10:【with the light】
【4月20日の朝】
鬼狩町のとある病院で、彼女――明海葉月はベッドの上で眠りこけていた。彼女は前日の真夜中、『天外墓地』に潜んでいた【吸血鬼】・ヘレナ=ワールシュタットの【血能】によって気を失い、その後【月鬼隊】の隊員達によってここへ連れてこられたのだ。
そして、葉月の足元では、【血鬼祓】の朝霧舞が突っ伏して寝ていた。彼女は秋奈と共にヘレナ=ワールシュタットを倒したのち、一度コンビニで弁当を買い食べた後、月鬼隊に頼みこの病院にまで送ってもらったのだ。そして、今までの疲れが来たのか、葉月の無事な姿を目にして眠りに落ちてしまったのだ。
葉月は目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。彼女は何がなんだか、理解できていなかった。それもそのはず、月鬼隊によって『天外墓地』での出来事と、それに関するオカルト情報の記憶はすべて消去されているからだ。だから、葉月にとっては学園生活をしていたら突然病院のベッドにいる、という事になる。
「あれえ……なんで私、こんなところに……? それに、なんで舞も……?」
ズキズキと痛む頭を押さえながら、葉月は自分の周りを見渡す。そして、彼女は自分の足元に突っ伏して寝る舞を揺らした。
「舞~。起きてよ、舞~!」
「ん……んん……?」
葉月に揺らされた舞が目を覚ます。眠たそうに彼女は目を擦った。そして、葉月の姿を見ると一気に目を見開き抱き着いた。
「良かった、元気そうで!!!!」
「ちょ、ま、舞? どうしたの? ってか、いたいいたい……!」
「あ、ごめん、つい……」
舞は恥ずかしそうにして一度葉月から離れる。
「多分私、怪我したんだろうけど……」
そう言って葉月は頭に巻かれた包帯を触った。
「全然何が起きたか覚えてないんだよね……舞、何か知らない?」
首を傾げながら葉月が舞に尋ねる。
舞は、昨夜月鬼隊の隊員が言っていた言葉を思い出した。
『明海さんの怪我の理由はこちらのメモに書き記してあるのでそちらに合わせておいてください。くれぐれも今回の吸血鬼のことには触れないようお願いします、朝霧さん』
「ああ、ええと、葉月、あなた昨日夜中に寝ぼけで階段から落ちたのよ。打ち所が良くて済んだから、本当に良かった」
舞は昨夜のメモを思い出しながら葉月に答える。
「階段から落ちたぁ!? 何やってんのよ私!」
「それはこっちのセリフよ」
「階段から転げ落ちたのか~。よく生きてたね、私。本当運が良い」
けらけらと笑いながら葉月は言った。
「今度はもう勘弁してよね、こっちは気が気でなかったんだから」
「えへへ、ごめんごめん。そういえば、今日学校休みだよね?」
葉月はまた笑うと、ベッドの横に置いてあるデジタル時計を見て舞に聞く。
「え? 四月二十日……あ、そうか、今日開校記念日だっけ?」
「そうそう、開校記念日」
私立轟哭高校は一九三二年に当時中学校として建てられた。そして第二次大戦を経て一九四五年の四月二十日、中学・高校の一貫校として再出発した。その後、高校生の募集人数増加により中学校を分離し、現在に至る。
「明海葉月さん」
病室のドアが開き、白色の看護服を着た四十代の女性が入ってくる。
「今から検査を……あら、お友達のお見舞い?」
「あ、はい。そんなものです」
舞が看護師の女性に軽く頭を下げて答える。
「明海さん、今から検査をします。この検査で異常がなかったら帰れますよ」
「本当ですか!」
「はい。さあ、行きましょう。歩くのが無理そうなら車いす、持ってきましょうか?」
「大丈夫です、歩けますから! 舞、また後で電話するからどっかで待ってて!」
葉月はベッドから軽快に立ち上がり、看護師と共に出て行きながら、舞にそう言った。
