何でもしてあげる④
『何でもしてあげる券』
あの悪魔のような天使から貰った誕生日プレゼントをポケットに忍ばせて、俺は今日も学校へと向かう。
一晩中考えても、その使い方を思いついけないまま……。
「おはよう、和海君」
「……あぁ、おはよう雪歩」
朝、登校してきた雪歩は俺を見かけるや否やからかうような笑みを浮かべていた。
「ねぇ、私があげた誕生日プレゼント、まだ持ってる?」
「あ、あぁ」
「使い道、決められた?」
「……現在進行系で熟考中だ」
しょぼい使い方をしたらからかわれるに決まっている。
かといって、変なことに使ってもからかわれるに決まっている。
正直、この『何でもしてあげる券』という呪物を受け取ってしまった時点で俺は詰んでいるのだ。
「何でも、だからね」
「まぁ、そう書いてあるからな」
「だから、もしカズ君が何らかの組織に命を狙われていたら、私がこの命を張って和海君を弔ってあげるよ」
「いや、弔う前に少しは助けてくれ」
「次の誕生日を無事に迎えられると良いね」
「新手の殺害予告みたいに聞こえてくるんだが?」
そんな会話を雪歩と交わしつつ、日常は過ぎていく。
やはりあの呪物の使い道を一人で考えても埒が明かず、いっそのこと使わないまま時間が過ぎるのを待とうかとも考えたが……俺の心の何処かに存在する負けず嫌いな部分が、それを許そうとはしなかったのだった。
それに……雪歩の寝顔を写真に収めた時の、あの雪歩の驚きよう、慌てぶり、いや……あの無敵な天使が顔を真っ赤にしている姿を、もう一度見てみたいのだ。
そして、迎えた昼休みのことだった。
「こんな所に私を呼び出すなんて、和海君もとうとうラブコメ主人公になってしまったのね」
俺はメグを文芸部の部室へと呼び出した。
文芸部の活動自体は殆ど図書室で行われているため、部室には事務的に必要な機器や書類が置かれているぐらいで、そういう場所としてはあまりにも雰囲気がなさ過ぎると思う。
「いや、俺はそういうつもりじゃないんだが」
「はっきり言って、答えはノーよ」
「告ってもないのに振られたんだが?」
「幼馴染という関係性だけで私が簡単に堕ちると思ったら大間違いよ」
「勝手に言ってろ」
長机を挟んでパイプ椅子に腰掛けて、これも青春かと思いながら俺はメグに切り出した。
「昨日、お前にこれを見せただろ?」
俺は雪歩から貰った『何でもしてあげる券』をもう一度メグに見せた。
「それがどうしたの? 言っておくけど、もしカズ君がやましいことを考えているなら、私は協力しないわよ」
「そんなこと一言も言ってないだろ」
「五肌ぐらいしか脱げないわ」
「一肌で良いんだよそれは。俺は、こいつを使って雪歩に一泡吹かしてやりたいんだ。何か、良い使い方はないか?」
日頃から雪歩にからかわれていることへの仕返し、というわけではないが。
この間、雪歩の寝顔を写真に収めた時の彼女の反応、いつもあんなに俺のことをからかってくる彼女の慌てぶりを目にして、余裕を失った悪魔の姿をもう一度見てみたいと思ったのだ。
……あの時の雪歩の慌てぶりが可愛かったとか、そういうことは断じてない。
断じて、ない。
「一泡吹かしてやりたい、ね」
そして、メグは愉快そうに笑みを浮かべ──。
「無理ね」
と、俺に残酷な宣告をしたのだった。
「む、無理なのか?」
「えぇ。だってカズ君にはロマンが足りないんだもの」
「ろ、ロマン?」
「そうよ。物事を現実的な視点で見ることも大切だと思うけれど、ロマンがないと人間的に面白くないわよ」
俺、幼馴染につまらない人間だって言われているんだが。
そして、メグはハァと小さく溜息をつくと、物憂げな表情で口を開く。
