目を覚ますと天使が降臨していた件①
「──ってわけで、二匹の子猫は優しい飼い主を見つけて幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
この間シスターに懺悔してから数日経った放課後のこと。
今日もいつものように教会を訪れた俺は、懺悔室で向かい側の部屋にいるシスターに、二匹の子猫……つくしとたんぽぽを引き取ってくれる飼い主が見つかったことを報告した。
おかげで俺の負担は少し減ったとはいえ、あんなに可愛い子猫達と戯れる機会が無くなってしまったのは非常に残念なところなのだが──。
「私も、子猫さん達と戯れたかったです……」
子猫達と会いたがっていたシスターもかなり落ち込んでいるようだった。
カーテンがかかった小窓を隔ててその姿が見えなくても、その沈んだ声色だけで彼女の落ち込みようが伝わってくる。
「まぁ、解決してよかったよ。シスターのアドバイスのおかげだ」
「それは良かったです。流石は聖女を自称するだけはありますね、私」
自分で自称って言っちゃったよコイツ。
「それはそれとして神は貴方をお赦しにならないでしょう……」
「子猫をここに連れてこなかったからか?」
「はい。神はお怒りです。貴方は数日間、歯と歯の間に食べ物が挟まりやすくなるでしょう……」
「地味に嫌だなぁ、その天罰」
神っていうか、多分シスターの心の声がダダ漏れなだけだと思うが、これぐらいコミカルな方が俺としても気が楽だ。
「それはそれとして、才木和海さん。今日もここへいらっしゃったということは、何か懺悔することがおありなのですか?」
「あぁ、まぁな……」
ここは懺悔室、俺はただシスターとお喋りに来たわけじゃない。こんな俺にも悩みはそれなりにあるのだ。
「最近、あまり寝れてなくてな。勉強とか色々忙しくて、中々睡眠時間を作れないんだ。それで授業中に眠くなって、ついウトウトしまうんだよ。学力向上のために睡眠時間を削ってるのに、その結果授業をちゃんと聞けなくなってるんじゃ、本末転倒だよな……」
俺は部活に所属こそしていないものの、知り合いや先生から助けを求められて龍だったり、さらには教会の手入れもあって色々と用事が多く、それでも決まった時間を勉強に割きたいため、結果的に睡眠時間が削られていくことになる。
俺がもっと要領の良い人間ならもっと上手くやりくりできるはずなのだろうが……と俺が自省していると、カーテンが閉められた小窓を挟んで向かい側の部屋にいるシスターが言う。
「なるほど、そうなのですね。貴方の告白、しかと受け止めました。そんな正直者の貴方にはきっと、神様からのお導きがあることでしょう……」
「何か改善方法はあるのか?」
「ここから先をご覧になるにはメンバーシップへの加入を……」
「金を取られるのは別に構わないが、言い方が現代的過ぎるだろ」
前回のはあれか。初回だけ無料でいけるやつだったのか。
「あるいは12秒の広告をご覧になってください」
「まぁ俺の人生のためだ。俺の人生の中の貴重な十数秒間を割いてもいいから聞かせてほしい」
すると目の前にいきなりモニターが出てきて、妙に攻めた内容のWeb漫画の広告が出てくる──ということはなく。
「神は貴方を赦さないでしょう」
またしても、俺は神様から赦されなかったのだった。
まぁ、赦されない理由はわかる。不十分な自己管理によって授業中にウトウトしてしまうのは罪に他ならない。
「非は俺にあるからな。また俺は神の裁きを受けるのか?」
「はい。近い内に貴方は口内炎にかかりやすくなるでしょう」
「いや、どうして神様はそんなに俺の口の中を攻めてくるんだよ。まぁそれは置いといて、神様に赦されるために俺はどうすれば良いんだ?」
俺の自己管理の至らなさが原因ではあるが、俺にとってはどれも外せない大事な用事なのだ。だからそれらの取捨選択だとか優先順位付けが必要なのだろうが──。
「では、先生を一人づつ抹殺していきましょう」
「は?」
向かい側の部屋から、とても聖女を自称するシスターの口から放たれたとは思えない、恐ろしい言葉が聞こえてきた。
抹殺? 圧殺の間違いじゃなくて? どちらにしろ物騒だが。
「ま、待ってくれ。どうして俺が先生を抹殺しないといけないんだよ」
「はい? 才木さんは先生方のことがお嫌いなのでは? 討とうとしてらっしゃるぐらいですし」
「違う。俺は討とうとしてるんじゃない。ウトウトしてるんだよ、ただ眠いだけなんだ」
どこの誰が『ウトウト』を『討とうと』って聞き間違えるんだよ、戦国時代じゃあるまいし。文脈から考えてもありえないだろう。
