傘を差す天使(悪魔)②
「何か、梅雨って言う割にはあまり雨降らないよなー」
「空梅雨ってやつだな」
「え? 唐津にそんな良い温泉があるのか?」
「唐津湯じゃないからな」
「じゃあめっちゃ辛いつゆ?」
「そんなに辛いのが欲しいなら、帰りにコ◯イチ連れて行ってやるからな」
「俺、辛いの苦手なんだよ~」
梅雨入りしたとはいえ、梅雨の間はずっと雨が降るとは限らない。
今日は晴れのち曇り予報で、傘を持ち歩いている生徒は殆ど見かけなかった。俺は一応折りたたみ傘を常備しているが……まさかあのシスター、本当にてるてる坊主をしこたま用意したわけじゃないよな?
「しかし、牧にとっては雨って天敵なんじゃないのか? 水泳部は大変だろ」
「ちょっとぐらいの雨なら全然平気だぜ? どうせ濡れるから一緒だよ一緒、例えゲリラ豪雨の中だろうが俺は泳ぎきってやるよ」
「災害レベルなら控えろよ」
災害レベルの雨が降る中、プールを泳いでいて溺れましたなんていうアホな死に方で友達を失いたくはない。
「でも、せっかくの梅雨なのに雨が降らないってなるとちょっと残念だよな~」
「雨、好きなのか?」
「ちっちっち……違うぜカズ。お前は青春ってものをちっとも理解してやいない」
「女友達は多いくせして、彼女の一人や二人もいないお前に青春を語られたくないが」
「ぐぅの音もでねぇ」
「で、続きは?」
「ふっふっふ……梅雨時はやはりラブコメの定番イベント! 相合傘のチャンスが大いに高まるというわけだ!」
この間自分でシスターに相談した身が言うのもなんだが、牧と発想が同じというのが何とも悲しくなってくる。
「牧は相合傘したことないのか?」
「あるけど」
「……そうか」
この青春に飢えたモンスターに今現在彼女はいないが、俺よりかはよっぽどフランクで人当たりの良い牧は、俺よりも友達は多いのである。特に女友達ともなれば段違いだ。牧が女子達と仲良さそうに話しているの、毎日のように見かけるし。
俺の複雑な感情を察してくれたらしい牧は、俺を励ますように背中をポンポンと叩きながら言う。
「まぁカズ。そんな悲しい顔するなって。俺だってな、色んな子と相合傘したけど、別に良い結果にはならなかったから。ていうかカズのことだし、女の子が傘を忘れて困ってたら相合傘してそうなんだけど」
「そういう時は自分の傘を渡して、俺は走って帰るからな」
「つくづく、お前は青春から遠ざかってるよなぁ……そういうひょんなことがきっかけで、素敵なラブコメが始まる可能性だってあるんだぜ? 想像してみろよ、雨の放課後、生徒玄関で雨空を見上げながら佇む天使ユキポンの姿を……」
そこで雪歩の名前が出てくるのは何だか癪だが、実際に想像してみると絵になりそうではある。
「その時、俺達の手には一本の傘がある。さて、ここでどうするべきか……後はわかるよな?」
「どうなるんだ?」
「ユキポンに声をかけるに決まってるだろ! なぁ、一緒に帰らないか?って、あま~い声で囁いてやるのさ……」
「だそうだが、雪歩はどう思う?」
「他の友達と帰る」
「なぬー!?」
何だろう、この流れにも大分デジャヴを感じるようになってきた。まさか俺達、同じ時間を何万回とループしているわけじゃないよな?
「おはよう、和海君」
「おう、おはよう雪歩」
「サーモン巻君もおはよう」
「お、おはようユキポン……お、俺とは相合傘してくれないのか!?」
「天使と同じ傘に入ろうだなんて、五億年早いよ」
「長すぎだろ」
「じゃあ俺は五億年ボタン押す!」
「端折ろうとするな」
どうやら雪歩と相合傘をするには中々のハードルがあるらしい。まぁ確かに傘を忘れたとしても、大して関係性のない相手と相合傘するよりも、傘を持ってる知人と一緒に帰ろうという発想になるだろう。
そして、最近はまるでかませ犬のように雪歩にやられてばっかりの牧がトボトボと去っていった後、雪歩は支度をしながら俺にニコッと微笑んだ。
「和海君は、私が傘を忘れて困ってたらどうする?」
……あぁ、そう来ると思っていたよ。
「雪歩に自分の傘を押し付けて、俺は走って帰るさ」
雪歩がどんな答えを待っていたのか、期待していたのかはわからないが、「そう」と淡白に反応したのだった。
◇◇◇
……神は、俺にチャンスを与え給うたのか。
いや、なんという試練を与え給うたのか。
放課後、教室から陰鬱とした雨空を眺めながら、俺は自分の運命の残酷さを呪っていた。
予報外れの雨というやつだ。
しかも通り雨なんかではなく結構本降りである。クラスメイトも大半は傘を持ってこなかったようで、困惑の声があちこちから聞こえてくる。
やはり、これは神が俺に与えたチャンスなのか? いや試練なのか?
