毎日食べたい天使のお恵み③
「あれ? 才木、お前昼飯はどうしたんだ?」
朝に栄養たっぷりのサンドイッチを食べたおかげか、いつもよりは午前中を調子良く乗り切れたような気がしていた、昼休みのこと。
俺が人気のない階段の踊り場で寝ようとしていると、友人の牧の声が聞こえてきた。
顔を上げると、奴は俺に見せつけるかのようにでっかい弁当を持って俺の隣に座ってきたのだった。
「相変わらずでけぇな、お前の弁当」
「育ち盛りだからな、これでもまだ足りないぐらいだ。で、今日は飯抜きなのか? いつも購買のパン買ってきてるのに」
「いや、売り切れてたんだ。全部」
「全部!? 購買のパンが売り切れることなんてあるのか!?」
「さぁな。今日は腹を空かせた連中が多かったんだろう」
いつもなら時間が遅くても人気のないパンが残っているのだが、何故か今日は全部売り切れていたのだ。きっとどこからともなく現れた石油王が全部買い占めていったに違いない。
「お前いつもすぐ買いに行くのに、それでも間に合わなかったの?」
「あぁ、廊下でふらついていた女子を見かけたから、保健室まで送ってたんだ」
「毎度のことながら、お前はお人好しが過ぎるよなぁ。お礼にその子のお弁当を分けてもらえばいいのに」
「別に、俺は弁当目的で助けたわけじゃない。ちなみにお前は、そのPlay◯tation5ぐらいアホみたいにデカい弁当を少しは俺に恵んでやろうという気はないのか?」
「まずは俺が満腹になるのを待ってくれ」
どうやら牧は俺に弁当を分けてくれる気はないらしい。毎度毎度、このどでかい弁当をどうやって持ってきてるんだと思うが、牧はこれをペロッと完食してしまうのだから恐ろしい。
「ちなみに才木はどれくらい食える? P◯2ぐらいはいけるか?」
「ゲーム機基準だとわかりにくいだろ。俺がいつも食ってるパンぐらい分けてもらえたら良い」
「毎度思うけど、本当にあれだけで足りるのか?」
「あまり腹を満たすと眠くなるからな」
それに、誰かの弁当を分けてもらうのも悪いし、一食ぐらい抜いても午後を乗りこることは難しくない。むしろ満腹だと眠気に襲われるだろうし、それで授業を台無しにするぐらいなら空腹に苦しむ方が良い。俺ってドMなのかな。
と、俺はとてもまともとは思えない理論武装で空腹を乗り越えようとしていたのだが──。
「ね、才木君」
声がした方を振り返ると、トートバッグを肩に提げた小日向が階段を登ってきていたところだった。
「あ、あぁ小日向か。どうしたんだ?」
そういえば今日の朝、この階段の踊り場で小日向からサンドイッチをいただいたばかりだが、いやサンドイッチ売りの少女から小日向が購入したサンドイッチをいただいたばかりだが、まさかこんなところに小日向が現れるとは。
「うおっ、小日向さんじゃん。俺の弁当食ってく?」
「私、バーチ◯ルボーイ派だから」
「い、一体何の話をしてるんだ……?」
きっと、弁当をゲーム機に例えようとするのはこの世で俺達ぐらいしかいないだろう。
牧もこんな場所に小日向が現れたことに驚いているようだったが、小日向は俺達の側まで来ると、天使のような微笑みを崩さぬまま話し続ける。
「才木君、お昼食べないの?」
「あぁ、パンを買い損ねたんだ。今日はお昼抜きだな」
「そうなんだ……」
すると小日向は、肩に提げていたトートバッグの中をガサゴソと探っていた。
まさか小日向が弁当を分けてくれるのかと思って俺は若干テンションが上がったが、かといって気を遣ってもらうのも悪いので、俺は断ろうとしたのだが──小日向は鞄の中から小包を二つ取り出して、俺にニコッと微笑んでみせた。
「これ、いる?」
何だろう、このデジャヴ。
「な、何だよそれ」
「お弁当だよ」
「いや、それは何となくわかるけど、どうして?」
「私の鞄の中でお弁当が分裂してたの」
お弁当売りの少女から買ったと言われた方がまだ納得できるんだが。
「ぶ、分裂?」
「うん。ほら、シュレディンガーの猫ってあるでしょ? 実際に見てみるまで中身はわからないみたいなお話。私の鞄の中にあるお弁当も、実際に見てみるまで何個あるかわからないの」
しゅ、シュレディンガーのお弁当箱……?
じゃあ、もしかしたら一個も無いって可能性もあったのか?
「へぇ~弁当が分裂することってあるんだなぁ~」
そして、どうして牧は小日向の頓珍漢な説明を受け入れているんだ。
「私じゃ二つも食べられないから、才木君にあげる」
「い、良いのか?」
「うん」
弁当が分裂しているだなんて話を素直に信じることができないまま、俺は小日向からお弁当を受け取ってしまっていた。
何かシュレディンガーがどうだとか分裂がどうだとか言っていたが、このお弁当を作ったのは誰なのだろうか? 小日向の親御さん? それとも小日向本人?