「わかった」
舞はそう頷くと、彼女もまた病室から出て行った。
約三十分後、病院の近くのコンビニで待っているところに、スマートフォンに葉月から着信が入る。舞はコンビニから出て電話に出る。
「もしもし、葉月」
『あ、舞? めでたく退院できるようだからさ、今日一日私と一緒に遊びに行こ?』
「今日?」
舞は葉月の提案に一瞬悩むものの、直ぐに提案を飲むつもりだった。一週間で二体もの吸血鬼の討伐があったことにより、今日は舞と秋奈の二人はオフとなっているからだ。それに学校は開校記念日で休み。二人で遊ぶのにはもってこいの日だからだ。
『どう、行けそう?』
夕映が舞に尋ねる。
「大丈夫、行けるよ」
『本当!? やった、じゃあ今すぐ行くね! 今どこにいるの?』
「えっと、病院を出て直ぐ右に曲がった角にあるコンビニの前かな」
『了解! 待っててね、直ぐ行くから!』
そう言うと葉月は通話を切る。舞はスマートフォンの電話帳を開き、秋奈に電話を掛ける。中々彼女は電話に出ず、八コール目で漸く秋奈が電話に出る
『ふぁい……もひもひ……』
「おはよう、秋奈ちゃん」
ものすごく眠そうな声で秋奈が電話に出ると、舞が寝ぼけた彼女にあいさつする。
『はいおはよう……どうしたの、こんな朝早く』
「もう九時だけど?」
『昨日寝たのが四時のあたしにとっては九時なんて早朝だよ……』
「昨日家に帰ったの一時くらいなのにその間なにやってたの?」
『え、スマホでゲーム……』
「自業自得ね」
きっぱりと舞が言い切った。
『だって一度やったらなかなか抜け出せないんだもん……』
「知らないわよ。連絡だけしかできないようにガラケーにしてやりましょうか。まあ、それはいいとして、今日ってオフだったよね?」
『それだけはやめて~……。うん、今日はオフのはずだよ~』
「そう、それが確認できてよかった。ちょっと出かけてくるからね。もし何かあれば電話じゃなくてメールでお願いね」
『お出かけ? 昨日あんなに大変だったのにバイタルすごいねえ~。はい、分かった……それじゃあおやすみ』
「はい、おやすみ」
ブツンと電話が切れる。丁度その時、コンビニの前にいる舞に向かって葉月が駆けてくる。
「まーいー! お待たせ~!!」
「葉月」
葉月は病室に居た時つけていた包帯がすべて取られていた。
「包帯全部取れたんだ」
「うん、その代わりに痛み止めの薬貰ってきたんだ。っていうか、何で階段から落ちたのに財布もってたんだろ?」
「さあ? 寝ぼけてたんだから何やってても不思議じゃないよ」
「そう? まあいいや、先ずはどこに行こう――って、舞、制服のままじゃん!」
葉月は舞の姿を見て言う。舞は家でシャワーをして直ぐに出ていくとき、私服を選んでいる暇は無かった(というよりも私服が殆どない)ため、制服を着て出てきたのだ。
「これが一番着やすいの。気にしない」
「いいや、ダメだね。よし、先に行くのは服屋さん! 決定! お金はあるでしょ?」
「ええ……一応あるけど……」
「よし、行くよ! 中学に上がってから今日に至るまでの五年間……何度も何度も舞に私服を買わせようとして逃げられたけど、やっと今日! 服を買わせることができる!」
「なんでそんなテンションに……」
「ごちゃごちゃ言わない! 一番大きいショッピングモールは南城町にあったっけ、地下鉄乗って行くよ!」
「はいはい、わかっ――!?」
葉月は舞の手を引っ張って、コンビニから地下鉄の駅に向かって行く。夕映の強引な言い方に舞は呆れつつも、満更でもなさそうな表情で、夕映に付いて行った。
午前十時半頃――。
祓間市の南方、南城町。