「もしかして、俺が神様に赦されない理由って先生を抹殺しようとしてたからなのか? なら、今すぐその前提を忘れてくれ」
「いいえ、どちらにしても神は貴方をお赦しにならないでしょう」
「え、そうなの? どうすれば赦してもらえるんだ?」
「逆に考えるのです、授業中に寝ても良いと。なので先生の飲み物や食べ物に毒を混ぜましょう」
「だから、先生を抹殺する方向で考えるな」
確かに先生がいなくなれば授業中に寝ていても怒られないかもしれないが、どうして小さな罪を隠すために大きな罪を犯さなければならないのか。それこそ本末転倒である。
「ちなみにですが、今日は何時間眠られたのですか?」
「えっと、四時間ぐらいだな。七時ぐらいには登校しておきたいから、早めに起きてるんだ」
「登校される時間を少し遅くしても良いのでは?」
「いや、知り合いや先生達の手伝いがあるからな」
「なるほど……人助けも大切かもしれませんが、もう少し自分のことを大事になさった方が良いですよ?」
確かに、シスターの言う通りだ。人のために自分の時間を使いすぎている、というのは自覚している。俺は生徒会役員でもないのに、生徒会役員よりも生徒会役員らしいなんて言われることもある。
「でも、これが俺の生きがいなんだ。困っている人を見かけると、どうしても放っておけない性分なものでな」
こんな生活を続けていては、きっとそう遠くない将来に俺は体を壊してしまうかもしれない。
しかし下手に長生きして、長い人生の中で色々なことを経験したことで結果的に人に迷惑をかけるような面倒くさい人間になるよりかは、短い人生だったとしても、最期まで世のため人のために生きた人間でありたいと、俺は思っている。
しかし、シスターから何か反応があるかと思いきや、さっきまでの賑やかさがウソかのように彼女の気配が消えた。
俺の答えがそんなにもおかしかっただろうか? 懺悔室がかすかな静寂に包まれている中、シスターはようやく口を開いた。
「……なるほど。この間の子猫さん達の件もそうですが、貴方の日頃の善き行いを神様もご覧になっているはずです。神様ポイントを10ポイント追加です」
「急にポイントシステム出てきたな」
「100ポイントでお皿と交換できます」
「春のパンまつりかよ」
善い行いを繰り返していれば、何か良いことに巡り会えるだろうか。どこからともなくお空からお皿が降ってくるのかもしれないが、普通に危ないからやめてほしい。
思えばこの間、小日向と子猫の件について話せたのは、かなりの幸運だったと言える。もしかしたら、神様が色々と融通を利かせてくれたのかもしれない。
「しかし、例えどれだけ善い行いを繰り返していても、体を壊していては台無しです。まずはちゃんと睡眠をとることが大事ですが、どうしても授業中に寝たくないなら、お隣の席の方に頼んで起こしてもらえば良いのではないですか?」
確かに、俺がウトウトしていたら起こしてくれって頼めば良いかもしれない。
しかし、俺の席は教室の校庭側の一番後ろ。隣の席は右側にしかなく、お隣さんは……小さな天使様こと、あの小日向雪歩だ。
彼女に頼むのは若干勇気がいるし、頼んだら頼んだでこの間のようにからかわれるかもしれない。
しかし、小日向に起こされてみたいという欲望もちょっとある。彼女の隣の席という特権を活かせる時だ。
そんな俺の複雑な感情が雰囲気で伝わったのか、向かい側の部屋にいるシスターがクスクスと笑いながら言う。
「もしかして、隣の席の方に頼めないのですか? 実は好きな人だったりして……」
「い、いや、違う。そういうのじゃない。やってやるさ、やってやるよ。頼めば良いんだろ、頼めば」
「ふふ。青春は良いものですね」
気のせいか、シスターの声色が一段と弾んだように聞こえた。今の彼女がどんな表情をしているのか見えないのがもどかしいが、何を勘違いしているのだか……。
「今日はもう帰られますか?」
「あぁ。今日も懺悔聞いてくれてありがとな」
「いえいえ。また何かあれば是非来てください。私は貴方のことを何でも聞いて差し上げますので。例え特殊な性癖をお持ちだったとしてもです。腋と肢ならどちらが良いですか?」
「何の話かはわからないが、じゃあな」
俺はシスターに半ば一方的に別れを告げ、教会を出て大きな欠伸をしながら、ふと考える。
隣の席、つまり小日向雪歩に起こしてもらう、か……。
天使のような女の子に起こしてもらいたいという欲もある一方で、そんなことを考えると逆にドキドキして眠れなくなってしまいそうだ……。




