が失墜する。国内における一番の戦力を持つ我々がしっかりとしなければならない」

「流石血業家……俺とは考えも何もかもしっかりしてますわ」


 蒼馬はへらへらと笑った。


「……まあ、ほとんどは『組織』の意向もあるんだがな……。もういい、この話はやめよう。それで、『天外(あまがい)墓地』にいたという吸血鬼は?」

「数時間前に『檻』の方へ。戦闘の時に大分疲労したから運び込むのが楽だったって善人が言ってましたわ」


 血業は書類をペラペラとめくる。


「ヘレナ=ワールシュタット……あのワールシュタット家の生き残りか……」

「支部長、知ってんすか?」

「ああ。シュヴァルツヴァルト本部での大討伐作戦……世界中で話題だったよ。血筋は全員殺されたと聞いていたが、まさか娘が生き残っていたとは。そうだ、剣沢宗司(けんざわそうじ)の行方はどうなってる?」

「今、結我(ゆいが)透田(とうだ)の二人が調査に行ってますけど、まだ見つからんようです」

「そうか……これ以上被害が及ぶ前に何とかしたいものだが」

「案外、すでに都外に出て行ってたりしませんかね?」

「さあな。そもそも――」


 血業が言い切る前に、支部長室内に女性オペレーターの声が鳴り響いた。


『支部長、支部長!!』


 それを聞くと、彼は机の上にあるマイクのスイッチを押し、女性オペレーターの問いかけに答える。


「どうした、何かあったか」

『先ほどから大型の【Ce粒子】の反応を確認! 地点は鬼狩町北部、推定ランクは五です!」

「推定ランク五だと……!?」

「ってことはまさか剣沢宗司ってことですかね?」

「わからん。今まで尻尾の一つ見せなかった奴がここでいきなりそんなヘマをするとは思えんが……」

『お手数ですが、今すぐオペレーター室に! 指示をお願いします!!』


 女性オペレーターがそういえば、彼は書類を机の上に無造作に置き、椅子に掛けてあった上着を羽織り、マイクに向かって「直ぐ行く」と言う。


「今日、非番じゃなかったよな、雨昊(あまぞら)

「ええ、まあ。強いて言うなら一本タバコ吸って落ち着きたいってとこですかね」

「残念ながらそれはキャンセルだ。とりあえず、お前もオペレーター室に来い」

 

 それを聞くと、蒼馬は軽く頷きながら「へいへい、支部長のご指示とあらば」と答えた。二人は早足で支部長室を出ると、丁度その階に止まっていたエレベーターに乗り込んだ。

 オペレーター室は月鬼隊のビルの二十五階に位置し、血業はその階のボタンを押した。エレベーターはドアが閉まれば直ぐに降下を始めた。


「にしても推定ランク五のCe粒子反応なんて久しぶりっすね」

「本来ならば出てほしくない反応だがな。血能を持っているってだけで厄介なのに、多くのCe粒子を持ってるなら更に面倒だ」


 血業は大きくため息をつく。蒼馬はそんな様子の血業を見て懐から煙草の箱を取り出すと、彼にそれを剥ける。


「どうです、一本」

「いや、いい。業務時間中だ」

「さすが血業の血筋。しっかりしてますねえ」


 そういって蒼馬はタバコの箱を仕舞うと、少し感心したように言った。数十秒後、エレベーターはオペレーター室のある二十五階に到着した。ドアが開くと、そこには大型の映画館のシアターほどありそうな液晶画面があり、その前には五段ほどの段差と、オペレーター達が作業を行う大学の講義室に在る様なデスクがあった。

 液晶画面の右端には、月鬼隊の隊長・副隊長の苗字が縦に並び、横には○と×のマークが付けられている。おそらく今日非番か非番でないかを表しているのだろう。

 真ん中には、Ce粒子の反応を確認した鬼狩町の地図が表示され、左端は三段に表示されているものがわかれ、上から東京都の地図、日本地図、世界地図と表示されている。


「反応はどうなった」


 血業はエレベーターから降り、突然のCe粒子の高い反応にざわめくオペレーター達に尋ねる。一人の男性オペレーターがデスクのパソコンを捜査した後、血業の問いかけに答える。