この町は祓間市や鬼狩町と異なり住宅街やビジネス街は少なく、商店が多く立ち並ぶ町であり、中でも町の中央に在るショッピングモールは東京都内でも五本の指に入る程の大きさで、連日多くの人々が訪れていた。
舞と葉月は地下鉄でショッピングモールの最寄駅まで来ると、そこから歩き五分もしないうちにショッピングモールの入口に辿り着く。
「いやあ、いつみても大きいね此処は」
目の前に立っている茶色の巨大な建物を見て、葉月がつぶやく。
「それより人、多くない? 今日平日なのに……」
「ここは何時もこんなもんだって。よし、服屋さんは二階だったかな、行くよ、舞!」
「ちょ、そんな強く引っ張らないでよ!」
彼女たちは二階のブディックエリアに行くと、そこに構えるさまざまな店を回った。デザインに定評のある店、価格が安い店、セール中の店……気が付けば時刻は午後十二時を回ろうとしていた。
「ねえ、もうこれでいいんじゃない?」
店を見疲れたのか、舞が自分で服を選び、それを葉月に見せる。
「ねずみのキャラクターのパーカーに、ダメージジーンズ、そして麦わら帽子……舞、あのさぁ」
「何?」
「舞って、びっくりするくらいファッションセンスないよね」
「!?」
「『!?』じゃないよ、なにこれ。今時中学生の男子でもこんな恰好しないって。ほら、葉月ちゃんが選んだコーディネート、着て見なさい!」
葉月が舞に服を渡すと、彼女を試着室に押し込んだ。
数分後、葉月が中に入っている舞に尋ねる。
「舞~? 着れた? いくらファッションセンスがなくても服くらい着れるよね?」
少し笑いながら葉月が尋ねるものの、舞からの返答はない。「まーい?」と、もう一度呼びかけるも、やはり返答はない。不思議に思った葉月が、「開けるよ?」と言って、舞の入っている試着室の中を覗き込んだ。すると、中には葉月の渡した服を試着し、鏡を見つめている舞の姿があった。
舞の着ている服は、真っ白なワンピースに、薄い桜色のカーディガンを羽織り、靴は茶色のロングブーツを履いていた。
「あれ? もしかして舞、自分の姿に見とれてた?」
ぷぷぷ、と笑いながら、舞に言う。それに気づいた舞は顔を真っ赤にして振り返り、葉月の顔を見ると直ぐにそれを否定する。
「べ、別に見とれていたわけじゃなくて、その、あの、顔にゴミが……!」
「もう、そんなに否定しなくたっていいじゃん」
「う、うるさい!」
舞は思わず葉月の頬を軽く突こうとしたが、彼女は一瞬で顔を外にひっこめる。そして、もう一度、試着室の中を覗き込んだ。
「どうよ、私の選んだ服は」
葉月が舞に尋ねる。
「…………最高」
「ん? 全然聞こえないよ~? もっとほら、この私に聞こえるように、ほら」と、葉月は更にニヤついて言う。
「最高って言ってんの! これでいいでしょ!」
吹っ切れたように舞が夕映に言った。
「あはは、もう、さっさとそう言えばいいのに、舞ったら。じゃ、それ買おっか? 結構安かったし、お財布にも優しいと思うよ?」
「うん。とりあえず脱がないと。……」
舞は未だに試着室の中を覗き込む葉月を見る。「?」と、葉月は不思議そうな表情で舞を見た。
「今から着替えるから引っ込みなさい」
「え、でも女の子同士なんだから――」
「早く」
舞はキッと葉月を睨んだ。「はーい、ごめんごめん」と言って彼女は顔をひっこめる。その前に、葉月は舞に向かって一言「かわいいよ、舞」と言った。
「なっ……!」
舞はまた顔を赤くして振り向くが、すでに葉月は外に出た後だった。
「さて、お昼はどうしよう?」
二人は服を購入し、店を出るとショッピングモールの二階フロアをゆっくりと歩いていた。多くのカップルや夫婦、家族連れに友人グループ……多くの人々がすれ違い、追い抜かれていく。どの人々も、ここで勝ったのであろう品を入れた紙袋を持っていた。
「お昼ねえ……普段コンビニ弁当ばっかりだから何食べていいのかさっぱり」
