小悪魔天使系ヒロインが覇権を握る(確信)①
……嫌な夢を見た。
疲れていると心まで弱ってしまうからか、ああいう夢を見ることが多い。
あの頃の生活の全てが嫌だったわけではないが、あの頃のことを思い出すと者悲しく感じてしまうのはどうしてだろうか。
『──今日は、どんなお話を聞かせてくれるのですか?』
思えば、あの場所で色んな人と出会い……そして、別れることになってしまった。
『──お兄ちゃんっ。一緒に遊ぼっ』
だが、こうして懐かしむことが出来るということは、今の俺はあの頃の生活も中々悪くなかったのだと思えているのかもしれない。
「……才木さん? お目覚めですか?」
懺悔室の壁の向こうから、穏やかな雰囲気のシスターの声が聞こえてくる。
六月に入り、そろそろ蒸し暑い時期が到来しそうだなと感じ始めた今日も、俺は教会の懺悔室を訪れていたのだった。
「あぁ、すまない。少し寝ちゃってたみたいだ」
「良い夢は見れましたか?」
「どうだろうな」
シスター、か。
さっきまであんな夢を見ていたから、この愉快なシスターの優しい声を聞いていると、彼女の姿がぼんやりと頭に思い浮かぶが……。
「なぁ、シスター。お前、ここに来たのは本当に最近なのか?」
「はい、そうですよ。あれは私が人生で初めてトルコライスを食べる前のことだったと思います」
「いや全然わからんが、そんなタイミング」
俺は未だにこのシスターの容姿を知らないが、おそらく……あのシスターとは違うのだろう。雰囲気こそ若干似ているが、彼女が俺に対して正体を隠す意味が全くわからないし、彼女はこんな低俗なシスターになんてならないはずだ、俺はそう信じている。
それに……彼女はもう、この世にいない可能性もある。
「何かあったのですか?」
「いや、別に。少しだけ、運命ってやつを信じてみたくなっただけだ」
「おっ、中二病ですか?」
「運命って単語だけで中二病判定するんじゃない」
「毎日のように教会に通っているという時点で中々の中二病具合だと思いますが……」
「やめろ。俺の信心深さを中二病という言葉で片付けるな」
俺はあの頃の思い出を美化しすぎなのかもしれないが、あの聖女のような少女は。この愉快なシスターとも、あの悪魔のような天使とも違う、何かを持っていたのだ。
もしも彼女と出会えたら、俺は……ありがとう、と伝えたいのだが。
『──お兄ちゃんっ、また楽しいお話聞かせてっ』
……そういえば、アイツも元気にしているのだろうか。
この教会には、あまりにも思い出を残しすぎている。
「ところで、今日はどのようなご用事で?」
「今日は懺悔っていうよりか、単なる悩みなんだが……」
「昨今の世界情勢についてですか?」
「それをお前に相談して何になるんだ。いや、俺の趣味についてなんだがな」
「へ? 才木さんに趣味なんてありましたか?」
俺は以前、この愉快なシスターに何か良い趣味はないかと相談したことがある。結局、新しく俺の趣味になったことといえば散歩ぐらいだが、それとは別に一つだけ、俺には趣味があった。
メグや遼、それと姉貴という本当に俺の身近な人物しか知らない、俺の秘密を……。
「実は俺……小説を書いているんだ」
それは、俺にとっては中々勇気のある告白だったのだが。
「も、もしや官能小説を!?」
壁の向こうから興奮した様子のシスターの声が聞こえてきた。
なんでそうなった。
「どうしてそれが筆頭候補なんだよ」
「いえ、やたら恥ずかしそうにされていたので、人には言いにくいことなのかと思いまして。私は読んでみたいですけどね、才木さんが書いた官能小説」
「おう、だったらシスターを題材にしたやつ書いてやるよ。お前はどうされたいんだ?」
「まずは私を縛り上げた上で、散々罵ってください」
「お、お前はどうされたいんだ……?」