「数秒前に跡形もなく反応消失しました」

「もう消えたのか?」

「はい」

「今すぐその場所に誰かを調査に向かわせよう。今日非番の隊長は?」


 血業がそういうと、オペレーターは液晶の右端を見る。


「第一部隊は遠征中、星詠副隊長、第三部隊隊長・副隊長、雪前隊長、朝霧副隊長候補が本日非番。第五部隊の結我隊長・透田副隊長は剣沢宗司の捜索中です」

「よし、今すぐ結我と透田を向かわせろ。あの反応は剣沢宗司の可能性もある」

「分かりました。直ぐにお二人に繋ぎます」


 男性オペレーターがパソコンのキーボードを打つと、中央の大型の液晶に、『結我:オンライン』『透田:オンライン』と表示された。


『もしもし、こちら結我っス』

『こちら透田です』


 二人の女性の声がオペレーター室に響く。血業は男性オペレーターからマイクを受け取り、二人に話しかける。


「いきなりすまない、血業だ」

『うわ、支部長っスか! 本当いきなりっスね!』

鏡花(きょうか)さん、その言い方は失礼ですよ。それで、支部長様が突然何用で? もしかして、わたくしたちより先に他のお方が対象を発見したのでしょうか?』


 結我の話し方が運動部系のハツラツとした喋り方なのに対して、透田はとてもおっとりとした、落ち着いた喋り方だった。


「いや、違うがそれに近いかもしれない。ちなみに今君たちはどこにいる?」

『ええとここは……どこっスかね、灰音(はいね)ちゃん!』

『自分達の居るところくらい、ちゃんと覚えておいてくださいませんか? これが隊長とは、全く頼りにできませんよ? 申し訳ありません、少し無駄口が過ぎました。わたくしたちは今南城町に居ます』

「分かった。直ぐにそっちにヘリを派遣させる、それに乗ってくれ」


 血業がそういえば、他のオペレーターに顎を使って催促した。それを見たオペレーターはマイクを手に取り、今居るヘリのパイロットに連絡を取り始めた。


『っていうか、何があったんスか? 全く状況が読み込めないんスけど』

「先ほど鬼狩町の方でCe粒子の反応が確認された」

『鬼狩町でCe粒子の反応ですか? それならば、今鬼狩町に派遣されてる星詠さん達に任せておけばいいのでは?』

「いや、そういうわけにはいかない。推定ランク五のCe反応だ。副隊長二人……しかもそのうち一人はまだ新人同前だ。彼女たちに任せることは出来ない」

『推定ランク五っスか! そんなに高い反応ってメチャ久しぶりっス!』

『なぜそれを聞いて喜べるんですか、あなたは……』

「すでに反応は消えてるが、近くにいる可能性がある。ランクからして剣沢宗司の可能性もある。それを君たちに調べてもらいたい」

『了解しましたわ』

「分かりましたっス! もしその吸血鬼が居た場合はどうすればいいっスかね?』

「その時は様子を見て討伐してもらいたい。ランク五の吸血鬼は【血鬼祓国際機関】の規定により『檻』には入れられないからな。一応、こちらからも雨昊を送るから、もし見つけた場合は三人で戦闘を行ってくれ」

『おお、雨昊センパイっスか! 一緒に戦うの久しぶりっス!』

『まだ戦うとは決まったわけじゃありませんでしょう……。兎に角、指示は聞き入れましたので、何かあればまた報告いたします』

「分かった。それでは、よろしく頼む」


 血業が言うと、通信が終了する。そして、彼の後ろでは蒼馬がタバコを一本吸っていた。彼は後ろを向くと、軽く蒼馬の頭を叩いた。


「聞いただろう、お前も調査に向かえ。いいな?」

「うぃっす。ただあの二人ともし戦うことになったらすんげえ相性悪いんですよねえ」

「今直ぐに出れる隊長がお前しかしないから仕方ないだろう」

「くっ、タイミング悪かったかなあ。ま、準備して直ぐ行きますわ。屋上のヘリに乗ればいいんすよね?」

「ああ。そのヘリが南城町に行くからその時二人と合流してくれ」

「了解。んじゃあ、ちょっくら行ってきますわ」


 蒼馬はタバコを近くにあった灰皿に捨てると、ゆっくり歩いてエレベーターに乗った。



 三十分後、オペレーター室に連絡が入る。液晶画面には『雨昊:オンライン』と表示される。オペレーターがキーボードを打ち、彼との通信を繋いだ。血業は男性オペレーターから借りていたマイクのスイッチを押す。