舞は淡々と言った。近頃は自炊もするようになったが、舞は朝が極端に弱いため、学校の昼ご飯に弁当を持っていくことができていなかった。
「コンビニ弁当は身体に悪いっていうから、できるだけ食堂とかで食べたほうがいいよ?」
「食堂いつも混んでるから嫌だ」
「はあ……時々舞のことが同い年の女の子とは思えない……」
「うるさい。で、お昼どうするの? 確か四階にフードコートあった気がするけど」
「あ、そういえば!」
葉月が何かを思い出したのか、大きな声で言った。
「何、突然大きな声出して」
「ほら、この前一緒に行こうって言ってたパンケーキ屋さんあったでしょ?」
「ああ……私が忙しくていけないって言った奴だっけ」
「そうそう。そこのお店、支店なんだよね。で、ここのフードコートにパンケーキ屋さんの本店があるんだ、そこ行こうよ!」
「ええ、お昼にパンケーキ……?」
舞は少し嫌がる表情を見せる。
「そんな嫌な顔しなくても……大丈夫、そこのパンケーキ屋さん、惣菜パンケーキもあるから」
「惣菜パンケーキ? 何それ。総菜パンみたいなの?」
「そう、ピザ風のパンケーキとか、目玉焼き乗っけたやつとか」
「へえ……何か面白そう……」
葉月の説明を聞いて、舞は少しその惣菜パンケーキに興味を持った。
「じゃあ、そこ行こっか! この前のリベンジだよ!」
葉月はそう言うと、舞の手を握った。
「……うん。食べ過ぎないようにね?」
「あー……それは保障出来ないかも」
二人は他愛のない会話を交わしながら、四階にあるフードコートへと向かって行った。
ショッピングモールの四階にあるフードコートはお昼時であることもあってか大変混んでいた。舞と葉月が向かったパンケーキショップは、他の店よりも客足は少なかった。やはり、昼ご飯にパンケーキを食べようとする人は少ないのだろうか。
数分もしないうちに二人は注文したパンケーキを店員から受け取り、近くの二人用のテーブルに腰を下ろした。
「舞は頼んだのは……ピザ風パンケーキ?」
舞のトレイに乗っていたのは、パンケーキにトマトソースを塗り、チーズとベーコン、バジルを一緒に焼いたピザ風のパンケーキと、もう一つあった。
「うん。それとキーマカレー乗せパンケーキ」
ミンチ肉をカレー粉などのスパイスで味付けしたキーマカレーをパンケーキに乗せた物もあった・。
「へえ、美味しそう。でもいいの? 普通の奴食べなくてさ」
「いいの。お昼ご飯に甘いもの食べれないから、私。逆に葉月は……正気?」
「何が?」
夕映の目の前にあるパンケーキは、舞の頼んだ惣菜パンケーキや、ノーマルなものでもなく、パンケーキが、十段以上も積み上げられホイップクリームやフルーツ、チョコレートソースなどでデコレーションされた、巨大なパンケーキタワーの様だった。
「この『超☆デカ盛り☆パンケーキタワー』がどうかした?」
「ツッコミどころ多過ぎてもう何も言えない」
舞は葉月の前にあるパンケーキタワーを冷ややかな目で見た。以前から甘いものがそこまで好みではない舞にとって、葉月の頼んだ品はとてつもなく威圧感がすごかった。
「まあまあ、人生食べたいものを食べておかないと楽しめないよ?」
「だからって度が過ぎてるでしょ……」
「舞も舞でもっと食べたらいいのに。それだけで足りるの?」
「余裕で足りる。むしろ多いくらいよ」
「燃費が良いんだねえ。よし、食べよっか!」
「そうね。はい、いただきます」
「いただきます!」
二人は手を合わせてそう言うと、ナイフとフォークを手にパンケーキを食べ始めた。舞はちびちびと切り取ってそれを食べる中、葉月はパンケーキを切らずに一枚を一口で平らげる。舞はその様子を見て一瞬戦慄するが、何も見てなかったように思い込んで、自分のパンケーキを食べ進めた。
