09:【Livingdead】-後編
「おねえちゃんたちはおもちゃ……おもちゃ、かわいい、おもちゃ……わたしの、ヘレナの、だいすきなおもちゃ!!」
心霊現象の噂が絶えない鬼狩町の郊外にある『天外墓地』に潜んでいた【吸血鬼】は幼い少女であった。名前はヘレナ=ワールシュタット。彼女が、今まで起きていた心霊現象・『火の玉』と『歩く骸骨』の原因であった。
舞は骸骨によって吹き飛ばされ、気絶し倒れる夕映の元にまで行くと、骸骨と火の玉を並べこちらを見ているヘレナを懐中電灯で照らし、睨んだ。
「今までの心霊現象……全部あなたの仕業だったのね?」
「しわざ……しわざ……? わたしは、遊ぶ、遊ぶだけ……おねえちゃんたちとあそぶだけ……!! べつのおねえちゃんには逃げられたから、次はぜったい……!!」
彼女には舞の言ってる言葉が時折理解できていないようだった。
ヘレナが大きな声を上げ、火の玉の輝きを消せば、骸骨が再びこちらへ向かって歩き出す。そのスピードはさっきよりも早くなっている。
「来なさい、そんな全身骨野郎、私が粉々にしてやる……!」
舞はもう一度葉月を見て、気絶していることを確認すれば、再びこちらに向かってくる骸骨に目を見据える。
「『斬鬼』、装展!!」
舞が大声で言う。
直後、彼女から赤く輝く粒子があふれ出し、そのすべてが彼女の手元に集まる。数秒もしないうちにそれは一つの塊となり、白く塗られた刃を持ち、柄が黒く塗られた日本刀――、吸血鬼を殺すための武器、【刃機】が姿を現した。
すでに刀身には赤い電流が音を鳴らして纏っていた。
「赤き閃光、敵を斬り裂け『雷光刹火』
舞は刀を構え、こちらへ向かってくる骸骨に向かい、刀を振った。赤い電流を纏った斬撃が、速いスピードで骸骨に直撃した。骸骨はその衝撃で弾け飛びバラバラになって地面に落ちる。舞はそれを見届けると、奥にいるヘレナに向かって走り出す。
その様子を見ていたヘレナが叫んだ。
「わたしの、わたしのおもちゃを……こわすなあああ!!」
その叫びはとても高く、耳が痛い。それでも、舞はヘレナに向かって走り出そうとした。その時、彼女の足首を誰かが掴んだ。その所為で舞は正面から倒れ込む。ギリギリで左手で受け身を取り、顔面が地面に直撃することは避けた。
「な、何が……?」
舞は直ぐに自分の足首を見た。さっき壊した骸骨が再生して掴んだろうと舞は考えたが、その正体は予想を遥かに上回っていた。
「地面から、人が……!?」
そう、彼女の足首は、地面から半身這いずって出てきていた青く輝く人間の手が掴んでいたのだ。『歩く骸骨』に地面から這いずり出てきた青く輝く死人の様な人間。まさにこれは季節外れの怪談話だ。舞は右手に握っていた刀で、足首をつかむ腕を斬り飛ばす。死人は「おおおお……」とうめき声をあげた。
「死人を蘇らせるなんて、趣味悪過ぎ……!」
舞は這いずり出ていた死人の首を刀で斬り飛ばせば、その死人は青く輝く粒子となって霧散する。周りを見ると、ほぼすべての墓場から、青く輝く死人と、歩く骸骨が這いずり出てきていた。
「しゅみ……? 違うよ、これは、ヘレナのおもちゃ。わたしの言うことを、きいてくれる、とってもおもしろいおもちゃなの……わたし、おねえちゃんのこと、きにいった、へれなの、あたらしいおもちゃに、する!」
ヘレナはにやにやと笑みを浮かべれば、火の玉を手のひらの上に浮かばせ、高くそれを掲げた。おそらく、あれが死人や骸骨を操るためのコントローラーなのだろう。
舞は、夕映を庇いながら自分の元へ向かってくる大量の死人や骸骨に向かい斬撃を飛ばす。
「邪魔なのよ……!」
倒しても倒してもこちらへ向かってくる死人や骸骨に対して舞は愚痴をこぼす。このままでは量で圧倒され、勝つことは出来ない……!