「じゃ、後で乾燥機かけてね」
「感想聞かせてねじゃなくてか?」
「私が作ったわけじゃないもん」
そう言って、小日向は踊り場からそそくさと去ってしまった。
きっと彼女の友人達の元へ向かったのだろうが……俺は牧と一緒に、小日向が俺にくれた弁当を見つめる。
「なぁ、牧。これどう思う?」
「俺は小日向さんの手作り弁当だと思う」
「でも本人が否定してるぞ?」
「いやあれだろ。きっと恥ずかしいんだよ小日向さんも」
「じゃあそもそも、どうして小日向が俺に弁当をくれるんだよ?」
「……残飯処理じゃね?」
いや、もっとマシな答えはなかったのか。
それはともかく、俺はお弁当の蓋を開けた。
中には小さなハンバーグに卵焼き、タコさんウインナーといったメインのおかずに加えて、ミニトマトやブロッコリー、ほうれん草のおひたしにきんぴらごぼうなどの野菜や副菜も充実しており、何よりも目を引くのは……ご飯の上に敷かれた、黒猫の顔を模した可愛らしい海苔だ。
「……才木。お前いっぺん死んどけよ」
「もう思い残すことはないから、喜んで殺してくれ」
いや、待つんだ俺。
このお弁当を作ってくれたのが小日向だとは限らない。どうして小日向が俺のためにお弁当を作らなければならない?
俺の頭の中で思い浮かんだ一番の有力候補は、実は小日向がお弁当に少量の毒を混ぜ込んでいて、時間をかけて俺の体内に毒素を溜め込ませて殺害する計画を立てている、という突拍子もないものである。
……俺、小日向にそんな恨みを持たれるようなことをしたのだろうか?
いや、小日向にお弁当を恵んでもらうほど好かれている、というケースよりも可能性が高いような気がする。
「でも良かったじゃないか才木。これ、あれだな。ぼた餅から瓢箪だな」
「いや、それを言うなら瓢箪からぼた餅……でもねぇ。ごっちゃになってるぞお前」
牧以外のクラスメイトから目撃されてなくてよかったと安心しながら、俺はまずハンバーグをパクッと一口。
おぉ……もう冷めているはずなのに、なんという美味しさだろう。卵焼きも俺好みの甘さで、もう箸が止まらない。
と、俺が夢中で食べ進めていると、隣に座っている牧が大きな溜息をついて言う。
「美味そうだなーそれ。俺にも一口わけてくんね?」
「お前はそのバカでかい弁当があるからいいだろ」
「ちぇー」
そうして、あっという間に半分を食べ終えた頃のこと。
「和海ー!」
ドタドタと階段を駆け上って、俺の姉貴である才木琴子がいきなり泣きついてきたのだった。
「ど、どうしたんだよ姉貴……じゃねぇ、才木先生」
「和海~。私、財布忘れちゃって水すら買えないの……」
「いや水道水飲めよ」
俺の姉、才木琴子は俺が通う桂岡高校の国語教師で、学校では才木先生と呼ぶようにしている。
「琴子ちゃん、また忘れ物したのかよ~」
「今日はちゃんと資料とか持ってきたのに、代わりに財布忘れちゃったわ……」
「電子決済で買えるだろ」
「携帯のパスコードど忘れしちゃって、あと数時間は開けそうにないの……」
なんだ、この救いようのない姉は。
見た目はクールで冷静そうな美人のくせして、こういうどこか抜けた所があるから生徒達に人気なのは良いのだが、おかげで俺は大変な思いをしている面もある。
「お金無いからお昼ご飯も買えないし……って和海、そのお弁当何?」
「小日向から貰ったんだ」
「え? 小日向ちゃんから? どうしてどうして?」
「このお弁当、どうやらシュレディンガーのお弁当らしいんだ」
「じゃあ、蓋を開けるまで中にご飯が入ってるかわからないってこと?」
それはそれで嫌なお弁当だな。
それはそれとして、俺はまだ満腹にはなっていないが、姉貴が空腹で仕事に支障が出るのも困る。
「姉貴、これの残り食っていいよ」
「え、良いの?」
「あぁ。俺にはもう十分過ぎる」
このお弁当を完食してしまうと贅沢すぎて罰が当たりそうなので、俺は残りを姉貴に譲ることにした。
そして姉貴は残っていた卵焼きを一口食べると、あまりの美味しさによる感動からか、体を震わせ、目をウルウルと潤ませながら口を開いた。
「美味しい……! こんなに美味しい卵焼き食べたの、何年ぶりだろ……!」
俺は姉貴の過去をあまり知らないが、何となく苦労してたんだなってのは伝わってくる。
そして姉貴は、俺の肩をガシッと掴んで言う。
「和海。何としてでも小日向ちゃんを射止めなさい。私、小日向ちゃんが作ってくれたご飯、毎日食べたい」
「いや、これ小日向が作ったのかわからねぇから」
「え、そうなの? このお弁当、どこまでシュレディンガーなの?」
結局、小日向がくれたシュレディンガーのお弁当は、俺と姉貴の二人で仲良く半分こされることになった。
今朝のサンドイッチといいお昼のお弁当といい、小日向からこんなにもご飯を恵んでもらえるなんて、今日はなんて良い日なのだろう。
きっと、懺悔室で自分の罪を正直に告白したから、神様がそういう風に導いてくれたに違いない……。




