12:【The Sword】-後編
【切り裂かれる肉体】
時刻は、前日の夜中に遡る――。
「なんでこんな夜中にまで見回りしなきゃいけないんだよ……」
山下と呼ばれる【血鬼祓】は、東祓町の閑散とした街中でぶらぶらと歩いていた。つい最近ここでランクの低い【吸血鬼】が出た、という情報が回って来たので、別の地で任務中だった彼が帰りにここへやって来ていた。
「最近やたらと物騒なんだからこんなの一人でやらせたらダメだろが」
ブツブツと独り言を呟きながら歩いていくと、目の前に人影が見える。丁度、雲が晴れて月の光がそれを照らした。目の前に立っているのは、細身で長身、そして白髪を結った長い髪を揺らしており、侍の様な服に身を包んでいた。
「あ? 誰だお前……おい、お前――」
「貴様、血鬼祓か?」
男が口を開いた。
それに山下は驚く。
「なんで血鬼祓の事を……お前、まさか吸血鬼か⁉」
彼がそう言うと、瞬時に『斬鬼』を装展した。そして、日本刀を構える。それを見て彼は少しだけ笑う。
「やはり血鬼祓か……。なに、臭いが似ていたものでな。まあよい。貴様なら我を熱くさせる様な戦いを見せてくれるのか?」
「はあ? 何言ってんだ、吸血鬼はさっさと死ね!」
山下は刀を構えて、彼の方へ駆け出す。
「――ふん、単調な。つまらん奴だ」
その瞬間、山下の両腕が切れ、地面にぼとりと落ちる。何が起こったか、彼には一瞬分からなかったが、とてつもない激痛が彼を襲うと同時に大量の鮮血が切断面から噴き出す。
「あ、ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼‼‼‼」
あまりの痛みにその場に倒れ込む。それを、ゴミを見る様な目で見つめる吸血鬼の手には、同じく日本刀が握られていた。
「冥土の土産に、我の名前を教えてやろう。我は、剣沢宗司けんざわそうじ――。強敵を求む者だ」
そう言って彼は刀を振り上げた。
「いや、いや、し、しにたく……しにた――」
彼の言葉が最後まで発せられることはなかった。次の瞬間、彼の首が斬り飛ばされ、ごろごろと地面を転がった。残された身体は、斬られた部分から大量の鮮血が噴出し、少しするとそのままドサリと地に伏した。
その様子を、剣沢は静かに見ていた。そしてえ、刀に付着した血を振って落とし、青い【Ce粒子】と化してその刀は消えた。
「我を、この我を――……満たす者を寄越せ……滾る戦いを、この我に……!」
そう言って月光に照らされながら、彼はその場から立ち去った。
◇ ◇ ◇ ◇
そして現在。
御影は舞と秋奈に剣沢の情報を伝えた後、一人屋上に残り他の隊長達が集めた数少ない剣沢の情報を見返していた。一番最新の情報が、第四部隊所属の山下と呼ばれる隊員が首を刎ねられた状態で見つかったとされるものだ。これに関しては今朝、彼女と第二部隊の隊長・雨昊、そして部下の十字交と共に遺体を確認した。
寸分の狂いもなく、完全な水平に、彼の首は切断されていた。山下の顔は、苦痛でとても歪んでいた。
剣沢宗司――。彼の殺しの証拠は、はっきりしている。首もしくは胴体が完璧なまでの水平に切断されている。彼の存在が初めて確認された七年前から、それは変わらない。
「こいつは一体どこに……」
しかし、遺体は多く見つかるものの、完璧な姿を捉えたことはほとんどなかった。先ほど舞達に見せた写真も、とある隊員が死ぬ間際に何とか見つからず撮影したものだったので、ああいう感じに荒れていたのだ。
彼は推定ランク五の吸血鬼。隊長各の血鬼祓が複数人いなければ対処できない。いくら成長の早い舞と秋奈だとしても、あのランクの吸血鬼には歯が立たない可能性がある。彼女たちが遭遇する前に何としてでも剣沢を討たなければ……。
御影が考え込んでいるうちに、すっかり日は暮れていた。いつの間にか太陽は殆ど隠れ、夜が世界を覆おうとしている。彼女は屋上から離れようと思い、まず辺りと校舎の下を見回す。そして、誰も居ないのを確認すると、そこから飛び降りた。そして音もたてず綺麗に地面へ着地すると校門へ向かう。
その時だった。横に置かれていた掃除用の倉庫から、何やら音が聞こえた。
ぴちゃ……ぴちゃ……じゅるるる……。