その時、ヘレナの立っている遥か向こうからいくつかの真っ赤に燃えて強く輝く流星が、落ちてくるのではなく空に向かって流れていく。それは、輝きを失うことなく、むしろより一層輝いている。
ヘレナや舞がそれに目を奪われた。そして驚くことに、死人や骸骨たちもその輝きに目を奪われているのか、動きを止めた。
舞はその隙に、夕映を抱えてその場から離れた。戦うにしても、このまま夕映を庇いつつ戦うことは彼女自身にとっても負担であり、夕映を危険に曝すことになるからだ。何の力も持たない人間ならば、同じくらいの体重を持つ人間を抱えて走ることはほぼ不可能に近いが、体内のCe粒子を半覚醒状態にある【血鬼祓】であれば、通常の人間と比べ身体能力も向上されているので、人一人抱えて走ることは容易い。
彼女が墓地の出入り口に辿り着くと、黒塗りの大型車が数台止まり、舞や秋奈と同じ【月鬼隊】の隊服を着た男性や女性が綺麗に並んでいた。その中の一人が、墓地から現れた舞へ向かってくる。
「大丈夫ですか? 朝霧さん」
その長身の男性は、舞に向かって尋ねる。舞は訓練生の時に何度かこの男を見たことがあるが、名前までは知らなかった。
「私は大丈夫です。ただ、この子が頭を打って気絶しちゃって……ええと……」
「白銀です。白銀善人。第六部隊の。あなたと同じ副隊長ですよ。朝霧舞さん」
舞が自分の名前をわかっていないことに気付いた善人は、優しい口調で答えた。舞はなんだか申し訳ない気持ちになってしまった。
「取りあえず、その子――ええと、明海葉月さんでしたか? 彼女は直ぐ近くの病院へ搬送します。一応聞きますが、彼女に血鬼祓としての姿は見られてませんか?」
「多分……大丈夫です」
「そうですか。一応こちらで、この夜にあった出来事の記憶は消去しますので、あなたも話を合わせるように。良いですね?」
「はい。あの、何で第六部隊の人たちが……?」
今の今まで……といってもまだ二日だが、自分と秋奈以外の血鬼祓がこの町へやってくることはなかった。ゆえに、今回彼らがここに着ていることを舞は疑問に思った。
「星詠さんから月鬼隊に連絡がありまして。『もしかしたら一般人のけが人が出るかもしれないから救護班呼んでおいて』と。その時ほかの部隊の方々はほぼ出払っていて、隊長も今日は非番でしたので私が」
「そうだったんですか……ありがとうございます」
舞は善人の話を聞くと、深く頭を下げた。
「そうかしこまらないで下さいよ。協力するのは当たり前じゃないですか、同じ月鬼隊の仲間なんですから。まだ吸血鬼の討伐は出来ていないんでしょう? 行かなくて良いんですか?」
善人は首を傾げて、墓地の方を見る。
「そうだった……! すみません、本当にありがとうございます! それでは!」
舞は口早にそう言うと、振り返って墓地の中へ走って、暗闇の中に消えて行った。その様子を善人は微笑みながら見て、ひとり呟く。
「まだまともだったころの『あの子』に似ていますね――。朝霧さんは、『あの子』みたいにならないといいんですが……」
「隊長、搬送の準備ができました」
ひとりの女性隊員が、善人に向かって言った。彼は「分かりました」と微笑みながら言うと、黒い大型車に向かって歩き出した。
「これであいつらの注意を引けたはず……」
空に輝く赤い光を見ながら秋奈は一人呟いた。実際、彼女の周りにいる死人たちや骸骨は、空に輝く光に向かって歩き集まっていた。そんな様子を秋奈は木の太い枝の上から眺めてた。
空にあの輝きを放ったのは、秋奈であった。
彼女の血能である『大流星軍』で生み出されたものだ。炎を纏った岩石と生み出し刀身から放つ彼女の血能は、ただ単に撃ち出すだけではなく、数を抑えて長く輝かせ、空中にも長く浮かばせることが可能なのだ。
「死んだヒトは光を求めるもの、ってよく言うからねえ」
