小悪魔天使系ヒロインが覇権を握る(確信)②
「あれ? カズ、急に夏服着てきてどうしたんだ?」
「もう衣替えだろうが」
「まだ衣替え前だぞ……?」
「やめろ。叙述トリックで惑わせようとするんじゃない」
俺と同じく、夏服を着た牧は笑いながら下敷きを団扇代わりにして仰いでいた。
そう、今日から夏服に完全移行だ。まだ夜は若干冷える時期だが、日中はとても長袖で活動できるような暑さではなくなってきた。
夏服に完全移行とはいえ、最近まで着ていたかも怪しい学ランがなくなり、両袖を海王類に食われてしまったことは男女共通なのだが……。
「それよりカズ。俺達も夏服になったということは……あのユキポンも夏服になるわけだ」
「そんな当たり前のことがどうしたんだ?」
と、この初夏にも負けずいつも通りの牧を軽くあしらおうとしたが、牧は俺の机をバンッと強く叩いたのだった。
「カズ、お前にはわからないのか!? いつもあのにっくき袖に隠されていたユキポンの雪のように白く輝く美しい素肌が、夏服になることでようやく露わになるのだぞ!? それはそれはもう白磁の彫刻のように美しいものに違いない! それにだ、あの黒タイツに隠れていた……いや、ユキポンの黒タイツもそれはそれで素晴らしいものだが、それは別ジャンルとして扱うべきだ! 黒タイツも素晴らしい! しかし生足も素晴らしいものなんだぞ! お前にはわかるかカズ!?」
「……と牧は言っているが、雪歩本人はそこのところどう思ってるんだ?」
「時代はニーソだよ」
「なぬー!?」
何だろう、このデジャヴは。
牧が黒タイツがどうとか生足がどうとか気持ち悪いことを語っている間に、雪歩がいつも通り登校してきたのである。
いや、いつも通りではない。
いつもあのにっくき……いや、別に袖を憎いと思ったことはないが、それまで袖に隠されていた白磁の彫刻のように白く輝く腕が露わになり──そして、スカートと黒ニーソ……じゃなくて、ハイソックスの間から輝く足も素晴らしい──。
いや待て、俺は一体何を考えているんだ。
「おはよう、和海君」
「あ、あぁ、おはよう雪歩」
俺の妙にいやらしい視線に気づいているのか気づいていないのか、雪歩はやけにニヤニヤしながら俺に挨拶してきた。
「磯辺巻君もおはよう」
「本日は素晴らしいものをお見せくださり感謝いたします、ユキポン様」
「くるしゅうない」
初夏の暑さに頭をやられてしまった人間がここに二人。これが通常運転だなんて信じたくない。
俺もきっと牧に感化されておかしくなっているだけだ。大体、一年の時も別クラスとはいえ遠目から雪歩の夏服姿ぐらい見たことがある。
もっとも、こんな間近で見たことはないが。
「和海君も似合ってるね、半袖」
「似合わない奴がいるのかよ、逆に」
「ユキポン、俺はどう? 夏服似合ってる?」
「そのまま巻いたら良い感じに具無しの巻物っぽくなりそうだね」
黒のスラックスに白シャツを見ると、確かに海苔とご飯っぽいかもしれないが。
そして、予鈴が鳴り響いて朝のSHRが始まったのだが……先生の話なんて全く頭に入らず、俺はチラチラと隣の席を見ていた。
その可愛らしい出で立ちだけ見ていると、この悪魔もまるでラノベ作品のヒロインのように見える。
その場合、雪歩の相方は誰になるのだろう?
……いや、どうして俺はラブコメ前提で考えているんだか。
◇◇
いつも通り何気ない日常を過ごしていると、自分が生きている世界なんて特別でも何でもなく、やっぱりフィクションはフィクションなのだと思い知らされる。
だからこそ、人はフィクションの世界を求めてしまうのだろうか?
きっと、自分も表舞台で何か活躍することなく、それなりに頑張ってそれなりの生活を送るのかもしれない──そう思っていたのだが。
「今朝、困っているコウノトリさんと出会ったの」
事実は小説よりも奇なり。
意外と、奇天烈な出来事は身近で起きているものである。
「罠にでも引っかかってたのか?」
「ううん。新たな命を届けるつもりが、間違えてお弁当を運んじゃってたんだって。重そうで大変だったから私が受け取ってあげたんだけど、私じゃ食べきれないから和海君にあげる」
そうなると、この地球のどこかで本来生まれるはずだった命が消滅していることにならないだろうか?
