何でもしてあげる⑤
「なぁカズ……俺達って、親友だよな?」
【悲報】朝っぱらから牧が気持ち悪い件について。
「なんだよ急に。金は貸さんぞ」
「いやそういうのじゃなくてよ。俺は少なくとも高校の内はカズと親友同士でありたいと思ってるんだ」
「そんな契約を交わした記憶はないが、まず才木和海検定に合格してもらわないと困るな」
「よっしゃ、満点合格してやんよ!」
「問一、今の俺の気持ちを二十文字以内で答えよ」
「答、『面倒だしテキトーにあしらうか……』だろ?」
「正解だ」
「正解でも嬉しくないな、これ」
牧ならきっと正解率五割ぐらいだろう。勿論満点を取ってもらわないと合格させるつもりはないが。
「いやさ、カズって顔は広いけど友達少なさそうだから、数少ない友達である俺がカズの癒しになってやりたいと一念発起したんだ!」
「正直に言え」
「今朝の星座占いで、友達に良いことすると金運が上がるって言われて……」
「下心ありありじゃねぇか」
牧は俺のことを気遣ってくれているのかもしれないが、例え牧が親友となって俺の心の支えになってくれたとしても、決して癒やしを与えてくれる存在ではないと思う。
「確か、カズって牡牛座だったよな? 確か牡牛座のラッキーアイテムは……あれだ、『何でもしてあげる券』だってよ!」
「……は?」
俺は心臓が飛び出そうなほど驚かされたが、牧はそんなこと気に留める様子もなく話し続ける。
「ま、どこにそんな券が存在するんだよって話だけどなぁ。大体、カズの場合はそういうチケットを作らなくても行動で示してるし」
俺は牧の話を聞いてて耳を疑ったが、奴の話しぶりを聞くに、俺が雪歩から『何でもしてあげる券』という、とてもアンラッキーな呪物をプレゼントされたことは知らないようだ。
そんな類稀な例をピンポイントで当ててくるということは、案外信用出来る占いなのかもしれない……。
軽く雑談を交わした後、牧は別クラスの友人に呼ばれて俺の元から離れてしまう。
こういう時に限って牧がいてくれないのはかなり心細いが……俺はやらなければならないのだ。
胸にそう誓いながら、ポケットに忍ばせていた『何でもしてあげる券』をギュッと握りしめていると──。
「おはよう、和海君」
いつも通り、天使こと小日向雪歩が登校してきた。
いつもと全く変わらない時間に、いつもと全く変わらない天使のような笑顔で。
「あ、あぁ、おはよう雪歩」
いつもと変わらない様子の雪歩に俺は戸惑いつつ挨拶を返す。
最悪、挨拶すらされないんじゃないかとも覚悟していたぐらいだったが拍子抜けしてしまいそうだ。
ただ……。
いつもなら『温暖化が進んだら、いつか学校の制服も水着になるのかな』だとか、『カズ君の家で飼ってる小豆洗い、最近元気してる?』だとか不思議なことを言ってくるのに、雪歩は俺に一言挨拶を交わした後、黙々と支度をしていたのだった。
やはり、いつも通りというわけにはいかないか。
やはり、昨日の一件で俺は雪歩に嫌われてしまったのだろうか?
あるいは、もう昨日の件について触れられたくないのだろうか?
人間関係は、いつまでも円滑に続くとは限らない。
もしかしたら、これは運命だったのかもしれない。まだ二年生になって日は浅いが、いつか席替えで雪歩とは隣同士ではなくなる可能性だって大いにあるし、来年は違うクラスで、いずれ関係も希薄になるかもしれない。
だから、雪歩との関係に固執する必要はない……果たして、そうだろうか?