「そういえばさ」
食べ進める中、葉月が口を開いた。
「何?」
舞はフォークとナイフを置くと、紙コップに入った野菜ジュースをストローで飲み、葉月に応える。
「昨日、私が階段から転げ落ちたって言ってたじゃん?」
「ああ……言ったね」
「でもさ、どうしてもそんな気がしないんだよね~」
葉月はパンケーキの一枚を空に舞い上げると、落下してきたそれを一口で喰らった。
「なんで?」
「いや、こういった理由があるわけじゃないんだけどさ。なんとなくって感じ?」
「何よそれ、頭打ってちょっと混乱してるだけじゃない?」
「そうかなあ? まあ、死んだりとかしたわけじゃないからいいんだけどさ。今もこうして美味しいパンケーキ食べれてるわけだし。それに舞と一緒で」
葉月は舞に向かって微笑むと、また一枚パンケーキを一口で食べる。
(葉月って本当、恥ずかしい事よく真顔で言えるわね……)
舞は少し頬を赤く染めながら思った。
「でも、何か大切な事を忘れてる気がして……うーん、なんだろうなあ……」
昨夜月鬼隊の隊員たちが車内で施した記憶消去により、葉月は『天外墓地』での出来事はすべて忘れている。さらに、消去された記憶は、別の物事からの連想により蘇る可能性もある為、オカルト情報等の記憶もすべて消されていた。当然、彼女のスマートフォンに保存されていた写真も消されていた。
舞は、夕映の言う『大切な事』とは、オカルト趣味のことだろうだと思った。
「まあいいじゃない。もしかしたらいつか急に思い出すかもしれないし」
「ええ~。なんか他人事だと思って適当に言ってない?」
「言ってないわよ、全然」
もし葉月が記憶を思い出したら困るのは舞自身であるため、できる限り彼女にあの事の記憶が蘇らないように舞は願った。
記憶消去は脳に過大な負担がかかる為、そう何度も施すことは出来ない。一歩間違えば廃人になる可能性だってあるのだ。葉月にもし二度目の記憶消去を施し、廃人化すれば……そんな事、舞には耐えられないだろう。
「ご馳走様!」
十数分後、葉月はあれだけ積まれていたパンケーキタワーをいとも容易く平らげてしまった。そして、満足そうに紙コップに入ったコーラを飲み干した。
「マジで食べきったの!?」
舞は驚き、葉月に尋ねる。
「もっちろん。私の大食いの能力、舐めて貰っちゃ困るよ!」
「嘘でしょ……。それだけ食べて太らないってどういうことなの……?」
「ふふふ、私はこれでも太らない体質なの! だから部活も文化系でも問題無し!」
ドヤ顔を見せる葉月を見て、舞は唖然とした。目の前に座るあの小柄な彼女の一体どこにあの量のパンケーキが入っているのか不思議で仕方なかった。
「それ、私以外の女の子が聞いたら怒るわよ」
「へ? なんで?」
「胸に手を当ててよーく考えて見なさい」
「それ、胸の小さい私に対しての嫌味かな?」
「別にそういうわけじゃあ……食べ終わったことだし、そろそろ行きましょ。次、どこ行く?」
「お、舞ったら案外ノリノリじゃん。そうだね~。そういえばここ、最近映画館が新設されたらしいし、そこで何か見ていく?」
「へえ、映画館ねえ。良いけど、何か今やってる映画で面白いものあったっけ?」
「う~ん、あんまり覚えてないなあ。とりあえず映画館行ってみて何があるか見てから決めようよ」
「わかった。じゃあ、早くトレイ片付けに行くよ」
舞はそういうと、トレイを手に取って席を立つ。葉月もそれに続いた。
葉月は、先に進む舞の後ろ姿を見た。刹那、彼女の脳裏に何かの映像がフラッシュバックした。それは、赤く輝く粒子を身体から放出させ、刀を構える舞の姿。しかし、その映像は、一秒もしないうちに途切れてしまう。
(今の……舞……? なんでこんなのが……?)