「まぁ、コウノトリと雪歩が困っているなら仕方ない」
と、俺は今日も雪歩からお弁当を分けてもらったのである。
毎度のことだが、雪歩はどうしてもこのお弁当を自分が用意したのだと言ってくれないので、俺はこのお弁当の作り手が誰なのか確信を持てないままいただいているのである。
作ってくれたのはきっと雪歩に違いないのだが、雪歩のお弁当だと意識するとそれはそれでドキドキしてしまうし、おそらく彼女も俺をからかう目的であの手この手で探っているに違いない。おっ、今日はシュウマイと春巻きのお弁当か。
「今日も美味いな」
「良かったね。コウノトリさんもきっと喜んでるよ」
隣の席の美少女、いや天使がお弁当を作ってきてくれて、校庭の片隅、二人だけで一緒に昼食を食べているという場面は、何ともラブコメ作品のワンシーンのようだ。
俺が、美味しいが得体のしれないお弁当を食わされていること以外は。
なんて、若干浮かれたことを考えていると──。
「なんだか、ラブコメみたいなシーンだよね」
隣に座る雪歩がいきなりそんなことを言うから、俺はご飯を喉に詰まらせて勢い良く咳き込んでしまっていた。
「な、なんだ藪から棒に」
「ううん、何でも」
雪歩は言うだけ言って満足したようで、俺の反応を見てクスクスと笑っていやがる。
俺は意識しないようにしていたのに、やはり天使、いや悪魔は無敵なのだろうか。
制服が夏服に変わっただけなのに、露わになる肌面積が増えるだけでどうしてこんなにも俺は惑わされているのだろう。
「ヒロインは和海君に決まりだね」
「いや俺かよ。誰だよ主人公は」
「牧君」
「それはラブコメとは別ジャンルになるだろ」
だとしても牧の方が主人公なのはちょっと納得がいかない。アイツは昔のラブコメによくいたお調子者系の友人ポジに違いないのだ、きっと筆者もウンウンと頷いているはず。
「逆に、俺が主人公だとしたらヒロインは誰なんだ?」
「メグ」
「こっちから願い下げだ」
「せっかくの幼馴染ヒロインなのに?」
「よく負けヒロインって言われるだろ」
幼馴染という属性がついただけで負けヒロインというレッテルを貼られるのも可哀想な話だが、昨今のネット小説界隈では所詮メインヒロインの引き立て役でしかない。
今や通い妻系だったり理由あって主人公と同棲している系幼馴染ヒロインは絶滅してしまったのだろうか。別に俺も保護する気はないが。
「せっかくメグが身近にいるのに、和海君は贅沢だね」
「あれと俺がお似合いだと思ってるなら、お前の目は節穴だぞ」
「そうかな。じゃあ、和海君視点だと勝ちヒロインは誰なの?」
雪歩にそう問われて、俺は思わず彼女から目を背けた。
この場合、俺はどう答えるのが正解だ?
目の前にいる悪魔の名前を言ったら、奴はどんな反応をするのだろう?
この間逃げられたこともあってか、彼女にカマをかけるつもりでもそれを口にするのははばかられた。
俺はまだ……この悪魔と契約することは出来ない。もしも俺達のいる世界がネット小説の中だとしたら、読んでいる読者もまだ早いと言うはずだ。そうであってくれ、頼む。
「さあな。これから出会うかもしれないだろ」
と、俺は未来の自分に託すことにした。
結果的に俺は逃げてしまったわけだが、俺の答えが想定通りだったのか、雪歩は小さく微笑みながら言う。
「じゃあ、和海君はどんなヒロインと出会いたいの? ボーイッシュな子? それとも妹系? あと後輩とか……あ、後輩系ヒロインはもういたね」
「やめろ。勝手に椎田をヒロインにカウントするんじゃない」
「……この間、誕生日プレゼント貰ってあんなに嬉しそうだったのに?」
「そ、それとこれとじゃ話は別だ」
「じゃあ、やっぱり海夏みたいな快活な子の方が好き?」
「とにかく、身の回りにいる女子を片っ端からヒロイン認定するのやめろ」
これ以上からかわれると俺も耐えられそうになかったので、さっさと弁当を食べ終えて弁当箱を雪歩に返してから、俺は逃げるように校舎へと戻ったのだった。
何だ、急にラブコメがどうとか、ヒロインがどうとかって。
俺が、意識していないとでも思っていたのか。
……もし、これがラブコメの世界なら。
俺達は一体、どのくらいの段階なのだろう?
いいや、やめだやめだと俺は変なことを考えるのを止め、早足で教室へと戻ることにした。
そして教室へ途中、廊下でメグとすれ違い──。
「あら、カズ君。どうしたの、そんなに急いで」
「よぉ、負けヒロイン」
「あ?」
うむ。やっぱりこれほど凄みのある睨み方をする奴がヒロインなわけがない。
俺はそう納得しながら、スタコラサッサとメグの元から立ち去ったのだった。