「ぶっちゃけ、カズ君は雪歩のこと、どう思ってるの?」
そんなメグの問いに、俺は一切迷うことなく答える。
「悪魔」
俺がそう答えると、メグはまた溜息をついたのだった。
「カズ君ったら、本当に素直じゃないわね」
「俺が惚れやすいタイプだとでも思ってるのか?」
「えぇ、そうじゃないのは知ってるわよ。そういう感情が欠如してるんじゃないかって不安になるぐらいだもの。日頃からあんなに雪歩と接しておきながら恋愛感情を一切抱かないとか、人間としてどうかしてると思うわ。カズ君って人間の血が流れてないんじゃないの?」
「酷い言われようだな……」
「単刀直入に聞くけれど、カズ君は雪歩のこと、好きじゃないの?」
客観的に見れば、俺はかなり恵まれた立場にある。俺がこんなことで悩んでいると知れば、クラスの男子共は俺をさらし首か火あぶりにすることだろう。
俺がもっと精神的に大人だったら、あるいはもっと子どもだったなら、きっと……理想的なラブコメが始まっていたことだろう。
俺が、もう少し立派な人間であれば……。
「……ま、それは人の好みだものね。私はカズ君が誰を好きになろうが嫌いになろうが、とやかく言うつもりはないもの」
こういう時に俺に気を遣ってくれるメグは、本当に良き友だと思う。
俺が中々に複雑な事情を抱えていることを、彼女は知っているからだ。
「それで、カズ君はその券を使って雪歩に恥ずかしいことをさせたいのよね?」
「違う違う違う違う、恥ずかしいことをさせたいわけじゃない。ただ一泡吹かせてやりたいってだけだ。いつもアイツにしてやられてばかりだからな、たまには俺の方から雪歩をからかってみたいんだ」
「要は、雪歩を困らせたいってことよね? じゃあ、カズ君がされて困っちゃうようなこと雪歩にしてやれば良いんじゃない?」
どうすれば雪歩を困らせることが出来るだろうか? 困らせたい、というよりは以前のように彼女が慌てる姿を見たいだけで、そんな過度なイタズラをしたいわけでもない。
「自分がされて嫌なことを、人にしたくはないが……」
「あら、じゃあカズ君は雪歩にからかわれるのが嫌なの?」
「別に、嫌ってわけじゃない」
俺がそう答えると、途端にメグがニヤニヤと笑い出す。
「何を笑ってるんだ、気色悪い」
「カズ君も素直じゃないわね」
「うるせーよ。お前まで俺をからかうつもりか?」
「あら、これは私なりのカズ君へのアドバイスのつもりなんだけど」
「どういう意味だ?」
「そのままよ。素直になってみなさい、雪歩の前で」
俺は普段から素直に生きているつもりだが、きっと他者から見ればそうではないのだろう。
雪歩も俺をそう見ているはずだ。じゃあ、それをひっくり返すには……。
「何か、思いついたみたいね」
と、含みのある笑みを浮かべながらメグが言う。
「私は応援してるわよ、カズ君達のこと」
「俺にそういう気はない」
「あら、つくづく素直じゃないわね」
と、メグはクスクスと笑う。
一つ、俺の頭に妙案が浮かんだが……果たして、本当にこれを試して良いものかと悩むところもある。
だが、あの悪魔をぎゃふんと言わせるには、これぐらいの思い切りが必要なのだと、この時の俺は思っていたのだった……。
◇◇◇
「なぁ、雪歩。ちょっと良いか?」
放課後、俺はすぐに雪歩に声をかけた。
いつもなら俺は誰かの手伝いに行っていることは多いが、今日はこのために空けておいたのだ。
「どうかしたの?」
「例の券の使い道、思いついたからな。ちゃんと使わせてもらうぞ」
俺がそう言うと、俺がこの券を使うのが意外だったのか、雪歩は少し驚いたような様子だったが、すぐいつもの調子で笑いながら言う。