彼女は既ににヘレナと一度戦っていた。そしてその時ヘレナの血能の弱点に気付いたのだ。彼女は死人や骸骨を墓地から蘇らせることは出来る。その死人や骸骨は生者に対して大きな憎しみを持ち、生者も死者にしようと襲ってくる。そして何よりも、彼らは『光』に反応し、襲ってくる。
『火の玉』と『歩く骸骨』がセットで現れていたのは、そのためである。
ヘレナの浮かばせている青い粒子の火の玉は、骸骨たちを自分の元へやって来させる為にあるのだ。そして、相手が何か光る物を持っていれば、火の玉の輝きを消すことで、骸骨たちはそちらに向かって行く。
秋奈はそのシステムに気付き、葉月を庇いながら戦う舞を援護すべく、『大流星軍』を空に向かって放ち、湧き出ていた死人や骸骨たちの気を引き、夕映を外に待機させた第六部隊の者たちに葉月を預けれるようにしていたのだ。
「よくも……よくも、わたしのおもちゃを!!」
死人たちや骸骨たちが輝きの下に集まる中、ヘレナは一人怒り口調で秋奈のいる木の下にまでやって来た。
「あり? バレちゃった?」
舌をペロリと出して恍けるように秋奈は答える。それを見たヘレナは更に怒った話し方になる。
「なんで邪魔する!! ヘレナの邪魔をする!! お前はわたしと――」
「見つけたわよ!」
ヘレナが言い切る前に、舞が彼女の目の前に現れた。
「あ、舞ちゃん。やっほー」
「秋奈ちゃん!? なんでそこに……って、もしかしてあの光は……」と、舞は未だに輝いている赤い光を指差して言った。
「正解。あれ私のだよ。この子が出す死人や骸骨はみんな光につられてる。だからわたしの【血能】であいつらをおびき寄せてみたんだ」
「成程ね……最初はあの子が操ってるものだと思ってたけど」
そう言って舞はヘレナを見る。彼女はうつむいたまま何も喋らなかった。秋奈は木の枝から地面に飛び降り、ヘレナを見る。
「どうする? いまここで投降……戦う気を捨ててしまえば、殺しはしないけど? 代わりに地下深くの牢獄に永遠に閉じ込められたまま、だけどね?」
「牢獄……?」
「うん。投降した吸血鬼や子供の吸血鬼を閉じ込めておく、ね。最低限の食事は与えられて寿命まで生かされる場所」
「そんなものが……」
訓練生時代、【血鬼祓国際機関】のことについて多くの事を教えられたが、牢獄に関しては殆ど触れられなかった。舞も今の今まで牢獄が存在する事を忘れていた。
「さあ、決めなよ、吸血鬼」
ピンク色に塗られた刃の先を立ち尽くすヘレナに向けて秋奈が冷たく言い放った。
「わ、わたしは……」
ぶるぶると彼女が震えだす。違和感を感じ取ったたのか、秋奈が後ずさりした。それに続いて舞もまた、後ずさりする。
直後、ヘレナから大量の青く輝くCe粒子があふれ出し、さらには地面や周りの木、はてには墓石からもCe粒子が現れ、ヘレナの元に吸収されていく。
「おねえちゃんたちを、ころす……おもちゃ、取られた!! ゆるさないいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
ヘレナが高い声で叫んだ。それは断絶間にも似た叫びだった。その叫びに舞と秋奈は気圧されてさらに後ずさりした。
「何をしようって言うの……!?」
「さあ? 取り敢えず、より面倒になったことは確かだよ……!」
冷や汗を浮かばせ、秋奈が舞の質問に答える。
「ねえ、あれ……!」
秋奈が何かに気付き、舞に言った。舞は秋奈が指差した方向を見る。
「死人と骸骨まで吸収されていってる……!?」
そう、秋奈が空に放った『大流星軍』の下に集まっていた死人や骸骨が、目の追いつけないほどのスピードでヘレナに吸収されていっているのだ。そして、ヘレナの真上に、新たに巨大な何かが形作られていく。
「これはさすがにやばいね!」
「どうするの、秋ちゃん!?」
「一旦退避を――」
秋奈が言った瞬間、ヘレナの上空に集まっていたCe粒子が形を作り、『それ』の一部が、舞と秋奈の間の地面に着く。