進級した段階か、高校を卒業した段階か、どのタイミングになるかはわからないが、いずれ雪歩と離れ離れになる運命は避けられないかもしれない。
しかし、だからといって俺が雪歩に謝らなくていい理由にはならない。
それはあくまで自己満足でしかないが、例え雪歩が俺の過ちを許してくれなかったとしても、俺は謝罪するべきなのだ。
それが、一人の人間として最低限持っておくべき常識だと俺は信じている。
「な、なぁ、雪歩────」
しかし、俺が雪歩に声をかけようとしたタイミングで、無情にも予鈴が鳴り響いたのだった。
事情が事情なだけに雪歩をどこかに呼び出してゆっくり話をしたかったのだが、そのための約束を取り付けようにも、授業の合間の休み時間は雪歩に逃げられてばかりだった。
だって女子トイレに駆け込まれたら、俺にはどうしようもないんだもの。
『トイレの花子さんを討伐しないといけないから』
休み時間は、そうやって学校の怪談に果敢に挑みに行く雪歩にあしらわれて。
『トイレの花子さんと女子会してくるから』
昼休みは、何故か討伐したばかりのトイレの花子さんと仲良くなって、俺から逃げるようにメグや三門の元へ向かって、雪歩は女子トイレへと向かい、俺は取り付く島もなかったのだった。
流石に女子トイレの側で待ち伏せするわけにもいかず、俺は教室で雪歩の帰りを待っていたのだが、戻ってきたのはメグと三門の二人だけだったので、不思議に思って俺は二人に声をかけた。
「なぁ、雪歩はどこに行ったんだ?」
「へ? 動く二宮金次郎像を探しに行くって言ってどっか行っちゃったよ」
二宮金次郎って誰なんだろうねーと言いながら、三門は不思議そうな顔をする。今どき二宮金次郎像なんてそうそう見かけないが、多分テキトーな理由を言って雪歩は俺を避けているに違いない。
だが、何かを察知したらしいメグが、不思議そうな表情で言う。
「カズ君、雪歩に用でもあるの?」
「え? あぁ、まぁそうなんだが……」
昨日の一件をメグや三門に話すわけにはいかないと思ったが、俺の態度が不自然だったのか、メグは訝しげな表情を浮かべて急に俺の首根っこを掴んで、三門を教室に残して俺を人気のない階段裏へと連行してから言う。
「ねぇカズ君。まさか例の『何でもしてあげる券』、変な使い方してないでしょうね?」
いつになく怒ったような表情でメグは言う。
「……流石だな。才木和海検定一級合格だ」
「あらそう、ありがたく面接でアピールさせてもらうわ。で、何があったの?」
「冗談で俺と付き合ってくれってからかったら、逃げられた」
すると、メグは驚いたのか俺の首根っこを離す。
「……え? カズ君、雪歩に振られたの?」
「あぁ。流石に無理、ってな」
「そ、そうなの……?」
俺の悪魔の所業に軽蔑するかと思いきや、メグは信じられない、という様子で頭を抱えていたのだった。
「……ごめんなさい、カズ君」
「いや、どうしてメグが謝るんだよ」
「だって、カズ君の背中を押したのは私だもの。今の二人ならお似合いだと思ってお節介を焼いたつもりだったのだけれど……私の目は節穴だったというわけね」
……もしかして、メグは冗談とかではなく、本気で俺に告白させるつもりだったのだろうか?
