何でもしてあげる⑥
「あれは、冗談のつもりだったんだ。でも冗談とはいえ度が過ぎたことしてしまったと思っている。本当に、すまない……」
俺は雪歩に頭を下げながら、そう謝罪した。
今、雪歩がどんな反応をしているのか、どんな表情で、どんな目で俺を見ているのかわからない。
雪歩からの答えはすぐには返ってこず、嫌に長く感じる沈黙の時間がやけに恐ろしく感じられた。
別に許されなくてもいいと思っていた。
言葉がナイフになることもあるというが、自分が何気ないつもりで言ったことが取り返しのつかない事を引き起こしかねないのだ。
だから、必ずしもこれが良い結果に繋がらなくても良い。ただ、己への戒めともなれば……。
「顔を上げて、和海君」
一時して、雪歩がそう言った。
雪歩に促されて顔を上げると、今度は雪歩が俺に頭を下げたのだった。
「私の方こそ、ごめん」
「えっ、いや、どうして雪歩が謝るんだ!?」
雪歩が俺に謝るなんて事態は想定していなかったので、俺は慌てて雪歩に顔を上げるよう促した。
すると、顔を上げた雪歩は照れくさそうに笑いながら言う。
「私、どんな反応をすればいいかわからなかったんだ。本当にびっくりしちゃって。まさか、和海君に一泡吹かされるとは思わなかった」
「……じゃあ、ただ驚いて逃げただけってことか?」
「うん。だからこの勝負、私の負けだね」
何かいつの間にか勝負を挑まれてて、いつの間にか勝ってしまった。
ある意味、あの呪物を利用して雪歩に一泡吹かせてやりたいという俺の当初の目的は達成できたわけだが……やはり、まだ気分は晴れていない。
そんな俺の複雑な心境を察したのか、雪歩は小さく微笑みながら言う。
「まだ、納得がいかない?」
「いや……」
納得がいかないというか、こうもすんなりと許されてしまうとは思っていなかっただけに、気持ちが整理できていないのだ。
「いっそのこと、私が和海君のことを罵ってあげた方がすっきりした?」
「まぁ、ある意味吹っ切れるかもしれないが……」
「お前の母ちゃん、でーべーそー」
「罵り方が子ども過ぎるだろ……」
いつものようにおちゃらける雪歩の姿に若干安心しつつも、俺は考える。
俺は、雪歩に一体どうしてもらいたかったのだろう?
許されなくてもいい、嫌われたままでもいいと、俺は自己中心的に考えていたが、逆に雪歩に気を遣わせているようでは、俺もまだまだ子どもである。
「ねぇ和海君。あの券、まだ持ってる?」
「あ、あぁ」
俺はポケットから『何でもしてあげる券』を取り出した。少しくしゃくしゃになっているが、雪歩の可愛らしい文字ははっきり見える。
「それ、貸して」
言われるがまま俺が雪歩にそれを渡すと、雪歩は────なんと、『何でもしてあげる券』をビリビリに破ったのだった。
「これで、今回のことはなかったことになったね」
ビリビリに破かれた『何でもしてあげる券』が風に舞う中、雪歩は笑みを浮かべながらそう言ったのだった。
全く想定していなかった雪歩の行動に驚きつつ、俺は彼女に言う。
「な、なかったことにって……本当に良いのか?」
「おはよう、和海君」
「昨日今日の記憶丸ごと消えたのか?」
すると、雪歩は俺の方へ一歩、そしてもう一歩と近づいてきて──。
「改めて。誕生日おめでとう、和海君」
雪歩はグイッと俺の方に体を近づけてきて、そう言ったのだった。
昨日の凶事を全て忘れさせてくれるような、温かく、包容力のある、天使のような微笑みで。
……迂闊だった。
もう少し、この悪魔を鎖で縛って捕らえておくべきだったかもしれない。
「別に、今更だろ」
なんだろう、このこそばゆい感じは。
ただ、誕生日を祝われただけなのに。
「私、和海君への誕生日プレゼント用意できなかったんだ」
「そこの記憶までなくなったのかよ」
彼女曰く、あの『何でもしてあげる券』に関わる全ての出来事はなかったことになったらしい。
だから、雪歩はこうして俺の誕生日をもう一度祝ってくれたみたいだが──。
「ねぇ、和海君は何が欲しい?」
「へ?」
「和海君は、私からどんなプレゼントを貰いたい?」
雪歩は、現実とは思えない、まるで天使と見紛うような笑顔を──いや。
現実とは思いたくない、まるで悪魔と見紛うような笑顔を浮かべながら、そう言ったのだった。
その質問……『何でもしてあげる券』と、あまり内容変わってなくないか?