「葉月? どうしたの?」
トレイを持ったまま立ち尽くす葉月に舞が声を掛けた。はっとして、彼女は舞の顔を見る。
「いや、なんでもないよ。ごめんごめん、直ぐ行く」
彼女は笑みを舞に見せ、駆け足でトレイをパンケーキ屋の回収口に置くと、舞に合流し、新設されたという映画館へ向かった。
八時間後……。
舞と葉月の二人は映画館へ行ったが、目当ての映画の時間が午後六時からしかなかったため、それまでショッピングモールの店をいろいろと見て回った。
先ず舞の趣味であった読書のことを考え、ショッピングモール内の大型書店へ行き、何冊かの文庫本を購入した。葉月は舞とは打って変わって少女マンガのコーナーに入り浸っていた。本人いわく「小説は字が小さいから読みたくない」らしい。
次に、葉月が気になっていたスマートフォンのアクセサリ専門ショップへ行くと、葉月はピンク色に花柄のシリコンケースと、舞とお揃いの、水晶を模したイヤホンジャックを購入した。
そうしているうちに、映画の時間となり、二人はショッピングモール最上階にあった映画館へ行き、先に購入していたチケットを見せ、シアターへ入って行った。二人が選んだのは、最近(一部のマニアの間で)話題になっていた漫画を原作とした実写映画だった。人の言葉を喋るようになったトイレットペーパーと平凡な高校生が、世界を襲うナチスの生き残りと魔法でバトルするという何ともカオスな内容であったが、出演者の演技と映像美、そして有名な脚本家による感動のシナリオで、実写映画とは思えない素晴らしいクオリティであった。
二人は映画を観終わると、ショッピングモールから名残惜しそうに出て、地下鉄で帰路についた。
「いやあ、なんでだろう、とてつもなくカオスな内容だったのにすごく感動したなあ、『ノットワンダーランド』」
葉月は買ったものを入れた紙袋を抱えて座りながら言った。
「あれ原作何冊出てるんだっけ? ちょっと気になるかも」
「お、小説しか興味ない舞が初めて漫画に興味を……!?」
「いや、あれは興味を持たざるを得ないでしょ……調べて見よ……」
舞はスマートフォンで映画のタイトルを検索する。
「十巻まで出てて累計四千万部……かなり人気なんだ。十巻くらいなら買えるかも」
「あ、もし買ったら貸してね」
「買ったらね。まだ分からないよ」
そういうと、舞はスマートフォンをポケットに戻した。地下鉄がスピードを落とし始め、同時に車内にアナウンスが響く。
『次は、鬼狩町、次は鬼狩町――。都営線にお乗換えの方は、この駅で降車ください――』
「着いた~。舞はここでいいんだっけ?」
二人は座席から立ち上がると、ドアの前に立つ。
「うん。私はここから歩いたら家着くし。葉月は都営線乗換だっけ?」
「そうだよ。鬼狩町の外れだから地下鉄ないんだよねえ~」
車両が完全に停車すれば、ドアがガララと音を立てて開く。二人は車両から降りると、改札につながるエレベーターに乗った。時間は午後九時、会社帰りのサラリーマンが多く駅舎内を行きかっていた。
二人は改札を出ると、東出口と都営線へつながる西口に各々別れることとなった。
「それじゃあ、また明日ね、舞!」
「うん。また明日。誘ってくれてありがとう、今日、楽しかった」
「えへへ、どういたしまして。また時間ができたら遊びに行こう? 舞とならいつだって遊べるから」
「時間が出来たら、ね。頭痛くない? 大丈夫?」
「お昼の痛み止めが効いてて全然」
「そう。ちゃんと薬飲みなよ? お大事に」
