小悪魔天使系ヒロインが覇権を握る(確信)③
「何だか、ありきたりなラインナップね」
本屋の新刊コーナーにてそんな愚痴をこぼす、メガネをかけた黒髪ロングの女子高生。
コイツが一体いつからこんな感じだったのかは俺も覚えていないが、傍から見ればザ・文学少女っぽい奴なのだろう。この北岡芽実という負けヒロインは。
「カズ君はどう? こういうの似合いそうだけど」
「服選び感覚で本を俺の胸にかざすんじゃない」
「……やっぱりダメね。カズ君に異世界転生モノは似合わないわ」
「似合うって言われてもあまり嬉しくないから良いんだよ」
前にも誰かに異世界転生向いてないって言われたような気がするが、逆に向いてる奴ってどんな雰囲気なんだ? やっぱり黒髪の冴えないやれやれ系じゃないとダメなのか?
というわけで、俺は放課後にこの負けヒロインと──。
「何か言った?」
「いや、何も」
幼馴染ともなれば俺の心も読めるようになるのだろうか。今の絶対、知り合いにするような睨み方じゃないぞ。
閑話休題。文芸部の活動がない今日、俺はメグに連れ出されて本屋に来ているのだが、文学オタクのメグのお眼鏡にかなう作品はないらしい。
「こっちのやつとか、面白そうな設定じゃないか?」
「設定だけ尖ってたところで、結局ありきたりな話に収束していくだけよ」
「じゃあどういうのが良いんだ?」
「そこはやっぱりイケメンとの逃避行ね……亡国の姫がたった一人の護衛と共に逃避行の旅を続けるの……」
それも大概ありきたりな話だと思うが、要するにメグの好みではなかったということだ。
この青春を拗らせた妄想お化けガールにも好き嫌いがあるというのが何とも驚きである。
「カズ君は何か買ってかないの?」
「あぁ、この間牧におすすめされた漫画があってな……あ、これだ」
「お、『おねがいエンジェル』……?」
ある日、天界から下界の監視のために転校生として高校にやって来た天使の女の子が、クラスメイトの男子に正体がバレてしまい、天界の掟によって二人は結婚することになり……。
……。
……何か似たような作品をどこかで聞いたような気もするが、きっと気のせいだろう。これで何かを思い浮かべる人は、きっと俺の姉貴と仲良くなれると思う。
それはおいといて。俺が手に取った漫画の拍子には、長い銀髪の可愛らしい天使の女の子が映っているわけだが、メグはその拍子をジーッと見ながら言う。
「カズ君もとうとう天使界隈にのめり込み始めちゃったのね」
「それだとちょっと意味合い変わってくるだろ。大体、別に天使にはまってるわけじゃない」
「そうなの? 最近雪歩と仲が良いから、カズ君の心の中に僅かに残っているパトラッシュ的な部分が惹かれちゃったんじゃなくて?」
「だとしたら俺も天界に持ってかれちまうだろうが」
天使が題材で、さらには何だか妙に知り合いに似ている気がするヒロインが登場する作品が気になったのは、きっと偶然だろう。そう、偶然に違いない。
「面白かったら貸してちょうだいね。あ、そういえば私がこの間貸した本、まだ読み切ってないの?」
「あぁ、あと四分の一ぐらいだな。結構面白いな、あれ」
「でしょ? カズ君にお似合いだと思って。ちょんまげぐらい似合ってるわ」
「今すぐそのイメージ取っ払え」
映像化されたり何かしらの賞を獲っているメジャーな作品なら姉貴が大体買い揃えているから俺も読破しているが、メグは海外のマイナーな作品まで見識があるから、メグから本を借りることも多々ある。
ラブコメ作品のどこが俺にお似合いなのかはわからないが……。
「ところで、才木和海先生の新作はまだかしら?」
本屋からの帰り、黄昏時の混み合う藤咲の繁華街を歩きながらメグが呟く。
わざとらしく、『先生』の部分を強調して。
「やめろ、何も成し遂げたわけでもないのに先生呼びするんじゃない。それならお前も先生になるだろ」
「あぁ、そういえばそうだったわね。十八禁認定されるかされないかのギリギリのラインを攻め続ける恋愛小説界の若きホープ、南グミ子とは私のことよ」
そう言ってメグはドヤ顔を決める。お前は親の前で同じように誇ることが出来るのか?と問いただしくなる。
メグも俺と同じくネット小説を投稿しているのだが、メグが書いているジャンルはかなり女性向けというか、日々彼女の頭に湧いてやまないのであろう様々な世界が文章に表現されている。
