毎日食べたい天使のお恵み①
「才木さん、昨日はいらっしゃいませんでしたね。何かご用事があったのですか?」
「ちょっと疲れてたから、たまには休もうと思ってな」
「そうだったのですね。ゆっくり休まれましたか?」
「あぁ、おかげさまでな。教会の掃除とかサボっちまったけど大丈夫か?」
「ご安心を。私もゆっくり休んでいましたので」
「何一つ安心できないんだが?」
俺は今日も教会を訪れていた。汚れた外壁の洗浄だったり花壇の手入れをした後、懺悔室に入ると今日もシスターが向かい側の部屋でスタンバイしていたのだった。
相変わらずその姿は見えないが、俺は修道服に身を包んだ清楚な雰囲気の金髪美人がにこやかに微笑んでくれていると信じている。想像するだけなら何だって自由である。
「なぁ、シスターって昼間は何してるんだ? お祈りとか?」
「勿論です。確定演出来い!と祈っています」
「いや、教会でソシャゲするなよ」
神様は俺よりもこの不届き者のシスターを断罪するべきだと思うのだが。
いやどうだろう、ガチャの神様とかも存在するのだろうか。多分こういう教会的なところにいる神様はそういうのじゃないと思うが……。
「まぁそれは半分ぐらい冗談でして、私も昼間は学校に通っていますよ」
「へぇ、どこの学校なんだ?」
「ハーバード大学です」
「絶対嘘だろ」
「失礼な。こう見えても私はマサチューセッツ工科大学、スタンフォード大学、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学と渡り歩いた若き天才なのですよ」
「名門大学だからってはしごすれば良いってもんじゃないと思うが」
「あとホグ◯ーツと雄◯高校と呪◯高専にも立ち寄りました」
「世界観は統一しろよ」
声の幼さからして同年代ぐらいだとは思っていたが、多分高校生か大学生ぐらいだろうか。何となく大人びている感じもするし先輩かもしれない。
「ちなみに、シスターって何歳なんだ?」
「永遠の十七歳です」
「そうか。じゃあその話はもうやめにして、今日も俺の懺悔を聞いてくれないか?」
「はい、なんでしょう」
このシスターに真面目に話をするつもりがないとわかった時点で俺はすぐに話を切り上げて、今日も自分の罪を告白する。
「最近、あまり体調が優れなくてな。まぁ毎日忙しなく動きすぎってのもあるかもだけど、結構朝ごはんとか抜きがちでさ。お昼も購買の惣菜パンばっかり食べてるし、夜もあまり大したものは食べてないんだ。一日三食、バランスよく栄養を取らないとって頭ではわかってはいるんだが、中々そうはいかなくてな……」
朝に何か食べるとしても結局惣菜パンとかに落ち着くし、夕食を作ろうと意気込んでいても面倒なこともあって、結局コンビニ弁当やカップ麺ばかりの食事となると栄養もかなり偏ってしまう。
俺がもっと自炊できたら話は早いのだが、割とへとへとになって帰宅した後にそんな元気は出てこないし、そもそも火を扱うのがあまり得意ではないのだ。コンビニ弁当をチンするかカップ麺に注ぐお湯を用意するので精一杯である。
別にお金とかに困っているわけでもないのにこんな体たらくでは将来もままならないだろう。俺からすれば、こんな自堕落な生活習慣は罪でしかない。
「なるほど、そうなのですね。貴方の告白、しかと受け止めました。そんな正直者の貴方にはきっと、神様からのお導きがあることでしょう……」
「俺はどうすればいいんだろう?」
「興味があればLIMEの方へ……」
「急に怪しくなってきた」
「日給は70万チャットです」
「俺をどこに飛ばすつもりだ……?」
うまい話が向こうから笑顔でやって来ることは絶対にないと散々教え込まれているから、俺は怪しい勧誘から逃れることは出来たものの──。
「神は貴方を赦さないでしょう」
またしても、俺は神様から赦されなかったのだった。俺は神様に嫌われているに違いない。
「次はどんな裁きを受けるんだ?」
「外出時にガス栓を閉めたか、家の鍵を閉めたか気になってしょうがなくなるでしょう」
「不安で不安でしょうがなくなるやつやめろ。それで、俺はどうすればいいんだ?」
まぁちゃんと栄養バランス考えて飯を食えって話に行き着くだろう。しかしそれが簡単に出来るのなら、健康診断で悲しい思いをする人が減るはずなのだが──。
「簡単なことです。一食で全ての栄養を摂取できるスーパーフードを開発すればいいのです」