それはどう考えても、中の用具が落ちたり倒れたりする時の音では無かった。この音に、彼女は聞き覚えがある。そう、吸血鬼が血を奪う音――。
すぐに御影は倉庫の扉を開けた。
「だっ、誰だ!?」
すると、中では男性生徒がぐったりと倒れている女性生徒の血を舐めずっていた。彼の眼は蒼く輝いており、口には二本の牙が生えていた。
「久しぶりに女の血を吸えたんだ、今までずっと隔野に独占されてばっかだったからなあ! とにかく、こいつは俺のんだ! さっさと消えな! じゃなきゃお前も俺の餌だ!」
にい、と笑った吸血鬼は、そのまま御影に飛び掛かった。
刹那、赤い粒子が刀を形成し、御影の手に握られ、その吸血鬼の右手を切り飛ばす。バランスを崩した吸血鬼は外の地面に転がった。
「あ、え……その刀! ま、まさか……血鬼祓……!」と、怯えながら吸血鬼は言う。
「『俺の餌』……? 馬鹿言わないで貰える? 人類は吸血鬼の餌なんかじゃない」
御影は静かに吸血鬼に言う。冷静に、落ち着いてる様に聞こえるが、怒りが滲み出ているのが分かった。
「こ、こうなったら殺すしかねえ! 夜は俺達の力が一番強くなる時間だ! お前のような血鬼祓、すぐに――」
手を再生させ、襲い掛かろうとする彼。しかし、体は動かない。動かせない。同時に、至る所から痛みが発生していた。手足胴、そして、首。が、ころころ、転げ落ち――。
「……え?」
彼は、何が起きたか理解できぬまま、その生を終えた。彼の眼に死ぬ寸前、自身の身体の様子を捉えた。黒い刃が地面から伸び、自分の身体の至る所を突き刺していたのだ。
「――『影牢人斬』。それが私の【血能】。あらゆる闇を影を自在に操る力よ。って、もう聞こえないか」
御影は刀を粒子に戻して消すと、大きくため息をついた。そして、スマートフォンで『証拠隠滅班』を手配すると、吸血鬼の遺体をとりあえず倉庫に隠し、ようやっと学校を出た。
時刻は一九時。彼女は一日が過ぎるのが早い気がした。
その一時間後、御影は山下が殺害された東祓町まで戻ってきていた。現在、剣沢が確認された最も新しい場所だからである。この町は鬼狩町や南城町とは違い、かなり寂れている。昔は多くの工場が存在し、栄えていたのだがある時を境に次々と工場が潰れ、同時に町自体も人が離れていった。なので、今でも工場が手つかずのまま放置されていたりする。
御影は殺害現場から少し離れ、とある工場の前にまでやってきていた。そこには、何個かの錆び付いたコンテナが雑に放置され、骨組みだけとなった車も二台ほど置かれていた。中規模の工場は、すでに天井が抜け落ち、いつ崩れてもおかしくないように思える。『行橋工場』と、入り口にはそう書かれているが、殆ど文字が黒く汚れ見えない。
「……あれは……」
再び、工場の方へ目を向けた時だった。崩れた天井にわずかに残された骨組みの上に、人影があった。御影は目を凝らす。
『長い白髪』を『ポニーテール』にした、『細見』で『長身』な『男』――。
一致。
そこに居る、奴が――剣沢宗司。御影はすぐにスマートフォンを取り出すと、【月鬼隊】のオペレーターに向かってメールを送った。
【剣沢宗司発見 場所は祓間市東祓町行橋工場跡 追跡を始める】
再び視線を彼に向けようとした時だった。骨組みに立っていたそれは、目の前に立っていた。無表情を貫いていた彼が、御影を見てニコォと不気味な笑みを浮かべる。あまりの突然さに、御影は後ずさりして、『斬鬼』を出して構えた。
「何やら懐かしい匂いがすると思えば――貴様、貴様か……夜嶋御影よ。懐かしいなあ、我がまだ未熟だった頃、お前の部下たちを皆殺しにしたんだったなあ……。どうだ、あの時とは変わったか、強くなったか、我を満足できる高みに到達したかあ!?」
彼は刀を発現させ、御影に瞬時に斬りかかる。それを彼女は刀でなんとか流すと、コンテナの上にまで飛び、鋭い視線で彼を睨む。
「はっ、覚えてもらっててもなんにも嬉しくない……変わったか、ですって? 変わったわよ。剣沢宗司……いや、こう呼んだ方がいいかしら? ――『ユグドラシル』。お前を殺すために、私は……」