『あー、こちら雨昊』

「血業だ。なにかわかったか」

『取り敢えず、そっちも分かってる通り、吸血鬼との戦闘はありませんでした』


 この三十分間、一度もオペレーター室にはCe粒子の反応が現れなかった。吸血鬼が戦闘する際には、必ずと言っていいほど血能を使う。血能を使えばCe粒子が放出され、装置に反応し直ぐに月鬼隊の基地に情報が届く。

 今回それがなかったという事は、彼らが戦闘を行っていないという事になる。


「そうか。そのほかに何かなかったか? 吸血鬼の痕跡とか」

『一応、あったことはあったんすけどねえ……。これがまた酷い有様で』

「何を見つけた?」

『――死体です。吸血鬼に襲われたであろう死体。報告書用に写真を撮ってるんで一応送ります。あ、いまから晩飯とか晩飯の直後の人とかは見ない方が良いっすよ』


 液晶画面に封筒の形をしたアイコンが現れる。とあるオペレーターがそれをクリックし、画像を開いた。そこに表示された画像は、あまりにも惨たらしく、多くのオペレーターが液晶画面から目を逸らす。 

 その死体は、全身ズタズタに引き裂かれ、性別も、顔も確認できないくらいになっていた。


「これは……酷いな……」

『ですよね? 透田なんか吐いちゃいましたよ。『証拠隠滅班』寄越してください。これ、見つかったら流石にヤバい感じなんで』

「分かった。直ぐに送り込む。……困ったものだな」

『何がです?』

「その死体を見たところ、どう考えても剣沢宗司の仕業ではないからだよ」

『ああ……確か奴は首を斬り飛ばしたり、身体を真っ二つにしかしないってことでしたね、そういえば』

「そうだ。だが今回はそうではない。明らかに、剣沢宗司の殺し方ではない。と、いう事は――」

『ランク五の吸血鬼が都内に二体もいる……!』

「そういうことだ……。『荒れる』ぞ、今後の東京都は――」


 血業の予測は、的中していた。そして、今後、『それ』は現実となり、都民を、血鬼祓たちの安全を脅かすこととなる――。


 一度出来た歪みは、無くなることはない。

 ガラスに出来たひび割れの様に。

 修復することなく、それは徐々に広がって行き、やがてすべてを破壊する。


 それは、世界でも同じだ。

 一度起きた悲劇は、それでは終わらない。

 悲しみと憎しみは連鎖し、やがて世界を覆い尽くす。


 

 『物語(ひげき)』はまだ、始まったばかりだったのだ。




   ◇    ◇    ◇    ◇   

 



 ――五年前。東京湾に隣接するとある港にて。


「時に、部隊というものは――」


 身長が二メートルあろう男は、背中から何本もの枝分かれした青く輝くCe粒子の硬い触手を天に向かうように伸ばしながら、語り始めた。


「『一人』が先行し、戦闘を行うものではない。他の隊員と連携し、協力し、庇い合い、敵を追いつめるものだ。私はそれを良く知っている。何故なら、かつて私は中東の地で傭兵として人間たちの戦いに参加していたからだ」


 男の眼球が、緑色に輝く。


「しかし、貴様はそれを知らない。『副隊長』を名乗る資格もない。いや、最早――血鬼祓を名乗る能力もない。何故だか分かるか、夜嶋御影(やしまみかげ)。それは貴様が――」


 彼は、目の前に広がる惨状を見つめながら言った。


「自分の部隊を無駄死にさせるような無能だからだ」


 彼の目の前に広がるのは、身体を無残に切り刻まれた『隊員だったなにか』と、大量の血液。それが地面を覆いつくし、普通の人間ならば直視できないようなグロテスクな風景だった。そして、男の少し離れた正面に、右腕を失い、その場に膝を着く少女と、隣にもう一人の少女が居た。