「これは……」
舞は、それを見て直ぐにそれが何かが分かった。形こそとてつもなく巨大だが、それは確かに、人の腕の骨の形をしていたのだ。そして、腕だけではない。次々にCe粒子は腕以外の部分も形成し、一分も経たぬうちに巨大な骸骨が、四つん這いでその場に現れたのだ。さながらそれは、妖怪のがしゃどくろ――。
「いくらなんでもやり過ぎじゃないの、これ!」
秋奈はその巨大な骸骨を見て吐き捨てるように言った。
「――『死者組成』:巨人の骸」
巨大な四つん這いの骸骨の真下で、ヘレナは無表情で、舞と秋奈にそう言った。
ヘレナ=ワールシュタット《Helena=Wahlstatt》――彼女はその名前の通り、ドイツ系の吸血鬼である。なぜドイツ系である彼女が遠く離れた極東の孤島、日本にいるのか――。それは、ワールシュタット達の歴史を遡ることになる。
世界で初めて吸血鬼が確認された二十年後の一九〇四年、ドイツの支配下に置かれたポーランドのリーグニッツにてワールシュタット家の初代当主となる吸血鬼が生まれた。彼は自らが生まれた地がかつて『ワールシュタットの戦い』の戦場だったことを知り、自らの名前に『ワールシュタット|《死体の山》』と名付けた。
彼はポーランドからドイツ・ベルリンに移住し、当時の人間社会に溶け込み、起業。瞬く間にドイツの一位・二位を誇る巨大企業となった。
以後、吸血鬼という正体がバレることなくワールシュタット家は続いていた。しかし代三十四代目の当主・ハイヒマン=ワールシュタットの娘・エレナが日本人の吸血鬼と結婚した時から、すべての歯車が狂った。
【血鬼祓国際機関】ドイツ本部の隊員たちの捜査によってワールシュタット家の正体が吸血鬼であることが判明。本部総動員でワールシュタット家掃討作戦が展開。娘のエレナ=ワールシュタットと、その娘であるヘレナ=ワールシュタット、そしてその執事のみが生き残った。
彼女たちはエレナの夫の故郷・日本へ逃げるがその過程でエレナが血鬼祓の手にかかり死亡。執事とヘレナのみが日本の土を踏むことになった。
執事とヘレナは東京を転々とし、かろうじて生きていた。その間に、ヘレナは語学には自信があった執事から日本語を教わり、ヘレナは日本語をある程度はマスターした。
その執事も血鬼祓によって討伐。ついにはワールシュタット家の生き残りはヘレナのみになった。ヘレナはその後また東京を徘徊し、そしてこの鬼狩町の『天外墓地』へ住み着くこととなった――。
「――『死者組成』:巨人の骸」
巨大な四つん這いの骸骨を従えて、ヘレナが言った。
彼女は齢十二歳にしてすでに血能を手にしていた。それは、彼女が歴戦の吸血鬼――だからではない。彼女の父親・母親から受け継がれたものであるからだ。一つの血能――仮にAとする。Aの血能を持った父親が、Aと似た血能――仮にBとする。そのBの血能を持った母親との間に子を設ければ、その子にはAとBを合わせた血能を受け継ぐことになる。
ワールシュタット家はその性質を知り、近親相姦を繰り返していた。初代ワールシュタットが持っていた、『死者を操る』能力が、幾度の近親相姦を経てヘレナに受け継がれ、さらに付加能力まで生み出された。
『死者組成』。
それは、死んだ人間を蘇らせ操る血能である。しかし、本当に蘇るわけではない。Ce粒子で死体や遺骨の生前の情報を読み取り、その姿をCe粒子で再現するのである。そうやって生み出された死体や骸骨に意思はなく、ただ『生者を殺す』という本能のみが宿っている。
本来であれば、その本能すら操れる血能なのだが、彼女は幼いため、制御が効いていなかった。ゆえに、彼女は死体や骸骨が『光につられる性質』を利用し、上手く死体や骸骨を操っているように見せていた。
「あはは……これじゃまるで妖怪のがしゃどくろだよ」