「わかってるって、舞って時々お母さんみたいなこと言うんだから。じゃあ、ばいばい!」
「ん、おやすみ」
葉月は元気に舞へ大きく手を振って微笑むと、舞も小さく葉月に手を振った。そして二人は離れると、舞は東口へ、夕映は西口へ歩いて行く。そして二人の姿は、雑踏の中へかき消されていく――。
故に、舞は気付いていなかったのだ。
自分達を見つめる、異形の視線に。
駅舎内の柱の陰に、『彼女』がいた――。
「二年見なかっただけで、ずいぶん甘っちょろくなったね。甘くて甘くて甘くて甘くて、飲んだ血を吐き出しそうだよ。舞ちゃん」
そう言って、紅と蒼の二色の眼を持つ少女は艶めかしく微笑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、本当に楽しかったなあ……あ、でも結局『大切な事』がなんだったのか思い出せず仕舞いじゃん……」
都営線を降り、葉月は一人、駅前の繁華街を歩きながらつぶやく。
(お昼の時に見たあの舞の姿……なんか見たことあるようなないような……うーん……)
考え事をしながら歩く葉月を、四つの目がビルの屋上から見つめる。一人は、駅舎内に潜んでいた、オッドアイの少女。そしてもう一人は、みすぼらしい服装をしたくしゃくしゃの髪をした男性だった。
「俺はあいつを襲えばいいんですかい?」
葉月の姿を確認すれば、男は少女に尋ねる。発言からして、彼もまた吸血鬼なのだろう。少女はそれを聞くと軽く頷く。
「そうだよ。彼女は明海葉月――。舞ちゃんの唯一の親友だ。久しぶりに見た舞ちゃん、とっても生ぬるい目をしてたよ。違う、違うんだよなあ。舞ちゃんの目は、あんなもんじゃないんだよ。だから、元に戻してあげたいんだ」
「理由はよくわからんが、兎に角俺はあいつを殺しゃいんですな?」
「殺しまではしなくても痛めつけてやってよ。あ、君が使えるか知らないけど、この東京都で血能を使うのは控えた方が良いよ」
「それはまた何故?」
少女の言った言葉に、男が聞き返す。
「月鬼隊の奴らが都内にCe粒子を感知する装置をそこら中に仕掛けてる。普通に武器を精製したりするくらいじゃ何ともないけど、あまり長い時間大量のCe粒子を使ってると装置が反応して直ぐに月鬼隊の本部に位置情報が伝わるから」
「へえ、俺はかれこれ五十年生きてますが血鬼祓の野郎ども、そこまで進歩してたんですかい。にしても御嬢ちゃん、血鬼祓について詳しいんですな」
男は感心する表情になった。
「ちょっと色々あってね。話せば長くなるよ」
「そうですかい。じゃあ、俺はやることをやってきますわ。さいなら」
男性の吸血鬼は軽く飛んでビルから飛び降り、葉月の歩いた方向へと向かって行った。
「あは、あはは、あははははははははははははははは!!!! ねえ、舞ちゃん、あの時の目をまた見せてくれるかな! ボク、私、ぼく、わたし、楽しみで仕方ないよ!! あははは!! 舞ちゃんのそんな生ぬるい目、ボク見たくないよ! だから、だから、だから!!」
少女は半ば発狂しながら言えば、一度深呼吸をし、何かを抑えるようにして気を落ち着ける。
「キミの大切なモノ、壊しちゃえばまた会えるよね? あの頃の、舞ちゃんに――」
そう言えば、彼女はまた妖艶な笑みを浮かべて、星空を見つめた――。
The image of the title is…
『with the light』(2015) produced by fripSide