「それのどこが簡単なことなんだ?」
「とりあえず一日に必要な栄養を含んだ食材を買い漁って、それをミキサーにかけてスムージーにすれば良いのでは?」
「良いのでは?じゃねぇよ。とても食い物とは思えない色のスムージーが出来上がるぞ」
確かにそんなスーパーフードがあれば話は早いのだが、世の中そんな上手くは出来ていない。多分それの行き着いた先がサプリメントだと思うし、サプリメントだけでは満腹感や幸福感は賄えない。
「ちなみにですが、ご飯を作ってくれる方はいないのですか? ご両親もお忙しいのですか?」
「まぁ、色々あってな。姉もいるんだが、社会人だから忙しいし」
「なるほど。ちなみに、才木さんには愛妻弁当を作ってくれるような優しい彼女さんもいないんですか?」
「そんなフィクションみたいな彼女がいたら良かったんだけどな。彼女とかいないよ」
「寂しい方ですね(笑)」
「おい。今すぐ表に出ろ。丁度花壇に撒く良さげな肥料を探してたところなんだ」
「良いでしょう。素敵な花を咲かせてあげますよ」
彼女いない歴=年齢という男の悲しい怒りを舐めるなよ。もう怒りのあまり俺は涙が止まらないだろうから。
それに、例え彼女がいたとしても彼女に毎食ご飯を用意してもらうのも何だか悪いし……なんて思っていると、シスターはクスクスと笑ってから言う。
「確かに、栄養バランスの良い食事をとることは理想的かもしれませんが、あくまで理想は理想です。それを一気に現実に昇華しようとするから、最初の一歩を踏み出す力すら無くなってしまうのですよ。なので、少しずつ理想に近づけば良いんです。量は少なくても良いから一日三食しっかり食べるだとか、今日はコンビニでサラダを買ってみようだとか、週に一度自炊するだとか、まずは小さなことから少しずつ実現していきましょう。ローマへの道もまず一歩からです」
「千里の道な」
「千里の道もまず一歩からや!」
「大阪の千里じゃないからな」
急に出てきた関西人シスターは置いといて、確かに大きな夢を一気に叶えようとするのは大変だ。だから少しずつ……シスターの言う通り、ヨーグルトとかでも良いからまずは朝に何か腹に入れる習慣をつけてみるか。
「後はあれやな、お弁当作ってくれる優しい彼女さん作るのが手っ取り早いで!」
「引っ込め関西人。なんで関西弁そんな流暢なんだよ。それにそんな簡単に彼女を作れるなら苦労しない」
「そうなのですか? 才木さんはお優しそうですし、貴方のことを慕う方も少なくなさそうですが。好きな方とかいらっしゃらないのですか?」
好きな人、か……。
仮に彼女が出来たところで、俺は彼女のために割ける時間があまりなさそうだから申し訳ないのだが、彼女がお弁当を作ってきてくれて喜ばない奴はそういないだろう。
『──はいこれ。才木君のお弁当』
そして俺の脳内には、天使のように微笑みながら俺にお弁当を差し出す小日向の姿が────。
「い、いない」
いや、そんなことあるはずがない。
所詮理想は理想、現実は現実だ。どうして小日向が俺のために弁当を作らないといけない?
想像とはいえ小日向の姿をイメージしてしまった自分に嫌気が差した俺は慌てて否定したが、俺の姿が見えなくても全てバレバレなのか、シスターは相変わらずクスクスと笑っていた。
「それ、絶対心当たりありありって感じやろ! なぁなぁ、お姉さんに聞かせてみ? 絶対内緒にしとくから!」
「だから出てくるな関西人。そんなもん所詮フィクションだ。それに、シスターが俺にご飯を用意してくれても良いんだぜ?」
「パッサパサのパンと味気ないジャガイモのスープですが良いですか?」
「お前絶対そんな清貧な生活してないだろ」
こんなオンボロな建物をまともに修繕する金すらもないような教会に食事をたかるのは良くないだろう。
「まぁ、少しずつ頑張ってみるさ。ありがとな、今日も懺悔聞いてくれて」
「いえいえ。また何かあったら是非いらしてください。もしもおかずに困ったなら遠慮なくお申し付けください。靴下ぐらいなら差し上げますよ」
「いらねぇよそんなもの! じゃあな!」
そして、俺はシスターに半ば一方的に別れを告げて教会を後にした。
帰り道、俺はついつい考えてしまう。
小日向が作った弁当って、やっぱり美味いのかな……。
何かの間違いで、小日向が作ってくれたお弁当、食べさせてもらえないかな……なんて。




