何でもしてあげる①
「どうして、誕生日の時ってハッピーバースデーって言うんだろうな」
「それは勿論、誕生日がおめでたい一日だからではないですか?」
「じゃあ、どうして誕生日っておめでたいんだろうな」
「誕生日がおめでたい一日だからではないですか?」
「何一つ有意義な答えが返ってきてる気がしない」
俺は今日も今日とて教会の懺悔室を訪れていたが、やはりシスターは今日も頭の中が空っぽらしい。
「急にどうしたのですか? 私は嫌ですよ、才木さんがあらゆる物事を捻くれた見方しか出来なくなってしまったら。才木さんはバレンタインやハロウィンを商魂たくましい小売業界の毒牙だとお思いなのですか?」
「こんな俺にも、そういうのを楽しむような心はまだ残ってるからな?」
「では誕生日も私と一緒に楽しみましょうよ。新鮮なトマトを沢山用意しましたので、この教会が真っ赤になるぐらい投げ合いましょう!」
「俺とお前とでは生きてきた文化圏が違うようだ……」
「え? 才木さんがお住まいの地域では、誕生日のお祝いとしてショットガンで祝砲を上げたりしないのですか?」
「まず、ショットガンなんて日常で見る機会が全然無いからな?」
トマトを投げ合うのは中々に楽しそうだが、せっかくのトマトを粗末に扱うのも気が引ける。だからといって腐ったトマトなんて投げ合いたくもない。
流石にショットガンは用意できなくても、スターターピストルで代用出来ないものだろうか。いや、やっぱり誕生日にやることではないな。
「ところで、今日は一体どのようなご用事で? もしや身近な方がお誕生日なのですか?」
「いや、俺だよ。もうすぐ誕生日なんだ」
「あら、それはおめでとうございます。今度でおいくつになられるのですか?」
「当ててみろよ」
「一〇〇〇一歳?」
「いや、俺は一万年も生きてな……って、わざわざ二進数で十七を言うんじゃない!」
俺はもう一〇〇〇一歳こと十七歳になるわけだが、この世に生を受けて十七年も生きてきたという実感はイマイチ湧いてこない。
「ちなみに、才木さんの誕生日はいつなのですか?」
「五月の二十日だ」
「では新鮮なトマトを用意しておきますね」
「投げないからな? まぁ教会に来るとは思うが」
「プレゼントは何が良いですか? ロンギヌスの槍とかありますけど」
「歴史的な聖遺物をそんな簡単に出すんじゃない。大体、そんなものがこの教会にあるわけないだろ」
「私の部屋にあるフィギュアが持ってますよ」
「それはセカンドインパクトを引き起こしかねないやつだろうが!」
どうしよう、俺の誕生日にロンギヌスの槍がプレゼントされたら。本物だろうがエ◯ァの方だろうが、どっちにしろいらないんだが。
「はて、才木さんは自分の誕生日について何をお悩みなのですか? もしかして誕生日パーティーを開いてくれるような友達がいないことを嘆いていらっしゃるので?」
「いや、そうじゃなくてな……また一つ、歳を取ってしまうことが怖いんだ」
「どういう意味です?」
「一年前の自分と比べて、何一つ成長できたような気がしなくてな……」
否が応でも時間というのもはあっという間に過ぎ去っていくもので、俺は来年には十八歳、再来年には十九歳、さらに次の年には二十歳と、どれだけ抗おうとも歳を取ってしまうものだ。
いずれ高校を卒業し、おそらく大学に進学し、そして社会人となり、この社会の潮流に呑み込まれてしまうはずなのだが……果たして、自分が社会人として独り立ちするまでに、自分がちゃんと『大人』になれるのか、漠然とした不安がある。
「才木さんは、自分が何も成長できていないとお考えで?」
「まぁ、そうだな。そりゃ自分では色々頑張っているつもりだが、なんかこう、精神的にちゃんと子どもから大人に成長できているのか実感できないんだ」
「そんなことを考えながら誕生日を迎える方はそういらっしゃらないでしょうが……つまり才木さんは、今まで一年間何も成長できない役立たずの木偶の坊ですみませんと神様に懺悔したいということですよね?」
「何か言い方に毒を感じるが、そういうことだ」
思春期というものは、子どもが大人になるまでの準備代階、いわばモラトリアムだとも言う。
俺はきっと今も思春期真っ只中なのだろうが、そのモラトリアムとやらは一体いつまで猶予があるのだろうか? それはきっと神のみぞ知るところなのだろうが──。
「神は貴方を赦さないでしょう」
