何でもしてあげる②
「よぉ、カズ。あけおめ」
「祝い方間違ってるぞ、お前」
「メリクリ?」
「違う違う」
「あぁ、そうだったそうだった。ハッピーバレンタイン!」
「男に言われたって嬉しくないわボケ!」
才木和海、十七歳の誕生日。身内の姉貴を除けば、俺の誕生日を祝ってくれたのは牧が最初だ。
「カズって何歳になったんだっけ?」
「お前と同じ学年のはずなんだがな、俺は」
「ワンチャン留年とか飛び級の線あるし。あ、誕プレは何が良い? 昼飯ぐらいなら奢ってやるけど」
「焼きそばパンとコーヒー牛乳な」
「おけおけ。やっぱり男は安くて助かるぜ~」
「その言い方はやめろ」
俺と牧の誕生日の祝い方はこんなものだ。一年の時はお互いの誕生日にラーメン屋に行ったぐらいだし、変に形として残るものではなく、その場で消費できる物の方が考えすぎなくて済む。
「カズももう十七か~昔はあんなちっちゃかったのにな~」
「俺は牧と去年出会ったばっかりなんだが?」
「覚えてるか? あの夏の日、海岸で一緒にスイカ割りをして、どっちが種を遠くまで飛ばせるか競い合った時のことを……」
「やめろ、俺の淡い夏の思い出を捏造するな」
「あの夏の日、海岸で女の子と一緒にスイカを食べた時は楽しかったなぁ……グスン」
「なんでお前は自分で昔のこと掘り起こして落ち込んでるんだ!」
どうやら牧も牧なりに夏に対しては淡い思い出があるようだ。きっと俺には敵わないだろうがな、夏の思い出に対する思い入れに関しては。
「カズ、せっかく誕生日なんだし凸待ち配信でもしないか?」
「いやVTuberか」
「俺には見えるぞ、カズが人助け系VTuberとして天下を取っている未来が!」
「俺には全然見えねぇよ! そんなジャンルあってたまるか!」
「でもユキポンがVTuberデビューしたら簡単にカズを追い抜いていきそうだよな」
「まず俺がVTuberデビューする前提で話すのやめろ。大体、アイツの場合は別にVTuberの皮を被らなくても良いだろ」
「だってよユキポン」
「これは良いこと聞いたね」
「って、いるー!?」
俺が牧と話している間に、なんと雪歩が俺の背後に佇んでいたのだ。
雪歩はいつも牧の後ろからやって来るのに、今日はわざわざ教室をグルッと周って、俺にバレないように来たのか……?
「最初はどんな配信にしようかな。『天使だけど質問ある?』とか良いかな」
「チャンネル名は天使ユキポンか?」
「天使って名乗ってるVTuber多そうだけどな」
「しかし、そこに真の天使ユキポンが現れることにより、それまで存在していた天使達を全て時代遅れにしてしまうのだ!」
「うるせぇなお前」
「ユキポンのファン第一号は俺だ!」
「配信出禁ね」
「なぬー!?」
出禁を食らった牧はトボトボと自分の席へ戻ってしまった。
推し活も度が過ぎると迷惑行為か。牧は騒がしいこそすれ、そういう限度とかはちゃんとわきまえてそうではあるが。
「それより、和海君って今日が誕生日なの?」
「あぁ、そうだ。祝うなら祝ってくれ」
「また今度ね」
「そんなあしらい方あるか?」
「ところで和海君は何歳になったの?」
「この下り、二回もやらないといけないのか?」
「冗談だよ。七十歳だよね」
「逆だ逆」
その計算方法だと俺は来年には八十歳になるし、三年後には何故か十二歳になってしまうんだが。
「ごめんね、和海君。誕生日プレゼント用意出来てなくて」
「いや、別に良いよそんなの。気持ちだけで十分だ」
「私の心を奪うつもりなの……?」
「違う違う、そういうことじゃない」
「もしかして、和海君って人格排泄モノが趣味なの……?」
「やめろ、お前の口から人格排泄なんて言葉を聞きたくない」