『ユグドラシル』。かつて、剣沢が名乗っていた名前。それを、御影は口にする。ある時を境に、彼は姿を変え、殺人を繰り替えしていた。
「『ユグドラシル』、か……。それはもう捨てた名であり、捨てた力だ。我はもう既に、過去の我を凌駕する力を、技を得た。血能に頼りきりであった我ではない。ただ一振りのこの刀で、純粋なる剣技で、貴様たちを殺す」
彼は刀を構えると、御影のいるコンテナの上に飛び掛かる。
「――『影牢人斬』」
彼女がそう呟くと、彼の下から数本の黒い刃が伸びる。それに気が付いた剣沢は空中で体を捻り、自分を突き刺さんとするそれを避けた。そして、コンテナの上に辿り着くと御影の首目がけて刀を振る。彼女はそれを新たに作り出した黒い刃で防ぐと、剣沢の腹目掛けて蹴りを入れた。彼はそれを一度刀を消し両腕をクロスして受け止めるが、同時に彼の骨が折れる音が鳴る。
彼は一度体制を立て直すために先程居た骨組みにまでジャンプし、両腕をプランと垂らす。ゴキゴキと音が鳴り、折れた骨が修復された。
「逃がさない――!」
御影が彼に向けて刀を振った。同時に。刃から黒い刃が生まれ、速い速度で彼に向っていく。彼は再び発生させた刀でそれを払った。すると、御影がこちらへ向かって飛びかかっていた。不意を突かれたものの、剣沢はあえて彼女の刃を胸で受け止めた。そして、御影の首を掴む。がはっと吐息を漏らす御影。
「ふっ……確かに前よりは考えて動く様にはなったらしいが……まだまだだな」
彼はそういうと、掴んでいた御影を下のコンテナに向かって思いっきり投げ捨てる。バランスが取れず、彼女はそのままコンテナにぶつかり、錆び付いていた為か破壊され、鉄板などが地面に倒れる御影の上に落ちる。
彼は胸に刺さった御影の刀を引き抜くと彼女の落ちた場所に向かって投げる。カランカランと音を立てて地面に転がった。
自分の上に落ちた鉄板を押しのけ、立ち上がると御影は刀を再び握って、彼を睨んだ。
「このクソ野郎……」
顔に付いた傷が、赤い粒子を噴出させながら再生していく。
「まさかこんなものではないだろう、夜嶋御影?」
不敵な笑みを浮かべながら彼は訊ねる。
「当然よ……今日こそ、お前を……!」
そう言って構えた刀を彼に向けた。その時、ぐらりと視界が揺れた。「なん……で……」と呟く御影。先ほどの地面への激突で脳震盪を起こしたのだろうか、しっかりと立つ事ができない。それを見て、彼は呆れた様に言う。
「数年経ってそれ程か――。貴様に期待していたが……この程度ならもう見込みはないだろう。潔くここで死ぬがいい。貴様の部下が待つあの世にまで送ってやる」
ふらふらと定まらない視界で、剣沢を捉えていたが、瞬時に目の前にまで彼が動く。そして彼は大きく刀を振りかぶった。
死ぬ――。最悪の未来を予感し、御影はなんとか刀でそれを受け止めようとするが力が入らない。早く、早くこの状態を直さないと――。しかし、時は待ってくれない。彼の刀が御影の首に向かって振り下ろされる。
「さらばだ、夜嶋御影」
刹那。
「避けて」という言葉が聞こえた気がした。御影は立っていようとするのを止め、その場に崩れ落ちる。同時に、さっきまで彼女の頭があった位置を赤く輝く火球が通り、剣沢にぶち当たり、彼は工場の奥にまで吹き飛ばされた。
「これは……この技は……」
見覚えのある技だ。そう、自分が面倒を見ている彼女――。
「ごめんなさい、遅れて……大丈夫、御影さん!」
「……舞」
朝霧舞。その声だ。
「どうしてここに?」
「急に支部から連絡が来て、御影さんが剣沢宗司を追跡するから一緒に行けって言われたから来てみれば……」
舞は心配そうな顔で御影を見る。そして、御影を肩を組んで立ち上がらせた。
「とりあえず逃げよう、早くしないとあいつが……」
「我が……なんだ?」
「……!」
工場の奥からふらふらと、舞の『火超封月』でボロボロになった剣沢が現れる。至る所から蒼い粒子があふれ、傷を再生している。
「貴様……貴様、いいぞ……楽しそうだあ……貴様なら、我を滾らせてくれるだろう!?」
彼は刀を発現させ、それを舞に向けて大声で叫ぶ。御影は舞に視線を向ける。
「舞、今すぐ逃げなさい。あなたじゃとてもあいつには敵わない。ここであなたを死なせたくない、早く――」