 その場に崩れ落ちているのは、当時第二部隊副隊長であった夜嶋御影。服装は現在の物とそれ程変わっていないようだった。

 彼女に刻まれた大量の傷口から赤く輝くCe粒子が噴出しており、傷の再生を始めているようだった。


「クソ……なんで……」


 今にも涙を流しそうな声で、御影は呟く。


「まだ分からないか。何度だって言おう、貴様は周りを見なさすぎだ。例え一人の能力が秀でていても、強大な敵には敵わない。他の者と協力して、漸く倒せることができるのだ。しかし、それが貴様には出来ていなかった。一人で突っ走り、私に討ち返され、さらには隊員のほとんどを無駄死にさせた。これはすべて、貴様が引き起こした惨状だ」

「うるさい! 黙れよ、この化け物!! 何もかも、何もかも奪いやがって! 死ね! 死ね! 死ね!」

「御影ちゃん!」


 ふらふらと立ち上がり、残された力で刀を握り、男に向かって斬りかかろうとした。隣に居た少女が、それを引き留めようと声を掛け手を伸ばす。しかし、間に合わない。

 その時、男の背中から生える触手の一本が、こちらに駆けてくる御影の右足を、素早く貫いた。その衝撃で彼女は派手に転がる。


「――戦闘で冷静さを失えば、すでにそれは敗北も当然」


 足を貫いた触手を戻し、その場に転がる御影を見て言った。


「貴様らの相手をする時間は終わりだ。運が良かったな」


 男は触手を霧散させれば、その場からほぼノーモーションで飛び立った。それは、地面にある自然Ce粒子と、自分の体内にあるCe粒子を足に集め、Ce粒子を磁力に変化、反発する力で飛び立つという、吸血鬼が扱うにしてはかなりの高難度な技であった。


「う、うう……う……うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 御影は拳を握りしめ、コンクリートの地面を思いっきり叩きつけると、叫び声を上げた。自分一人ではあの男には敵わなかった事、部下たちを一人残して全滅させてしまった事、右腕を失い男に好き勝手言われた事、完全にプライドを砕かれた事――そのすべてが一気に彼女の精神を攻撃し始めていた。

 少女は、そんな御影を見て、泣くこともなく、怒ることもなく、ただ小さく、呟いた。


「――私にもっと能力(チカラ)があれば……!」、と。




    ◇    ◇    ◇    ◇    




「はっ……!」


 ――そして、時は現在に巻き戻る。

 地下鉄がストップする時の揺れの動きで、御影はふと目を覚ます。彼女は蒼馬(そうま)(まじえ)(部下の隊員)と別れたのち、近くの地下鉄に乗り、(まい)秋奈(あきな)に合流するために私立轟哭高校へ向かっていた。


(……なんでこんな時に、あの日の夢を……)