よくよく考えたら、教会とか懺悔室とかシスターとか、官能小説にありそうな属性過ぎて驚きだ。読んだことないはずなのに色々想像できる自分が怖い。
確かに神様の御前でシスターにあんなことやこんなことをする背徳感なんてのも……いや、やめよう。ここでそんな変なことは考えたくない。
「まぁ私の内なる欲望はおいといて」
「今度散々罵ってやるからな」
「お待ちしております。それで、才木さんは自分が書く小説について何かお悩みなのですか?」
というわけで、こんな俺でもアマチュア小説家の端くれなのである。
しかし、俺が趣味で小説を書いていることを知っているのは、幼馴染のメグや遼と、一緒に暮らしている姉貴の三人ぐらいで、俺に直接感想を飛ばしてくるのもその三人である。
そんな限られた人物しか知らない俺の秘密の趣味を教えるぐらいには、俺もこのシスターのことを信頼……してきたのかもしれないが。
「ネタが思い浮かばないんだ」
俺が悩みを素直に打ち明けると。
「じゃあ書く意味がないのでは?」
と、俺の心にグサリと刺さる言葉を率直に言われたのである。
「まぁ……そうだよな。ここが潮時か」
「いえいえいえいえいえいえ! 冗談ですよ冗談! マイケル・ジョーダンですから!」
俺は割と本気でもうやめてしまおうかとも悩んでいたのだが、流石に冗談だったらしくシスターはいつになく慌てた様子だった。
「ね、ネタが思い浮かばないということは、つまり新しい作品を書けないということですよね? な、何かネタを提供すれば良いですか?」
「いや、別にそんな慌てなくてもいい。何か、あまり書きたいものが思い浮かばないだけなんだ」
「なるほど。貴方の告白、しかと受け止めました。そんな正直者の貴方にはきっと、神様からのお導きがあることでしょう……」
「この問題、神様のところまで持っていかれるの?」
「手塚治虫に聞いてみましょうか」
「漫画の神様じゃなくて小説の神様に聞いてこい」
小説の神様と言われても誰なのかさっぱり思い浮かばないが、きっと色んなものを知り尽くしているであろう神様に問い合わせてみた結果──。
「神は貴方を赦さないでしょう」
はい、いつもの。前に赦されたのは一体何だったのだろう?
「俺、ネタが思い浮かばないだけで罰を受けないといけないのか?」
「はい。才木さんがお笑い芸人になったとしてもネタを思いつくことが出来ないでしょう」
「致命的な弱点過ぎるだろ」
「寿司職人になってもネタを握ることが出来ないでしょう」
「例えお笑い芸人とか寿司職人になれなくても、俺は構わないんだが……」
大体、俺も小説家として食っていくつもりもないのだが、今まで続けていたことだから、これからも続けていきたいのである。
とはいえ、俺にこんなことを相談されてもシスターは困るだろうと思っていたのだが──。
「ずばり、私が才木さんにネタを提供しましょう!」
「は?」
「せっかくこうして私と交流しているのですから、シスターを題材とした作品を書けばいいのです!」
さっきの会話のせいで、内容が官能小説っぽいのしか思い浮かばないんだが。
「し、シスターを題材にって言っても、どういう内容にするんだ?」
「シスターを異世界転生させましょう」
多分どっかにあるぞ、そういう異世界転生モノ。
「そして、異世界転生したシスターはユニークスキルを手に入れるのです」
「どういうスキルなんだ?」
「それは才木さんが考えてください」
そんな簡単に何でも思いついたら苦労しないんだよ、クリエイターってのは。
「しかし、異世界モノで攻めるにしてもレッドオーシャン過ぎるかもしれませんね……もっとニッチなジャンルと組み合わせてみましょうか。例えば、シスター✕終末パニックとか」
「話をどう展開させるつもりなんだよ」
「私は主人公の妹としてストーリーに関わるのです。主に萌えキャラ枠として」
「そういう意味のシスターじゃないだろ!」