「いいや」
舞は首を振って断る。
「ここで御影さんを残してくなんて、絶対嫌。私の知ってる人が居なくなるのは耐えられないから。それに、雨昊隊長と秋奈ちゃんも向かってる、それまでの時間稼ぎくらいなら……」
「舞……!」
「大丈夫だから」
彼女はにこやかに御影にそう言うと、御影を近くの壁のある場所に座らせた。そして白く輝く『斬鬼』を構えて、剣沢に視線を向ける。彼の傷はすっかり再生されていた。
「貴様、名前はなんだ?」と、彼が聞く。
「……舞、朝霧舞です」
彼女は静かに、同時に緊張感を漂わせる声の震えで答える。
「朝霧舞、か――。貴様なら、我を滾らせて貰えそうだ。今は未熟でも、数年後には良い血鬼祓となるだろう」
「まさか吸血鬼に激励されるなんてね。……あなたに、御影さんを殺させない!」
舞がそう叫ぶと、一気に刀に電流を纏わせ、それを彼に向って撃ち出す。三本ほどの電流で作られた衝撃波を、剣沢が刀で払う。しかし、その刀に電流が通り、彼の身体にダメージを与えた。
「電気の力を使うか……初めてだ」
痺れながら彼が言うと、舞は再び刀に電流を溜め込む。それを見た剣沢はすぐさま彼女の近くへ駆け出した。舞は近づく彼に向って電気の刃を撃ち出す。が、チャージが不十分だったのか、一本しか撃てなかった。彼はそれを軽く避けると、舞の首へ向けて刀を振る。剣道で鍛えられた動体視力と反射神経を使い、なんとかそれを避けた。髪の毛が数本だけ斬られ、宙を舞った。
体勢を立て直そうとしているところに彼の追撃が入る。突き刺そうとしてくる刃を、舞は素手で握り、痛みを堪えながら受け止めると、片方の手に握られた刀を剣沢の胴に向けて振った。
彼はそれを見ると一度刀を霧散させた後、再び片方の手に発現させると舞の刀を刃で受け止める。同時に、彼女の刀に溜め込まれた電流が伝い彼の体に電撃が流れる。
「私の刀に触れる限り、あなたはこの電撃からは絶対に避けられない」
間合いを取った剣沢に対して、舞は冷静に告げる。それを聞くと彼はふっと鼻で笑った。
「ふん。下手な小細工にも見えるが……無駄に当たるかも分からぬ斬撃を放つよりは良いかもしれないな。だが、たかが電流。我々の身体はダメージを受けても即座に修復する」
「それはCe粒子のある限りだけ、でしょ? あなたのCe粒子、いつまで持つかな?」
「体力勝負に持ち込んで不利なのは貴様だろう。身体が欠損すれば貴様たちは修復できない。もしそうなれば死を待つのみだ」
「――屁理屈ばかりね、吸血鬼は」
舞が再度電流を刀に纏わせると電流の斬撃を彼に向って放つ。彼はそれをジャンプして避け、身体を回転させながら舞に向かって斬りかかる。舞は後ろにステップして剣沢の攻撃を避ける。その隙を突くように彼は続けて刀を振った。その一閃は、音速にも思えるほど早い。舞の動体視力もってしても体感してしまう。
(近接戦闘じゃ完全に分が悪い……。剣技に関しては確実にあっちが上……!)
十七年しか生きていない少女と、遥か昔から殺しの技術を磨いてきた吸血鬼――。どちらの力が上かは明らかである。だが――その化け物じみた実力の差を埋めるために、血鬼祓には血能が存在している。
月鬼隊が設立されるよりも遥か前から、吸血鬼を狩る生業の者たちが居た。その時代、当然Ce粒子という存在が不明であったため、彼らはとある鉱山から産出される銀で出来た刀――刃機の前身であるそれを使っていた。
しかし、身体自体はただの人間であったため死ぬものは絶えなかった。
そんな血鬼祓を大幅に進化させたのが、Ce粒子であった。ドイツの研究者によって発見されたそれは人類も保有していることがわかり、彼らは吸血鬼の体内に存在していたウィルスを抽出。長年の研究により、『人間体内のCe粒子を吸血鬼化しない程度に目覚めさせる』薬品の開発に成功したのだった。
このことから血鬼祓の身体能力は大幅に強化され、Ce粒子を操れるようにもなった。そして、体内のCe粒子が人間の脳細胞等と結びつくことで、特殊な能力――血能が生まれた。
血能の獲得によって、吸血鬼に対する戦力が大幅に上昇したのだった。
(剣技じゃなく、血能で上回るしかない――!)
