傘を差す天使(悪魔)①
「梅雨だな」
「つゆといえばめんつゆですよね」
「急に連想ゲームを始めるんじゃない。確かにそうめんを食べたくなる季節になってきたが」
「そうめんと言えば……い、揖◯乃糸ですよね!」
「なんだ? 今日は連想ゲームデーなのか?」
松楠もとうとう梅雨入りし、今日は雨の中教会にやって来た次第だ。懺悔室の中にいても、教会の屋根に打ち付ける雨音が響いてくる。
「梅雨時となると、この教会に来てくれる方がさらに減ってしまって、私は悲しいです」
「まぁ、元々一日に一人二人ぐらいしか来ないような場所だけどな」
「なので、集客のためにイベントを開催してみようかと考えているんです」
「イベントを開くのは構わんが、集客という言葉は使わない方が良いだろ」
「せっかくですし、流しそうめん大会はどうでしょうか?」
「いや、もっと教会らしいイベントにしろよ」
この教会は観光地である櫻ノ島に近い一等地にありながら中々広い敷地を持っているから、確かに流しそうめんの設備を作れなくもないだろう。
だが、教会で流しそうめんはなんというか、神社にクリスマスツリーを飾ってサンタが出迎えしてくれる感じのミスマッチさを感じる。たしかにサンタと巫女さんってカラーリングは似ているが。
「では、教会らしいイベントって何なんでしょう?」
「そりゃ、ミサとか……ミサだろ」
「才木さんもあまり詳しくないじゃないですか」
「だって、そういうの大体つまらないからな」
俺も小さい時に何度かそういうのに参加させられたこともあったが、とてもつまらなかったという記憶しか残っていない。
「では、せっかくですし十字架流しなんていかがでしょうか?」
「罰が当たるぞ」
「じゃあ十字架割りなんていかがでしょう?」
「とりあえず十字架で遊ぼうとするんじゃない」
きっと、このシスターもシスターとは名乗っているがクリスチャンでもなんでもない、自称シスターなのだろう。
「ところで、今日はどのようなご用事で?」
「まぁ、この時期ならではのイベントについての話なんだが」
「おっ、もしやおにゃの子の濡れ透けイベントですか?」
「やめろ、その気色悪い言い方」
もしかして、この小窓と壁の向こうにいるシスターはボイチェンしているおっさんなのだろうか。
「ほら、この間俺が小説書いてるって話をしただろ? それで、少しは身近で経験していることを参考に書いてみようと思い立ったんだが……主人公とヒロインが相合傘をしているシーンを書きたくなったんだ」
「ふむふむ」
「でも俺、相合傘したことないんだ」
「悲しいですね(笑)」
「おう今すぐ表出ろ。丁度教会の雨漏りを防ぐ板材を探してたところなんだ」
「良いでしょう。どんな嵐でも耐え凌いでみせますよ」
相合傘を全くしたことがない、と言えば少し語弊になるが、異性と相合傘をした経験なんて精々メグとぐらいだし、幼少期には何回かあったがそんなものノーカンだろう。
その頃は、相合傘というものを変に意識していなかったし。
「意外でした……才木さんが相合傘をしたことがないなんて。つまり、主人公とヒロインが相合傘をしているエモいシーンを書きたいのに、自分が経験したことないからどういう風に描写すればわからない、ということでしょうか?」
「まぁ、そうだな。色んな小説とか漫画読んでてそういうシーンは何度もあるから、なんとなくはわかるんだが……ありきたりな文章にはしたくないからな」
「なるほど。貴方の告白、しかと受け止めました。そんな正直者の貴方にはきっと、神様からのお導きがあることでしょう……」
「まさか、神様が相合傘してくれるのか?」
「神様なら晴れにするだけでしょうけどね」
「俺との相合傘断られてるじゃねぇか」
ある日突然女神が現れて、不思議な共同生活が始まる──なんてフィクションめいた話なんてあるわけもなく。
「神は貴方を赦さないでしょう」
はい、いつもの。
ていうか今更だが、こういうのって赦すかどうか判定する意味あるのか?