しかし俺が担任と少し話をしている間に、教室から雪歩の姿はなくなっていた。相変わらず帰るのが早い。
もしかしたら、雪歩はこの予報外れの雨を超能力で予知していたのか、あるいは折りたたみ傘を常備していたのかもしれない。
どうしても相合傘をしたいがために、傘を忘れたとウソをつく手段もあるかもしれないが、ウソをつくのはあまり好きではない。
その後、演劇部や吹奏楽部から頼まれていた野暮用をこなしていたのだが、気づけば部活動生達も帰る時間になっており、まだザアザアと雨が降る中、俺は帰ろうとしたのだが──。
「あ、才木先輩……」
濡れることを覚悟で雨の中を走っていく生徒、友達の傘に入れてもらって帰る生徒もいる中、生徒玄関にて立ち尽くす亜麻色の髪の少女──後輩の、椎田美紅がいた。
「あぁ、椎田か。もしかして、傘忘れたのか?」
「は、はい。雨が降るなんて思わなかったので」
天気予報では晴れのち曇りだったのだから無理もない。しかし、椎田もメグ達と同じ文芸部員だから、誰かの傘に入れてもらえそうなものだが。
「メグ達と帰れなかったのか?」
「あ、その……私一人だけ、余っちゃったので」
相合傘とかで配分した結果、椎田だけ余ってしまったと。
「後輩を余り物にするなんて、メグは先輩として失格だな」
「あっ、いえっ、北岡先輩は悪くないんです! その、私がウソついちゃっただけで」
「え、ウソ?」
「私、友達と一緒に帰るって先輩達にウソをついちゃって……」
……なるほど。
人数配分的に誰か一人が余ってしまうことがわかっていたから、気を遣わせないために椎田はウソをついたのだろう。
そういうシチュエーションになった時、俺も同じ事をしてしまいそうだなぁと思ってしまう。
さて、俺はここでどうするべきか?
この折りたたみ傘を椎田に渡して走って帰るか?
……いや、他の部員に気を遣ってウソまでついてしまった椎田のことだ。きっと俺にも気を遣ってしまうだろう。
ここは先輩として、この心優しき後輩の助けになってやるべきだろうと俺は決めたのだが、先に椎田が口を開いた。
「あ、あのっ、才木先輩。その、もし良かったら────」
椎田が勇気を出した様子で何かを伝えようとした瞬間、俺と椎田の間にヌッと水色の折りたたみ傘が割って入ったのだった。
見ると、俺達のそばに雪歩が佇んでいたのだった。
「私の傘、貸してあげる」
雪歩は椎田に向かってニコッと天使のように微笑んで、折りたたみ傘を差し出した。
「えっ、えっと、良いんですか?」
「うん。私、予備も持ってるから。メグに返してくれたら大丈夫」
いきなりの雪歩の登場に椎田も戸惑った様子だったが、彼女は恐る恐る雪歩の折りたたみ傘を受け取ったのだった。
「あ、ありがとうございますっ、天使先輩!」
椎田は雪歩に深々とお辞儀をした後、雪歩の水色の折りたたみ傘を差して帰ったのだった。
……コイツ、一年から天使先輩って呼ばれてるのか。
そんなことを考えながら、タタタッと走って帰る椎田の背中を見送った後、雪歩の方に目をやると、彼女は俺のことをジーッと見つめていたのだった。
「な、何だ? どうかしたのか?」
雪歩は予備の傘を持っていると言っていたが、鞄からそれを取り出す仕草を見せることなく、天使のような笑顔を俺に向けながら──。
「私、ウソついちゃった」
「え?」
「傘、あれしか持ってきてなかったの」
……どういうことだってばよ。
「な、何でウソついたんだよ」
「たまには、和海君みたいなことをしてみたかったから。私も才木ることが出来たかな?」
と、雪歩は俺に笑って見せた。
「……まぁ、上出来だろうな」
俺は、ウソをつくのが嫌いなつもりでいるが。
こういう時は、平気でウソをついてしまう自分がいる。だから椎田や雪歩のことは責められない。
そもそも、予備とはいえ折りたたみ傘を二本も持ち歩くことなんてそうそう無いはずである。
しかし、自分の傘を椎田に渡してしまった雪歩は一体どうやって帰るのか?
そんなことを雪歩に聞いても愚問に違いない。何か待ち遠しそうにソワソワしている雪歩を見れば一目瞭然である。
「じゃあ、その行いを評価して、俺と同じ傘に入ることを許してやろう」
相合傘して帰ろうとは言えなかったので、何とも遠回しな表現になってしまったが。
「うん。一緒に帰ろ」
雪歩の真意こそ、上手くは掴めないが。
その笑顔が何だかとても嬉しそうに見えるのは、俺の思い違いだろうか。
「相合傘だね」
「そうかもしれないな」
かくして、これは神が俺に与え給うたチャンスだったのかなんなのか、俺は雪歩と相合傘をして帰ることとなったのだった。