内容はかなり際どいものだが、俺が書いている作品より面白い。悔しいが。
「最近全然新作見せてくれないけど、もしかしてスランプ?」
「あぁ……まぁそんなものかもな。中々思い浮かばないんだ」
俺とメグはお互いの趣味もペンネームも知っているし、何なら投稿する前の作品を見せ合って感想を言うことだってある。
俺のつまらない作品を読まされるメグも大変だが、メグの中々に濃厚な世界を浴びせられる俺の身にもなってほしい。
一つ例を挙げるならば、メグは精神的苦痛のあまり人(男女問わず)が嘔吐している姿に興奮を覚えるらしい……。
「スランプなんて意外ね。カズ君はいつもヘンテコなことばかり思いついてたのに」
「それがウケないから困ってるんだ。ヘンテコなのがウケるわけないんだよ」
「あら、カズ君もとうとうそんなつまらないことを考え始めちゃったのね。ウケなんて気にせずに、あんなに面白かったカズ君はどこに行っちゃったのかしら」
「じゃあ、昔の俺がしていたような話を今でも面白いと思えるか?」
「消防車と喧嘩別れした救急車がパトカーと付き合うラブコメ、面白かったと思うけど?」
「何で覚えてるんだよ、そんなの……」
「最終的に仲直りして消防救急パトカーになるの、今思うと中々意味がわからないわね」
そんな話を毎日のようにしていた幼少期の俺も俺だが、メグだってそれを楽しそうに聞いていたんだし、今でも覚えているんだから同罪だ。殆ど黒歴史のようなものだから、忘れておいてほしいぐらいなのに。
「きっと俺には、そういうの向いてないんだよ。今までにない発想ってのが必ずしもウケるわけじゃないんだ。ウケないってわかってるから誰もやらないんだよ」
「そう? 私はそう思わないけど」
そして、交差点で信号が赤に変わった横断歩道の前で立ち止まって、メグは俺の方を向いて──普段俺の前ではあまり見せない、穏やかな笑顔を見せながら言う。
「私は好きよ、カズ君の話」
……こいつは悪魔だ。
俺にさらなる黒歴史を生ませようとしている悪魔なのだ。
だが、これほど励みになる言葉はこれ以上なかった。
「それに、大切な人と約束したんでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「じゃあ、尚更諦めるわけにはいかないじゃない」
十年近く前の約束を未だに守ろうとしているなんて、中々未練たらしいかもしれない。
『今日も面白いお話を聞かせてくださり、ありがとうございます』
『──また、たくさんお話聞かせてねっ!』
……確かに、あの頃はウケとかどうとか、俺にはどうでも良かったはずなんだ。
大切な人を笑顔にすることが出来るなら、俺はどんな話だって作ってみせた。
また、誰かを笑顔に出来るものを作ってみたい……。
そして信号が青になり、駅に向かって歩き始めながらメグは言う。
「大体、カズ君だって文を書き始めたの自体は最近なんだし、まだまだ駆け出しよ。誰だって若い内から才能を発揮できるわけじゃないんだから」
「なるほどな。じゃあ、この間寿司の美しさに感動したおにぎりが寿司になるために旅をする話を思いついたんだが、どうだと思う?」
「……発想が自由過ぎるのは、やっぱり難点かもしれないわね」
「ダメか……」
俺はこれまでに媒体問わず様々な作品に触れてきたが、発想力自体は昔と変わっていない。最後、お互いの美しいと思うものを見せ合おうという場面で寿司がネタを投げ捨てておにぎりになるシーンは中々の名場面だと思ったんだがなぁ。
「ある程度は王道をなぞった方が良いと思うわよ。主人公を寿司屋の息子、ヒロインのおにぎり屋の娘にするとか」
「でも、それだと寿司屋の息子とおにぎり屋の娘のラブコメになってしまわないか?」
「寿司とおにぎりのカップリングはニッチ過ぎるわよ。それに、ウケを気にするんだったら、お試しだと思ってウケそうな作品を書いてみたら? ありきたりなものでもいいから、まずは何か一つ完成させるのも大事なことよ」
「まぁ、確かにそうだな。短いのを一つ書いてみてもいいかもしれない」
この間、教会のシスターにも言われたことだ。せっかく昨今のネット小説の傾向なんかも研究してみたことだし、研究の一環として王道の作品を書いてみるのも良い経験になるかもしれない。