四つん這いの体勢でいる巨大な骸骨を見て秋奈が苦笑しながら言った。
「どうするの、アレ……。どう考えても私の『雷光刹火』とか効くようには見えないけれど……」
「あたしの『大流星軍』もあの大きさじゃ無理っぽいかなあ~」
「ちょっと、そんな呑気に言わないで――」
舞が言い切る前に、巨大骸骨の頭蓋骨の目の部分に、青い光が灯れば、右腕を大きく振り上げて、薙ぎ払うかのように舞や秋奈に向かって振り下ろす。地面をえぐりながらこちらへ突き進む巨大な骨を二人は血鬼祓の身体能力を生かして、ジャンプすることでそれを避ける。すると直ぐに逆の手で秋奈と舞を薙ぎ払おうとする。
「大きいから中々近づけない……!」
舞はまたやって来た骨を避け、巨大骸骨と距離を取る。
『死者組成』:巨人の骸――。
ヘレナには、歴代のワールシュタット家から受け継がれた血能、『死者組成』が宿っている。更に、彼女の母親が持っていたもう一つの血能を、彼女は受け継いでいたのだ。
それは、『モノを巨大化させる能力』――。
ヘレナには、『死者組成』と巨大化の能力『巨人骸骨』の二つが統合されていた。それが、今使用されている血能である。
蘇らせた死者と骸骨をすべて融合し、巨大な一体の骸骨へと変化させ、操る能力。まるでその姿は日本に古来から語り継がれる妖怪・がしゃどくろの様だった。
「秋奈ちゃん! あのでかいのを倒すよりも――」
「操ってる張本人、だね」
舞と秋奈は巨大骸骨の攻撃を受けないため、木の上に上り、その様子を見る。
「当の本人は骸骨の真下……安置にいる」
「よし、舞ちゃんは地上から攻めてみて。いくら骨の距離が長くても、脇腹の部分から行けば対応しきれないと思うから」
「分かった――けど、秋奈ちゃんはどうする気?」
「そりゃあ当然――」
秋奈は不敵な笑みを浮かべて地上で暴れる巨大骸骨を見た。
「空中からに決まってるでしょ!」
「おもちゃ、おもちゃああああああ!! おねえちゃん、ころす!! ムッティ、ファーティ!! ヘレナはいい子!! おじじ、日本語しゃべれるぅぅぅ!!」
ヘレナは頭を抱えて叫ぶと、それに呼応するかのように、巨大骸骨は四つん這いのまま両腕を振り回して暴れる。近くにある墓石や木を怖し、顎の骨を動かしてガチンガチンと音を鳴らす。
そこへ、舞が一人現れた。眼の部分に青い光が宿った頭蓋骨でそれを捉えると、大きく口を開けて両腕を振り上げた。舞はそれと同時に骸骨の真下に居るヘレナに向けて走り出した。
(ギリギリまでこの腕を私に集中させて、地面に着いた瞬間に脇腹に向かって走れば……!)
舞はチラチラと頭上にある振り下ろされた両腕の骨を見た。
そして、彼女に直撃する寸前、舞は自らの持つ反射神経により、紙一重でその腕を避けた。地面に当たった衝撃で少し自分の立つ地面が揺れ、大きな音が鳴った。
舞は直ぐに、脇腹の方へ向かって走り出した。同時に地面に着いていた骨が、彼女を追いかけるように薙ぎ払い始めた。地面の土や墓石をえぐり飛ばし舞を巻き込もうと進む骨。舞のすぐ後ろにまでそれは追いついていた。
「しねえ!! おねえちゃん、おもちゃ!!!!」
その様子を見てヘレナが勝利を確信したのか、歓喜の叫び声を彼女は上げた。
「私は死なないわよ!」
その時、骨の動きがガキン! と音を鳴らして止まった。ヘレナは唖然として腕の骨を見る。すると、骸骨は関節の為これ以上腕を後ろにやれなくなっていたのだ。舞はその隙に骸骨の真下へ滑り込むと、直ぐに体勢を元に戻し、ヘレナの真後ろに立つ。
「覚悟しなさい、(吸血鬼)――」
舞は刀を構える。白く彩られた彼女の刀の刃には赤く光る電流がバチバチと音を立てて走っている。
「あなたはまだ幼いから、せめて牢獄送りにしてあげるわ」
ヘレナはゆっくりとこちらを向けば、悲壮な表情で舞を見る。その表情を見て舞は何を感じたのか、目線を彼女の顔から離して、刀を構える。
「――『雷光刹火』」