舞は自身の血能である『火超封月』を使用するため、剣先に大量の電流と炎を溜め込み始める。しかし、それは大きな隙であった。完全に装填されるまでおおよそ五秒ほど。少なく感じれるかもしれないが、吸血鬼と血鬼祓の高レベルな戦闘の中ではそれは長すぎるのだ。
「ぬかったな、朝霧舞」
舞は急いで火球を放とうとする。しかし、すでに手遅れであった。剣沢の刀が一瞬で舞の右腕を斬り飛ばした。刀が握られたままの右腕がくるくると宙を舞うと火球が爆発を起こす。その影響でふらついた舞を、彼は腹を思いっきり蹴り飛ばす。彼女はそのまま地面を転がった。
「う、ああ……ああああああ!」
「舞!」
その様子を這いずりながら見ていた御影が叫んだ。
血が溢れ出る腕を抑えながら、舞は悶える。最早痛みが強すぎて逆に何も感じなくなってしまっていた。
「いいセンスを持ってはいるが――。未熟だな。磨け、磨くのだ朝霧舞。その様な小細工でなく、純粋なる刀の技術。遥か高みの闘いを、我と共に――」
悶えている彼女を見ながら、彼は言う。
「うるさい……何が……何が高みよ、何が闘いよ……人の大切なものを壊すしかできない化け物が……!」
キッと舞は彼を睨んだ。唯一の肉親である父親を吸血鬼に奪われた彼女の吸血鬼に対する憎悪は深いものだった。そんなことよりも、早く何とかして時間を稼がなければ……このままでは自分は助かっても御影は殺されてしまう。
「力を……力を……あいつを超える力を……」
「舞……?」
舞がぶつぶつと呟く言葉が耳に入った御影。その瞬間に、彼女の脳裏に過去の出来事がフラッシュバックする。かつて、自身のせいで、闇に堕ちてしまった彼女の事を思い出す。その姿が、今の舞と重なる。だめだ、このままでは……。漸く立ち上がった御影は直ぐに舞の元へ駆け寄ろうとする。
一方、舞はゆらゆらと動きながら立ち上がる。身体の奥からせり上がる衝動を感じていた。とてつもなく大きな力。舞は抗う事が出来なかった。いや、しなかった。
あいつを、御影から剣沢宗司を守るために、どうなってもいい。力を。
「舞、戻ってきなさい――!」
御影が舞に駆け寄りながら叫んだ、その瞬間だった。彼女の体から青く輝く粒子が一気に噴き出し、小さな衝撃波が発生する。御影はその場でよろめいてしまう。剣沢も、思わず手で目を塞いだ。
その粒子が消え去ると、舞の切断された腕から紫色の粒子が噴出しながら、一瞬で腕が再生された。御影と剣沢は驚愕する。あれは、急速再生――。少なくとも、血鬼祓が行う急速再生では切断された部位は治らないはずだからだ。
「……舞……!」
「――大丈夫、御影さん」
御影に対して、舞は静かにそう言って、彼女は振り向いた。舞の眼の色にも変化は現れていた。右の眼は通常の紅色なのだが、左の眼は――蒼く輝いていた。
「一体何が起きたというのだ……?」
剣沢は刀を構えながら舞に語り掛ける。彼女は再び彼に視線を合わせて、再生させた手に、再度装展した刀を握った。
「――死ね」
舞が小さくそう言った瞬間、彼女の姿がその場から消える。彼は動揺し、辺りを見回す。すると、背後に異様な存在を感じ、振り向いた。その場には、舞がいた。ここまでに早い移動は中々見れないものだ。一体、どういう血能だ……? 思考を巡らせると、彼女は刀を振り下ろす。ギリギリ受け流すのに間に合ったが、彼女は何度も何度も刀を振り下ろす。
その度に電撃が彼に与えられる。それ以上に、彼女の刀を振り下ろしてくる力が重くなっていた。
「ぐう――!」
思わず唸る剣沢。あえて一撃食らい、左肩からその先までを失う。血が流れながらも、彼は間合いを取るためにジャンプし、コンテナの上に着地した。そして、欠損した部位を再生させる。ここまでの力や移動、それはまるで――吸血鬼のようだ。
舞はその様子を敢えて眺めていた。次に、彼女は左手を彼に向けてかざした。その行動に疑問を浮かべる。瞬間、彼のすぐ下の地面に六つの光が点滅した。危険を感じた彼はその場から離れようとする。が、間に合わず地面から発生した刃が彼の左足を切断した。