「それは楽しみだね」
そして、俺は校庭の外れにあるベンチへと雪歩を連れて行く。
近くには花壇もあり、グラウンドで練習に励む運動部の掛け声もそれほど響くわけでもなく、程よく落ち着ける場所だ。
何より、ウチの陰鬱な体育館の裏なんかと比べれば、それなりに雰囲気のある場所でもある。
「こんな所に私を呼び出して、どういうつもりなのかな?」
雪歩は鞄を膝の上に置いてベンチに腰掛けた。自分でも驚くぐらい、何かそういう雰囲気が出てて恥ずかしくなってくるが、平常心平常心。
「なぁ、雪歩。俺と初めて出会った時のこと、覚えてるか?」
俺がそう切り出すと、彼女は特に動揺など見せずに笑って言う。
「あれは、まだ天地が創造される前のことだったね……」
「そんな遡らなくても良いだろ。俺はここに入学した時から、この学校に天使が降臨したとかいうオカルトチックな噂は知っていたが……二年になるまで、話したことはなかったよな?」
同じ学年だし、別のクラスだったとはいえ雪歩の姿ぐらい何度も見かけたことがある。
だが、ちゃんと関わりを持ったのは二年生に進級し、同じクラスになり、そして隣の席同士になってからだ。
「そうだね」
雪歩はニコッと笑ってうなずいた。
「だから、まだ出会って二か月も経ってないぐらいかもしれないが……俺は、お前のおかげで楽しくやれてるんだ」
「そうなんだ。じゃあ私も嬉しいな」
「だからまぁ、何というか……俺なりに、この券の使い方を考えたんだ」
そして、俺は雪歩に『何でもしてあげる券』を見せながら、言ってみせた。
「なぁ……俺と、付き合ってくれないか?」
────それは、一世一代の大勝負だった。
果たして、雪歩はどんな反応を見せるだろう?
聡明な彼女のことだ、きっと俺がこんな手に出ることを、いや、俺が日頃の雪歩の思わせぶりな態度に感化されて調子に乗るところまで、彼女の想定の範囲内に違いない。
きっと、雪歩はニコッと笑って──。
『燕の子安貝ぐらい持ってきてくれないと、私をお嫁さんには出来ないよ』
なんて言って、簡単にあしらわれるものだと、俺は想定していた。
これぐらいの冗談が通じる関係だと、俺は考えていた。
それに、天使天使と呼ばれてきた雪歩は、これまでに何度も告白を受けてきたのだ。今更驚くこともないだろう。
しかし────実際の雪歩の反応は違った。
彼女は面食らったような表情で、目をパチクリと開いていた。
そして何度も俺の顔と『何でもしてあげる券』を交互に見ながら、尋常でない速度でまばたきをしている。
いつものように、俺をからかうように笑みを浮かべるわけでもなく。
天使のくせして、悪魔のような笑みを浮かべるわけでもなく。
いつもの調子で、俺をからかうわけでもなく。
思考が停止してしまったのだろうか、まるで彼女の世界の時が止まってしまったかのように、彼女は硬直してしまった。
「な、なぁ、雪歩?」
中々返答がないので俺が困って問いかけると、雪歩はハッと我に返ったようで、口をパクパクと小さくわななかせた。
そして、雪歩の頬が、いや顔が、耳先まで、夕焼けよりも鮮やかな紅に染まっていき、雪歩はようやく口を開いたのだが──。
「──そ、それはっ、流石に、無理っ」
今までに聞いたことのない、普段の彼女からは想像もつかない、ひっくり返ったような裏声で雪歩はそう言って、慌てた様子でベンチから立ち上がると、俺から逃げるようにピューッと走り去ってしまったのだった。
その場に取り残された俺は、『何でもしてあげる券』を手に掴んだまま、呆然としていた。
……もしかして俺、やっちまったのか?