多分妹という意味のシスターが出てくる作品も大概ありふれたものだと思う。
大体、ブルーオーシャンを攻めようにも、一定の需要があるからこそ誰かに見てもらえる機会が多くなるわけで、マイナーなジャンルは中々苦労するものだろう。
メジャーなものとマイナーなものを組み合わせたら、新たな発見もあるかもしれないが……。
「しかし、意外でした。才木さんがそんな趣味をお持ちだったとは。いつ頃からなのですか?」
「実際に小説として文をしたため始めたのは、中二ぐらいの頃だな」
「なるほど。これは黒歴史になりそうな香しさを感じます」
「やめろ、黒歴史とか言うんじゃない」
大体、俺がこれまで作ってきた作品はどれも黒歴史となってしまったのだ。ボツになってしまったものも含めれば、もう数え切れないぐらいだろう。
「でも、いざ文にしようとするとそれが中々難しくてな。知り合いからネットに投稿してみたらどうだって言われたから、高校生になってから色々挑戦してみているんだが、中々上手くいってなくてな」
「まず挑戦してみるというのは大事なことですよ。でも、人気はからっきしと?」
「まぁ、評価とかそこまで気にしているつもりではないんだが、どうしても気になってしまうんだよな。最近は小説だけじゃなくて漫画とか映画とか、色んな創作物に触れてみたりだとか、ネット小説を読んで流行りとか傾向を研究したりしたんだ」
「それで、成果は?」
「……それまでに俺が思いついていたネタは、一般的にウケないんだろうなぁと気付かされた」
面白い作品に触れたら触れるほど、自分のクリエイト能力に自信が無くなっていったのである。0から1を生み出すのはかなり大変なことだが、その生み出した1を10にも100にもするのはもっと大変なことだろう。
「ちなみに、才木さんが思いついていたネタというのはどんな内容なんですか?」
「まぁ例えば……勇者が魔王に大食い勝負を挑む話とか」
「魔王が美少女でもないかぎり、あまり惹かれませんね」
「カレー屋の主人が理想のカレーを求めて、牛と豚と鶏を従えて天竺に行く話だったり……」
「西遊記をモデルにするとしても、やはり美少女を登場させなければ論外でしょうね」
「やはり世界は美少女のものか……」
「そう、つまり私のものというわけです!」
「お前が美少女かは知らないが」
それにどんな内実があろうとも、人は美しいものに惹かれてしまう生き物なのである。俺はまだ壁を挟んで向かいにいるシスターの姿を見たことないが、見た目はどうであれ、その存在はさぞかし美しいものなのだろうと思う。
「才木さんの発想力には少々疑問がありますが」
「余計なお世話だ」
「ひとまず、何かしらの作品を完成させてはいかがでしょうか? これは数学の問題と一緒です。中々解けない難問が苦労の末に解けた時、不思議と達成感が溢れてきませんか? 例えどんなに内容がベターなものであれ、つまらないものであれ、何か一つ完成させれば達成感を得られると思いますよ。その達成感が次なる創作の原動力になるかもしれませんし、誰かに感想を貰えたら尚更です。というわけで、私のためにシスターを題材にした官能小説を仕上げてくださいな」
「お前は本当にそれでいいのか?」
「才木さんがどんな趣味をお持ちなのか気になりますので。どんな内容でも私は受け入れますよ!」
「やめろ、俺はそういう方向性で行くつもりはないんだ。じゃあ、今日はもう帰る」
「あ、イメージしにくいなら実演も──」
「やめろやめろ!」
俺は逃げるように懺悔室から去ったのだった。せっかくの聖なる空間が穢されてしまいそうだ。
それはそれとして……何か一つ仕上げる、か。
流石に官能小説を書くつもりはないが、シスターを題材にするのも悪くない。身近にあるものを題材にした方が、きっと書きやすいだろう。
例えば、あの悪魔のような天使、とか────いや、何を考えてるんだか、俺は。