「あれは……隔野百合亜の『遠隔操作』……なんで舞がそれを……!?」
実際に御影が見たわけではないが、以前秋奈からあげられた報告書に記載されていた吸血鬼の血能と似ていた――というよりも全く同じだ。
「その様な血能まで持ち合わせているとは……!」
切断された足を再生させつつ、斬りかかってきた舞の攻撃をいなす。舞は不敵な笑みを浮かべて一度剣沢から距離をとった。そして、刃を夜空に向けた。
「『火超封月/限界突破』」――舞は冷酷に告げる。
刹那、十数個の火球が空に現れる。火球の赤き光が地面と剣沢を照らした。彼は回避しようと動き出す。同時に、空に浮かぶ火球の全てが彼に向って放たれた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
断末魔のような叫び声が上がるが、火球が彼と地面に衝突する爆音でかき消される。砂埃が舞い、中規模なクレーターがその場に出来上がっていた。そして、クレーターの中央には黒く焦げた剣沢の姿があった。
彼の体から蒼い粒子が溢れ、次第に焦げた肌は元通りに再生された。
危なかった――。彼は戦慄していた。危うく爆死してしまう寸前だった。ギリギリの場面で自身にCe粒子の膜を作り爆発から身を守ったのだ。
「――なんだ、まだ生きてたの……残念」
舞は冷たく彼に言い放つ。
「生憎我はしぶとい吸血鬼でね。だが――」
これ以上彼女と戦うのは危険だ。突然の能力の上昇を見せた舞に加え、度重なる欠損の再生――かなりのCe粒子を消費した。さらにここに隊長格が現れれば流石に死ぬ――。撤退するのみだ。その時、背後から人影が現れる。
「これ以上闘えば君は死ぬ。そうなる前に一度戻れ」
「――グヴィラス」
彼の背後に現れたのは、黒いフードコートを身に纏った白髪交じりの初老の男性……舞が以前見た映像の中に居た吸血鬼だ。
「――あなた、見覚えがある」
「ほう? どこかで出会ったかね? 君と会った覚えは私にはないのだが」
彼女はグヴィラスに向かって言うと、彼は首を傾げて答えた。
「まあいい。我々の大いなる目的を前にして、十三番目の席を失ってもらうわけにはいかないのだ。撤退するのだ。剣沢」
「――そのつもりだ。言われるまでもない」
「待ちなさいよ。まんまと逃がすわけにはいかないのよ、吸血鬼を。あんたたちを殺して――」
舞が臨戦態勢に入った瞬間に、グヴィラスは彼女に手をかざす。すると、舞は事切れたかのようにその場に崩れ落ちた。そして舞に御影が駆け寄る。息はしているのを確認できたので、死んだわけはないようだが、一体何をされたのか……?
「すまないね、手を出すつもりはなかったのだが煩わしいので一度眠らせてもらった。安心したまえ、そのうち目が覚める」
「……あなた達、一体何が目的よ……というよりも、あなた達は一体何なのよ!」
淡々と語るグヴィラスに御影が叫ぶ。すると、剣沢とグヴィラスは左の手の甲を彼女に向けた。彼女はそれを見て刀を構える。徐々に手の甲に黒い何かの文字が浮かび上がる。それは、ローマ数字でⅩⅢとⅢを表していた。
「――私は真祖第Ⅲ位『心裏』・グヴィラス=イッサカル」
「……我は真祖第ⅩⅢ位『剣聖』・剣沢宗司」
「真祖……ですって……」
御影は戦慄した。今までほとんど確認できていなかった超強力な吸血鬼、真祖――。それが二体も居たのだ。しかも、片方は自身の因縁の相手である。だが彼女は疑問に思った。以前、ユグドラシルとして出会ったとき、彼は真祖として認定されていなかったはずだ。いつ……彼は真祖になった?
「そう。我々は『真祖十三血鬼』――。いずれまた会おうことになるだろう。その時まで、さらばだ。血鬼祓の娘たちよ」
そう言ってグヴィラスがコートを祓うと、忽然と彼らは消え去っていた――。