舞が刀を大きく振りかぶってから、それを振り払った。飛ばされた斬撃に赤い電流が纏っており、地面や骨に電流を走らせたままヘレナに向かって行った。ヘレナはその場に立ち尽くしたまま動かなかった。
巨大骸骨の真下という安置に居れば、攻撃は喰らわない――そう思い込んでいた幼い彼女にとって、この事態は不測だった。それでも、こちらへ向かってくる斬撃に対処する方法を一つだけ思いつき、それを直ぐに行動に移した。
「おちろ!!」
ヘレナがそういえば、斬撃の走る少し前にあったあばら骨が音もなく抜け落ちたのだ。斬撃はそれに直撃し、粉々に砕け散った。
「骨を落として攻撃を……! これじゃあ『雷光刹火』は通らない……!」
しかし、彼女には骨の妨害など無関係にできうる血能がある。
巨大なCe粒子の塊を放つ『火超封』――。それを使ってしまえば、一発でこの戦いは終わる。しかし、舞は使おうとしなかった。いや、使えなかった。さっき打った『雷光刹火』によって、刃に電流を補充しなければいけなかったからだ。
「おねえちゃん、ころす、つきさす……」
ヘレナがギロリと舞をにらむと、舞の真上の骨が彼女目がけて落ちてきた。舞は反射神経を使いそれを軽々と避けた。
「秋奈ちゃん、早く!!」と、舞は空に向かって言った。
その時、闇に包まれた空から、金髪の少女が、着ている制服を靡かせて刀の先を骸骨と、その先に居るヘレナに向けて落ちてきていた。
「ヒーローは遅れてやってくるものでしょ、なーんて。喰らえ、『大流星軍』!!」
彼女の刃から五つの炎を纏った岩石が放たれた。放たれたスピードと、地球の引力による落下でさらにスピードが加速され、骸骨に向かって行く。
「いやあああああああ!!」
自らに向かって落ちてくる流星を見て、ヘレナは恐怖の叫びをあげた。
そして直後、すべての流星が骸骨の背骨とその周りに直撃した。骨は折れたり砕けたり、遂にはバランスを失い音を立てて崩れ落ちた。
舞は直ぐに骸骨の真下から逃げ出すことができたが、ヘレナはその服装と恐怖から少しも動けないままその落下してきた骨達の下敷きになってしまう。一方、落ちてきていた秋奈は一度背骨に着地し、そこからまたジャンプして近くの地面に舞い降りた。
「決着、かな……?」
秋奈は着地した場所から振り返り、完全に崩れ落ちた骸骨を見て言った。頭蓋骨の目の部分に宿っていた青い光は消え失せており、ヘレナによる操りが無効になったという事を現していた。
「あの子はどうなって……」
舞は下敷きになってしまったヘレナのことを気にした。
「さあ……あんな大量の骨の下敷きになってちゃ、運が良くても全身骨折でしょ。まあ、吸血鬼には【急速再生】があるけれど……」
その時、崩れ落ちた骨がガタっと動いた。
「!?」
「まさか……」
骨が動き、落ちるともともと骨があった場所から、傷だらけで、その傷口から青い粒子を放出しながらヘレナが這いずり出てきた。
秋奈と舞はその姿を見て一度刀を構える。
「しぬ……のは、おねえちゃん……おも……ちゃ……」
見開いた眼でヘレナは舞と秋奈を見て、這いずり彼女たちに向かう。が、そのまま気を失ったのか、その場でうつぶせのまま動かなくなってしまった。
「死んだ……?」
「いや、Ce粒子が身体から放出されてる。急速再生が行われている証拠だよ。だから、死んだってわけじゃないと思う」
秋奈は動かなくなったヘレナを見て言った。二人は刀を霧散させる。
「じゃあこの子はこのまま牢獄送り?」
「だろうね。取り敢えず入口に居る善人さんに連絡して拘束してもらわないと……」
「善人さん……? ああ……」
秋奈の言った名前が誰なのか一瞬分からなかったが、入口に居た第六部隊の副隊長が白銀善人という名前だったのを思い出し。なので、その人のことを指しているのだろうと舞は思った。秋奈はスマートフォンで彼に連絡を取る。