「それに、せっかく身の回りにネタが溢れてるんだから、最大限活かさないと」
「え? 俺の周りってそんなにネタがいっぱいか?」
一体何のことだろうと俺がとぼけたように言うと、メグは呆れたような表情を浮かべて大きな溜息をついたのだった。
「これが、鈍感系主人公ってやつね……」
余計なお世話だ。
それに、俺はわざととぼけてみせただけだ。
身近な知り合いをモデルにしたキャラを平気で自分の作品に登場させては失禁させたりゲロを吐かせたりするメグは何ら抵抗がないのかもしれないが、天使とか悪魔を題材にした作品を書くとなったら、どうしてもアイツの顔が頭をよぎってしまうのだ。
それこそ──これはあくまで例え話だが──自分を主人公のモデルに、そして好きな子をヒロインのモデルにしてラブコメにしてしまうなんて、本人にバレたらドン引きされること間違いなしだろう。
からかいのネタに使われたり、嘲笑されるだけならまだマシだ。もしもアイツにドン引きされてしまったら、俺はもう筆を折ってしまうかもしれない──。
「あら、雪歩」
駅前のバスロータリーの周りを歩いていた時、バス停の列に一際目立つ少女が並んでいた。
涼し気な夏服姿、そしてどこかのスイーツ店の紙袋を手に、彼女は現れたのだった。
「あ、メグと和海君だ」
放課後にこんなところで出会うのが意外だったのか、雪歩は少し驚いたような表情を浮かべてから、俺とメグのことをジロジロと見て、そして悪魔のようにニヤリと笑ってみせた。
「もしかして、デート中?」
出たぞ、いつものからかい。
まぁ、こんな場面を見られたらそんなことも言われるだろうと、俺はさして驚かなかったのだが──。
「そうよ」
俺の横で、メグはさも当然のことのように、澄ました顔でそう答えたのだった。
しかし、これがメグの冗談であることに、俺はすぐに気づいた。
メグは雰囲気こそ堅物そうに見えるが、俺や遼のような親しい人間をネタにしてふざけることに、一切の躊躇いがないのである。
と、メグの発言に驚いていたのは俺だけではなく、そんな答えが帰ってくるとは到底思っていなかったであろう雪歩も同じで。
「えっ……え? そ、そうなの?」
いつもの飄々とした雰囲気はどこへやら。口をパクパクさせながら雪歩は困惑していたのであった。
そして、俺は隣に立つメグの方に目をやる。
俺はメグと長い付き合いになるが、彼女は今までで一番愉快そうな、なおかつ極悪な、まるで悪魔のような笑みを浮かべていたのである。
まさか、あの悪魔のような天使よりもメグの方が上手だとは思わなかった。だとしたら、こいつはただの悪魔なのではないか?
「冗談よ」
俺に目配せした後、俺や雪歩の反応に満足したらしいメグはクスクスと笑いながらそう言ったのだった。
「……メグもそんな冗談言うんだね」
そして、してやられた雪歩はというと、何とも不満そうに頬を膨らませていたのだった。
その何とも子どもっぽい仕草が可愛らしく見えたが……いつもこれぐらいの可愛げがあれば、この天使の悪魔要素も減っていくのに。
「ところで、雪歩はこれからどこかにお出かけ?」
「うん。二人はこれからどうするの?」
「お家デートだな」
「あ?」
「何で俺のそういう冗談は許されないんだ?」
そしてすぐに雪歩が乗る予定のバスがやって来て、雪歩とはそこで別れて俺とメグはサク電に乗って帰途についたのだった。
……気のせいかもしれないが。
雪歩が乗ったバスは、この間俺が雪歩とバッタリ出会った、あの病院方面へ向かう路線だ。
「なぁ、メグ。雪歩の知り合いが入院してるって話、聞いたことあるか?」
「え? さぁ、知らないけど。それがどうかしたの?」
「いや……気のせいだ」
それはもうお節介というか、最早病気とも言えるような極地かもしれないが。
雪歩が『家族』のことで何か悩んでいたら、俺は助けになれるだろうか?
……いや、考えすぎか。
創作のことを考えているとどうしても、現実世界のどこかに運命だったり、宿命のように繋がった関係というものを、そして……ハッピーエンドを、求めたくなってしまうのである。
やっぱり、明るく終わった方が良いじゃないか、現実だって……。