はい、いつもの。
多分シスターの方もそれを言うために準備していると思う。
「今度はどんな罰なんだ?」
「才木さんは次の誕生日を迎えることが出来ないでしょう」
「実質余命宣告じゃねぇか」
「いえ、次の誕生日を迎える寸前に、前回の誕生日までタイムリープする能力を手に入れます」
「それはそれで俺がその時間軸に閉じ込められてるだけじゃねぇか」
「果たして、才木さんはどうやって脱出することが出来るのでしょうか……」
「やめろ、変な物語を始めようとするんじゃない。俺はどうやったら赦されるんだ?」
何度でもやり直せるのならそれはそれで魅力的とも思えるが、次のタイムリープまで一年間も待たないといけないし、タイムリープしたらまた一年も戻されるのは中々の苦行だと思う。
さて、俺がそんな罰を受けずに済むには、一体どうすれば──。
「才木さん。お尻を出してください」
今までで一番クレイジーなことを言われたかもしれない。
「し、尻を? ど、どうしてだ?」
「私が直々にお尻ぺんぺんしてあげます」
「いや何でだよ。俺がお尻ペンペンされたら神様が赦してくれるのか?」
「いえ、ただ単に私がむしゃくしゃしているだけです」
「ただのストレス発散かよ!」
「さぁ、今すぐズボンとパンツを脱いで私にお尻を差し出すのです! どうですか、この懺悔室を隔てる小窓、お尻を突き出すには丁度いいサイズだと思いませんか!?」
「だとしても出すかよ尻なんて!」
お尻ペンペンなるものがどういう罰かは俺でも知っているぐらいだが、今までの人生で実際にやられたことはないし見たこともない。大分古典的なお仕置き方法に思えるぐらいには、かなりフィクションのように思えてしまう。
しかし、いつも明るく温厚なシスターの機嫌がこんなに悪いのは、俺が原因なのだろうか……?
「な、なぁシスター。もしかして怒っているのか?」
「えぇ、それはもう盛大に。カリフォルニアファイヤーぐらいです」
「それを言うならカムチャッカだろ。大体古いんだよネタが」
「今は良いんですよそんなこと。以前から思っていましたが、才木さんは物事を難しく捉えすぎです。一年ごとに目標を立てるのは良いことかもしれませんが、それがかえってネガティブな感情を生み出しているようでは本末転倒です。夢や目標は自分を項垂れさせるためではなく、奮い立たせるためにあるのですよ」
……やばい。何か真面目に説教を食らってる気がする。
「私達は時間を止めることも戻すことも出来ませんが、時間が進むからこそ楽しめるものもあるのですよ。才木さんは現在高校二年生、近々修学旅行というビッグイベントもあるでしょう? 来年は大学受験を控える大変な時期かもしれませんが、それを乗り越えればキャピキャピでピチピチでイケイケなギャル達に囲まれたキャッキャウフフな桃色キャンパスライフの到来です!」
「お前の大学のイメージはどうなってんだよ」
「しかし、才木さんは大学であからさまな美人局に引っかかって人生メチャクチャにされてそうですね」
「お前の俺へのイメージどうなってんだよ!」
どうしてよりにもよってあからさまな方に引っかかっちゃうんだよ。流石にそれぐらい俺でも気付ける……はずだ。
「本当はこういう時に聖書の言葉を引用できたらそれっぽいのかもしれませんが、私は聖書なんて一度も読んだことないので全然わからないんですよね」
「お前二度とシスターって名乗るなよ。ちなみになんだが、シスターって何歳なんだ?」
「永遠の十七歳です」
前にもあったな、こんなやり取り。
「実際の所どうなんだ?」
「五億十七歳です」
「お前邪教に片足突っ込んでるだろ」
「才木さんもいかがですか? 綺麗事なんて言わずにこちら側へいらっしゃった方が気持ちが楽になりますよ……」
「やめろ、俺を変な方向へ導こうとするんじゃない! 俺はもう帰る! じゃあな!」
「今度ケチャップを用意しておきますね」
「ケチャップをかけ合う祭りなんてあるか!」
俺がシスターに悪態をついて帰る流れがテンプレになりつつあるが、これって俺が悪いのだろうか?
それはそれとして、もうすぐ俺の誕生日だ。
盛大な誕生日パーティーなんてないが、俺の誕生日を祝ってくれる人はどのくらいいるのだろうか?
牧やメグ、遼達から祝ってもらえたら、それで万々歳だ。
雪歩は……俺の誕生日なんて覚えていないだろうし、期待してもしょうがないか。