「なるほど。俺は崖っぷちでメグに背中を押されたわけだ」
「言伝があるなら私が伝えておくけど」
「いや、いい。自分でどうにかするさ、俺がやったことだしな」
昨日、メグに相談して思いついたことではあったが、かといってメグに責任を追わせるつもりはない。きっとメグも幼馴染のことを大切に思ってのアドバイスだったはずだ。
結果的に、こっちが一泡吹かされているわけだが。
「ていうか、カズ君って女の子に告白する度胸とか持ってたのね。意外だわ」
「別に、本気じゃなかったしな」
「でも正直、カズ君にそういう冗談は似合わないわよ。そういうのは、少女漫画に出てくるような爽やか系イケメンがやってこそ許されるものよ」
「悪かったな、少女漫画に出てくるような爽やか系イケメンじゃなくて」
「カズ君ってどちらかと言うとそういう爽やか系イケメンと対を成す、無愛想であまり人当たりは良くないけど実は良い奴系イケメン(三割引)ぐらいでしかないんだから」
「それは割と良いポジションなんじゃないか?」
崖っぷちで背中を押された側なのに酷い言われようだし、イケメン(三割引)は余計なお世話だ。
「なぁ、雪歩に何か変なところはなかったか?」
「まぁ変と言えばいつも変な子だけど、別にカズ君のことを嫌ってるわけじゃないと思うわよ。もしかしたら、真剣に返事を考えているのかもしれないし」
「いや、流石に無理って言われたんだが?」
「それはあれよ。雪歩って結構そういう耐性がないから、オーバーヒートして逃げただけよきっと」
雪歩にそういう耐性がない、だと?
確かにこの前の寝顔事件のこと思い出すと、思い当たる節はあるが……じゃあどうしてそれでいて俺のことをからかってくるんだという話だ。
……まさか、本当に俺に気がある?
しかし、そのきっかけは何一つ思い浮かばない。俺が過去に雪歩を助けたことがあるのならまだしも、俺にそんな覚えはないし……。
◇◇◇
そして、とうとう迎えた放課後。
「なぁ、雪歩」
SHRが終わってすぐに、俺は隣の席の雪歩に声をかけた。
すると、彼女はややぎこちなく俺の方を向いて、ニコッと微笑んで口を開く。
「話って何?」
「いや、俺はまだ何も言ってないんだが?」
何か会話が二段階ぐらい飛ばされたんだが、スキップ機能でも使われたのか?
「ごめんね和海君。私は和海君のチームには入れない……」
「雪歩に見えている世界線の俺は一体何をしているんだ?」
「それで、話って何?」
「あぁ戻った。いや、ここじゃ何だし、二人で落ち着いて話したいんだ」
流石に例の呪物について教室で話すわけにもいかない。もしクラスメイトに例の話を聞かれでもしたら、きっとダムナティオメモられると思う。
大体、今日の雪歩の反応を見るに俺の用件もわかっていそうだったが、彼女は少し黙り込んだ後、フフッと笑ってから呟いた。
「じゃあ、昨日の場所で良い?」
「え? あ、あぁ、構わないが……」
そうして、俺と雪歩が向かったのは、人気のない校庭の隅っこにあるベンチ。
俺にとっては曰く付きの土地となってしまった場所だが、まさか雪歩にこの場所を指定されるとは思わなかった。
確かに、ここは二人で落ち着いて話が出来る場所なのだが。
『──なぁ、俺と付き合ってくれないか?』
昨日と全く同じシチュエーションなだけに、昨日のことがフラッシュバックして恥ずかしくなってくる。
そして……。
『──そ、それはっ、流石に、無理っ』
昨日のあの雪歩の反応を思い出して、この世界の全てから希望を失ってしまったような絶望感に襲われる自分もいる。
まさか、それも計算して雪歩はこの場所を指定したのか?
「おはよう、和海君」
「時空を行ったり来たりしないでくれ。それで、話なんだが……」
雪歩はまだおちゃらけて話をはぐらかそうとしていたが、正面に向き合った俺を見て観念したのか、視線を少し下に落としていた。
校庭の片隅。
いつもなら運動部の掛け声だとかホイッスルの音が聞こえてくるはずなのに、俺達の周りだけ、まるで時間が止まったかのように静まり返っていた。
いつも余裕そうに飄々と振る舞う雪歩は、今ここにいない。
あんなことがあって、今更俺に謝られたところで、どうすれば良いのか困っていると思う。
……雪歩にそんな思いをさせているのかもしれないと考えると、それは形式的なものでも、儀礼的なものでも、はたまた演技のようなものでもなく、自然と言葉が紡がれたのだった。
「昨日は、変なことを言ってすまなかった」
俺は、雪歩に頭を下げた。