 御影は少し痛む頭を手のひらで撫でれば、先ほどまで見ていた夢を思い出した。

 五年前、自らの所為で隊員達をほぼ全滅させてしまったあの時の夢。もう五年経つが、今でもその時の後悔の念は彼女に残っていた。

 ランク四・吸血鬼の討伐失敗、そして自分以外の唯一の生き残りであった少女の暴走……今でもその惨劇は、記憶から消えることはない。


「――黒刀死檻(こくとうしおり)。貴女は今何処で、何をしているの……?」


 揺れる地下鉄の中で、彼女は一人小さく呟いた。



 午前八時半。私立轟哭高校では担任教師によるホームルームの時間が始まっていた。それは、舞と秋奈の所属する二年三組でも同様だった。ただ、違うのは――。


「なんだ、今日は明海は休みか」


 教壇でクラス名簿を見ながら、男性の担任教師が言った。

 舞の前にある葉月の席には誰も座っていなかった。


「あれ? 舞ちゃん、昨日葉月ちゃんと一緒に遊びに行ってなかった?」


 舞の隣の席にだらしなく座る秋奈が、舞に向かって尋ねる。


「うん。一緒に遊んだけど。病み上がりだったからなあ」


 舞は眠たそうな声で答えた。


「それで、何で今日休んでるの?」

「さっき『なんで休み? 大丈夫?』ってメールしてみたら、速攻で返信来てさ」


 そういうと、彼女はスマートフォンのメール受信画面を秋奈に見せる。


【受信時刻 8:27 送信者:夕映 件名:No title 本文:ごめん、頭痛いからお休みするね】


「頭痛いから休み……」

「遊びに行ったときは『大丈夫』って言い張ってたけど、やっぱり完治してなかったみたい。あの子、よくそういうの我慢してあまり人に言わないから」


 舞は困った表情で言った。


「それは大変だねえ……。お薬とかあるのかな?」

「病院で貰った痛み止めがあったはずだけど……。学校の帰りに様子でも見に行ってみることにしてみる」

「そのほうがいいよ、きっと葉月ちゃんも舞ちゃんの顔を見たら喜ぶって」

「だといいけど」


 彼女は少しだけ微笑みながら言った。

 その時、とある男子生徒二人の会話が耳に入った。


「なあなあ、さっき先輩から聞いたんだけどさ、クソかわいい女子生徒が転校してきたんだって!」

「え、マジで? どんなどんな?」

「黒髪ロングの清純そうなクールビューティーだってよ!」

「嘘だろ!? やべえ一回生で見てみてえ!」


「……黒髪ロングの清純そうなクールビューティ―、ねえ」


 舞が彼らの会話を聞くと、一人深刻そうに呟いた。


「しかも、先輩が声かけたらめちゃくちゃ冷たい目線で無視られたらしいって、たぶんドSなんじゃね?」

「黒髪ロング清純クールビューティードSとかやばすぎだろ!」


「しかもドS……」

「ん? どうしたの、舞ちゃん?」

「いや……凄く知り合いに似たような特徴の人が居たような」

「え、そんな人居たっけ?」


 その時、舞と秋奈のスマートフォンが鳴り響いた。二人は一度目を合わせると、スマートフォンを開き、届いていたメールを確認した。


「ほら、噂をすればってやつ? こんなにタイミングよく届くとは」

「あはは、あたし時々この子のこと怖くなっちゃう」


【受信時刻 8:32 送信者:御影さん 件名:業務連絡 本文:本日十二時半、屋上集合。遅刻したら焼きそばパン買わせに行かせる。以上】



 数時間後、午前中の授業が終わり昼休みに突入する。

 舞と秋奈の二人は御影から送られてきたメールに従い、授業が終わると直ぐに屋上に向かって行った。階段を上り、最上階に辿り着けば、閉められている錆びついた青色のドアを開けると、その向こう側に、鉄柵に膝をつき、校庭のグラウンドを見下ろす御影が居た。


「色々と突っ込みたいけど敢えて言わないでおくね、黒髪ロング清純クールビューティ―ドSさん」


 舞は御影の姿を見るなり、男子生徒たちが言ってた特徴をすべてぶっこんだニックネームで彼女を呼んだ。御影が振り向けば、「なによそれ」と言いたげな表情で舞を見る。


「久しぶりに会う隊長様にその態度? 偉くなったものね、舞」

「冗談ですって……」

「御影ちゃんてば、ジョークが伝わらないタイプなんだよねー」


 舞の背後から秋奈がひょっこりと顔を覗かせ、御影をからかった。


「貴女は毎回毎回うるさいのよ、黙ってなさい」

「え~あたしを呼んだの御影ちゃんなのに~? それひどくない~? おかしくない~? ねえ~?」


 秋奈は嫌みったらしく御影に言う。


「舞、こいつを黙らせなさい」

「ごめんなさい、こうなったら私にも無理です……」

「はあ……。まあいいわ。多分あなたたちが聞きたいであろうことは一応全部話すことにするわ」


 前にかかる黒髪を耳の後ろへやると、大きくため息をついて御影が言う。


「まず、私が此処に来た理由……それはあなたたちと合流して、鬼狩町内の戦力の底上げをする為よ」

「戦力の底上げ?」

「ええ。いくら副隊長が二人といっても、片や配属二年目、片やまだ候補者扱い……それじゃあダメだってことで隊長が二人送られてきた。そのうちの一人が私。そしてもう一人が雨昊隊長よ」