「おやおや、これは……」
その時、舞と秋奈の背後から、初老の男性の声が聞こえた。丁度、秋奈は連絡を終えた。
「この人は……?」
「あたしが今日の昼にあったお坊さんだよ」
「そういうあなたは私がお昼にあった学生さん……と、もう一人は初めましての方ですな。それはそうと、一体何があったんでしょうか……わたしの管理するお墓が、こんなに荒らされていようとは……」
彼は困惑した表情で周りを見る。
破壊された墓石に、えぐられた地面。折れた樹木にバラバラに落ちている骨、そして傷だらけの幼い少女と、高校生二人組。困惑するのも当然だ。
「大丈夫だよ、お坊さん。土地の整理は明日になれば全部直ってるから。それと、お坊さんにはちょっと付いて来て貰わないとね」
「そうか、君たちが……あの子を止めてくれたのですね」
お坊さんは倒れるヘレナの姿を見て言った。
「ただの坊さんの私には、どうすることもできず、放置していたのです……少しでも抑止力になればと、昼にやって来た若者たちに近づかぬように警告し続けていたのですが、どうやら無意味でした。でも、良かった。まさかあなたたちのような若き女性が、止めてしまうとは……」
「それが、私たちの仕事ですから」と、舞が言った。
「単刀直入に言うね。お坊さんにはこの件のことは全部忘れてもらいます。あの子のことも、お墓がここまで荒らされたことも、若者が行方不明になったことも、そして、私たちのことも」
秋奈がそういうと、入口からやって来た月鬼隊の隊員達と副隊長・白銀善人が現れる。
「そうですか、残念だ……あの子は……似ていましたから。ユキコに」
そう言って彼は懐から一枚のかなり古ぼけた写真を取り出した。そこには、丸坊主の少年と、おかっぱ頭の可愛らしい少女が並んで写っている。ユキコはその少女だろうか。確かに、髪色等違えど顔立ちは似ている様に舞は見えた。
「ユキコ?」
「私の妹です。私の小さい頃に病気で先に天国へ旅立ちましたが……。つい、その子にユキコを重ねてしまっていた……。そのせいで、何人も死んでしまった。私は愚かです。然るべき罰を受けなくては」
「お任せください。我々が、そのあなたの罪悪感すら、全て消して差し上げますから。吸血鬼に惑わされてしまった、あなたの罪を」
彼の両隣に隊員が立つと、彼の腕を掴み、ゆっくりと引き連れていく。
「それでは、お二人とも」
彼は秋奈と舞に言うと、隊員に引きつられて行った。他の隊員達は倒れるヘレナを拘束する準備を始めていた。
「お疲れ様、朝霧さんに星詠さん」
善人は秋奈と舞の前に現れ深々とお辞儀する。
「わざわざ夜遅くにありがとうね、善人さん」
「ありがとうございます、白銀先輩」
「いえいえ、月鬼隊の隊員として当たり前のことをしたまでです。さあ、二人とも疲れているでしょう? 入口に車を用意しています。部下に家まで送るように言ってますので。後始末は任せておいてください」
彼は笑顔で二人に告げる。
「ありがと、善人。今度何か食べに行こ!」
「はは、ありがとうございます。ではスパゲッティでお願いします」
「お先に失礼します、白銀先輩」
「いえいえ。今日はゆっくりと休んでください、朝霧さん」
二人は善人にお辞儀して、その場を離れ、出入り口に向かって歩いて行った。
「はあ、疲れた……ねえ、晩御飯ある?」
「ないよ。作る気力もない……」
「ええ~そんなあ~。じゃああたしは何で腹を満たせと!」
「そうだねえ……運転手の人に言ってコンビニで止まってもらってお弁当でも買おう」
「コンビニ弁か……」
「今日だけはそれで済まさせて……」
「はいはい、わかりましたよ~っと――」
戦いを終えた二人の少女の会話が、暗い墓地の中に響いた。
この日を境に、『天外墓地』で起きるという心霊現象は途絶え、オカルトマニアたちの話題からも消え去っていった――。
第三話『リビングデッド』――終。