それを知ってる俺も大概だが、それはネットのディープな部分に入れ込んでいる姉貴のせいにしておいてほしい。
「でも、和海君は一度人格を失ったぐらいが丁度良いと思うよ」
「俺の尊厳は一体どこに行ってしまったんだ?」
「だって、和海君の体って人格を失っても人助けしてそうだし」
「それはもうプログラミングされたロボットみたいだな」
「それか幽体離脱とか良いかもね」
「お前は俺をどうしたいんだ?」
「だって和海君、いつも無理してばかりなんだもん」
いつもは俺をからかうように笑っている雪歩が、不安げな面持ちで言う。
そんな顔をされると、俺も少しびっくりしてしまう。
「俺は、そんな無理してるように見えるか?」
「疲れで倒れちゃうような人が、無理してないわけがないと思うけど」
「まぁ、確かにな。限度はわきまえてるつもりなんだが」
「一日ぐらい、人助けしない日でも作ってみたら? 私を助けるって意味で」
「それはそれで禁断症状が出そうだからよしてくれ」
それは残念、と雪歩が呟いたところで予鈴が教室に鳴り響いた。
例え誕生日であっても何か特別なことがあるわけでもなく、普通に俺は授業を受けて一日は過ぎ去っていく。日直でもないのに日直の仕事を手伝ったり、生徒会役員でもないのに生徒会の仕事を手伝ったりと、やはり忙しない一日を過ごすのである。
ただ、そんな日々に俺は充実感を……。
いや。
心のどこかにある虚無感を、ただ必死に埋めようとしているだけなのかもしれない……。
そして、迎えた放課後のこと。
今日は放課後に用事があるため予定は入れずに、部活へ向かう牧と生徒玄関まで一緒に帰ろうとした時のことだった。
「そういやさ、カズってユキポンと一緒に帰らねぇの?」
「いつの間にかいなくなってるからな。アイツ、帰るの早いし」
「確かユキポンもサク電使ってるよな?」
「でも方向が逆だ。俺は桂岡、雪歩は確か櫻ノ島だからな」
「つまり、同じ方面の俺にはチャンスがあるってことか……?」
「あるといいな」
今日ぐらいは神様が誕生日プレゼントで何か恵んでくれるんじゃないかと思ったが、神様ですら俺を祝ってくれないか……と思いながら牧と廊下を歩いていると、前から亜麻色のボブヘアーの女の子が、胸に小包を抱いて急ぎ足でやって来た。
「さ、才木先輩!」
「あぁ、椎田か。何かあったのか?」
椎田美紅。以前俺に助けてもらったことをきっかけに、俺を追いかけてこの学校にやって来たという冗談であってほしいエピソードを持つ可愛い後輩である。
すると、彼女は小包を大事そうにギュッと抱き、顔を赤く染めながら口を開いた。
「あ、あのっ。今日、才木先輩の誕生日だとお聞きしたので、つ、つまらないものですが、プレゼントを……」
そう言って、椎田は俺に小包を差し出した。
「あ、あぁ。ありがとう」
廊下を行き交う他の生徒達も何事かと注目される中、せっかくの後輩からの気持ちのこもったプレゼントを受け取らないわけにもいかず、俺は戸惑ったまま椎田からプレゼントを受け取ったのだった。
そして、椎田はそのまま逃げるようにピューッと俺達の前から走り去ってしまった。
「か、カズ……お前……」
そして俺の横で一部始終を見ていた牧はというと、まるで怒りに震えるかのように体をワナワナと震わせながら口を開き──。
「ピーポーピーポー! 青春ラブコメ警察だ! カズ、お前を公然青春ラブコメ罪で逮捕する!」
「急にどうしたんだお前」
「お前、いつの間にあんな可愛い後輩の女の子とラブコメフラグ立ててたんだよ! 話は署でじっくり聞かせてもらうぞ!」
「いや、別にそんな大したことじゃないんだが……」
生徒玄関まで向かいながら、俺は以前椎田を助けたことがあることを説明した。
あと、椎田がちょっと夢見がちな女の子であることも。