「雨昊って、あの時の……」


 舞の脳裏には、かつて自宅で父親が『黒仮面』なる吸血鬼に殺害された時のことが映し出されていた。あの時、『黒仮面』を追い自宅へやって来た二人の血鬼祓……それが確か、御影と雨昊だった。その時の記憶は今でも鮮明に覚えている。


「そもそもなんで隊長さんたちが送られてくるわけ? ここの防衛は、あたしと舞ちゃんだけで十分できてると思うけど~?」


 秋奈が舞の腕に抱き着きながら、口を膨らませつつ御影に言った。


「その理由を今から話すのよ……」と、御影は秋奈に面倒臭そうな表情を向けて言った。


「まず第一の理由――それは、ランク五の吸血鬼・剣沢宗司(けんざわそうじ)鬼狩町(ここ)への潜伏が殆ど確定になったから」

「剣沢……宗司って、確かこの前聞いた、あの人を斬り殺しまくるって吸血鬼だよね?」

「ええ。そしてつい数時間前、この町の外れで隊員が再び身体を真っ二つにされた状態で発見された。支部長はこれを剣沢(ヤツ)の仕業と判断したの。鬼狩(ここ)には副隊長の二人しかいない。舞。ランク五の吸血鬼はどの格の隊員が対応しなければいけないか覚えてる?」


 御影が舞に向かって人差し指を向ける。


「確かランク五は……隊長格の隊員が複数人、でしたっけ」

「そうよ。だから、副隊長二人でもし彼と遭遇すれば確実に実力不足……。だから、私と雨昊隊長が派遣された」

「あたしたちだけじゃ実力不足って……」


 秋奈がそう呟いたその時、御影は鋭い視線を向け、睨んだ。それは、いつもの様な冷たいだけのものではなく、心の底から彼女に釘を刺す様な厳しいものだった。それを初めて見た秋奈は思わずたじろいでしまう。


「……。そして、第二の理由――」


 何事も無かった様に、彼女が続ける。


「昨日の夜に、推定ランク五のCe粒子反応が確認された。直ぐにそれは消失して、そこにはその反応を発した吸血鬼の手に罹ってたであろう死体が見つかった」

「死体……」


 その時、舞の脳裏に葉月の姿が浮かんだ。しかし、その姿を直ぐに舞は振り払った。そんなわけはない。直接あった訳ではないが、ちゃんと朝にメールが届いている。しかし、なぜか舞の脳裏から葉月に対する不安が消えなかった。


「今のところ、その死体は男性の物だそうよ」


 不安そうな表情を見てか、御影が説明を付け加える。そのおかげで、舞は少しだけ気が楽になった。


「もしかして、今この町には――」と、秋奈が何かに気付き、はっとした表情で言った。


「鬼狩町内には今、二体のランク五の吸血鬼が居る――。かなりの緊急事態なのよ、これは」

「ランク五の吸血鬼が二体も……」

「だからこれは副隊長命令よ。もし、ランク五・吸血鬼を見つけても、絶対に戦ってはダメ。必ず、私か雨昊隊長に連絡と、現在位置の報告をすること。これはあなたたちが無駄死にしないようにする為よ、絶対にこの命令は守ること」

「手を出すなって、そんな! もし一般人が襲われたら――」

「剣沢宗司は、今のところ血鬼祓しか殺していない。だから、一般市民が殺される心配は無いわ」

「……」


 舞は何か言いたげだが、言わずに心の奥に留めた。

 昔からそうだ、この隊長――御影――は、昔からやたらと舞に対して過保護だった。


「で、その剣沢宗司ってやつの特徴は~? それ言って貰わないと報告するにも出来ないんですけど~?」

「今見せるわ……。かつて剣沢(ヤツ)がとある吸血鬼の組織の幹部を務めていた時の情報になるけど、大まかな特徴は変わってないわ」


 御影がそう言って、スマートフォンを取り出すと、彼女たちにその画面を見せる。そこには、少し古ぼけ画質の荒い、男らしき画像が映し出されていた。


「『長い白髪』を『ポニーテール』にした、『細見』で『長身』な『男』……それが、ランク五・吸血鬼――剣沢宗治よ」


 彼女が見せた剣沢宗司の画像を、舞は秋奈よりも集中して見ていた――。


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