「今度はどんな罰なんだ?」
「才木さんの周囲では雨が降らなくなります」
「少し風流は感じられなくなるが、それはそれで良いんじゃないか?」
「代わりに、才木さんの心の雨は止まなくなります」
「だから俺に精神攻撃をするんじゃない」
まぁ確かに、気になる人と相合傘をした経験がなかったら、多少は心の中に雨が降るものかもしれない。
しかし、そんな心の淀んだ空を晴らすようなありがたいアドバイスが────。
「というわけで、人間をやめましょう」
「そんなノリでやめられるものなのか?」
「そして天候を司る神となり、突然の雨に困る女の子達に救いの手を差し伸べる、相合傘の神となるのです!」
「いてたまるか、そんな神様」
「きっと、才木さんとの相合傘を求めて引く手あまたの女の子達に囲まれることでしょう」
「バカみたいにでっかい傘じゃないと入り切らないだろ」
晴れ男雨男という言葉もあるが、俺は多分どちらでもないし、じゃあいざ雨が降って気になる子が傘を忘れていたとしても、相合傘出来るかどうかは別の話である。
「あるいは、気になる子の傘に破壊工作をしましょう」
「普通に器物損壊だと思うが?」
「あえて才木さんが傘を忘れてみる、というのはいかがでしょうか?」
「いや、それでも気になる子の傘に入れてもらえるかは別問題だからな?」
そう簡単に女子の傘に入れてもらえるなら苦労はしない、が。
一時してからようやく、俺は自分の失言に気がついた。
「もしかして、才木さんにも気になる子がいるんですか?」
……しまった。
ただ単にネタ集め的な意味合いで話を進めていたはずなのに、何だか俺がそういう青春イベントを求めているみたいになってしまっている。
思えば、俺の頭の中には一人しか思い浮かんでいなかったのだが……あの悪魔のような天使が。
「いるんですね?」
「べ、別にそういうのはどうでも良いだろ」
「何をおっしゃいますか! 相合傘という青春ときめきスペシャルイベントは、気になっている女の子を相手にドキドキしながらやるものですよ! 才木さん、貴方は自分が思い描くラブコメに、大して気になってもいない女の子との相合傘イベントを入れるおつもりなのですか!?」
「そ、そういうわけじゃないが、あくまでこれはネタ集めだ。恋とかそういうのは関係ない」
「ほほう、まだ白を切りますか……これは私がこっそり学校の忍び込んで、才木さんの傘を破壊するしかありませんね」
「やめろ。不法侵入&器物損壊だぞ」
シスターはやけに興奮している様子だが、まぁそれだけ相合傘というシチュエーションはラブコメにおいてベターで、ドキドキするイベントに違いない。
あの悪魔のような天使と相合傘をして、どれだけドキドキ出来るかはわからないが……まず、相合傘をするというシチュエーションに持ち込むまでが苦労すると思われる。
「しかし、女子からして気にも留めてない男子と相合傘をするのって嬉しいことなのか?」
「では逆にお聞きしますが、才木さんは気にも留めてない女の子と相合傘をして、ときめきますか?」
「場合による」
「なるほど。相手がボインボインのチャンネーだったら体は正直に反応するというわけですね」
「なんか言い方に棘があるな」
日常生活において女子と密着してしまうそうな距離感になることなんてそうそうないから、男子からすれば合法的に女子とお近づきなれるビッグチャンスである。相手のことがよっぽど好みでない限りは。
「私は、そうですね……才木さんとなら、相合傘をしても構いませんよ」
「何だよ、偉そうに」
「才木さんは私との相合傘、嬉しくないですか?」
「お前がボインボインのチャンネーなら嬉しい」
「なるほど。そんな体目当ての才木さんにはもれなく天変地異が降りかかることでしょう」
「私怨を晴らすために神罰を使うんじゃない」
何かこのシスター、やけに自分はグラマラスなボディしてますよみたいな口ぶりをしているが、実際はそうでもないんじゃないか?
「まぁ、その罰は一旦保留にするとして」
「取り消してもらえるとありがたいんだがな」
「やはり相合傘というイベントには、勇気が必要ですよ。意外とチャンスは身近にあるかもしれません。そのチャンスを逃さないためには、才木さんが勇気を出して声をかける……さすれば、神のお導きがあるかもしれません」
「確かにな。まぁ、俺もたまには青春らしいこと出来るように頑張ってみるさ」
「もし良い結果なら是非とも私に教えてください。神様もきっと恋バナを聞きたがっているはずです」
「恋愛脳な神様だな……じゃあな、今日はもう帰る」
「では私はてるてる坊主をしこたま用意しておきますね」
「やめろ! いや、別に止めはしないが……」
相合傘をしたがっている奴の話を聞いててるてる坊主を用意するのは中々クレイジーな思考だと思うが、流石に冗談だと思いたい。いや、普通に晴れてほしいのなら本人の自由だが。
……しかし、相合傘をしてみたいなぁ、と頭の中でイメージすると、あの悪魔のような天使が思い浮かんでしまうのは……。
いや、俺は悪魔にたぶらかされているだけなのだ。俺は悪魔崇拝をしているわけじゃない。
絶対、あの悪魔をギャフンと言わせてやるんだ! 俺との相合傘でドキドキさせてやる!
……なんて、俺は一体何の勝負をしているのだろう?