「べ、別にプレゼントなんていらないが」
「じゃあ、私から頼まれてよカズ君」
「ど、どういう意味だ?」
「私、困ってるんだよ。いつもお世話になってる和海君への誕生日プレゼントをどうしようか思い浮かばなくて。だから、助けて和海君。私の和海君への誕生日プレゼントを考えてほしいの。人助けが趣味の和海君なら、私のお願いも断れないでしょ?」
……俺は人の頼みなら何でも聞いているわけではない。だが、ここでプレゼントなんていらないと意固地を張っても俺はただ一方的に負けてしまうだけだ。
さっきは負けを認めてきたくせに、やっぱり俺は敗北へと誘われているような気がする。
だが、もう変に意固地を張らなくても良い。些細なことで良い。小さなことで良いのだ。
大体、誰かのことを好きになった時だって、例え一目惚れだったとしてもいきなり告白して成功する可能性はそう高くないだろう。そういう時は段階を踏んで──。
「……じゃあ、雪歩のLIME教えてくれ」
と、まずは連絡先を知ることからだ。
……って、いや、俺はそういう段階を踏みたいわけではなくて、せっかく友達になったのにお互いの連絡先を知らないのもおかしいなと思っただけだ。そういうことにしておいてほしい。実際、今回も雪歩と連絡取れなくて困っていたわけだし。
「うん、わかった」
俺の心情を知ってか知らずか、雪歩は愉快そうに笑いながら携帯を取り出した。
そうして、パパッとお互いのLIMEアカウントを友だち登録する。俺の友達一覧に、何か神々しくピカピカ光ってる天使のアイコンが追加されたんだが、雪歩ってそんなに天使という異名を気に入ってるのか?
「和海君のアイコン、結構ファンシーだね」
そして、俺のLIMEのアイコンを見た雪歩がそんな感想を言う。俺がアイコンに登録している写真は、教会の敷地内で見つけた四つ葉のクローバーだ。
「意外か?」
「うん。自分の胸部のレントゲンだと思ってた」
「俺のどこにそんなイメージがあるんだ?」
「もしかして、四つ葉のクローバー集めてたりするの?」
「いいや。何をアイコンにしようか迷っただけだ」
そして、まずはお互いにスタンプを送り合う。俺がダンスしている侍のスタンプを送ると、雪歩からは猫を模したキャラのスタンプが返ってきた。
「これで、何かあったらすぐ和海君に助けてもらうことが出来るね」
「まぁ、極力通知には気付けるようにしておくが、本当にヤバい時は警察とか消防呼ぶんだぞ」
「うん。和海君も、何かあったら何でも相談してきて良いからね」
「まぁ……その時は助けになってもらうさ」
「眠れない時も連絡してきてもいいからね。私は夢の世界で和海君と話すから」
「いや現実世界で頼む」
才木和海、十七歳。
人生で最悪の誕生日の思い出が残りかねなかったが、丸く収まった……のだろうか?
天使こと小日向雪歩と隣の席同士になり親睦を深めるも、その関係がリセットされかねない危機こそあったが、結果的に俺達はより親睦を深められたかもしれない。
だが、一体この先にどんな未来が待っているのだろう?
一体いつまで、この幸せは続くのだろうか?
『────今日は、どんなお話を聞かせてくれるんですか?』
何事にも始まりがあり、そして終わりがある。
俺は、それを知っているはずなのに……。
携帯の画面に表示されている、天使とクローバーのアイコンを見ながら、俺は少し怖くなったのだった。
「どうかしたの?」
「……いや。せっかくだし、一緒に帰らないか?」
「うん。一緒にミレニアム懸賞問題について語り合おうね」
「お手柔らかに頼む」
思えば、いつからだろうか。
皆が求める『才木和海』としての像と、本来の『才木和海』の像が乖離し始めたのは。
もしも……今は気づかないふりをしている、いや本当にそうかもわからない、この感情に蓋をすることが出来なくなった時、俺はどうなってしまうのだろう?
なぁ、神様。懺悔させてほしい。
俺が過去に犯した罪への償いよりも、この青春にうつつを抜かすための時間がほしいんだ。
そして、教えてほしい。
この天使のような悪魔は、いや悪魔のような天使は、俺を救ってくれるのか?
これにて第一章完結です。