「んで、その袋って何が入ってるんだ?」
「あぁ、そういえば何なんだろうな……」
外靴に履き替えて外に出たところで、俺は小包を開いた。
中に入っていたのは、シロツメクサの押し花が施された栞だった。丁寧に作られているなぁと俺が感心している中、牧が言う。
「ちょっと待てよカズ。シロツメクサの花言葉って何だっけ?」
「いや知らんが、そんな特別な意味があると思うか?」
「任せてくれ、ヘルプミーG◯◯gle」
牧が携帯でシロツメクサの花言葉を調べると、『幸運』、『約束』、そして……『私を思って』という意味が出てきた。
「カズ。お前は豚箱送りな」
「なんでだよ。別に花言葉とか気にしてないかもしれないだろ、椎田は」
「だからお前は薄情って言われるんだぜ、カズ……」
そして生徒玄関前で部活に向かう牧と別れた後、俺は椎田からプレゼントされたシロツメクサの栞を手に持って眺めていた。
どうして椎田が俺の誕生日を知っているのかという若干の恐怖はあるが、おそらく部活の先輩であるメグが教えたのかもしれない。
彼女が文芸部に入部した動機は若干不純かもしれないが、こうして栞を作るぐらいには本に対する気持ちも中々のものなのだろう。
問題は、俺がこのプレゼントに込められた『気持ち』とやらをどう捉えて、そしてどこまで受け止めるかだが……。
『──何度も練習すれば、上手く作れるようになりますよ』
椎田がシロツメクサの栞をプレゼントしてくれるなんて、不思議な縁もあったものだ。
こうしてシロツメクサを見ていると、不思議と昔のことも思い出してしまうし……。
「やっほ、和海君」
「うおぉっ」
後ろからいきなり背中を叩かれて、驚いて後ろを振り向くと雪歩が佇んでいた。
いつものように、クスクスと愉快そうに笑いながら。
そして、俺が手に持っていたシロツメクサの栞をジッと見て、雪歩は言う。
「良いプレゼントを貰ったね、和海君」
「いや、別に……って、見てたのかよ」
「うん。凄くニヤニヤしてたよ、和海君」
「え、マジ?」
そんな顔に出てたのかと俺が慌てて自分の顔に触れると、雪歩は「冗談」と言って笑っていた。
まったく、俺は彼女の手の平で踊らされてばかりである。
この間、ようやく打ち負かすことが出来たと思ったのに、彼女の攻勢は止まる気配がない。
「ねぇ、和海君。私もプレゼント用意したんだけど、欲しい?」
「え? マジで用意したのか?」
「うん。欲しい?」
雪歩は自分の鞄に手を突っ込んで、俺をからかうように笑う。
……これはあれか。俺に『欲しい』とねだらせることで優越感に浸ろうとしているのか。
「せっかく用意してくれたんだから、貰っておこう」
俺が雪歩のからかいに負けじとそう答えると、それでも雪歩はクスクスと笑いながら、鞄の中から取り出した一枚の紙切れを俺に手渡した。
『何でもしてあげる券』
可愛らしい丸っこい文字で、そんな言葉が書かれている紙切れ。
な、何でもしてあげる……?
肩たたき券的なノリで、とんでもないことが書いてあるような気がするんだが。
「こ、これがプレゼントか?」
「うん」
「何でもしてあげるって、どういうことだよ」
「んっとね、それは和海君次第かな。じゃ、バイバイ」
「って、おーい!?」
俺に考える暇すら与えず、雪歩は俺の前から走り去ってしまったのだった。
そして、俺の手元には雪歩からプレゼントされた『何でもしてあげる券』が残っていた。
な、何でもって……何でも、なのか?
何でもって、何だ……?
一瞬だけ、一瞬だけ邪なことが俺の頭をよぎったが、俺は首をブンブンと振って邪念を振り払い、やはりあの悪魔には敵わないな、と思い知らされたのであった。
果たして、これはどう使うべきなのか……。




